82.「古文 英文 ココヘブン」
「高木君」
「藤原先生」
美術室を後にした俺と成瀬結衣、神宮寺葵。
学校の正門を目指して校内を歩いていると、S2クラス担任の藤原宣孝先生に出会う。
「高木君」
「はい」
「今朝のTOEICのテスト。もう少し英語も勉強しなさい」
「すいません」
「ふふっ」
「え?」
開口一番、さっそく怒られる。
隣で聞いてる才女成瀬に笑われる。
神宮司に至っては、俺のテスト結果を気にもしていない。
「勉強は進んでいるかね?」
「はい、今日もこれから英語を勉強します」
「そうかね」
「先生、俺漢字技能検定受ける事にしました」
「それは大変良い事だ、頑張りなさい」
「はい」
いつも俺の事を気にかけてくれる藤原先生。
未来ノートに未来の中間テストの問題が映らない以上、目の前の問題集や試験だって勉強を積み重ねるより他に中間テストの対策は無い。
「先生~」
「はは、S1クラスの神宮寺さんだね。どうされました?」
「私もシュドウ君と一緒に試験受けます」
「シュドウ君?」
「おい神宮寺、先生の前であだ名を使うなよ」
「なんで?」
「なんででも」
「う~ん……分かった」
「ははは」
「ふふっ」
藤原宣孝先生と別れる。
中間テストまで本気出して勉強頑張らないと。
赤点また取ったら、俺の担任してくれてる藤原先生に申し訳が立たない。
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「なあ成瀬」
「なに?」
「なんでスーパー?」
「お買い物です。見て分からない?」
「そりゃ分かるんだけどさ」
「シュドウ君、レモン」
「そのレモン、ちゃんと返しとけよ」
「は~い」
青果コーナーでレモン片手にはしゃぐ神宮司。
あんな大豪邸に住んでるこの子を見るに、普段スーパーで買い物してる姿は想像できない。
「なあ神宮司」
「なに?」
「お前、スーパーで買い物とかした事あるのか?」
「ないよ」
「聞いた俺がバカだったよ」
「はい高木君、キウイ」
「11個入り!?なんでこんなに買うんだよ成瀬」
「この子たちが今なら限定で付くからです。わたしこれ大好きです」
「大好きです」
「キウイブラザーズだろそいつら~」
英語のレッスンを宣告されていた金曜日。
成瀬の家に向かう途中、近所のスーパーで普通に買い物。
「そのキウイブラザーズなら、けっこうデカいぬいぐるみ、この前コンビニの雑誌の付録に付いてたぞ」
「噓でしょ高木君、まだあるの?」
「ない。入荷即完売。秒だよ秒」
「ちゃんとそういう報告はしてよ私に~」
「報告してよ」
「さっきからうるさいぞ光源氏。成瀬の真似して言うのやめろって」
「えへへ」
「成瀬も何か言ってやれよ」
「葵さんは良いんです」
「なんで俺に厳しいのに神宮寺に甘いんだよ」
「ちゃんとお勉強できるようになってから言ってください」
「かしこまりました」
「かしこまりました」
グの字も出ない。
満点女子2人が笑ってる。
学年最下位の俺に発言権は存在しない。
女子2人のお買い物。
荷物係の俺。
もはや奴隷。
召使い。
(サッ)
あれ?
なんか誰かに見られてるような。
気のせいかな。
「高木君、こっち」
「こっちだよシュドウ君」
「お、おお」
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(プルプルプル~ピコン!)
