1 プロローグ〜窓の明かり
彼は道端から窓の明かりを見上げた。深夜3時なのに煌々と明かりが灯っている。
ここ10年程の間に作られたこの街の新興埋立地にある瀟洒なマンションの一室である。この時間になると辺りは静まり返っており、きれいに整備された隣の公園のライトが彼の横顔を照らし出している。都会の夜とはいえ、この時間になるとマンションのほとんどの窓は明かりが消えており、その夜明かりのある窓はその部屋だけである。ふっとにわかに笑み浮かべて、制服の胸ポケットから煙草を一本取り出して火をつけた。
そこは何度も通った場所であり、つい数ヶ月前までは彼にとっての憩いの場所だった。
フーッと最後の煙を吐き出し吸い殻を携帯灰皿に押し込むと、止めていたタクシーの運転席に乗り込み車を発進させてその場所を後にした。空には星が無数に瞬いていたが、彼には星は涙で滲んで見えた。
その部屋には5年間愛し続けた親子、母親とその息子が住んでいる。
深夜に他人の住んでいる部屋を見上げるという、いささかストーカーじみた行為をしている自分を感じ苦笑した。
しかし同時に深夜3時に窓から明かりが漏れているいつもどおりの光景に安堵した。あの親子が元気で生活している事を確信しようとしていた。
彼はその息子の父親ではなかった。その母親の夫でもない。
しかし、5年間愛し続けた。
5年前の事である…