91.「誰も来ない公園」
「お兄ちゃん」
「うん、なに?」
「悩んでる事があったら、いつでも私に相談して下さい」
「おう。サンキュー紫穂」
次の瞬間。
俺は走り出していた。
俺のカバンには白い未来ノートが入っている。
この未来の問題が浮かび上がる未来ノートを手に入れて、蓮見詩織姉さんに平安高校の入試問題を解いてもらって入学した。
俺は親友の朝日太陽と、その可愛い笑顔にずっと惹かれていた成瀬結衣を追って平安高校に入学した。
詩織姉さんがいたから、母さんのいたアパートに住み続けたかったから。
色んな思いでこの高校に入学した。
すべての願いを叶えてくれるとさえ思っていた白い不思議なノート、未来ノート。
その俺が勝手に抱いていた希望は、この2週間で大きく裏切られてしまった。
問題が出たり出なかったりするようになった、壊れてしまった未来ノートに翻弄される毎日。
壊れてしまった未来ノートと同じように、太陽と成瀬との3人だけの交友関係しかなかった俺の日常が大きく変化した。
そう、未来ノートを手にしてから。
成瀬、お前、太陽の事好きなんじゃなかったのかよ。
真弓姉さん、なんで俺にそんなに優しくしてくれる?
太陽が中学時代3年間、憧れ続けた神宮司楓先輩、どうして俺に勉強教えてくれるなんて言い始めた?
朝日太陽だけは違う。
あいつは絶対の俺の大親友。
『君、ここは今立ち入り禁止だ。すぐに自分のクラスに戻りなさい』
『シュドウ、夜いつもの場所。8時でも良いか?』
『お、おう』
やっぱり本当に信じられる友は、小学1年生からずっと一緒に過ごしてきた大親友の朝日太陽だ。
誰も信用できない。
きっとみんなが俺に優しくしてくれたのは、この未来ノートの力のせいに違いない。
未来ノートに映し出された未来の問題を解いて、テストで良い点を取る。
ただそれだけのノートだと思っていた。
違った。
そもそも未来の問題が浮かび上がる事も不自然な現象だったけど、このノートを持っているだけで、俺の周りの人間に大きな影響を与えていたに違いない。
問題が浮かび上がり、そして消える。
解いた問題が消える。
成瀬の太陽の記憶が消える。
ノートを持ってる。
周りが不幸になる。
だから俺が幸せになる。
幸せの未来ノート。
俺はその事に気づいた。
勘違いかもしれない。
だがここ最近の事実を裏付ける、未来ノートの裏の顔。
気づいてしまった。
このノートに浮かび上がる問題を解けば、消える1ページ目の問題と共に、俺に気を向けてくれる女の子が現れる事実を。
気のせいかも知れない。
だが事実は起こった。
S2クラスのほぼ全員を吹き飛ばした、この未来ノートの底知れぬ呪いの力を。
俺はその力に恐怖した。
気づくきっかけを作ってくれた、妹の持っていた本、幸せのネックレスの話。
不安になった。
だから妹に相談した。
不幸のノートだと気づいた俺は、この先どうすれば良いのかを。
『捨てちゃえばそれ?』
『えっ?』
オカルト、SFみたいな話。
そもそも平安高校の入試問題が、受験1か月前の今年の1月にあの白いノートに浮かび上がった事自体がオカルトなんだって。
だから俺の周りの人間がおかしくなった。
俺は魔法のチートアイテムを手に入れて、もろ手を挙げて大喜びで平安高校に入学してしまった。
結果、身の丈を遥かに超える特別進学部でもがきにもがき苦しんでいる。
それを感じ取った未来ノートが、周りの人間を不幸にし始めたに違いない。
そうだ。
それならつじつまが全部合う。
数馬だって、岬だって、同じS2クラスのあいつらが、何を喜んでこんな赤点男に優しく声をかけたりしてくれるんだよ。
俺があの2人なら、こんな赤点クラスメイトに声なんて絶対かけない。
バイト先も同じところとか、普通の女の子が絶対続けるはずがない。
俺はあてもなく街をさまよう。
未来ノートを捨てる場所を探す。
どこだ。
ごみ箱か?
街の公園に設置されたごみ箱。
誰かに拾われる可能性がある。
どこだ?
どこに捨てればいい?
