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屋上での会話たち  作者: 吉川緑
水野と竹宮編
11/27

連鎖……?

 そこは都会のビル群に囲まれた非常階段の踊り場。


「……なあ、竹宮(たけみや)。お前ってタレントになりたいか?」

「せんせーは毎度、意味わからん定期」


 せんせーと呼ばれた水野(みずの)は、売れないゲームのプロデューサーである。

 またかよ、と呆れたように返事をしたのは竹宮だ。彼女はデザイナーで水野の生徒ではない。


 にも関わらず『せんせー』呼びをしてくるのは、きっと水野が竹宮に一席ぶつことが多いからかもしれない。


「なあ、答えてくれよ竹宮。お前は絵が評価されるのと、容姿や歌、話術が評価されるのはどっちがいいんだ?」

「どうしたんすかせんせー。ちょっと怖いすよ」


 竹宮は目を細めて、垂れた髪を耳に直した。

 すると、隠れていたピンクのインナーカラーが表出し、どことなく密室めいた印象を醸し出す。


 水野は沈んだ様子で続ける。


「クリエイターをタレント化する風潮が始まった。これは終わりの始まりだ」


 彼の考えでは、クリエイターとタレントは違う。

 今でこそ両者はある意味で混合され、インフルエンサーと呼ばれたり、liverと呼ばれたりする。

 けれど――。


「クリエイターなら、成果物で見られていた。けど、タレントなら、それだけで足りるわけがない。見た目、声、性格……もちろん、それだけでも終わらない」


「そんなん、わたしら雇われには分からん」


「だとして、いや、だからこそ聞け。有名なタレントはな、太い実家のやつらばっかりだぞ。要するに、生まれたときからなるべくしてなってる。そういう奴らが半分くらいを占める業界に、クリエイターの住処は変わりつつあるってことだ」


「それってせんせーの感想ですよね?」


 竹宮の表情にはうんざり、そんな感情が浮かんでいる。

 彼女の言いたいことは理解できる。水野も半分くらいは決めつけていることを自覚していた。

 それでも、言わずにはいられなかった。


「いいや。これは、ゲーム業界が辿ってきたクソみたいな連鎖と同じだ。見てみろ。企画と金を出すのは、陽キャしかいねえぞ。上場している、容姿、金、人間性が揃って、なおかつ趣味でゲームを選ぶような、恵まれに恵まれた人間が抽象的な指示で具体的な数字に向かって走らせているのはお前も知ってるだろ。それで、24時間アラートと残業に追われるのは俺らだ」


「言いたいことはわかるけどさ」


 竹宮はしゃがんで、ぼんやりと雲の浮かぶビル群を眺めていた。


「よーく覚えておけ。楽園なんてものはない。これからは、金を払って就職する業界に、クリエイターは変わっていくぞ」


「せんせー。そうだとしても、夢をニンジンに走る人間だけじゃないんだよ?」

「そうだ。だからこれからディストピ……」

「そうじゃなくって」


 言葉を遮られた水野が竹宮の方へ振り返る。

 瞬間、竹宮はどこからか取り出した飴玉を彼の口に押し込んだ。


「ぐっ」

「そういう”()()()()()()()”の噂はわたしも聞いてる。派遣会社と呼び方が違うだけで、機材を買わせるようなところがあるのも」


 竹宮はじっと水野を見ていた。


「でもね、脳内麻薬が作ることでしか満たされない人種もいるんだよ」

「竹宮……」

「紙と鉛筆があればわたしは絵を描ける。だから、心配するな……定期」


 水野が視線を落とす。コンクリートの踊り場、その隅には蛾が干からびていた。


「夢や憧れを売るってのは不条理だよな。でも、それが儲かるから反応せざるを得ない。……あたって悪かった」

「ふん。Pってのも面倒な人種定期」


 竹宮は水野にふっと、柔らかい笑みを浮かべた。

 彼女の手がゆっくりと水野に伸びる。いつの間にかビルの雲は晴れ、彼女の輪郭を光でおおっていく。


「竹宮……」


 水野は思わず息をのんでいた。

 後光を背負って、手を差し出している竹宮が口を開く。


「飴代。最後の一個だったからください」


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