理論……?
「なあ、竹宮。金の切れ目が縁の切れ目ってあるだろ?」
そこは都会の古びたビル、外階段の踊り場。
竹宮と呼びかけられた黒髪メガネの女は、ピンクのインナーカラーをスマホ画面に向けて垂らしながら言った。
「なら、私と劇団長との縁はまだ切れてません! ここまで貯め込んだ石の洪水……見くびらないでくださいっ……!」
「はぁ……」
竹宮の石ことガシャ残高は、さぞかしみるみる減っていることだろう。こいつの、見そめた女への執着は半端ではない。しかし、いや、だからと言うべきだろうか。
「何回すり抜けてるんだよ。すこしは落ち着け」
物欲センサーとはよく言ったものだ。竹宮は目当てのキャラ、劇団長とやらをことごとく外し続けていた。
「き、きた! 虹……。今度こそ……来る! 間違いない! この演出は確定よ定期! 来い!」
「あー」
ーー綺麗な雲だなあ。水野は初夏の眩しい青を見上げながら、竹宮から伸びる真っ直ぐなフラグを思った。
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「出なかった……。なぜ? 私の劇団長……結局、天井まで……。うう。もやし……豆苗……パンの耳……」
給料日まで極貧が決まったのであろう竹宮の声音がうわ言のように響く。けれど、ようやくお迎えできた画面上の劇団長に、その目と指は喜びを刻んでいた。
「あー、うん。どんまい。人はそうやって成長するもんだから」
水野の言葉に竹宮の動きが止まる。
「愛には代償がいる……定期!」
「そういうこと。……せっかくだから少し話しておくか」
「何を?」
「愛を売ることと笑いを売ることについて、だな」
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「いまのVには概ね二種類いる。異性から圧倒的に支持されているタイプとその偏りが比較的少なく、支持層が幅広いタイプ」
水野は左右の指を一本ずつ立てた。竹宮の頷きを見ながら続ける。
「前者が愛を売るタイプ……いわゆるガチ恋アイドル系だ。そして後者、こっちが笑いを売る方で男女問わず共演して時にキワドイ線も辞さないスタイルをとる」
『そんな二者択一でもない気はしますけど……」
竹宮の言葉に水野は頷く。
「もちろん。両者はA、Bとぱっきり分かれているわけでない。グラデーションのように、様々な方向に分布しているし、例外はあるだろう。それでも、傾向はある。俺はここに次世代ゲームのとっかかりを感じている」
「ほほう。そこまで言われたら聞かないわけにいかない定期」
竹宮の納得を得たところで水野は手元のタブレットに、縦横二本の線を引いた。結果、画面が四つの象限に分けられる。
「それは?」
「代償とベネフィットをその大小で区分けした。さっきの例でいけば、代償、ベネフィットともに大きいのが『愛』と言える」
「まあ、本来は対等な気がするけど」
「確かに、三次元グラフなら相互性も入るかもしれん」
水野は続けて、『笑い』と二つの象限へ書き加えた。
「『笑い』はどっちだと思う? 代償、ベネフィット共に大きいか、代償は小さくベネフィットは大きいか」
んーー、と竹宮は宙を見つめる。
「代償は小さく……定期。寄席とか、格式によるでしょうけど、アイドルの路上ライブより大道芸の方が気軽に見れそう」
「うん。その通りだ。たぶん、アイドルが路上ライブしていたとして、その最前列はフェスと変わらん熱量だろな。でもこれってわりとSNSなんかで晒されやすいリスクある行為だよな。それでもファンはそれをいとわない」
「それって、代償を払っている……ってこと?」
ちいちいかわかわの真似をする竹宮を無視して水野は続ける。ここまでは前提の確認で本質はこの先だからだ。
「同じこと、路上のお笑い芸や大道芸にできるか?」
「熱狂的に好きな人だったらワンチャン……」
「それって、笑いと愛と区別できるか?」
「あー……えーと……」
水野は切り込む。
「たぶん、そのシチュエーションって、笑えないんだよ。なぜなら、『愛』は生存に必要な欲求だけど、『笑い』は社会的な欲求ーー階層が違うから」
「なんか壮大な話っすね」
欲求段階理論。区分はいくつかあるが、その根底は変わらない。
『生存に必要なものこそ強い』
想像してみて欲しい。すべての文明が滅ぶような悲劇の中、愛と笑いのどちらが共存しうるのかを。
「うん。悲劇だからこそ笑顔をとかいうのは、生命の危機ような状況と笑いが本質的に共存できないから言われるんだ」
「でも、わたしのガシャ天井とその話にどう繋がるんすか。せんせー」
ここで水野はにやっと笑う。
「まだわからんか? 人は笑いや楽しさに、金なんか払いたくないんだよ。だって、自分の懐が痛むから」
「は??」
「人は無意識に損失を避ける思考をする……。いわゆるプロスペクト理論だ。よーーくソシャゲの全盛期を思い出してみろ。あの頃のゲームって、面白かったか?」
「ポチゲーでしたね」
もちろんそのほかに、目新しさや工夫による面白さがあったことは否定できない。
それでも、平均点で言えば、いまの方が圧倒的によくできていて、面白いものが多いのが実態なのだ。
「だから、売れた」
「は??」
「要するに、その頃のプレイヤーは、『面白さ』に金を払ってないんだよ。キャラへの愛……いや、あえていえば妄想に金を払っていたんだ」
竹宮は額を抑えて首をかしげていた。
まるで、馬鹿なこという下手くそな詐欺師に出会ったかのように。
「ええとなんていうかせんせー……。騙されてる感はあるんですけど、キャラデとしてはわかるようなところもあります。なんか悔しいんですけど」
表現が乏しく、面白くないから中にいる『キャラクター』が売る愛に人は貢ぎ業界は育った。
そして、面白さや娯楽性が高まるほど、品質は上がるのに、人はお金を払わなくなる。
「いやな矛盾だよな。クオリティを上げるほど、金払いが悪くなるかもしれないなんて。仕事にすると代償の大小が合わない」
「しゃれっすか」
「俺でなきゃ見逃すような重箱隅のツッコミだな」
水野がタバコに火をつけると、竹宮は踊り場の床を見つめて口を開いた。
「せんせー。さっきの話からすると、Vのクオリティが上がってるのって……」
「いま、『笑い』を売ってる奴らじゃないと大半は生き残れない』
「逆じゃなくて?」
竹宮は水野を不思議そうに見上げる。
「そりゃ、魂から出る愛されオーラより、周辺機器の輝きが強くなるしーー、」
ゲームのリッチ化に伴いキャラの魅力が相対的に下がったのと同じように、Vtuberも同じ流れには抗えない。
「愛の賞味期限は三年くらいらしいからな」
「……ふうん」
果たしてあの業界はUtuberの轍を避けられるのだろうか。IP化の萌芽は確かに育っているが、それでも……
水野と竹宮は立ち上がった。
「だから、次に作るゲームだとな、俺は全NPCに人格を持たせようと思うんだ。それで、そのNPCに好き嫌いを持たせて、好意を高めるアイテムを課金で売る。要するに全方位ギャルゲー展開だ。好かれれば好かれるほど、売られるアイテムが豪華になったり、特別なバフをくれたりとか、そういう……『ひとつの街だって攻略しきれない』とかいうようなキャッチコピーのゲームを……おい! 竹宮、聞いてんのか!」
どおん、と重たい防火扉の向こうに竹宮は消えていった。
「ちっ、これからは動画の時代だと言う話をしてやろうと思ったのにな」
水野は短い紙片をバケツに投げ入れ、再び火をつけた。




