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96.「十二単を着た2人」

(キ~ン)



「点呼取りま~す。れなちゃん」

「うっーす」

「はなちゃん」

「は、はい」

「以上です、御所水先生」

「さあ~行くわよ皆さん~」

「お~」



 5月、大型連休。

 関西国際空港国際線ターミナル。

 パンダ研究部部長、南夕子の点呼に答えるS2クラス岬れな、同じくS2クラス末摘花(すえつむはな)


 引率者は髪の毛おピンクの先生。

 御所水流。


 関西国際空港発、行き先はパリ、シャルル・ド・ゴール空港。


 引率者である御所水流先生と南夕子。

 親しげに会話する2人。


 それもそのはず。

 御所水流、パンダ研究部顧問も務め、二足の草鞋を履く謎の教師。


 元々美術部の顧問。

 部員はおろか、顧問まで幽霊だらけの謎の部活。


 パンダ研究部、部員総数6名。

 3年生の南夕子を筆頭に、幽霊部員、成瀬真弓、そして神宮寺楓の3人。


 1年生の神宮寺葵、高木守道、最後に入部した岬れなにより、パンダ研究部は滅亡の危機を脱する。


 最低構成人数6名のうち、半数が幽霊部員。

 顧問も幽霊。

 部員も幽霊。

 みんな幽霊。


 パリへと旅立つ4人。



末摘(すえつむ)さん、楽しく行こうね」

「は、はい」

「はいお菓子~」

「ありがとうございます」



 S2クラス、まだ部活に所属していない末摘花(すえつむはな)の表情から笑顔が絶えない。

 南夕子、暗黒のダークサイド。



『この子、絶対逃がさないわ』



 お菓子を与え続けられる末摘花。

 南部長のカバンはお菓子の家。



「はい末摘さん、さくさくパンダ~」

「わ~」



 ヘンゼルとグレーテル。

 パンダ研究部。

 ここは1度入ると2度と出られない、怖い魔女が住む不思議の世界。

 南夕子による、南夕子のための部活。

 それがパンダリサーチクラブ。


 セキュリティーチェック、出国手続きを終えて、飛行機に乗り込む4人の女子。

 御所水先生に話しかける岬れな。



「すいません先生、うちのキャンセルの手続きまでやってもらって」

「良いのよ~全部スポンサーちゃんがやってくれたから~」

「スポンサー?」



 世界に羽ばたく華道家、御所水流の行き先。

 


『ルーヴル・サロン』



 パリで今年行われる公募展。

 17世紀からある伝統のコンクール。

 ロダンの考える人が出展された事で有名。


 ここで日本を代表する華道家、御所水流の特別展示が企画されている。

 日本からパリへ17時間の旅。

 飛行機の座席はファーストクラス。



「先生、本当に良いんでしょうか?」

「スポンサーよスポンサー」



 御所水流につく謎のスポンサー。

 パリまでのファーストクラスは、1席100万円をゆうに超える額。


 ファーストクラスのボックス席。

 のびのびシート。

 女子4人の豪華な旅。

 機内食が運ばれてくる。



「ビーフorフィッシュ」

「ビーフ」



 迷わずビーフを選択する肉食系女子、岬れな。



「ビーフorフィッシュ」

「フィッシュ」



 おどおどしながらフィッシュをチョイスする、草食系女子、末摘花。



「あんた、パスポート持ってたんだ」

「御所水先生が一緒に行くって言ったら、お父さんが」

「ふ~ん」



 岬れなの隣に末摘花が座る。

 南夕子は御所水流とペア。

 女子4人を乗せた飛行機が、パリへと向かい飛行を続ける。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






(ブイ~ン)



 車内。

 車の向かう場所は不明。

 俺の隣には、古文をレクチャーする神宮司葵の姿。



「あのねシュドウ君、ここの姫君ともに都へ上りの意味は~」

「そのまんまだろ光源氏」

「凄いシュドウ君!」

「良いから次いこうぜ」

「じゃあはい、問題集ここだよ」

「ええ!?過去問やんの!?」

「ふふっ」



 黒光りの車に拉致された俺。

 道路を走る車の車内で、神宮司葵から古文のレッスンを受ける。

 おかしい。

 なんで俺がバイト休みの日に合わせてわざわざ。

 どうして俺が連休中の休みだってバレた?


