81.第10章<残された5人>「開花」
(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
金曜日。
長かった1週間の授業がようやくすべて終了する。
「は~い。それでは皆さん注目~」
誰だっけあの子?
授業が終わるや、教室の前で女子が1人声を出す。
「先週の親睦会、楽しかった人~」
「は~い」
先週の親睦会。
知ってはいたが、行かなかった。
S1クラスとSAクラス、特別進学部3クラスの合同親睦会。
そこに参加して横の繋がりが出来たであろう、S2のクラスメイト。
その輪に漏れる、数人の生徒。
「今日は事前にお伝えしていた通り、うちのクラスだけで親睦会行っちゃいます~」
「キャ~」
S2クラスは一般入試組。
ほぼ全員がガリ勉の男子や女子の集まり。
入学して2週間が経つ。
学校生活にも慣れてきて、クラス内でイベントを企画したようだ。
「やあ守道君」
「盛り上がってるな数馬」
岬はどうか知らないが、結城数馬のようにスポーツも出来て勉強も出来る生徒は、うちのクラスではほんの一握りのはず。
本来、数馬のように野球部で朝日太陽に張り合えるほどの実力がある奴は、スポーツ推薦でこの平安高校に入学する生徒が大半だ。
数馬は太陽を追って、神奈川の高校では無く、あえて一般入試でこの平安高校の特別進学部に駒を進めた実力者。
「結城君も一緒に行こうよ~」
「ははっ、僕は残念ながらパス。野球部の練習があるんだ」
「え~」
ルックス最強。
爽やかイケメンボーイの結城数馬。
おまけに性格も最高。
俺が女子なら絶対にこいつと付き合う。
「岬さんはやっぱりダメ?」
「ごめん。うち部活あるし、また今度にする」
「え~残念〜」
学力テスト、赤点男の俺。
誘われるわけの無い俺。
今朝はおまけにTOEICで最下位の点数を叩き出した。
42点を叩き出した俺の英語力。
中学生の平均スコアが50点を超えるらしい。
教えをいただいている幼なじみの逆鱗に触れてしまった。
『高木君。今日学校が終わったら、すぐにうちに来て下さい』
はぁ~。
多分レッスンの量増やされる。
成瀬結衣。
意地でも俺の来月赤点阻止に向けて、全力で俺に課題積んでくるに決まってる。
中学生時代からすっかり豹変してしまった。
きっと俺のせいに違いない。
あの子今朝のTOEIC満点だったよ。
英語に関しては何1つ穴が無い、得意科目英語のスーパーウーマン。
あの子がこうしたら良いって勉強法、最下位の俺が否定するわけにはいかないよな絶対。
「うっーす」
「岬、これから部活?」
「うっーす」
「じゃあな」
片言で分かり合えるようになってきた岬れな。
この後彼女が部活行くの知ってるから、この程度のやり取りで十分分かり合える。
「じゃあね守道君」
「おう、練習頑張れよ数馬」
「了解」
爽やかに野球部に向かう結城数馬。
数馬が廊下に出るなり、左隣りに位置するS1クラスから2つの影が数馬の後を追いかけていくような、いないような。
まあいっか。
ロッカーから荷物を取り出す。
今日も帰ったら一応未来ノートチェックしておくかな。
最近ずっと白紙のまま。
TOEICの問題なんて1問も出やしなかった。
廊下にもあるロッカーから、未来ノートの入ったバックを取り出す。
ああ、そうだ。
成瀬のとこもそうだけど、今日詩織姉さんのところにも寄らないといけなかった。
行かないと怒られるよな、今日金曜日だし。
「シュドウ君」
「うわ!?なんだよ光源氏」
「高木君、お疲れ様です」
「成瀬もお疲れ、なんでそんなに怒ってんだよ」
「別に怒ってません」
「怒ってません」
「絶対怒ってんじゃんよ」
神宮司がふざけて成瀬と同じ事を続けて言う。
今日初めて成瀬と会った。
メチャメチャ怒ってる。
小学3年生から彼女の顔を見続けてきた俺には分かる。
成瀬はいつも可愛い顔。
怒ってる顔は珍しいからすぐに分かる。
「今日アルバイトは?」
「今日はフリー」
「では行きます」
「行きます」
「おい、なんで真似して言ってんだよ神宮司」
「だって行くよ」
「は?どこに」
「結衣ちゃんち」
「……成瀬。俺に分かるようにこの子の翻訳頼む」
「葵さんも一緒に行きます」
「行きます」
マジかよ。
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第一校舎の下駄箱。
校舎出口のすぐ外で待っていると、成瀬結衣と神宮司葵が出てくる。
「ふふ~ん」
「神宮司、お前楽しそうだな」
「だってだって、お友達のおうち初めてなの」
「そうなのか?」
「そだよ」
珍しいと言うべきか、この歳の女の子が友達の家行くのが初めてとか嘘だろ?
