87.第10章最終話「5人だけの1限目」
俺は昨日からずっと、最近の人との関係の違和感を追って、昔の記憶をたどってきた。
俺の中学生時代3年間、友人と言える関係にあったのは朝日太陽と成瀬結衣の2人しかいなかった。
だからこそ、俺は最近、あまりにも多くの人に優しくされる違和感に昨日気づいてしまった。
そのきっかけは、成瀬結衣の異変。
この平安高校に入学して2週間が過ぎ、普段野球部で練習をしている朝日太陽と日中過ごす事が少なくなってから、もっとも長い時を過ごしてきた幼なじみである成瀬結衣の異変と行動。
さすがに鈍感だった俺にも気がつくきっかけ。
それが成瀬結衣。
(ピコン)
ラインのメッセージ。
差出人は、成瀬結衣。
『高木君、ちゃんとお勉強してますか?ラジオ英会話終わったら報告下さい』
おかしい。
やっぱりおかしい。
この子がずっと気にしていたのは、朝日太陽のはずだ。
単なる幼なじみの俺に、普通ここまでしてくれるものなのだろうか?
彼女が太陽の存在を無視して俺にこんなラインを送ってくるのは、俺が思うに、本当に忘れているから。
なんで成瀬、この前自分が太陽の入部テストの応援に行ったの忘れてたんだよ。
成瀬が話した答え。
中学時代の最後にあった、俺と成瀬の2人で見に行ったかなり前の話。
全国大会の試合を野球場に一緒に見に行った時だなんて答えたんだよ。
もう去年の話だってそれ。
そうじゃない。
俺が答えて欲しかったのは、先週月曜日にあった平安高校野球部の入部テストに、お前応援に行ったよなって俺は聞いてた。
太陽はスポーツ推薦で特別進学部のSAクラスに入ってる。
だが平安高校野球部はSAクラスの生徒だからといって、自動的に入部できるわけじゃない。
当然入部テストに落ちれば、太陽は三度の飯より好きで好きでしょうがない野球ができなくなる。
入部テストの結果だけ聞きに、野球部に入れるかどうかが分かる結果が判明した夜に、バイト終わりに太陽の家に俺は行った。
その時、太陽の家の玄関で、成瀬結衣の姿を見た。
俺にお辞儀をして、無言でその場を走り去った成瀬結衣。
あの時の彼女は、まだ中学時代の成瀬結衣のままだった。
好きな男が人生かけて挑んだ大事な入部テストの結果が分かる日の夜。
成瀬結衣は駆け付けた。
太陽の家に。
あの時の彼女は、まだ俺の知ってる中学時代の成瀬結衣だったんだよ。
はっきりと違和感を感じたのがこの前、成瀬の家に行った時。
俺の最後の質問。
成瀬は太陽の入部テストに応援に行った事そのものを、本気で忘れてしまっているような回答だった。
広がり続けた人との関係。
幼なじみで、可愛くて、頭の良い成瀬結衣の不思議な変化。
俺と太陽にしか分からない彼女の変化。
過去の記憶の一部が消えてしまったかのような、不自然な彼女とのやりとりに感じた違和感。
俺は成瀬結衣にラインのメッセージを返す。
ちゃんとやったとメッセージを流すと、偉いと返してくるメッセージ。
なんでだろ。
あんまり、嬉しくない。
実家で一晩泊まり、偶然見る事になった紫穂の持っていたグリム童話のような本。
『幸せのネックレス』
あれ絶対、ウソに決まってる。
あんな人の道に外れるようなネックレス。
あんなの付けて、幸せですとか答えられるやつなんて、俺は絶対に間違ってると思う。
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月曜日。
平安高校に登校する。
正門を通り、並木通りの一本道、校舎に到達する頃には、あたりのザワつきように異変を感じ取っていた。
(「1年生らしいよ」)
(「S2だって」)
周囲を行き交う生徒の噂話が耳に入る。
なんだろ。
なんか俺、見られてるような気がする。
異変は1年生と2年生の入る、第二校舎に入るとさらに大きく感じてくる。
下駄箱を抜けて、階段で校舎の3階に上がる。
3階の奥、廊下を歩く。
まずSAクラスの前を通過する。
空いたままのSAクラスの中にいる生徒たちが、俺を見て何やらヒソヒソと噂話をしている。
陰口を叩かれているようで、あまり良い気分ではない。
続いてS2クラスに到着する。
廊下にあるロッカーに荷物を入れる。
すぐに気がつく。
3階の一番奥に位置するS1クラスの廊下で立ち話をしている生徒たちのグループ。
こちらの方を見て、SAクラスの生徒と同じようにヒソヒソと噂話をしている。
なんなんだよ今日は一体。
S2のクラスに入る。
なんだ?
「ううっ」
女子が。
泣いてる。
みんな黙ってる。
お通夜モードじゃん。
なんだよこれ。
なんでみんな下向いて、泣き出してるやつもたくさんいるんだよ。
「みんな揃ってるね」
教室の後ろの入口から、突然男の先生が入ってきた。
「SAクラス担任の枕だ。藤原先生はいらっしゃらない。理由は分かっているだろう、該当の生徒はすぐに廊下に出なさい」
(ガタガタガタッ!)
嘘だろ!?
