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99.「青の衝撃 藍色に染まる未来ノート」

 (キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)



 中間テストまで残り7日。

 お昼休憩、昼食の時間になる。

 俺の視界に結城数馬。

 どうせ数馬は、今日も双子姉妹のマネージャーと一緒にお昼にいくはず。



「結城君」

「結城君」



 ほら来た。

 隣のS1クラスからまた来てるよあの双子マネージャー。

 さて、今日も太陽と一緒に購買部に。



「すまない姫たち」

「えっ?」

「えっ?」



 多くのS2のクラスメイトは、親睦会事件の後、その多くが教室に残っていた。

 嫌でも目立つあのS1クラスの双子姉妹。

 美術の授業や日本史の選択科目も同じだった空蝉姉妹のお誘い。

 

 5月大型連休中の平日。

 突然その誘いを断る結城数馬に、クラスのみんなが注目する。


 みんなの視線の先。

 教室の後ろにいた結城数馬が、一番後ろの席に座る俺の近くに歩み寄る。



「今日僕は、守道君とデートの予定だった」

「え?」

「え?」

「なに言ってんだよ数馬、俺なんか放っておいてそいつらと」

「守道君」



 突然数馬が小声で俺の耳元でささやく。



『逃げたいから付き合って』



 何だよ数馬。

 こいつらが好きで、俺と太陽ほったらかしにして、この双子姉妹と一緒にいたいんじゃ無かったのかよ。


 

「すまないお姫様たち」

「結城君」

「数馬君」

「おい、数馬」

「今日はデートの約束だろ僕たち?」

「気色悪い事言ってんじゃないよ数馬!」



(キャ~)



 数馬の発言にクラスのガリ勉女子たちから悲鳴が上がる。

 S2クラスから2人で出ていく結城数馬とその愛人。


 未来ノートを捨てる前の数馬と変わらない、ラフな俺への接し方。

 なんだよこれ、今の俺はノート持って無いんだぞ?

 ただの赤点男の高木守道。

 中間テストで赤点取ったら終わる男。


 そんな俺に数馬が、以前と変わらないラフな接し方をしてくる。

 突然あの双子姉妹と昼休憩に行くようになったの、あれは未来ノートのせいじゃ無かったのかよ。


 愛人と結城数馬を見送る空蝉姉妹。

 その背中を見送る、双子姉妹の表情は変わらない。





「あいつ」

「あいつ」





 想い人が連れていかれる。

 想い人の隣の愛人の背中に視線を向ける空蝉姉妹。


 普段仲があまり良くない2人。

 敵の敵は味方。

 2人の視線の先、想い人を横取りされた憎むべき敵。






「消す」

「消す」






 双子姉妹、両者の意見が、生まれて初めて一致した瞬間。

 以前は双子姉妹の誘いでお昼休憩の時間、別々に行動するようになっていた結城数馬と一緒に廊下に出る。

 隣のSAクラスから太陽が出てきた。



「ようシュドウ。数馬、もう良いのか?」

「はは、さすがに今日も断ったよ」

「なんだよお前ら」



 何か数馬の事情を知っているような太陽の様子。

 未来ノートを捨てる前と同じように、3人で第二校舎に向かう。

 今日も学生食堂の前にある購買部で男たちの熱い戦いが繰り広げられる。


 

「あれ下さい!」

「これ下さい!」

「メロンパンダ完売しました~」



 俺と太陽は惣菜パンを。

 結城数馬は菓子パンの争奪戦に向かう。

 ここの購買部のパン、無くなるの早すぎるんだって。


 戦いが終わり、いつも3人で昼食を食べていた第一校舎の屋上に向かう。

 


「やったなシュドウ、今日はパン2つ取れたな」

「グッジョブ守道君」

「ねじりパン2つとかいらないだろこれ。俺はお前らと違って運動神経無いんだから」

「運動神経は関係ないぞシュドウ、気合だよ気合」



 いつもと変わらない3人の昼食が戻った。

 朝日太陽と結城数馬、そして俺。

 男子、野郎3人だけの昼食。

 未来ノートを捨てた日と時を同じくして、縁が切れたとばかり考えていた結城数馬。


 おかしいな。

 未来ノート捨てたから、赤点男の俺に誰も見向きもしないようになったとばかり思い込んでいた。


 偶然が重なったのか?