 あっ。

 隣にいるこの子か。



「おい成瀬」

「えっ?」

「お前だろ、俺が今日バイト休みだって漏らしたの」

「ごめん」

「謝るなって成瀬」



 すぐ謝る。

 中学3年の頃までの成瀬のまんま。

 平安高校に入学してからの成瀬結衣とはやはり違う印象を受ける。


 車内で俺は、後部座席に神宮司葵と成瀬結衣にサンドイッチにされる。

 理由は、勉強を俺に指導するためらしい。



「シュドウ君、ここ違うよ」

「マジか!?」

「ふふっ」



 古文に関しては神宮司に頭が上がらない。

 というか、俺よりすべてにおいて頭良いこの子。

 俺のTOEICの点数、学年で最下位。


 俺の両サイドの女子、満点。

 ふざけるな俺、最下位だよ最下位。


 白い未来ノートを捨てたあの日から、明らかな変化を感じたのは俺の左にいる成瀬結衣。

 俺と神宮司のやり取りを隣で黙って見ている。

 自己主張しない。

 何も喋らない。

 俺に遠慮して、おどおどしてるようにも見える。


 

「シュドウ君シュドウ君」

「なんだよ光源氏」

「あそこ見て、おっきい看板」

「洋服の森山だろ?隣の赤木と看板の大きさで張り合ってるんだって」

「わ~」

「葵ちゃん、守道君のお勉強邪魔しちゃダメよ」

「うん、お姉ちゃん」

「楓先輩」



 後部座席で神宮司が外の景色を見始めたところで、前の助手席に座っていた神宮司楓先輩が後ろを覗きながら妹に注意を促す。



「守道君、後で渡したいものが」

「うっ」



 渡されるもの。

 神宮司楓先輩。

 上品な振る舞いとは別に、鬼のように絶対の一言を軽く俺に言ってくる。


 楓先輩が渡すとおっしゃられている。

 受け取るしか無くなる俺。

 

 数々の契約書にサインさせられた俺には分かる。

 現代文の問題プリントを以前大量に渡された事もある。



「あれ、もう終わってるかしら」

「もちろんです」

「良かった」


 

 嫌な予感が凄くする。

 現代文の鬼、神宮司楓先輩。


 それにしてもおかしいな。

 未来ノート捨てたはずなのに、楓先輩が以前俺に渡した現代文の問題プリントの消化状況を俺に確認してきた。


 未来ノートが不幸のノートだとか、大型連休に入って落ち着いて物事を考えられるようになった。

 何だか最近、不幸のノートとか、段々とどうでも良くなってきた。

 成瀬結衣の変化だけは、不自然に感じる程度。


 もう1人、大きな変化を感じる人、蓮見詩織姉さん。

 あの美人2年生の蓮見詩織姉さんだって、俺が義理の弟だからって毎日弁当渡してくるのはさすがにやり過ぎだと思い直したに違いない。

 むしろ弁当、無い方が自然な気がする。


 やめたんだよ普通に、俺をさも特別扱いするような事。

 紫色の風呂敷が毎日赤点男の俺に贈られる方が逆におかしかったに違いない。


 太陽が公園で会う約束すっぽかしたのも、あのS2の親睦会事件だって、偶然と言われればそれまでの話。

 正直もう、未来の問題さえまともに出ないようなあんな白いノート。

 紫穂に言われた通り、捨ててしまって正解だったかも知れない。



「だいぶん目的地に近づいてきたわね」

「はい」

「玉木さん、いつもの場所で」

「かしこまりました、楓お嬢様」



 運転手は玉木さんと言う名前らしい。

 助手席には楓先輩。

 後部座席に、女子2人にサンドイッチにされている俺。



(チラチラ)



