95.「下にいるよ」
4月月末、大型連休初日。
大型連休と言っても、週に数日登校日は存在する。
平日は当然のように授業。
連休のほとんどをバイトで埋めている俺。
それには訳があった。
それは5月中旬から始まる中間テスト。
中間テストは全10科目、3日間の日程で行われる。
大型連休が終われば中間テストへのカウントダウンが始まる。
身の丈を遥かに超える県下随一の進学校に入った俺に審判の時が迫る。
直近の授業内容も当然にしてテストの範囲に含まれる。
中間テストの直前は、土日のシフトを外してもらった。
その分、このゴールデンウィークはバイトも勉強も頑張る事にしている。
今日は大型連休初日。
余裕はまったくない。
遊んでいる暇など俺にはまったくない。
(レッツ・スピーク・イングリッシュ~)
自宅アパートで1人、英語の勉強を始める。
今は成瀬結衣に渡されている紫色のCDプレイヤーで2年前のラジオ英会話をレッスン中。
成瀬が本当に俺の事を忘れてしまったのかは定かではないが、過去の彼女に言われたレッスンを律儀にこなす。
英語の対策はこの英会話レッスンと、平日時間がある時は図書館で問題集をひたすら解くだけ。
白紙のノート、未来ノートではないノートにただ問題を解いて書き込んでいく。
誰もがやる普通の自習。。
出来る事をただ日々こなすだけの毎日。
(ピンポ~ン)
ん?
誰か来たな。
朝9時から昼の3時までバイトをこなした俺。
もうすぐ夕方、こんな時間に来訪者。
アパートの呼び鈴が鳴り、玄関のドアを開ける。
(ガチャ!)
「ようシュドウ」
「こんばんは高木君」
「太陽、成瀬」
驚いた。
特に約束は無かったのに、2人が突然俺のアパートにやってくる。
平安高校に入ってからは、2人が訪ねてくるのはこれが初めてじゃないのか?
「邪魔するぞ」
「失礼します」
太陽はこの前、公園での約束すっぽかした翌日に来て以来。
成瀬に至っては、久しぶりに会話する。
2人とも、一緒に来たようだ。
2人を家に入れる。
俺の机の上には、成瀬にもらった紫色のCDプレイヤーがそのまま置かれている。
「高木君、頑張ってるんだ」
「あ、ああ」
俺は成瀬の発言をとてもドキドキしながら聞いてしまう。
俺の勝手な勘違いかも知れないが、今の俺は未来ノートを捨てた、ただの高木守道。
あの白いノートが不幸のノートだったと思っている今の自分。
今の成瀬の一言では、俺が成瀬に指示されて2年前のラジオ英会話を勉強している事を、彼女が覚えているのかどうか分からない。
俺の気持ちを知ってか知らずか、成瀬結衣が俺に話しかけてくる。
「5月号だねそれ、今どの辺?」
「昨日エルミタージュ学院に入学した」
「レナちゃんとジャンヌちゃん?」
「それそれ」
「おい2人とも、なんだよその話?」
2年前の異世界ラジオ英会話の話。
転生したら伝説の聖女だった件。
英語のレッスンは超重要。
聖女の行く末が気になり、この2年前の異世界ラジオ英会話は止められない。
「太陽、野球部の練習終わったのか?」
「ああ。結衣が差し入れ持って来てくれてよ」
「ちょっと、朝日君。それ恥ずかしいよ」
「なんだよ結衣、別に隠す事じゃないだろ」
なんか成瀬がモジモジしてる。
なんだろこれ、凄いグッとくる。
成瀬の顔赤くなってて超可愛い。
未来ノートを捨てた後から、偶然かも知れないけど。
自己主張しない、いつもおどおどしてる感じの超弱気の成瀬結衣に戻ったような気がする。
単なる俺の気のせいか?
これで俺の100倍頭が良い女の子。
久しぶりに彼女に会ったのに、俺たち3人でいるからそう感じるのか、一瞬で幼なじみの彼女の魅力の虜になってしまう。
その後普通に3人で会話するのだが、終始太陽が主導で話す。
成瀬はほとんど発言しない。
顔が可愛いから、なおさら彼女の顔を見てしまう。
「悪いなシュドウ、英語の勉強の途中だったか。キリの良いところまで終わるの待ってるからさ、なあ結衣」
「うん、そうだね」
俺の勉強優先だって、2人は分かっている。
何かこの後話でもあるのだろうか?