この子が嘘をつくような子でも無いのは分かってるけど。
小学生の時も合わせれば、成瀬の家だって、太陽の家にもいまだに出入りしている俺。
友達の家に行くのが初めてとか言ってるこの子の言う事はとても信じられない。
「高木君、ちょっと美術室寄っていい?」
「もう靴履いちゃったよ」
「良いの。御所水先生、今日は美術室の外にあるカマドにいらっしゃいます」
「カマドって、あの外の小屋のとこ?」
「そうです」
「そうです」
神宮司が相変わらず、成瀬の言う事を最後に真似して言っている。
「葵さん、そっちじゃなくてこっちですよ」
「あ~」
さっそく迷子1名発生。
楓先輩、今日は迎えに来ないのかなこの子?
成瀬の家に行くって言ってる時点で、すでに報告済ませてるのかも知れないなきっと。
「成瀬、今日も英語?」
「当然です」
「マジか~」
「マジか」
成瀬先生、英語の勉強する気満々だよ。
3人で平安高校から成瀬の家に歩いて向かう。
校舎の外に張り出されていたTOEICの結果ボードはすでに撤去されていた。
あの一番上に、俺の前を歩く2人の女子が満点取って表示されていた。
彼女たち2人の背中から、これまで2人が積み重ねてきたであろう勉強時間は見えない。
「ふふっ」
「えへへ」
はたから見れば普通の女の子2人。
もし人間の学習時間が俺の目に見えたのなら、彼女たち2人の勉強時間の棒グラフは、この空の遥か雲の彼方まで突き抜けるに違いない。
美術室の外に到着。
いた。
おピンクの髪の毛をした御所水先生の背中。
「あら~結衣さん~葵さん~」
「先生~」
女子3人がキャピキャピしてる。
俺は絶対あの輪の中にまじらない。
「高木ちゃん~」
まじっちゃったよ。
「ほら見て高木ちゃんのお壺」
「うわ!?なんか色この前から変わってません?」
「そうよ~良い感じ~来週の授業で焼いちゃうわ」
「焼くんですか壺って?」
「そうよ~本焼きっていう工程ね。来週は男の子たちに薪を割ってもらいましょう」
「マジすか~」
「マジすか」
来週の美術Ⅰの時間で、いよいよ俺の壺がカマドに投入されるようだ。
みんなの小さい壺やら花瓶は、美術室の中にある小さなカマドで十分。
俺のだけデカい。
だから外のこのデカいカマドで焼かれるらしい。
ゆえに薪割りに男の子が投入される。
美術Ⅰに体力が必要になるとは思わなかった。
「高木ちゃん〜見て見て上〜」
「あっ、なんか咲き始めてますね」
「桐のお花よ~今年も綺麗よ~」
「わ~」
「本当、綺麗ですね御所水先生」
神宮司葵と成瀬結衣も桐の木の花を見上げて声を出す。
今年は例年よりも温かい4月。
美術室の外に植えられた1本の桐の木。
その枝には、紫色の花が何輪も咲き始めていた。