 なんか。

 バックミラーを運転手がやたらとチラチラ見てるような。

 後ろに車、いないよな。

 一体なにをチェックしてるんだろ。


 それにしても、車内で久しぶりに会話をした神宮司楓先輩。

 というか、この超絶美人の3年生女子の先輩と、1年生で接点が基本無い俺が、日頃から頻繁にやり取りする事なんてそもそも発生しない。


 神宮司楓先輩は、いつも成瀬真弓姉さんとセットで動いている。

 むしろ真弓姉さんの方が最近姿を現さなくなった。


 真弓姉さんが俺に近づく事がここ最近無くなり、いつも行動を共にしている同じ野球部のマネージャーの神宮寺楓先輩とも接触する機会が無くなった。


 あれだけ誰これ構わず、俺の家庭教師をふっかけてきたのは、すべて真弓姉さんの仕業のはず。

 あの人一体、何を考えている?


 移動する車内で古文のお勉強が続く。

 古文において、おそらく学年で右に出る者がいないであろう神宮司葵。

 彼女の差し出す古文の問題集は、すべて源氏物語で占められていた。

 


「なあ神宮司」

「なに?」

「お前どんだけ源氏物語好きなんだよ」

「えへへ」



 わざわざ色々な古文の問題集を車内に持参。

 フセンをはって、源氏物語の問題だけを抽出して俺に解かせ続ける。

 これが意外にタメになる。


 なんせ独自の単語が多い古文。

 原文をいきなり読まされたあげく、読んだところの過去問を解かされ続けた。

 この子がいつもそうしてるなら、これを続ければあるいは古文だって得意科目に……まさかね。


 ただ、何というか。

 源氏物語に問題集のフセンが偏り過ぎてる。

 他にも古文の名作たくさんあるじゃん。



「こっちの徒然草はやらないのか?」

「う~ん……今度で良い」

「葵ちゃん、好き嫌いはダメよ。枕先生にも言われてるでしょ?」

「だって~」



 枕先生?

 そういえば、この前神宮司の家の玄関で一度すれ違った事がある。


 俺に間違いなく入試を受験したのか、根掘り葉掘り聞いてきた先生。

 神宮司の家に行って、何かしてたりするのかな。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



(キ~ン)



 フランス、シャルル・ド・ゴール空港に到着する4人の女子。

 1人は乙女心を持った立派な女子。

 心は乙女、体は男。

 


「来たわ~おフランスよ皆さん~」



 空港に到着後、エアポートシャトルで駅まで移動。

 パリ北駅を目指し、地下鉄で移動を開始。


 券売機で地下鉄のチケットを買う。

 10枚つづりで10ユーロ。

 


「地下鉄のチケット、お得な10回券のカルネがお得よ~」

「さすが先生~」



 おフランスの地下鉄に精通。

 引率者にガイドは不要。


 今日の宿にチェックイン。

 荷物を置いてすぐに目的の場所へと向かう。


 到着した場所はコンコルド広場。

 エジプトから送られたオベリスクがそびえ立つ。



「皆さん~このコンコルド広場は、かつてマリーアントワネットが処刑された場所です~」



 処刑場を観光。

 パリの歴史を感じる平安高校女子3人。

 南夕子、明日に控えるある目的地に想いをはせる。

 

 岬れな、末摘花。

 海外旅行のハイテンション。

 処刑場も観光地。

 マリーアントワネットの歴史に大興奮する文系女子2人。


 コンコルド広場から歩いて、シャンゼリゼ大通りに到着。



「皆さん~お昼にしましょう」

「わ~い」



 日本にもあるハンバーガーショップ、そのシャンゼリゼ大通り店に入る4人の女子。

 安心安全のジャンクフード。

 2階席からシャンゼリゼ大通りがよく見える。


 入口にはハンバーガーショップのメニュー表。

 ハッピーセットはパリには存在しない。


 シャンゼリゼ大通りから凱旋門に到着。

 遠くにエッフェル塔を眺める場所。



「先生、あれエッフェル塔ですよね」

「東京タワーのモデルとなった塔で有名よ~」

「凄い~」



 エッフェル塔に近づく4人。

 多くの人が集まる場所。

 今日の目的の場所に到着。



『ルーヴル・サロン』



「御所水先生」

「あら~お待た~」

「先生困ります。空港までお迎えに行くとあれだけ申しましたのに」

「あら~良いじゃない~お車だと授業にならないでしょ~」

「そうは申されましても」



 元々車の送迎が予定されていた御所水流様、御一行。

 わざわざシャルル・ド・ゴール空港から地下鉄と徒歩で移動。

 御所水先生いわく、これは課外授業の一環。


 世界をまたにかける、謎の美術講師。

 生徒への愛が止まらない。

 

