89.第11章<藍色に染まる未来>「紛糾する理事会」
平安高校、理事会議室。
外部理事8名が緊急に召集される。
臨時理事会の開催である。
学校法人、平安高校理事長を務める、神宮司道長。
今期で節目の10期目に入る、絶対的権力者。
理事長席に座る神宮司道長の顔は険しい。
理事長以下、理事8人が集う理事会議室。
その会議室のドアが開かれ、平安高校教師2名が理事会に招集される。
平安高校特別進学部SAクラス担任枕草子、そして特別進学部S2クラス担任藤原宣孝。
「藤原先生、報告を」
「はい」
藤原宣孝。
先週金曜日、駅前のお店で器物損害事件が発生。
警察に補導されたのは、地元他校の高校生3名。
平安高校の生徒が補導される事は無かったものの、その場に居合わせた生徒が、警察から任意聴取を受けていた事実を報告する。
「藤原先生。今年のS2、生徒の管理が甘かったのではありませんか?」
事実関係の説明以前に、生徒への指導方法を強く叱責される担任の藤原宣孝。
「生徒たちも動揺しております。どうか生徒たちの心のケアを」
「親睦会と称して遊んでおいて、心のケアも何も無いのでは?」
「多数の女子生徒も含まれております。今後の学校生活に支障をきたさないよう、どうか生徒たちを第一に考えていただきたい」
「あなたの保身を叫ばれているように思えてなりませんな」
「そのような事は毛頭考えておりません」
事実関係が藤原宣孝先生から理事会へ報告される。
金曜日。
事件が起きた店へ、騒ぎの一報を聞き駆け付けた藤原宣孝。
口ごもる生徒たちも、担任教師の問いかけに素直に答える。
お店の1階に1つだけある大人数が入れる大部屋。
25人の生徒が楽しんでいた夕刻。
大部屋から一度外へ出たS2の女子生徒の数名。
そこへ、地元他校の生徒がS2の女子生徒の一部へ声をかけた事が発端となり、トラブルに発展。
他校生徒が誘いを断られた事に激怒し、拍子でお店の1階のガラスを割ってしまう。
1階大部屋の中にいた他のS2クラスメイトが出た時には、すでに警察が駆け付ける事態となっていた。
事情を把握し、学校へ一報を入れる藤原先生。
学校からは叶月夜、枕草子、江頭中将が駆け付ける。
1人1人の生徒の保護者へ連絡し、任意聴取が終わった生徒から保護者と共に帰宅させる。
最後の生徒を見送る頃には、すっかり夜を迎えていた。
「枕草子先生、事実関係に間違いはありませんでしたか?」
「生徒たちへのヒアリングを行いました。当該事実でほぼ間違いはありません」
深いため息をつく理事たち。
1人の理事が、S2クラスの担任へ厳しい言葉を発する。
「入学してちょうど2週間。楽しい学校生活も宜しいですが、平安高校の生徒としての自覚を教えるのがあなたの仕事ではないのですか?」
お店が被害届を出さず、地元の生徒側保護者との示談が成立。
器物損害事件そのものではなく、平安高校のブランドを傷つける風評被害に目を向ける理事の発言も多数。
反論できない担任教師。
一通りの事実関係が報告されると、一部の理事から他の話題が持ち上がる。
「替え玉受験の疑惑についても、わたしは報告を受けております」
「替え玉受験ですと!?」
「それはわたしは初耳ですな」
どよめく理事会メンバー。
職員会議にてすでに話し合われていた内容。
この場にいる理事1名からの突然の疑惑の告知。
残り7名の理事が驚きの表情を浮かべる。
その様子を黙って見つめる神宮司道長。
最初に話題を振った理事が、ある教師に説明を求める。
「枕草子先生、事実関係の報告を」
「はい。今回の一件とは別に、本年度入学試験において正答率9割の成績をもって入学した生徒が……」
S2クラス、枕草子より、神宮司道長理事長を含めた理事8人に対して説明が始まる。
その様子を隣の席で黙って聞く藤原宣孝。
理事会に参加する理事8名にどよめきが起きる。
その生徒の学力テストを含めた直近のテスト結果の報告がなされる。
臨時に招集され始まった臨時理事会。
ふいに持ち上がる替え玉受験疑惑に紛糾する理事会。
「私にも発言をお許し願いたい」
「藤原先生、今は先生の発言される時ではありません」
「長年平安高校を支えていただいた藤原先生のご貢献は我々も存じておりますが、こればかりは我々も黙ってはおれません」
紛糾する理事に割って入る藤原宣孝。
その隣の枕草子。
突然立ち上がり、発言する藤原宣孝先生を驚いた表情で見る。
「藤原先生、少しお控えになった方が身のためですぞ」
「いえ、どうか発言の許可を」
「あなたは今年定年の身ではありませんでしたか?」
「そんな事は今は関係ありません」
強い口調で理事に対峙する藤原宣孝。
一歩も引かないS2クラスの担任に対し、口を開く神宮司道長。
「発言の許可を。宜しいですかな皆様?」
「理事長がそうおっしゃるなら」
「ぜひ聞かせていただきましょう」
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無音の1限目。
自習という名の授業。
S2クラスに残る5人の生徒。
泣いていた女の子のそばに寄り添う岬れな。
