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85.「道を守る男」

 金曜日の夜。

 詩織姉さんの部屋。

 妹の紫穂と詩織姉さんが住む一軒家。

 今日、親は帰ってこない。


 お風呂上がりの詩織姉さんと妹の紫穂。

 2人からは石鹸の匂いがする。

 寝間着に着替えて、紫色のカーディガンを羽織る姉さん。

 マジ綺麗、マジ死ぬ。



「守道さん、出来たかしら?」

「も、もう少しです」

「お兄ちゃん遅いよ~」

「うるさいな紫穂は。お兄ちゃんなり頑張ってるんだから」

「本当に平安高校通ってるの?」

「見るか学生証?」

「守道さん」

「すいません」

「はい怒られた~」



 詩織姉さんの部屋で紫穂と一緒に英語能力検定4級の過去問を演習中。

 家庭教師は蓮見詩織姉さん。

 来月5月末に実施される英語能力検定4級の資格試験は、妹の紫穂も一緒に受験する。


 そもそも中間テストで赤点取れば、資格試験どころではなくなる今の俺。

 詩織姉さん、なんでこの時期にもう試験の勉強俺に始めさせるんだよ。

 本当にこの人は、何を考えているのか分からない。



「詩織お姉ちゃんここ分からない~」

「ふふっ、はいはい」

「お、俺も」

「ちょっとお兄ちゃん。今はわたしの番なの」

「いつ終わるんだよ」

「ちょっとこれでも見て待ってて」

「なんだよそれ」



 紫穂は詩織姉さんの部屋に勉強道具一式を自分の部屋から持参していた。

 なにか分からない本を渡される。



「ここはね」

「うん」



 詩織姉さんが妹の紫穂に英語能力検定のレクチャーをしてる。

 とりあえず妹の紫穂から渡された本でも見て、俺の番が来るまで待つ。

 

 妹の紫穂が持っていた本。

 いくつものエピソードやら話が1冊の本にまとめられていた。

 グリム童話のような表紙。

 中学2年生の紫穂。

 紫穂のやつ、普段どんな本読んでるんだよ。





―――――――高木紫穂の持っていた本 第1章「幸せのネックレス」――――――――



 私はめぐみ。

 中学2年生。

 わたしには好きな男の子がいます。


 私の好きな男の子は、クラスの人気者。

 とても優しくて、とてもカッコ良くて。

 仲良くなりたいんだけど、いつも声がかけられなくて。

 その理由は。



「ヒロト、一緒に帰ろう」

「良いよ、あかね」



 あかねちゃん、クラスで一番可愛い女の子。

 2人はお似合いのカップル。

 私なんかじゃ、ヒロト君に声なんてかけられないよ。


 1人で家に帰っていると、不思議なお店を見つけました。



「お嬢さん、ちょっと見ていきなさい」

「えっ?」



 おかしいな。

 こんなお店、昨日まであったかな?



「ほら、これを買っておいき」

「でも」

「これを付けると幸せになるネックレスだよ」



 お店の人に勧められた不思議なネックレス。

 小さな小さな宝石のようなものが付いてる。

 綺麗、ちょっと欲しいかも。


 衝動買い。

 あ~1000円も使っちゃった。

 お母さんに叱られちゃう。


 家に帰って、鏡の前でネックレスをつけてみます。

 うわ~凄く良いかも。

 ネックレスはあまり目立たないし、明日学校に持って行っちゃおう。

 

 次の日。

 1時間目の授業、突然先生から。



「これからテストをします」

「え~」

「抜き打ちかよ~」



 そんな、わたし全然自信ないよ。

 テストの問題、難しい問題ばかり。

 はぁ~いつも通り、全然出来なかった。


 次の日。

 先生からテストの解答用紙が手渡しで返却されます。

 はぁ~62点。

 いつもと同じくらいかな。



「めぐみさん、難しい問題でしたが良く頑張りました」

「えっ?」

「今回のテストで、クラスで一番良く出来ていましたよ」

「おお~」

「めぐみちゃん凄い~」



 嘘でしょ!?

 だって、わたしより偉い人一杯いるのに。

 他の子も、次々と解答用紙が返却されていく。



「うわ~何でこんな問題解けなかっただろ~」

「こんな簡単な問題、なんで忘れちゃったのかな~」



 おかしいな。

 みんな。

 わたしより点数低かったのかな?