 ルーヴル・サロン。

 フランス人だけではなく、世界に開かれた美術の祭典。

 エッフェル塔が見下ろす会場には、多くの報道陣も詰めかける。


 会場内の特別展示スペース。

 世界的華道家、御所水流の、生け花の実演が始まろうとしていた。



「御所水先生だ」

「御所水先生がいらっしゃったぞ」

「は~い、お待た~」



 フラッシュ撮影が始まる。

 御所水流、第54代、家元。

 謎の華道家。


 その乙女先生を見守る生徒3人。



「ちょっと待ってて~すぐ仕上げちゃうわ~」



 生徒3人。

 南夕子、岬れな、末摘花が見守る前で、華道家が大きな壺に次々と花を生ける。

 紫色の花を咲かせた大きな枝が、フランス、パリのルーヴル・サロンに集まる大衆の前で輝く。



「あっ、あの壺」

「岬さん。あれ」



 華道家、御所水流が紫色の花が咲く枝を生ける、その大きな壺。

 そのとても大きな壺が、紫色の花をつけた、桐の花を生けるのにちょうど良い大きさ。



「岬さん、あれ、高木君が美術の時間に焼いてた壺」

「……」

「岬さん?」



(パシャパシャ!)



 御所水流の作品が完成する。

 ルーヴル・サロンの美術の祭典にふさわしい、ダイナミックな生け花の作品。

 大きな枝が人の背丈ほどにまであり主張する、圧倒的紫色の花の存在感。



 作品名『桐壺』



(パシャパシャ!)



 報道陣のフラッシュ撮影。



「さあ高木ちゃん。あなたの作品で、わたしのこの熱い想いを受け止めて頂戴~もっともっと、あなたは輝くわよ~」

「先生!?そんなに興奮なさらないで下さい」

「先生をお止めするんだ」

「わたしは乙女よ!放しなさい、ファイヤーよ高木ちゃん~」



 止まらない作品への情熱と、生徒への熱い想い。

 生徒への熱い想いが作品となって爆発する。


 フランス、パリに空輸された高木守道の作品。

 日本を飛び越え、遠くパリの地で、桐壺となってこの世に誕生した瞬間であった。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「楓お嬢様、到着しました」

「では参りましょう」

「は~い」



 神宮司姉妹、成瀬結衣と共に訪れた場所。

 5月の大型連休、そこは人で溢れかえっていた。



『藤の花フラワーパーク』



「わ~」

「綺麗~」



 5月、大型連休、満開の藤の花。

 紫色の大藤は、県の天然記念物にも指定されているらしい。


 大藤。

 うすべに藤。

 むらさき藤。


 紫色の花。

 たわわに花房をつけ、藤の花のトンネルをたくさんの人が潜り抜ける。


 紫色の花が天井を覆いつくす。

 たわわな花房が、天井から幾筋も幾筋もぶら下がる。

 紫色の花の天井。


 それを下から見上げる神宮司葵と、成瀬結衣の2人が視界に入る。


 ふと。

 

 風が藤の花のトンネルを吹き抜ける。


 紫色の花房が揺れ、視界を紫色に染めていく。


 目の錯覚だろうか。


 私服姿のはずの神宮寺と成瀬。彼女たち、2人の姿。


 花に包まれた、2人の同級生のその姿。


 ふいに。


 十二単を身にまとう、とても美しい、2人の女性の幻となって、突然その美しい姿が目の前にあらわれる。


 幻を見ているのだろうか?

 

 その2人のあまりの美しさに絶句する。


 藤の花のトンネルの下で、笑顔でこちらを見ている、十二単を身にまとう、美しい2人のその姿に。



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