使い回し……?
「んー。やっぱり体験を売る方向にシフトするか……」
眼鏡の男が紫煙をふかしているのはビルの階段踊り場だった。そこは都会のビル街の片隅で、じきに建て替えが進むであろう古いエリア。
「せんせー、ちょっといいすか?」
平坦なようですこし甘く掠れた声と同時に、開け閉めにやたら音を鳴らす防火扉からひとりの女性が顔を出す。アンダーリムの眼鏡に傾げた顔に垂れるピンクのインナーカラー、それに、こうして『せんせー』呼びしてくるといったら一人しかいない。
「なんだ、竹宮」
「さとPが企画見てって」
----
--
-
せんせーと呼ばれた水野は、売れないゲームのプロデューサーである。竹宮はデザイナー、さとPは竹宮と同期のアシスタントプロデューサーだ。
「というわけで、あーしはこの『9番闘技場』がいけるって思うわけですよ。水野先輩はどう思いますか?」
「さすがさとP」
おおー、といつものように竹宮はまばらな拍手をしている。水野の方は流行りを追いながらも少しひねってきた、そのさとPらしい企画に煙をふかしていた。
「元はホラーだろ? それをRPGにしたってわけ?」
「そーなんす! 9番シリーズは間違い探しをベースとしたホラーっす。あーしなりに良さを残してアレンジを……と」
良いゲームの定義は人それぞれだ。
配信映えするような、わかりやすくリアクションを取りやすいものを評価する人もいて、それらは9番シリーズのターゲット足りえるかもしれない。
だが、無料で遊べて一足飛びに高難易度ステージをクリアできるものを好む層もいるし、腕前や技量ーーいわゆるプレイヤースキルを追求されるゲーム類は世界中でも人気なのだ。
「良さねえ……」
「そっす! 単純にボスを倒していくだけっす!でも、ボスはびみょーーー、に姿形が違って弱点とか攻めてくる方法が違うんす。要するに、サンゴの首輪がないと即死とか、攻撃反射だけで倒すとか、そういう……」
さとPはペラペラと語る。
雑に言ってしまえば、ギミックバトルを9回やれってことだろう。本家同様フィールドを使いまわしたりする分、制作費は抑えられるかもしれない。
水野は企画書を眺め終わり、空いた手で眼鏡を直す。
「さとP。せんせーに聞いても仕方ないよ。だってせんせーは」
「黒字なゲームであること、それだけが良いゲームだからな」
ほら、と竹宮は呆れ顔をした。
「そんなことを言うがな、みんなだって着回しオシャレ術とかするだろ? それと同じだ。使い回し? 上等よ。何なら双子にすれば良い。絆に別れ、どんな物語も使い回しで作れるさ」
「そ、そっすよね。あーしのゲームはそれを逆手にとって、一見同じ敵と戦うことで混乱と初見殺し感を……」
うへえ、と顔を歪めた竹宮がいるからこそ、水野の口上は加速していった。
「そうだそうだ。本家だってあれ、形を変えた即死ギミックなんだ。いきなり全滅したって大丈夫だろ。ここに敵イメージあったろ。もうこのまんまでいいから安く作れば……って、あぁ! 竹宮!」
「あー、かずみんにはあーしの仮絵じゃ納得いかないか……」
竹宮は印刷されたデザイン画に赤ペンで雑に修正を加えていた。四足歩行のオオトカゲみたいな敵ボス(仮)には大きくバツ印が付けられている。
「使い回しがお好きなようなので、そうしてあげますよ、定期。9番闘技場……ってことは10回使いまわせればいいんすよね」
竹宮が書き上げたのは空中に浮いた二つの手のひらだった。いや、雰囲気としてはより手袋に近いだろうか。
さらに、互いの小指は赤いリボンで繋がれており、そこはかとなく親密さを醸し出していた。
これには水野も面食らった。
「な、なるほどな……。これならステージギミックとしてもわかりやすい。モーションも単なるドラゴンより色々できる……いっそこっちをプレイアブルキャラにしても……」
「さすがかずみん、ありがとう!」
「さとPはせんせーの話ばっかり聞いてたらだめだよ。だってこの人……」
水野は竹宮の言葉にわざとらしく煙草をもみ消して、鉄扉をくぐってしまった。
「売れないプロデューサーなんだから」