約束の地へ赴く百の仙人
約束の地へ赴く百の仙人がいた。
仙人は術をあまりにも極めていたので、少しだけ気を向ければ一瞬のうちにその地へ到着する事ができるというのに、何故か徒歩で向かっていた。
空を飛ぶというよりも、浮かぶ事だって出来るのに、何故か徒歩で向かっていたのだ。
仙人になって日が浅い者は空に浮かぶのに雲か或いは霧が必要だったが、大半の仙人は暑い日差しの中でまるでマラソンをこなすように空に浮かぶ事が出来る。リニアモーターカーよりも素早く歩く事も出来る。星よりも美しく流れる事だって出来る。なのに何故。
その誰かの疑問を読み取ったかのように、ある一人の仙人が何人かの仙人にこんな質問をした。「何ゆえ徒歩でかの地へと向かわん」その瞬間百の仙人は九十九の仙人となった。
仙人に疑問は無いものである、よって疑問を持った時点で仙人は仙人でなくなったのだ。
九十九の仙人は約束の地へと徒歩で向かう。一人の仙人が徒歩の途中、不思議な形のフルーツを見つけた、つい「あれは何という名のフルーツであろうか」と言葉に出しそうになったが、先程の仙人でなくなった者と同じ事になるのではと感じてグッとその言葉を飲み込んだ。
仙人とはすさまじい術を持っているもので、言葉を飲み込んだだけでお腹が一杯になったが、論点はそこではなかった。
その仙人はお腹が一杯になった瞬間仙人ではなくなった、仙人とはお腹が一杯にはならないものだし、疑問を飲み込んだ所で疑問を抱いた事には代わりが無かったからだった。
九十八の仙人は約束の地へと徒歩で向かう。
ある四人組の仙人が歩く事に飽いてしまった。しかし飽く事は別に仙人の条件に触れることはないので四人組の仙人は四人組の仙人のまま歩き出した。ただ一つだけ四人組の仙人が同じ場所を同じタイミングで歩く事によって一人の仙人となった事だけは紛れもない事実である。
九十五の仙人は尚も約束の地へと向かう。
樹木の形を成した仙人が樹木となり、岩石の形をした仙人が岩石となり、水の形をした仙人が水となった。空気の形をした仙人が空気となり、風の形をした仙人が風となり、ダークマターの形をした仙人がダークマターとなった。
八十九の仙人が目指す場所はどこなのだろう、この先は地図によれば海である、海を越えた先なのかその手前なのか、海の上を歩くのか、海底を歩くのか。
中略
十四の仙人が歩いている、特にどうというわけではないが一人減った。
そして十三の仙人が目指す約束の地が見えてきた、山を越え谷を越え川を渡り海を泳ぎ、平野を抜け、それらをランダムに繰り返し、そうしてやっと見えてきた約束の地。
ある仙人がここに来るまでに八十七の仙人が消えた事について語りだした、ある仙人は答えて曰く「あれらはあれらの約束の地を見つけたのだ」と意味ありげに言いはなち、それを受けた他の仙人全てが頷いた。
その瞬間十三の仙人は零の仙人となった。適当な事を言った仙人に対して適当に頷いた事が仙人の条件に触れたのかもしれない。
百の仙人はただの一人も約束の地へと辿り着く事は無かった。仙人は約束を破った。仙人の癖に。