自然と残り3人の男子もその輪に加わる。
先週金曜日の授業が終わり、夕方、S2クラスのほとんどのクラスメイトが親睦会へと向かった。
事前に前から申し合わせていたクラスメイトのほとんどが参加を決めていた。
夜から始まる塾を前に参加する者、部活に事前に休みを届出て参加する者、事情は様々。
このS2クラスに残る5人だけは、そのクラスメイトの輪に加わらなかった。
その5人の様々な事情によって。
岬と俺は土曜日に同じ駅前店のコンビニでバイトのシフトを入れていた。
駅前に並ぶお店の1つ、1階のガラスが割れ、警察が駆け付けていたのを目撃していた。
先週の金曜日の夕方、他のクラスメイトたちは間違いなくそこに向かったはず。
泣いていた女の子が落ち着きを取り戻すなり、岬が怒ったような口調で話し始める。
「まったく、土曜の朝見たあのお店のガラス。やっぱりうちの生徒のせいじゃん」
「そうじゃないだろ岬。駅前店の店長、割って警察連れていかれたのは、私服着た知らない学校の生徒だって言ってただろ」
「じゃあなんでみんな連れていかれたっしょ」
「そんなの俺が知らないよ」
ふたたび沈黙。
野球部で夜まで練習していたであろう結城数馬。
数馬は平安高校の敷地内にある男子寮で寝泊まりしている。
あの時間に駅前にわざわざ行く事は絶対にない。
もう1人の男子。
クラスメイトだけど1度も話をした事がない。
そもそも数馬と岬以外に、S2クラスで俺と話すやつはこれまで誰もいなかった。
「俺は氏家翔馬。金曜サッカー部で練習しとったで」
「へ~君、翔馬って言う名前なんだね」
「なんや、お前数馬ゆう名前かいな」
「ははっ、似てるね僕たち」
「ほんまやな」
氏家翔馬。
コッテコテの大阪弁、出身は聞くまでもなさそうだ。
翔馬と数馬。
サッカー部と野球部の2人。
ガリ勉ばっかりのS2クラスで、スポーツ系の部活に入っているのはこの2人くらいじゃないのか?
「こっちが僕の友人、高木守道君だよ」
「お前さん、赤点取っとった高木やな」
「どうも、赤点取った高木です」
「す、すまんすまん。そんなつもりやない」
「赤点取ったこいつが悪いっしょ」
「本当の事言うなよ岬~」
「ははは」
俺の赤点で場が和む。
俺って一体。
「あ、あの。わたし、末摘花です」
「へ~可愛い名前だね」
「そ、そんな。結城君」
「なに口説いてんだよ数馬」
「はは、そんなつもりはないよ」
イケメン爽やかボーイの結城数馬。
俺が女子なら今の一言で間違いなく撃沈必死。
ほら見ろ。
末摘花、顔真っ赤にしてるよ。
眼鏡女子。
すごく真面目そうで地味な子。
見るからに親睦会行くようなタイプじゃない。
それにしてもどんだけファン増えてくんだよ数馬。
場が和んだところで、末摘に声をかける数馬。
「末摘さんは金曜日、家にいたのかい?」
「うん。誘ってくれたのに断っちゃって、塾が始まるまで家に帰っちゃってて」
「普通っしょそれ」
「そうかな?」
「あんたも何か部活入れし。このまま3年過ごす気?」
「え~嫌だよ~岬さんは何部に入ってるの?」
「……こいつと一緒」
「高木君と?」
いきなり俺に話題を振ってくる岬れな。
こいつ、絶対部活の名前恥ずかしいから俺に言わせるつもりだ。
「そういえば高木君。この前のローズ先生の授業でパンダリサーチクラブって言ってたよね」
「覚えてたのかそれ!?」
「ははは」
「ふふふ」
1つの席を囲んで座っていた5人に笑顔が戻る。
パンダリサーチクラブには、人を笑顔にする魔法の力があるのかも知れない。
間もなく1限目の自習の時間が終わる。
他のクラスメイトは未だ教室に帰ってはこない。
末摘花の最後の一言で、再び5人全員の顔がこわばる。
「金曜日、みんな、どうしちゃったんだろうね」
再び5人が黙り込む。
情報が全くない。
憶測でしか何が起きたのか分からない。
氏家翔馬が口を開く。
「なんやトラブルに巻き込まれたんちゃうか?」
トラブルに巻き込まれた。
考えられる。
参加していた全員が関わった。
これって。
俺は何も成長してないのに、俺はテストの点が良いわけじゃないのに。
周りのクラスメイトがダメになって、俺だけこのクラスに残ってるのって。
『幸せのペンダント』
嘘だろ。
俺にとって、あのグリム童話のような幸せのペンダントの話って。
俺にとって、白いノート、未来ノートを使ったせいじゃないのか。
嘘だろ。
偶然だろ。
入学してたったの2週間で、本当にこんな事、起こるのかよ。
俺が未来ノートを手に入れたから。
俺が未来ノートを使ったから。
未来ノートに映し出された未来の問題、みんなより先に答えを調べてテストの日にその答えを書いて。
テストの日を過ぎたら消えてしまう、未来ノートの1ページ目の問題。
異変に気付いた成瀬結衣の記憶。
まるで太陽の記憶が消えてしまったかのような彼女の発言。
あの白いノート。
あの白いノートは。
『幸せのペンダント』
「どうしたんだい守道君?」
「顔色悪いで高木?」
数馬と翔馬が俺を心配して声をかけてくれる。
その2人の優しい声は、俺の耳には届いてはいなかった。