 今日の授業はおしまい。

 ヒロト君、今日もカッコいいな。

 きっと今日も、クラスで一番可愛いあかねちゃんと一緒に帰るんだろうな。



「おい、あかね。一緒に帰らないのか?」

「誰あなた?」

「ちょ、ちょっとあかね」



 あれ?

 どうしてあかねちゃん、先にヒロト君置いて帰っちゃったのかしら?



「あの、めぐみさん」

「えっ?あ、はい」

「良かったら、一緒に帰らない」

「う、うん」



 嘘。

 初めてヒロト君から声かけてもらえちゃった。

 


『これを付けると、幸せになれるネックレスだよ』



 今日は制服の中に隠してつけてきちゃったネックレス。

 今日はクラスでテストの点数も一番だったし。

 ヒロト君が声もかけてくれたし。

 きっとこのネックレスの効果かも。

 

 憧れのヒロト君と一緒に帰れるなんて、わたし、凄く幸せ。




――――――――――――――――――――――――




「ありがとう詩織姉ちゃん~」

「どう致しまして」

「わたしお茶を沸かしてきます~。ちょっとお兄ちゃん、終わったからお兄ちゃんの番。もう本返して」

「えっ?あ、ああ」



 紫穂に本を返す。

 さっきの本の話、凄く気になる。

 主人公のめぐみがあの後どうなったのか、続きが気になる。


 紫穂のやつ、あの本どんな内容なのか分かってるのか?

 主人公のめぐみ、ネックレス付けたって全然テストの点数上がってないじゃないかよ。



「行ってきま~す」

「行ってらっしゃい紫穂ちゃん」



 主人公だって、別に女子力上がったわけでもない。

 モテるはずがないのに、ネックレス付けた途端、いきなりモテ始めた。

 いつもヒロトと一緒に帰ってたあかねちゃん、なんでヒロトの事、すっかり忘れちゃってたんだよ。

 

 まるで。

 まるで……成瀬結衣と一緒。



「守道さん、頑張れる?」

「は、はい。お願いします」

「偉いわ守道さん」



 さっきの本は作り話。

 ただの、作り話。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 平安高校に入学して今日で2週間の時が過ぎた。

 金曜日。

 成瀬家に招かれ、神宮司姉妹とも食事を共にした。

 幸せなはずの食卓を過ごし、1杯目と2杯目のカレーの味が忘れられない。


 ただ、なにか言い表せない、幸せには感じられない、大きな不安が俺を襲っている。


 さらに俺は今、実家の詩織姉さんの部屋で、3人の家族と一緒に並んで寝る。

 川の字になって、妹の紫穂と一緒に。


 蓮見詩織姉さんが布団の真ん中で寝る。

 左に紫穂、右に俺の布団を並べた。

 一軒家の2階に3部屋ある、俺の部屋にあった布団を持ち込んだ。

 夜まで話がしたいと言う、詩織姉さんからの提案だった。


 詩織姉さんと初めて一緒に寝られるとはしゃいでいた紫穂が軽く快諾。

 姉さんの部屋の小さな机を部屋の隅に寄せ、俺は部屋の窓側で問題集をひたすら演習。



「それでねお姉ちゃん」

「はいはい、ふふっ」



 女子2人は楽しくおしゃべり。



「ちゃんとやってるお兄ちゃん?」

「監視するなって紫穂」

「ふふっ」



 結局俺は深夜までみっちり英語の問題集を解かされ続け、疲労困憊で布団に伏した。

 勉強に関しては、成瀬結衣、蓮見詩織も鬼と化す。

 容赦のない問題集の嵐。

 

 俺のもう1つの実家、自宅アパートの机の上には、まだ解かれていない神宮司楓に渡された大量の現代文の問題プリントが山のように積まれている。

 マジ死ぬ。


 布団に入り、天井を見上げる。

 俺の右隣に布団が2つ。



「電気消しま~す」



 一番部屋の入口に近い紫穂が電気を消す。

 紫穂と一緒に寝るのは、母さんが生きていた頃以来だな。

 もう疲れたし、俺は寝る。

 明日の土曜日は、朝からバイトを半日入れてる。

 