この白い不幸のノートを。
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「あははは」
「きゃはは」
小学校の校舎の裏庭。
俺の母校。
校舎の裏の近くには、学童クラブに通う低学年から高学年の小学生の姿が見える。
俺も昔、あそこに通っていた。
朝日太陽と一緒に、あの学童クラブで出会った。
『一緒に遊ぶ?』
『うん』
先に誘ったのは小1だった俺。
ブロック遊び。
暇そうにしてた同じく小1の太陽を誘って、ブロックを組み立てて大きな船を作った。
大人からすれば小さな船かも知れないが、小1だった俺と太陽にとっては、たくさんの夢を積んだ宝船だった。
小学校に入ってすぐの話。
校舎の裏庭。
一本の桐の木が植えられている。
最近まであの紫色の花をつけるのが、桐の木だなんて知りもしなかった。
あれが桐の花だと気づかせてくれたのは、平安高校美術担当の御所水流先生。
近くには小さな池が今もある。
相変わらず濁った水の中で、鯉が元気に泳ぎ回ってる。
この場所に無意識にたどり着いてしまった。
この場所はあまり良い思い出がない。
『――私、朝日君の事が好きなの』
これも未来ノートの呪いだろうか?
俺は最近、たくさんの女の子から優しくされる事に大きな違和感を感じた。
幼なじみの成瀬結衣の、太陽への記憶の欠如に気づき彼女の変化を感じ取った。
違和感をたどりながら、蓮見詩織姉さんや、まわりのみんなが優しくしてくれる事に疑問を抱くようになってしまった。
みんなが俺に優しくしてくれるのは、きっと未来ノートの呪いのせい。
そして今日、Sクラスのほぼ全員が吹き飛んだ、みんなが不幸になったのもきっと。
オカルトみたいな話。
捨てれば分かるはず。
このバカみたいな話の結果が。
あれ?
桐の木の下に穴が空いてる。
どうやら学童クラブの低学年が、ふざけて穴を掘ったらしい。
この桐の木の近くには、ブロックづくりの用具設備の小屋がある。
掃除用のほうきや、スコップなどがたくさん並び置かれていた。
ちょうどいい。
穴を塞ごう。
捨てるかどうかも正直躊躇していた。
穴を近くに置かれていたスコップで塞ぐ事にする。
俺はカバンを開く。
中には1冊の白い未来ノート。
あれ?
この紫色のビニールの袋なんだっけ?
詩織姉さんのビニール袋。
ジッパーがついている。
これに入れてしまう事にする。
この穴に未来ノートを捨てる。
そうすればどうなる俺?
まず未来の問題が分からなくなる。
それは困る。
じゃあ開いて見て見よう。
1ページ目を開く。
はい、真っ白。
何にも問題出てません。
壊れてんだよ、この白い未来ノート。
来月赤点2回目をかけた、中間テストの問題なんて浮かび上がっているわけがない。
未来ノートを閉じる。
このノートを捨てればきっと、中学3年生の1月の俺に戻れるはずだ。
それは。
誰からも声をかけられない。
優しい太陽と、優しかった成瀬だけが声をかけてくれた寂しい高木守道という男に戻れる事を意味するはず。
連日、神宮司楓やら、成瀬真弓からラインでメッセージが来なくなる事を意味するはず。
違うか?
それが未来ノートの力だったんじゃないのか?
だから試す、ノートを捨てれば止まるはずだ。
それほど俺はこのノートを不幸なノートだと疑っている。
来るわけないんだよ俺に。
上級生の美人女子から、なんで赤点男の俺にラインなんかくるんだよ。
俺に優しくしてくれたのは、全部未来ノートを持っていた事で発生する呪いに違いない。
未来ノートをジッパー付き、紫色のビニール袋に入れ。
桐の木の下に空いていた穴に、未来ノートを埋めてしまった。
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夜8時。
太陽といつも男の話をする、太陽の家の近くにある公園。
街灯が1つだけ、薄暗い夜を照らす。
1時間。
2時間。
ベンチに座り続ける俺。
おかしい。
いつもなら、もう野球部の練習が終わって、太陽がデカい腕を左右に振って、大げさに笑顔で俺をシュドウと呼びながら駆け付けてくれるはずなのに。
今日に限って。
未来ノートと決別した今日に限って。
朝日太陽が待ち合わせの時間を過ぎても。
夜の公園に来る事は無かった。