(「会議中だ」)
「玉木です。葵お嬢様の件で至急ご報告が」
(「続けなさい」)
「はい。現在、成瀬結衣様とその使いの者が―――今のところ不審な行動は見られません」
(「万一の際はすぐに―――」)
「かしこまりました」
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「ただいま~って返事ない~」
「ふふっ」
成瀬家。
玄関には靴が3足。
平安高校、女子の綺麗な靴が2足。
少し汚れが付いた男子の靴が1足。
玄関に入る成瀬真弓、神宮司楓。
マネージャーがここに2人。
野球部の状況は不明。
まだ明るい時間帯。
「リビングいない~。ま・さ・か~2階かしら」
「ふふっ」
戸建ての一軒家。
2階への階段に向かう2人の上級生。
「楓、静かに」
「はい」
(ギギィ)
わずかに階段を踏み込む音が出る。
そっと階段に足を乗せる2人の上級生。
成瀬結衣の部屋のドアの向こう。
何やら話声が聞こえてくる。
(「……TOEICの復習!?もう出て……」)
(「……どこが分からなかったの?」)
(「全部だよ全部」)
(「全部」)
(「お前はちょっと黙ってろよ光源氏」)
(「黙るのは高木君の方です。はいこれ」)
(「マジかよ~」)
(「マジか」)
「あら」
「ちゃんとお勉強中です」
「も~つまんない~」
「真弓」
「分かってるわよ。1階降りよ」
「ふふっ、はい」
1階のリビングに戻るお姉さん2人。
冷蔵庫には、成瀬結衣がスーパーで買い物をして帰った野菜やお肉が入っていた。
「どうする楓?食べてく?」
「はい、そのように」
「よし、始めるか」
「ではわたくしも」
(トントントン)
台所に並んで立つ成瀬真弓と神宮司楓。
慣れた手さばきでまな板の上の野菜を切り刻んでいく。
「最近葵ちゃん、毎日学校が楽しいって嬉しそうで」
「それ良かったわね~。ずっと学校行けて無かったもんね~」
「そうね。結衣さんには本当に感謝してるわ」
「またまた~あらたまっちゃって~」
「あなたにもね真弓」
「褒めても何も出ないわよ~」
「ふふっ」
(トントントン)
「いつも練習見てたわよねあの2人」
「ふふっ。可愛い双子さんだったわね」
「結城君のファンまた増えちゃったわね~」
「朝日君と結城君。2人ともカッコいいものね」
「さすが、神宮司楓様は目の付け所が違いますな」
「あらそう?」
(グツグツグツ)
鍋に投入されるジャガイモ、ニンジンたち。
2階から誰か階段を下りてくる音。
「お姉ちゃん。楓先輩こんにちは」
「お邪魔してます結衣さん」
「ゆいちゃん、上どんな感じ?」
「TOEICの復習終わり。今は葵さんと古文のお勉強中です」
「あら~ちょっと高木甘やかし過ぎじゃない~」
「それはお姉ちゃんのせいです」
「え~やっぱ~」
「ふふっ。では私も良いかしら?」
「早く行ってあげて楓~高木のやつ、絶対お触りしちゃうから~」
「守道君はそんな人じゃありませんよ真弓」
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「それでね~」
「お、おう」
成瀬の部屋。
超女の子の部屋。
いつぶりだ?
小学生の時以来だろ成瀬の部屋なんて。
俺の記憶する限り、最後に成瀬の部屋に入ったのが小5の時。
太陽と一緒に3人で、百人一首の坊主めくりに3人でハマってた時期。
坊主めくりは、裏向きにした百人一首を交互に1枚ずつ引くルール。
殿が出ればそのまま1枚ゲット。
坊主が出たら自分の持ってる札を全部墓場に捨てる。
姫が出れば、墓場の札を全部獲得する。
殿の中には、坊主なのか殿なのか、どちらともとれる蝉丸ってやつがいて。
成瀬が引いた時だけ殿になる謎ルールで遊んでた俺たち3人。
あの百人一首の坊主めくり以来の成瀬の部屋。
俺はかつて胸をときめかせていた女の子の部屋で、神宮司と2人で古文の勉強をしている。
「いと、あつしくなりゆき~はね~」
「大層病弱になっていき~だろ」
「凄いシュドウ君!」
「はいはい。次これ、よく分かんない」
「これはね~」
源氏物語の第4巻を直接問題集代わりに使う神宮司葵。
2人で並んで源氏物語を覗き込む。
この子のやろうとしている事が段々と分かってきた。
この源氏物語の第4巻を俺に読ませて、また来週はこの第4巻で出題されてる問題集を俺に解かせるつもりだ。
決まり文句の単語はいくらか俺も暗記できるようになった。
何度も出てくる単語はさすがに覚える。
英語と一緒だな古文も。
この演習を繰り返して、俺は古文と言う科目に段々と慣れつつあった。
学力テストで最下位、赤点。
今朝もTOEICで最下位。