 俺の隣で、家族の女子2人が暗い部屋の中で楽しい会話を続けている。



「紫穂ちゃんのお名前。名前に紫が付くのね」

「詩織お姉ちゃん、紫好きだよね」

「ええ、大好きですよ」

「紫はね、私がお母さんのお腹にいる時に通ってた病院に桐の花が咲いてたんだって」

「そうなのね。もうすぐ紫穂ちゃんお誕生日ですものね」

「うん」



 そうだった。

 5月は紫穂の誕生日だった。

 ちゃんと誕生日プレゼント買わないと。


 来月5月の中間テストで、赤点取る事ばっかり気にしてて。

 危うく、一番大事な事を忘れるところだった。

 大事な事を忘れるって……こんなに怖い事だったんだな。



『最後に1つだけ良いか成瀬?』

『も~なによ』

『成瀬お前、太陽の練習の応援、最後に行ったのいつだ?』

『えっ?』



 忘れる。

 消える。

 そういえば。


 詩織姉さんに解いてもらった、平安高校の入試問題。

 あれ。

 入試終わったら、未来ノートから綺麗さっぱり消えちゃったな。


 あれって。

 どうして消えちゃうのかな。


 願いが叶ったから。

 消えちゃうのかな。


 テストが終わったから。

 消えちゃうのかな。


 問題が消えるだけだと、未来の問題が未来を迎えたから消えちゃうだけだと思ってたけど。



『成瀬お前、太陽の練習の応援、最後に行ったのいつだ?』

『えっ?』



 真っ暗な部屋で、布団の中で天井を見上げる。

 平安高校に入って初日から様子が変だった。


 最近の成瀬結衣は、もう俺が小学3年から過ごしてきた成瀬結衣じゃなくなってる。

 明らかに違う人だ。


 今日の成瀬結衣。

 俺はずっと成瀬結衣が好きだった。

 自己主張しなくて、たまに怒って、太陽の野球の練習や試合があるたびに、太陽に視線を送る彼女の横顔を見る時に、彼女の魅力をとても感じていたんだと思う。


 可愛かった。

 とにかく可愛かった。

 けなげに太陽の姿を見ていた彼女に、俺はずっと惹かれていた。


 もう今の俺と成瀬結衣は、ただの生徒と先生の関係にすら感じる。

 勉強を教えてもらって、あの紫色のCDプレイヤーとテキストまで渡してくれた。

 

 幼なじみだから、そこまでしてくれた。

 中間テストで赤点取らないように、必死に俺に勉強を教えようとしてくれる。

 嬉しかった。


 だからこそ。

 昔の可愛かった成瀬がいなくなってしまった事が、俺の心にぽっかりと穴をあけてしまっていた。


 さっき紫穂の持ってた本。

 あれ。

 凄い今の俺と一緒な気がする。


 あの話、あのネックレス。

 全然自分が凄いわけじゃない。

 他人を不幸にして、自分が幸せになってるだけじゃないのかあの話って?

 もし俺の今の状況が、あの本と同じ状況なんだとしたら。



「ねえ守道さん」

「えっ?あ、はい」

「ちゃんと聞いてたお兄ちゃん?」

「聞いてたよ、紫穂が産まれた時、体重オーバーだったって話だろ?」

「太ってるみたいに言わないでよも~」

「ふふっ」



 真っ暗な詩織姉さんの部屋で家族で3人。

 詩織姉さんは自分の事はまったく話さない。

 紫穂と俺の生まれた時の話を聞いてくる。

 紫穂と俺の、名前の話。



「守道さんは、どうして守道さんという名前なのかしら?」

「えっと」

「お兄ちゃん、私が言ってあげようか?」

「うるさいぞ紫穂」



 昔、小学生の時に。

 そういえば、そんな作文授業であったな。



「人として正しい道を進んで欲しい、みたいな」

「道を守るって意味かしら?」

「はは、守道ですし、俺の名前」

「とても素敵なお母様だったのね」

「はい。俺の自慢の、大好きな母さんでした」



 俺の名前は高木守道。

 いなくなった母さんが考えてくれた、母さんからもらった、俺の大事な一生モノのプレゼント。



「お兄ちゃん、ちゃんと道、守れてるの~」

「よく迷う」

「ダメじゃんそれ~」

「ふふっ」



 詩織姉さんに言われて、今さらそれを思い出す。

 俺の事を、母さんと同じように、守道さんと呼んでくれる詩織姉さん。


 この人は。

 本当に。

 俺の本当の母さんに、よく似ている。




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