90.「幸せのネックレスの末路」
『幸せのネックレス』
蓮見詩織姉さんと一緒に英語能力検定4級の勉強をしていた時。
紫穂の持っていたグリム童話のような本の第1章に目を通した俺。
そのお話の主人公は幸せのネックレスを身に着けるなり、周りが次々と不幸になっていき、自分だけが憧れていたクラスの男子と仲良く下校できるとても怖いお話だった。
5人だけの1限目。
1限目が終わってもなお、残りの生徒はクラスに帰ってはこなかった。
(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
「1限目」
「終わっちゃったね」
「みんな……帰ってこないよ~」
「泣くなっしょあんた」
眼鏡女子の末摘さんがまた泣き出した。
泣き虫の女の子。
まるで、昔の成瀬結衣みたいな女の子だなこの子。
俺ももう気が気ではなくなってきた。
本当に誰も帰ってこない、5人だけのS2クラス。
もう普通じゃない、異常だ。
こんな事、絶対普通起こるはずがない。
(ガラガラーー)
「シュドウ」
「太陽」
授業合間の休憩時間に、隣のSAクラスから朝日太陽が入ってくる。
「大丈夫かよお前ら」
「ちょっとあんた」
「朝日君、今は君も入ってこない方が良いよ」
「うるせえよ、数馬は黙ってろ。それよりシュドウ」
まだ親睦会の一件で、俺たち5人も情報統制されてる。
今のS2クラスに入るのはヤバいって分かってるはずなのに、太陽はおかまいなしに話しかけてくる。
「こら、何をやっているそこ」
「ヤバい、日本史の江頭先生だよ太陽」
「君、ここは今立ち入り禁止だ。すぐに自分のクラスに戻りなさい」
「シュドウ、夜いつもの場所。8時で良いか?」
「お、おう」
「早くしなさい」
「うっす」
太陽がS2クラスの後ろの入口から出ていく。
日本史の江頭先生、こっちを見てまるで粗大ごみでも見てるような目をしてる。
すっかり学年のお荷物扱いだな俺たち。
今まで1人だけだったお荷物が、一気に25人も増えてしまったようだ。
学年どころか。
俺のいるS2クラス全体が、学校の中ですでにお荷物扱いされてるのかも知れない。
結局S2クラスの残り25人が教室に帰って来る頃には、お昼の休憩が始まる時間を迎えていた。
午後の授業は普通に行われたが、とても勉強をするモチベーションに誰もがなれなかったはず。
俺も気が気ではなかった。
明らかにおかしい事が続く毎日。
その違和感の先にある、間違いなく発端となった白い未来ノートの存在。
俺のロッカーにあるカバンの中に、その白い未来ノートが入っている。
あれのせいでおかしくなった。
あのノートのせいで、みんながおかしくなってしまったんだきっと。
俺みたいな赤点男が、女の子と仲良くなれたのも。
俺1人だったクラスのお荷物が、クラスのみんなごと、学校のお荷物にされかけてる事も。
きっと、きっと。
全部俺が未来ノートを使ったせいに違いない。
あれは絶対に、幸せのネックレスと同じ力が込められたノートだったんだよきっと。
きっとそうに、違いない。
気になる。
幸せのネックレスのお話の続き。
あの主人公。
幸せのネックレスを付けた主人公。
最後、どうなったんだ?
もし未来ノートの所持者である俺が、未来ノートを使い続けたら。
最後に俺はどうなってしまうんだ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(ピンポ~ン)
「は~いって、お兄ちゃん!?」
「紫穂、良かった、会いたかった」
「ウソ?なに?どうしたの!?」
「お前に会いたかったって言ってんだよ!」
「ええ!?」
俺は紫穂に会いたくて会いたくてしょうがなかった。
あの本の続きが見たかった。
あの本を持っている紫穂に会いたかった。
俺は学校が終わって、実家に直行。
「紫穂、本が見たい」
「エッチなやつ?」
「そっちじゃなくて金曜日にあっただろ、幸せのネックレスが載ってたあの本」
「あの本って、詩織お姉ちゃんのお部屋で見た本?」
「そうそう、それそれ」
「今わたしのお部屋にあるよ」
「あがるぞ紫穂」
「ちょっとお兄ちゃん」
見たい。
あの本の、幸せのネックレスの続きが。
詩織姉さんはまだ帰って来てない。
2階の洋室、紫穂の部屋に勝手に入ろうとすると。
「ちょっと変態!なに勝手に入ろうとしてるの!」
「どこだあの本?」
「言えば持ってくるわよも~」
(ガチャン!)