 何も変わらないような日常が戻ってきた。

 戻らないものも当然あった。

 昼食のパンの量が少ないのは、あの人の贈り物が途絶えたから。


 屋上に出ると、心地よい日光と、爽やかな風が吹き抜ける。

 1人じゃない、3人の食事。

 数馬が最近の事情に関して話し始める。



「真弓姉さんに頼まれた?あの双子マネージャーのおもり?」

「はは、申し訳ない。恥ずかしいからなかなか言えなくてさ」



 今年1年生の女子マネージャーが誰も入部していない事を危惧した3年生が動いた。

 当然、裏で糸を引いていたのは3年生マネージャーの成瀬真弓。

 真弓姉さんらしい卑劣な手口に引っ掛かった双子姉妹がいたようだ。



「なるほどな、お前モテるもんな数馬」

「シュドウ、数馬のやつ真弓先輩に気があるからよ。あのS1クラスの双子の件、2つ返事で引き受けやがったぜ」

「その言い方は心外だな~僕の野球部に貢献したい気持ちと受け止めていただきたい」

「連休中も毎日練習終わっちゃあ、あの双子とイチャつきやがって、貢献もクソもあるかよ」



 出来る男の特権。

 結城数馬の甘いマスクに釣られた女子2人、今頃どうしているのか分からない。


 野球部1年生の結城数馬は、黒幕3年生。

 黙ってれば絶世の美女、成瀬真弓姉さんの指示により双子姉妹を野球部に招き入れていたらしい。

 俺をパンダ研究部に入部させる元々のきっかけは、成瀬真弓姉さんが裏で糸を引いていたせい。


 いつもの手口と言えば、いつもの手口。

 真弓姉さんらしいやり方にも思える。


 なんだか未来ノートを捨ててから、すべての人との関係途切れたように思い込んでいたけど。

 神宮寺姉妹、岬れな、結城数馬、成瀬真弓姉さんも、結局以前と何も変わらないような気がしてきた。


 未来ノートを捨てた日から、明らかな変化に気づいたのは、結局ごく少数の身近な人に感じられる。


 突然おどおどした超弱気で、そのくせメチャクチャ可愛い、中学時代に戻ったかのような成瀬結衣。


 珍しく公園で待ち合わせした約束を見事にすっぽかした朝日太陽。


 そして俺をバイト先に迎えに来なくなった蓮見詩織姉さんの3人だ。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





(ピンポ~ン)




 夜、自宅アパート。

 成瀬結衣に渡された紫色のCDプレイヤーでラジオ英会話の勉強中。

 突然アパートの呼び鈴が鳴る。

 玄関のドアを開くと、2人の友人の姿がそこにあった。



「太陽、数馬」

「ようシュドウ」

「やあ守道君」

「上がれよ2人とも」



 朝日太陽と結城数馬が、わざわざ俺の自宅アパートまで訪ねにきてくれた。

 今日は5月、大型連休明けの平日。

 3日間の日程で行われる中間テストまであと7日。


 明日は平日の授業がまだある。

 今は夜の8時過ぎ。


 おそらく2人は野球部の練習を終わらせてここへ来たはず。

 疲れているだろうに、わざわざこんなところまで何しに来たんだ?



「太陽はともかく、良いのかこんなところにいて数馬?男子寮の門限とか無いのかよ?」 

「おっと、もう戻れない時間だね」

「どうすんだよ数馬!?」

「はは、寮の母さんにはちゃんと事情は伝えてあるさ」

「寮の母さん?」



 太陽はこの後家に帰るだろうが、数馬は神奈川から単身、平安高校の男子寮で寝泊まりしてる。

 寮の母さんって誰の事だ?


