表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/173

8.第1章最終話「運命の入試」

 平安高校に合格したらもう1度、3人で遊びに行く。


 あの日の誓いから1カ月が過ぎた。

 あの日以降、太陽と成瀬、そして俺の3人の関係は改善した。


 2人は俺に勉強を教えてくれると申し出てもくれた。

 だがその申し出を、俺は断り続けていた。


 ここからは俺1人で勉強したい。

 人の言う勉強と、俺の言う勉強は違うもの。


 俺の言う勉強とは、未来ノートに映し出された平安高校の入試問題を事前に解いて暗記する事。

 模範解答を作ってくれた、蓮見詩織姉さんの答えを暗記する事。


 受験に失敗しても、太陽と成瀬の2人のせいにしたくないからと、それらしい理由を言って一緒に勉強する事を断り続けた。


 英語と数学は特にタチが悪い。

 国語の長文問題だってそうだ。


 平安高校の特別進学部受験。

 もはや蓮見詩織姉さんの解答が合っている事を信じて暗記するしか、今の俺には手立てがない。


 英語の長文問題、数学の難しい公式、国語の記述式問題。

 事前に分かっていても、100点どころか高得点を取る事が難しい科目がとても多い。


 未来の問題が分かると言っても、それをそのまま点数に結び付けるのは難しい。

 答えが載っているわけではないこの未来ノートの弱点。


 俺の勉強。

 勉強すると発言すれば、今はすっかり未来ノートに印字された問題の答えを事前に調べる行為に変わってしまった。


 ただ俺がテストの点数で、今までにない高得点をたたき出す度、太陽と成瀬の顔から笑顔が溢れた。

 俺はそれが嬉しくて……どうしても未来ノートを……手放せなくなってしまった。


 壊れたとすら思っていた3人の関係も、成瀬の告白から1カ月も経つとまるで無かった事かのように戻りつつあった。

 その3人の中心に、不思議といつも俺がいる気がした。


 今まで話題の中心は、いつも野球部でエースだった太陽が試合で勝った時。

 あるいは美術部の成瀬が作品が入選した時。

 いつも話の中心は、2人の努力が実を結んだ時だった。


 それがこの1カ月。

 3人の話題はいつも俺のテストの点数ばかりで盛り上がる。


 中学3年生最後の2か月。

 3人で馬鹿みたいな話をしているこの時間に。

 少しでも長く浸っていたかった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 2月。

 いよいよ明日は平安高校入試の日。

 明日は午前中に特別進学部S2クラスと、午後に総合普通科の試験が同日行われる。



『いよいよ明日だなシュドウ』

『頑張ったから、高木君ならきっと大丈夫だよ』

『2人ともハードルあげるなって。絶対無理だと思ってるんだから』



 全国から集まる1000名を超える受験生。

 特別進学部のS2クラス、その枠は僅か30名の狭き門。


 俺は出願したのは学費免除の対象になる午前中に試験が行われる特別進学部のS2クラスだけ。


 太陽と成瀬。

 いつも勉強している中央図書館の閉館時間に合わせて、わざわざ2人して外で待ってくれていた。


 成瀬が太陽に告白した日から2カ月近く経過した。

 正直あの日にはもう、この関係が完全に壊れたと覚悟した。


 俺が平安高校を受験する。

 ただそれだけの事で、この関係を2カ月だけ伸ばす事が出来たのかも知れない。



「おいシュドウ、約束覚えてるよな?」

「約束?なんだっけそれ」

「ひどいよ高木君。私それずっと楽しみにしてたのに」

「うそ、うそ。冗談だよ。でも平安落ちたら、やっぱりその約束は無し」

「平安駄目だったら、3月公立高校受かってから一緒に行こうぜシュドウ」



 俺は中学3年間。

 いや。

 この2人とは小学生からの長い付き合い。


 高校が別々になれば、自然とこの関係も解消されるかも知れない。


 たとえそうなったとしても。

 この2カ月。

 一度は壊れてしまったと思った3人で一緒に過ごせた貴重な時間。

 これは何にも代えがたい思い出だったと諦めがつく。


「頑張って高木君」

「頑張れよシュドウ」

「サンキュー成瀬。俺、明日頑張って来るよ」



 2人と別れて家に帰る。

 誰もいない、家族のいない俺1人が住むアパート。

 外階段を上がり、2階の一番奥の部屋の前。



「お帰りなさい守道さん」

「詩織姉さん……」



 蓮見詩織姉さん。

 2月。

 外は風も吹き、凍えるような寒さ。


 ずっと俺が帰ってくるのを待っていてくれたのか?