最下位という自分の現在地にも、悪い意味で慣れつつある自分。
(トントン)
「あっお姉ちゃんだ」
「楓先輩!?なんで分かるんだよお前!?」
(ガチャ)
「葵ちゃん?守道君入って良いかしら?」
「お姉ちゃん~」
成瀬結衣の部屋に神宮司楓がやってきた。
ただでさえ女の子の部屋にいるっていうのに、さらに天女が次々と出没する。
天国かよここ。
古文の勉強中の俺。
なんだろ。
楓先輩、手になんかプリントたくさん持ってる。
「守道君」
「楓先輩、それって」
「お勉強、足りないと思って」
鬼だ、この人。
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夕方。
俺のカバンには、神宮司楓先輩から渡された大量の現代文の問題が印刷されたプリントが満載されている。
成瀬家のリビング。
最初に昨日行われたTOEICのテスト問題、リーディング50問、リスニング50問の問題。
主催団体のホームページにアップされていた問題を、復習という名のもと、満点取った女子2人にレクチャーを受ける。
指導という名の調教。
「高木、おかわり食べる?」
「食べます」
「5000円ね」
「金取るんすか真弓姉さん!?」
「ふふふ」
成瀬家の食卓。
成瀬姉妹、そして、神宮司姉妹の5人で食卓を囲む。
「結衣ちゃんのお姉ちゃん、お料理上手~」
「まあ~葵ちゃん嬉しい~ゆいちゃんから言われた事ない~」
「ちゃんと毎日言ってます」
「嘘~最近全然可愛くないんだもん~」
「そんな事ありません」
「またまた~」
「ふふっ」
平安高校で輝く最強姉妹。
この食卓に赤点最下位男の俺が同席。
肩身が狭い。
しかもさっき成瀬の部屋で成瀬先生に脅されて、ラジオ英会話のレッスンさぼってないかチェックするだの勝手にラインに登録されてしまった。
QRコードだか、なんだかで簡単にラインは交換できるらしい。
やり方も何も分からない俺。
さっき成瀬の部屋で勝手に俺のスマホとラインを交換する成瀬結衣。
『(ピコン)はい高木君。ライン登録終わりました。レッスン終わったら毎日ちゃんと報告して下さい』
『毎日報告とか絶対忘れるって。俺の事分かってるだろ成瀬?』
『許しません』
『無理だよ~』
『無理』
報告なんて明日には絶対忘れてる。
俺の行動を監視下に置くつもりか成瀬は?
リビングで再びカレータイム。
「俺の行動を監視するためにライン交換したのかよ成瀬」
「違います。だって高木君、いつもどこで何してるか全然分かんないでしょ?」
「なんだ~ゆいちゃんもちゃっかりしてるんじゃん~。朝日君のは?」
「もう知ってます」
「さすが~」
太陽はすでに成瀬のライン知ってるって言ってたし。
俺も遅ればせながら、3人の仲間入りを果たす。
スマホ、持ったら持ったで周りの人間に次々と繋がっていく。
俺の行動も逐一バレる。
それはそれで大問題。
それにしてもこのカレー、マジで上手い。
口は悪いが、成瀬真弓姉さんの料理の腕は半端ない。
女子力高すぎ。
「お姉ちゃん」
「なに葵ちゃん?」
「わたしね、シュドウ君とライン交換したの」
「あらあら」
「ちょっと高木、どさくさに紛れて何やってんのよあんた」
「違いますって。いつの間にかそうなってたんですって」
「嘘ついてんじゃないわよ」
今日1日で、成瀬はおろか神宮司ともライン交換されてしまった。
さっき成瀬の部屋で、成瀬と俺がライン交換したのがうらやましかったのか、神宮司も自分のスマホを成瀬に差し出した時、事件発生。
『結衣ちゃん、わたしも』
『(ピコン)はい葵さんのライン。これでわたしと一緒』
『結衣ちゃんと一緒~。シュドウ君のスマホ紫色なんだね』
『それ返せよ光源氏』
『(ピコン)はい』
『まったく……ああ!?お前なに勝手に俺のライン交換してんだよ!?しかもなんだよこの源氏物語みたいなスタンプ』
『えへへ』
『えへへじゃないよ』
俺は赤点崖っぷちにいるS2クラスの住人。
S1クラスの才女2人とライン交換。
もう訳分かんない。
俺の想像していた平安高校の学校生活とはかなり違う。
「高木、その紫のスマホ没収」
「ダメですって真弓姉さん。これ無くしたら、俺殺されちゃいますから絶対ダメです」
「なにそれ?」
「ふふっ」
この後呼び出しをさらに食らっている俺。
紫色のスマホの本来の名義人。
俺は紫スマホのただの所有者に過ぎない。
「はい没収~」
「ちょっと真弓姉さん、やめて下さいってふざけるの」
「も~いつの間にラインこんなにたくさん交換……あー!?なに、なにこのパンダ!!」
「ああ!?それダメですって姉さん!?」
「なにお姉ちゃん?」
「見てゆいちゃん、これ~」
「ダメ、絶対ダメですってそれ!」