 太陽が俺の家に入るなり、机の上にあった紫色のCDプレイヤーとラジオ英会話のテキストに目をやる。

 


「おいシュドウ。中間テストまで後1週間だろ?英語の勉強はそこそこにして、暗記で稼げる科目に勉強時間を集中させるんだ」

「それは一理あるね。守道君、中間テストは全部で10科目。大雑把に7割が平均点だとして赤点ラインはその半分」

「みんな7割も取るか!?10科目満点で1000点あるじゃん」

「平均点は7割の700点は見ておいた方が良いね。去年特別進学部にいた野球部の先輩の話だから、ほぼ間違いないと見て良いよ」

「700点の半分、350点が赤点ラインかよ……」


 

 10科目ペーパーテストの教科がある中間テスト。

 全部で1000点満点。


 現代文に古文、数学Ⅰに数学A、英語はもちろん、主要科目だけで5科目以上のペーパーテスト。

 他にも1年生には物理や化学といった授業も全員必須科目に指定されている。


 文系だからと言って例外なく中間テストはやってくる。

 そして選択科目、俺は日本史を選択している。

 理系の太陽は生物があるらしい、成瀬結衣も同じ生物の科目を受けるはずだ。


 赤点ラインは特別進学部3クラス平均点の半分。

 当然、年度によって変動するだろうが、7割から下手すれば8割も十分あり得る。



「おいシュドウ。とにかく目標は10科目で500点だ。全員満点の1000点は取れるはずがない」

「僕も同感だね。問題が例年よりも簡単なら、平均点が8割を超える可能性もある。まずは半分の500点さえ取れれば、赤点は絶対に回避できるよ」

「10科目で500点……」



 初めて明確になった、赤点回避の目標ライン。

 バカな俺。

 この中間テスト1週間前になって、目標とするべき赤点回避のラインすら明確に考えもしなかった。

 

 俺は入学2日目の学力テストで、1科目平均点26点の男。


 1科目26点を10科目受けて、実力1000点満点で260点しか取れなければ話にならない。

 今いるS2クラスから即降格、総合普通科へ来月にも転落してしまう。


 1科目平均点が26点だったのは先月の4月2日の話。

 あの時から俺は、分からないながらも日々勉強を少しづつ重ねてきた。

 少しはマシになっていると信じたい。

 英語だって、少しは分かるようになってきた。


 だが1科目50点、半分の50点、されど高い50点の壁。

 問題は学力テストよりも圧倒的に難しくなるはず。

 直近の授業の内容も、当然中間テストの問題の範囲に含まれて来るはず。


 今の俺は、未来ノートを捨てた、ただの高木守道。


 今年の1月、中学3年生。

 祇園書店で白い未来ノートを手に入れる前の、平安高校を受験する前の高木守道。



「シュドウ、まずは化学だ。この後物理をやる」

「お、おう」



 一度は授業でやったはずの化学。

 太陽が持ってきた問題集。

 特別進学部で行われる化学のテスト範囲を予想したフセンが問題集に貼られていた。

 理系で化学や物理が得意な太陽が予想している問題を俺も一緒に勉強する。



「シュドウ、陽イオンと陰イオンが静電気的に引き合って結合する、これがイオン結合だ」

「おう」

「これが共有結合、こっちが金属結合」



 化学を全然分かっていない俺。

 理系の太陽が化学の問題集を俺にレクチャーしてくれる。


 その後都合2時間程度、太陽は俺に付きっきりで化学と物理の勉強に付き合ってくれた。



「よし、今日はこんなもんだな」

「ありがと太陽」

「じゃあ後は任せるぞ数馬」

「オッケー」

「シュドウに手出すんじゃねえぞ」

「ははっ、はいはい」

「2人で帰るんじゃないのかよ?」



 突然太陽が帰り支度を始める太陽。

 数馬は男子寮の門限8時を突破して、もうすぐ夜の10時になる。

 


「じゃあなシュドウ、達者でな」

「ちょっと待てよ太陽!」



(バタン)