超怒られた。
しばし紫穂の部屋の前で待機。
(ガチャ)
「はいこれ」
「お、おう」
「1階で見てく?」
「おう」
興奮する俺。
幸せのネックレスの主人公の女子めぐみちゃん。
主人公が好きなクラスの男子ヒロトといつも毎日帰ってたあかねちゃんが、ヒロトにあんた誰?とか記憶無くしちゃう話。
この前、憧れだったヒロトと一緒に帰ってたよな。
どうなったあの後?
リビングの1階のソファに座る。
震える、手が。
怖い、このめぐみちゃんの末路が俺かも知れない。
「はいお兄ちゃん、お茶です」
「ど、どうも……(グビッ)熱っつぁ!?」
「お兄ちゃん!?」
コントやってる場合じゃないんだって。
いくぞ、読むぞ、頼むよめぐみちゃん。
――――高木紫穂の持っていた本 第1章「幸せのネックレス」続き――――
今日はみんなで社会見学。
大型バスに乗ってお菓子工場へ見学に向かいます。
今日も幸せのネックレスをつけてきちゃった。
2人がけの席の隣にはヒロト君。
ラッキー。
なぜだか知らないけど、ヒロト君の隣の席空いてたから座っちゃった。
高速道路に乗って、バスはグングン加速していきます。
「うわーーブレーキがきかない!?」
「キャー」
――――――――――――――――――――――――――――――――
(パタ!)
「はぁはぁ」
「お兄ちゃん?」
ヤバすぎだろこの話。
嘘だろ、怖くて続き読めないって。
「お兄ちゃん、お茶でも飲んで落ち着いて、はい」
「さ、サンキュー紫穂……(グビッ)熱っつぁ!?」
「お兄ちゃん!?」
紫穂のお茶熱すぎるって。
詩織姉さん、こんな熱いのグビグビ飲んでたのかよ。
そんな事は今はどうでも良い。
もう来るとこまで来ちゃった。
読んで帰らないと眠れなくなる。
もう最後まで読む。
―――――――高木紫穂の持っていた本 第1章「幸せのネックレス」ラスト――――――――
「バスが止まらない、ブレーキがきかない!?」
「キャー」
どうして?
ヒロト君が私を支えてくれてる。
こんな時に私を守ってくれる。
嬉しい。
おかしい。
なんか変。
この幸せのネックレスをつけてから、クラスのみんな、テストの点も悪くなっちゃったし。
結果的にわたしが一番良い成績だし。
あかねちゃん、ヒロト君と先週からずっと顔合わせてない。
おかしいよ。
ウソ。
もしかして、この幸せのネックレスって、そういう事なの?
「助けてーー」
「お母さんーー」
「めぐみちゃん。俺が最後までめぐみちゃんを守るよ」
このままじゃ。
きっと。
きっと。
最後は。
幸せのネックレスをつけてる、私とヒロト君だけ助かるんだわ。
(ピ~ポ~ピ~ポ~)
「怖かったねめぐみちゃん」
「う、うん。あっ、あかねちゃん」
「ヒロト!」
「あかねちゃん」
結局わたしのクラスメイトは全員助かりました。
突然バスのブレーキがきくようになって、高速道路の端にバスは無事に停車しました。
その理由はきっと。
わたしは、あの時、バスのブレーキがきかなくなった時。
幸せのネックレスをとっさに首から外しました。
外した幸せのネックレスを、バスの手すりにぶら下げました。
そしたら突然、ブレーキがきくようになって。
でも。
わたしには分かってました。
幸せのネックレスでバスもわたしたちも無事でしたが、きっと、他の誰かが不幸に―――。
――――――――――――――――――――――――――――――――
(パタ!)
「はぁはぁ」
「お兄ちゃん?」
ヤバすぎだろこの話。
「大丈夫お兄ちゃん、顔、青いよ?」
「し、紫穂ーー」
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「なんかお悩みあるんでしょ?」
「うん」
「妹に相談してみる?」
「うん」
新居実家、1階のリビング。
俺は熱いお茶が冷めるのを待ちながら、妹の紫穂に思い切って相談してみる事にした。
俺は幸せのネックレスの話が、未来ノートを手にし使い続けた俺の末路を暗示され、先の俺と俺の周りの人間の未来への恐怖に支配されていた。
今日は1限目から最悪。
S2のクラスメイトほぼ全員が親睦会事件で吹き飛んだ。
残された5人の生徒とは、とても仲良くなれた気がする。
この普通じゃない出来事の数々。
本当かどうか分からないけど、俺が未来ノート使っちゃったからなんじゃないのか?
「ふ~ん。不幸になるノートを買っちゃったの」
「うん、そう」
俺は紫穂に平安高校の入試問題分かってて受験して合格したとはいえず、オブラートに、かつ直球でまんま不幸になるノートを買ってしまったと妹に相談した。
「捨てちゃえばそれ?」
「えっ?」
なるほど。
その手があったか。