ほぼ全員が一斉に立ち上がる。
意味分かんない。
ほぼ全員が、教室の後ろの入口から廊下に出ていく。
「君は行かなかったのかい?」
「え?なんの話です?」
「先週金曜日の夕方。駅前のお店に行かなかったのかと聞いている」
「金曜日……」
なにを聞かれているのか、突然S2のほぼ全員の生徒が立ち上がって廊下に出ていく光景を目の当たりにして、パニックで何も答えられない。
「岬さんだね。君は?」
「うち、部活行ってました」
「誰かと会っていたかな?」
「3年生の南夕子部長と一緒でした」
「なるほど」
何も答えられない俺を後回しにして、先にSAクラスの枕先生が岬れなへ話しかける。
「結城君は野球部かな?」
「はい」
野球部に所属する結城数馬。
当然野球部の練習。
ガリ勉の集まり、一般入試組のS2クラスの中で、スポーツ関係の部活に所属する珍しい存在の結城数馬。
「君は?」
「俺はサッカー部で練習してました」
「君は?」
「わたし、家にいました」
「なるほど。後で親御さんに話が聞きたい、大丈夫かな?」
SAクラス担任の枕草子先生が生徒への聞き取りのような事を始めている。
その間に、岬れな、結城数馬を含めて4人の生徒への聞き取りが終わる。
「泣くなっしょあんた。堂々としてろし」
「え~ん。だって、だってわたし、親睦会行きたくなくて、断っちゃって」
「うちも一緒。あんた悪くないし」
親睦会?
なんだよ親睦会って。
クラスでまだ話した事ない女子が泣き始めた。
岬が優しく言葉を泣いてる女の子にかけながら、ハンカチを差し出してる。
さすがの数馬も顔が暗い。
俺もだよ、なんだよこれ。
クラスに残ったのは俺を含めてたったの5人。
30人学級。
残り25人、全員が廊下に出ている。
「さて、高木守道君」
「は、はい」
「行ったんじゃないのか?君も一緒に」
「いえ、その」
「嘘はつかない方が身のためだよ。正直に答えて」
やっぱり尋問みたいだ。
怖い。
なんで俺が親睦会なんか行かないといけないんだよ。
「あんた、さっさと答えろし!」
「い、行きませんでした」
「では金曜日の夕方、君は授業が終わってどうしました?」
「友達の家に行きました」
「誰かと一緒に?」
「S1クラスの成瀬結衣と、神宮司葵と一緒に」
「……後で確認させてもらいます。ではここの5人は1限目は自習とします。くれぐれもクラスから外に出ないように」
S2クラスの扉が締められる。
まるで、どこにも出るなと言わんばかりに扉が締められた。
電子機器やスマホなどは、教室の外、廊下にあるロッカーにしまっておくルールがある。
連絡は誰とも取れない。
(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
むなしく、1限目の授業開始を知らせる鐘が鳴る。
S2クラスに残された、たった5人の生徒。
誰も先生はやってこない。
先生すらいない、たった5人だけの、自習という名の1限目が始まってしまった。
第10章<残された5人> ~完~
【ここまでの登場人物】
【主人公とその家族】
《高木守道》
平安高校S2クラスに所属。ある事がきっかけで未来に出題される問題が浮かび上がる不思議なノートを手に入れる。パンダ研究部所属。
《高木紫穂》
主人公の実の妹。ある理由から主人公と別居して暮らすことになる。兄を慕う心優しい妹。
《蓮見詩織》
平安高校特別進学部に通う2年生。主人公の父、その再婚を予定する、ままははの一人娘。主人公を気遣う、心優しきお姉さん。
【平安高校1年生 特別進学部S2クラス】
《結城数馬》
平安高校特別進学部S2クラス1年生。野球部所属。主人公のクラスメイト。
《岬れな》
平安高校特別進学部S2クラス1年生。パンダ研究部所属。主人公のクラスメイト。
【平安高校1年生 特別進学部SAクラス】
《朝日太陽》
主人公の大親友。小学校時代からの幼馴染。平安高校特別進学部SAクラス1年生。スポーツ万能、成績優秀。野球部に所属。
【平安高校1年生 特別進学部S1クラス】
《成瀬結衣》
主人公、朝日とは小学校時代からの幼馴染。平安高校特別進学部S1クラス1年生。秀才かつ学年でトップクラスの成績を誇る。美術部所属。
《神宮司葵》
主人公と図書館で偶然知り合う。平安高校1年生、S1クラスに所属。『源氏物語』をこよなく愛する謎の美少女。美術部所属、パンダ研究部所属。
《右京郁人》
平安高校特別進学部S1クラス1年生。
【平安高校 上級生】
《神宮司楓》
現代に現れた大和撫子。平安高校3年生。誰もが憧れる絶対的美少女。野球部マネージャー。神宮司葵の姉。
《成瀬真弓》
平安高校3年生。成瀬結衣の2つ上のお姉さん。主人公を小学生の頃から実の弟のように扱う。しっかりもののお姉さん。野球部マネージャー。
《南夕子》
平安高校3年生。パンダ研究部部長。
【平安高校 教師・職員】
《叶月夜》
平安高校特別進学部S1クラス担任教師。教科、英語を担当。
《藤原宣孝》
平安高校特別進学部S2クラス、主人公のクラスの担任教師。教科、現代文を担当。
《枕桑志》
平安高校特別進学部SAクラス担任教師。教科、古典を担当。
《江頭中将》
平安高校特別進学部、日本史担任教師。