「さあ、始めようか守道君」



 結城数馬がおもむろにカバンから、日本史の教科書を取り出す。

 自宅アパートに夜、数馬と2人きりになる。

 もう夜の10時。



「日本史やるのか今から!?なんで教科書出してんだよ」

「ここに書いてある事からテストは出題される」

「当たり前だろそんなの」

「教科書に書かれている事、そのすべてが大事なんだよ高木守道君」







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 5月、中間テストまで残り6日。

 俺の審判の時が迫る。


 中間テスト、全10科目で1000点。

 半分の500点、1科目50点以上が目標。


 総合普通科への降格、赤点2回目のボーダーライン。

 太陽と数馬が教えてくれたように、もし去年の野球部の先輩たちの話が本当なら、特別進学部3クラスの生徒たちは最大で10科目7割近く点数を取る可能性がある。


 もし前年同様の平均点なら、赤点ラインは最大で700点の半分、350点。

 俺の実力は、先月の学力テスト、1科目26点。

 10科目で260点、それが先月の俺の実力の水準。


 目標は10科目で500点以上。

 問題が例年よりも簡単なら、平均点は8割を超える事だって十分考えられる。

 俺の戦う舞台は、総合普通科じゃない。

 特別進学部。

 弱肉強食の世界。


 最低でも500点以上欲しい。

 だが俺の先月の実力では260点の水準。

 少しばかり勉強したが、かなり絶望的な頭の悪さ。




(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)




 平日授業が終わり、学校の図書館を目指す。

 中間テストまでは残り6日、もう1週間を切っている。


 今日のS2クラス。

 さっきホームルームが終わって教室を出ていく担任の藤原宣孝先生。

 

 なんだか先生、今日教室から出ていく時、元気無い表情だったな。



『中間テスト、希望を捨てず、最後まで頑張りなさい。君が今できる最大限の努力を惜しまないように』



 以前担任の藤原先生に言われた言葉を思い出す。

 あの親睦会事件が入学早々の4月にあって以降、親睦会に行ったクラスメイトのよりどころは藤原先生1人に集中しているのを、S2クラスの一番後ろの席に座る俺は平日毎日見てきた。


 いつも温かい言葉をかけてくれる藤原先生。

 S2クラスの亀裂とも言うべき、クラス内のあつれきは、先生が日々1人1人の生徒へ声掛けを行う事で、徐々に心の傷も癒えていったように感じる。

 そう、俺自身も、藤原先生に支えられた生徒の1人。


 3年生の入る第二校舎の2階。

 図書館の前で、1人の男と遭遇した。

 こいつ、どこかで……。



「高木守道君だね」

「お前、どこかで……」

「はは、右京だよ、右京郁人(うきょういくと)。君のクラスの隣、S1クラスの生徒さ」

「そうか、じゃあな」

「まあ待ちたまえ」



 以前、神宮司の家から帰っている時に1度。

 2度目は、学生食堂で詩織姉さんと一緒にいた時にお茶を持ってきた男だ。

 なんで俺に話しかけてくるんだ?



「2月にあった平安高校の入学試験。君は本当に受験したのかい?」

「なにが言いたいんだよ」



 こいつ。

 以前、SAクラス担任で古文の先生の枕先生と同じような事を聞いてくる。

 いい気持ちしない。

 立ち去ろうとした俺に、右京が突然気になる人の名前を口にする。



「蓮見先輩、ようやく君の事を理解してくれたようだ。とても安心したよ」

「詩織姉さん……蓮見先輩が何だって?」

「もう君、最近会ってないはずだろ蓮見先輩と?」

「うっ」



 事実を突きつけられる。

 詩織姉さんは、未来ノートを捨ててからずっと。

 俺に会いに来てくれた事は1度もない。


 どこで何してるのかも分からない。

 俺にその理由なんて、分かるはずがない。



「図星だろ?」

「だったら何だよ」

「君1人ならまだしも、そんな君のせいで藤原先生まで」

「藤原先生がどうしたって?」



 こいつ何者だ?

 俺と蓮見詩織姉さんの関係まで知っているような口の聞き方。

 それに藤原先生が、一体どうしたって言うんだよ。



「何も知らない君に教えておいてあげよう。君が今度の中間テストで平均点はおろか、また赤点取るような事があれば、もはや君1人だけの責任では済まないからね」

「それ、どういう意味だよ」

「辞めるつもりだよ、藤原先生」



 辞める!?


 藤原先生が!?