2人が見てる前で、2年前の異世界ラジオ英会話の続きを終わらせる事にする。
成瀬結衣、私服、今日紫色のカーディガンを羽織っている。
最近彼女、昔はそうでも無かったはずなのに。
紫色凄く似合う女の子になったような、俺の勝手な思い込み。
「なに高木君?」
「べ、勉強中」
「ふふっ」
耳に髪をかける成瀬。
女の子らしい仕草。
まるで詩織姉さんみたいだな。
ただそこにいるだけなのに、胸が苦しくなるようなこの気持ちは何なんだ一体。
そうか、分かった。
詩織姉さんみたいだなって思ったの、姉さんはあんまり自分の事を話さない人だった。
成瀬、俺が白い未来ノート持ってた頃、やたらと積極的に話すようになって。
凄く自己主張するようになって。
「お茶、入れようか?」
「おい結衣、シュドウの邪魔するなって」
「ごめん」
すぐ謝る。
やっぱりいつもの成瀬に戻ってる。
俺の気持ちを知ってか知らずか、CDプレイヤーから、異世界の不思議な学校の風景が英語で流れてくる。
(『レナお姉さま。あの銅像なんだろね?』)
(『そうねジャンヌ。あら、ここにお名前が』)
(『見て見てお姉さま。伝説の農民像だって』)
異世界ラジオ英会話で、意味不明な英語が流れてくる。
なにやってんだよレナお姉さまたち。
ジッとラジオ英会話聞いてる俺を見つめてくる成瀬結衣。
クソっ。
この前まで俺にスパルタ調教してきたあの鬼教師の成瀬結衣はどこに行ってしまったんだよ。
私服の成瀬、超可愛い。
「ふふっ」
「うっ」
こんな可愛い成瀬に見られてたら。
お前がいたら。
(『レナお姉さま!銅像が変だよ!』)
(『ああ、ジャンヌ』)
ただでさえ訳わかんないシナリオのラジオ英会話聞いてるっていうのに。
勉強に。
集中できないだろ。
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「よし、物理と化学もこんなもんだな」
「悪いな太陽、こんな遅くまで勉強付き合わせて」
「シュドウ、中間テストまであと少しだ。悔いの無いように毎日を過ごせよ」
「頑張って高木君」
「お、おう」
理系の太陽が、物理と化学の問題集を持参して、中間テストの対策をしてくれた。
同じく理系の成瀬からも、S1クラスで行われた授業のノートを持参して中間テストの出題問題の予想まで俺にレクチャーしてくれた。
2人の好意が本当にありがたい。
未来ノートが幸せのネックレスだと思い込んでいた俺。
あの白いノートを捨ててから、すべての人との関係が消えたものかと思い込んでいた。
今日は太陽に加えて、成瀬も家まで来てくれた。
未来ノートを捨てたからこそ、素の俺と周りの人との繋がりを再認識するようになっていた。
大型連休。
成瀬が今日ここに来たのは、太陽が一緒だから。
それでも今の俺には十分だった。
むしろ、中学3年のその時まで、ずっとずっとそうだったのかも知れない俺と成瀬の関係。
今の俺には、身に余る優しさでもあった。
現に彼女は勉強を俺に教えてくれている。
太陽を見ている成瀬の横顔を、あのハンバーガーショップの2階で座る位置と同じ場所で、また彼女の可愛い横顔を見る事が出来て幸せすら感じてしまった。
陽が落ち、あたりはすっかり暗くなってしまっていた。
太陽が成瀬を家まで送って行ってくれるようだ。
2人が思いがけず、俺のアパートまで勉強を教えに来てくれた。
やはりこの2人との関係は。
俺にとって、大切な宝物のような気がする。
俺は2人がそばにいてくれるだけで幸せな気持ちに勝手になれる。
俺はバカな奴だなと、勝手にそう思ってる。
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(ピコン)
ん?
あれ?
(チュン チュン)
日の光が部屋に差し込む。
もう朝。
太陽と成瀬、昨日来てくれて。
ああ、今日はバイト無し。
1日休みだったな。
(ピコン)
(ピコン)
物理と化学で寝落ちか。
あれ?
なんかスマホ、ピコピコ鳴ってるような。
(ピコン)
(ピコン)
(ピコン)
うるさいなピコピコ。
はいはい、どうせまた買ってもないのに宝くじの当選か何かの迷惑メールだろ?
(ピコン)
(ピコン)
(ピコン)
(ピコン)
(ピコン)
(ピコン)
当たり過ぎだろ宝くじ。
スマホをクルン。
今度はいくら当たった?
1億か?
3億か?
―――― 神宮司葵 ラインメッセージ ――――
葵:―――――
葵:―――――
葵:『持ってきたよ』
葵:『もう出るよ』
葵:『正門過ぎたよ』
葵:『御所水通り過ぎたよ』
葵:『下にいるよ』
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下にいる?
(ピンポ~ン)
大家さんかな?