「この前のS2の騒動に続いて、替え玉受験の生徒を放置した責任を取ってね」

「替え玉って、なんだよそれ。俺の事言ってんのかよそれ」

「さあ、それは自分で考えたまえ」

「ちょっと待て……」



 図書館の前の廊下で、右京郁人(うきょういくと)が歩いていくその先を目で追う。


 あんなに近くにいたはずなのに。


 こんなに距離が離れてしまった。


 蓮見詩織姉さんがそこにいた。


 蓮見詩織姉さんが一瞬、俺と視線を合わせてすぐに背中を向け、廊下の向こうへと歩き出す。


 詩織姉さんを知っていた右京郁人が、姉さんの背中の後ろについて、2人は視界から消えて行った。



 ダメだ。

 今は詩織姉さんの事よりも、もっと大事な事。


 藤原先生が、俺のせいで、辞めるかも知れない。

 ダメだ。

 今先生がいなくなったら、S2クラスが壊れる。


 みんな、みんな絶対に悲しむ。

 俺のせいで。

 俺が未来ノートなんか使って、この学校に入ったせいで。


 中間テストまで残り6日。

 赤点なんて取ってられない。

 

 赤点どころの話じゃ無くなってる。

 俺がギリギリ赤点回避したところで、平安高校の特別進学部に入れるような学力の生徒じゃないって疑われてしまっている。


 同級生のあの右京がそう俺を疑っているくらいの話。

 SA担任の枕草子先生からも疑われていた、入試の日の天気がどうだっただの、どこに座って受験しただの。


 嘘なんてついてないし、俺が受験したのは本当の事実。

 だが。

 学力テストの点数に、最近の小テストの点数の壊滅的な数字で疑われているに違いない。


 中間テストまで後6日。

 ダメだ。

 今の俺の実力じゃあ、藤原先生が辞める未来しかない。



 そんなの。



 嫌だ。



 俺は、走り出していた。

 俺は右京郁人と詩織姉さんが消えて行った方でもなく、向かっていた図書館に向かう事もなく。

 

 わらをも掴む気持ちで。

 走り出していた。


 未練を残したまま埋めた。

 未来ノートを捨てた、あの桐の木の下を目指して。

 走り出していた。

 学校を飛び出し、ただひたすらに走り続ける。


 正門を出て、御所水通りを走る。

 俺の実力ではダメだ。

 少しばかり勉強した俺の実力じゃあ太刀打ちできない、中間テストの10科目に。

 

 辞めてしまう。

 中間テスト、半分の500点すら取れない俺のせいで、先生が辞めてしまう。


 嫌だ、そんなの嫌だ。

 またみんなが不幸になる。

 俺のせいでみんなが。


 母校の小学校にたどり着く。

 校舎の裏庭、小さな池の近く。

 成瀬結衣が、太陽に告白した、あの桐の木の下。


 誰も姿が見えない。

 俺は木の下の記憶にある場所を、素手で土を掘り分ける。



 ごめんなさい。

 俺が勉強やる気がなかったせいで。



 ごめんなさい。

 俺が頭が悪いせいで。



 ごめんなさい。

 どうか俺にもう少しだけ、どうか時間を下さい。



 もっと、みんながやってきただけの勉強を。

 これから何倍もして、何倍も努力して取り返します。



 だからお願いします。

 どうか。

 俺にもう少しだけ、もう少しだけチャンスを下さい。



 母校の小学校。

 桐の木の下。



 ……あった。



 土の中から、紫色のビニール袋が出てくる。

 詩織姉さんからもらっていた袋。


 俺が不幸のノートだと思い込んでここに捨てた。

 白い未来ノートがこの中に入っているはず。



 ファスナーを開く。



 ……





 …………





 ………………何だよこの色。




 白じゃない。



 表紙も裏も、真っ白だったはずの未来ノートが。



 色が付いてる。



 青でもない。



 紫色でもない。



 前に、学力テストで、古文の答えが出ていた時の色。




――藍色(あいいろ)――



 藍色(あいいろ)のノートを袋から取り出す。


 ふいに。


 1枚の長細い紙が、桐の木の下の地面に落ちる。


 これ。


 この長細い藍色(あいいろ)の紙。



――――――――――――――


由良のとを 渡る舟人 かぢを絶え 


ゆくへも知らぬ 恋の道かな


――――――――――――――




 これは。


 神宮寺葵の短冊。


 良く分からない和歌。

 藍色の短冊、神宮司葵の詠った短冊。


 白い未来ノートの最終ページに挟み込んでいた短冊。

 この短冊と同じ藍色(あいいろ)に、未来ノートが染まってしまっている。


 どうしたんだこれ?

 土に埋めて捨てたのはもう先月の4月中旬の話。

 時間が経って、変色したのか?


 どうしたら土の中で、こんな藍色(あいいろ)に染まるんだよ白いノートが。


 そんな事はもうどうだっていい。

 このノートは、詩織姉さんからもらっていた紫色のビニール袋に入れていた、間違いなく先月まで俺が持っていた白い未来ノートで間違いないはず。


 表紙の色なんて今はどうだっていい。

 

 頼む。


 未来ノート。


 俺に。

 


『俺に未来を見せてくれ』



 恐る恐る、未来の問題が出ているかも知れない、藍色(あいいろ)の未来ノートの1ページ目を開く。


 来週の中間テスト。

 1限目の初日のテストは、化学。





 ……





 …………





 ………………きた!!




 出てる。

 問題が。

 それに……答えまで浮かび上がっている!?

 化学の問題と一緒に、真っ赤に浮かび上がった答えが一緒に映し出されている。



『イオン結合』『共有結合』『金属結合』



 化学の答えが赤く浮かび上がるのはこれで2度目。

 なんでだよ。

 なんで化学の答えが赤く浮かび上がる?


 この前、自宅アパートで、太陽が教えてくれた問題と似たような設問の答え。

 覚えられる、太陽が一度、同じような問題を俺に教えてくれたから。


 中間テストは全部で10科目。

 化学1科目だけ浮かび上がったところで勝ち目はない。


 来週の中間テスト、3日間の日程。

 初日の1限目は化学、2限目は現代文、3限目は古文、初日最後の4限目は数学。


 2ページ目を開く。


 嘘だろ!?


 数学の問題だけが浮かび上がってる!?


 現代文と古文は無いのかよ……。


 経験則で分かってる。

 未来ノートは、俺が受けるテストの順番に1ページ目から表示される。


 平安高校の入試もそうだった。

 入試問題の科目の順番に、未来ノートは未来の問題を俺に見せてくれた。

 現代文と古文は自力でやるしかない。


 藍色の未来ノートに浮かび上がる、2ページ目に映し出された数学の問題。

 しかも苦手の数学。

 ド・モルガンの法則、2次不等式……未来の問題が分かるだけマシだ。


 調べる。

 藤原先生、頭の悪いバカな俺のせいで、勝手に辞められてたまるかよ。


 中間テストまではまだ6日ある。

 図書館の問題集で調べてやる。


 藍色(あいいろ)の未来ノートのページを次々とめくる。


 英語の問題。

 クソっ、問題だけ、答え無し。


 以前は紫色で答えが出ていた英語コミュニケーションⅠ。

 相変わらず問題が出たり出なかったり。

 今度は答えも出たり出なかったり。


 中間テスト最終日の3日目。

 2限目は物理。


 きた!


 問題と一緒に、理由は分からないけど、また答えも赤く浮かび上がってる。


 ここまでで、問題と答えが同時に赤く浮かび上がっていたのは化学と物理の2科目。


 問題だけ浮かび上がっていたのは、数学と英語。


 正直キツい。

 平安高校の入試の時は、1カ月先の入試問題5科目を、蓮見詩織姉さんに問題解いてもらった答えを暗記するのに1カ月時間があった。


 かなりキツイ。

 すでに答えが出てる化学と物理の答えを覚えるのだけで大変なのに。


 数学と英語の未来の問題は答え無し。

 学校の図書館で問題を調べないといけない。


 中間テスト初日まであと6日。

 蓮見詩織姉さんにはもう頼れない。


 調べるしかない。

 自分1人の力で。


 中間テストの最終日3日目。

 最後の3限目。



『日本史』



 日本史が得意な結城数馬。

 この前、学生寮の門限無視して、俺のアパートに泊まってまで、深夜まで俺に日本史のテスト対策を付き合ってくれた。


 藍色の未来ノートをふたたびめくる。



 ……あった。日本史の問題だけ出てる。


 日本史の問題だけ。


 答え無し。


 これも調べるしかない。


 もうすでにキツイ。

 残り6日で、英語と数学の全問、未来の問題を調べ切れるか、覚えきれるか分からない。


 それに加えて日本史の問題まで全問調べるのはもう無理だ。

 とにかく時間が無い。

 このままじゃあ、あと6日で調べ切れずに、答えを覚えきれずに、タイムリミットを迎えてしまう。


 どうする?

 英語と数学を捨てて、日本史の問題から調べ始めるか?

 数馬がせっかく俺を鍛えてくれた。


 俺の家に泊まりに来てまで、深夜まで俺に日本史の出題範囲とテスト対策を俺に教えてくれた。

 野球部の練習で、平日の夜、明日も学校あるってのに。

 

 こんな俺のために、結城数馬は俺の勉強に付き合ってくれた。 

 数馬、俺、お前の事。

 

 白かった未来ノート捨ててから、偶然かも知れないけど。

 お前があの双子姉妹とばっかり仲良くしてて。

 俺、お前の事、疑ってて。



『高木ちゃん、あなたがお友達を信じようとしない限り。お友達だって、あなたの事を信じようとしないの』



 御所水先生の言葉が聞こえるような気がする。

 数馬が俺なんかのために日本史の勉強、あれだけ教えてくれた。


 太陽も言ってた。

 数学と英語は勉強抑えて、暗記で点が稼げそうな日本史の問題から調べ始めよう。


 数馬。

 俺、頑張るよ。

 お前が教えてくれた日本史の勉強、絶対に無駄にしないために。




 ……ちょっと待て。



 ……浮かび上がってくる。



 ……意味分かんないよ、この藍色(あいいろ)の未来ノート。



 未来に俺が受けるはずの。

 中間テスト最終日3日目、3限目の日本史の、未来の問題。


 日本史の問題の設問は空欄の白紙だったはずなのに。


 浮かび上がる答え。


 その答えの色。



――日本史の答えの色が、青色に浮かび上がる――



 もう俺は。

 この青い答えを信じる。


 日本史の問題は調べる必要はない。

 この青い答えを信じて、問題だけしか出ていない、数学と英語の問題を調べる事を考える。


 藍色の未来ノートを閉じる。

 

 調べる。

 数学と英語の問題の答えを1日、1時間、1分でも早く調べて、暗記を始める時間を稼ぐ。


 平安高校の入試の時は、覚えるのに1カ月も時間があった。

 中間テスト初日は6日後。

 もう1週間も残されてはいない。


 家には問題集も辞書も無い。

 学校に戻るか?


 違う。

 1分、1秒でも早く調べたい。


 あそこだ。

 この母校の小学校から一番近くにある、御所水通りの中央図書館に向かう事にする。


 閉館までまだ時間はある。

 苦手の数学の問題から答えを調べる。


 点数を稼ぐためには、答えが出ている化学、物理、日本史の答えの暗記を同時に始める。

 中間テストまで残り6日。


 だけど。

 これなら。

 十分戦える。


 母校の小学校の校舎の裏庭。

 桐の木の下の穴を塞ぐ。


 次の瞬間。

 俺は走り出していた。


 御所水通りの中央図書館。

 蓮見詩織姉さんはもういない。


 解くしかない。

 自力で数学と英語の未来の問題を。


 やるしかない。

 中間テストまであと6日しかないけど。


 数学と英語の中間テストの問題を調べる。

 化学と物理と日本史の答えを暗記する。

 たった6日。

 やるしかない。



『中間テスト、希望を捨てず、最後まで頑張りなさい。君が今できる最大限の努力を惜しまないように』



 何が赤点だよ、自分の事ばっかり考えてて、俺はなんてバカな男だったんだよ。


 残された時間は、あとわずか。

 藍色(あいいろ)のノートを手に、俺は中央図書館へ向けて走り出す。

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