 どうしてわざわざこんなところに。



「どうされたんです姉さん?」

「連絡できなくて」



 連絡手段がなかった。

 スマホが無い俺。

 ただそれだけの理由で、俺の自宅アパートまで来てくれた。



「守道さん、明日頑張って」

「詩織姉さん、ありがとうございます」

「これ」

「えっ?」



 可愛いリボンのついた紫色の袋。



「クッキー。ちょっと恥ずかしいんだけど、頑張って作ってみたの」

「嬉しいです、とても」



 明日は受験日の本番だというのに、父さんたちと、詩織姉さんも一緒にいたあの食事会の言葉を思い出す。



『お願いだよ父さん。特別進学部に行けたら、今のアパートに住み続けたいんだよ』

『もし本当に合格できれば認めよう』



 俺は子供、わがまま言ってただけのガキだった。

 平安高校の特別進学部には合格できないって。

 そんな事、俺だって分かってる。

 

 いつだって母さんがいた時は、俺を優しく抱きしめてくれた。

 もう俺には、抱きしめてくれる母さんはどこにもいない。



「ねえ守道さん」

「はい」



 詩織姉さんが俺に話しかけてくれる。

 優しい、温かい家族が突然目の前に現れた。



「もしね。受験に成功して。平安高校に合格したら」

「はい……」

「……ごめんなさい。わたし、本当にごめんなさい」

「はは、ずっと謝ってばかりですよ姉さん。もう話さなくて良いですよ」

「うん、うん。邪魔しちゃいけないから、もうわたし帰るわ」

「こんなところまで、本当にありがとうございました」



 詩織姉さん。

 俺が明日合格できたら。

 なんて言おうとしてたんだろ。


 父さんもみんなも。

 俺が平安高校の特別進学部に合格できるなんて1ミリも思ってない。


 他人だけど、他人ではない。

 なぜ俺のわがままで受験する平安高校の入試。

 この人は、そんな身勝手な俺を応援してくれるのだろうか?


 家の中に入り、電気を付ける。

 机の上に詩織姉さんの焼いてくれたクッキーを置く。


 今日も母さんはいない。

 ただ今日は、そんな寂しい気持ちを温めてくれる、大事な家族からの贈り物をもらえた。

 平安高校に通う憧れの素敵な俺の姉さんからの贈り物。


 今日俺がこれを手にするのも、これで最後になるかも知れない。

 明日の入試に失敗して、公立高校に進学して、同居を始めたとしたら。


 詩織姉さんは俺に幻滅するはず。

 いい加減で、頭の悪い、この高木守道という弟に。


 クッキーの袋を開けて、1つだけ取り出し口に含む。

 甘い味が口一杯に広がる。

 

 詩織姉さんが俺のために作ってくれた。

 ただそれだけが嬉しかった。


 未来ノートに手をかける。

 1ページ目を開く。


 この数日、俺は言い知れぬ恐怖におびえていた。

 それは、このノートに書かれた問題が消えて無くなってしまう事。


 俺をその気にさせるため。

 ただ神様が俺にイタズラをしているだけなんじゃないか?


 明日の今日になって突然。

 このページが消えてしまう事に恐怖した。


 昼間も、そして図書館でも。

 事ある事に何度も未来ノートのページをめくっては安心する。

 それを何度も繰り返した。


 目的も手段もやり方も、何から何まで本当に間違っている。

 本当に明日ここに書かれている問題が、平安高校の入試会場で配布される保証など何処にもない。


 受験倍率が何倍か?

 1000人超が受けて合格できるのはたったの30人。


 祇園書店で購入した過去問の問題を解く事も、とっくの昔に諦めていた。

 この1カ月近く。

 受験科目は全部で5科目。

 この未来ノートに書かれている問題の解答と解法を暗記する事にすべての時間を注いできた。


 詩織姉さんにもらったクッキー、気づけば最後の1つ。

 その1つを口に運ぼうとしたが、それをやめて入っていた袋に戻す。


 部屋の電気を消す。

 明日は遅れないよう早めに起きて、朝ギリギリまで勉強してから試験に行こう。


 いつもは不安になり、なかなか寝付けない日々が続いていたはずなのに。

 詩織姉さんがクッキーを焼いてくれた。

 ただそれだけの嬉しい出来事で、俺は心を満たされたまま、深い眠りにつく事が出来そうだ。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 平安高校。

 一般入試当日の朝が来た。

 今日俺のいる街には、珍しく雪が降っている。


 目が覚めたのは朝の5時過ぎ。

 試験開始は朝の8時30分。


 雪が積もっている路面状況。

 早めに向かうにしても、7時に家を出れば十分間に合う距離。


 朝食を済ませ、すぐに未来ノートのページを開く。

 良かった。

 まだ問題は消えていない。

 その事にひどく安心する。


 何度も何度も繰り返し同じ問題を解いてこの1カ月必死に覚え込んだ。


 本当にこの努力が報われるのか分からない。

 今日この後実際の入試を迎えた時、違う問題が出た瞬間すべての努力が水の泡になるかも知れない。


 6時30分。

 少し早いが雪も降り続けている。

 早めに受験会場を目指し、身支度を整える事にする。


 そのまま家を出ようとした時、机にある可愛いリボンが付いた入れ物に目が止まる。


 ……詩織姉さんが焼いてくれた手作りのクッキー。


 家を出ようと一度消した電気を再び付け直す。

 昨日の夜。

 最後の1つ、残しておいたクッキー。


 その最後の1つを口に入れて、受験会場へと向かった。




第1章<未来ノート> ~完~


【登場人物】


《主人公 高木守道たかぎもりみち

 平均以下の平凡な中学生男子。ある事がきっかけで未来に出題される問題が表示される不思議なノートを手に入れる。


高木紫穂たかぎしほ

 主人公の実の妹。心優しい妹。


蓮見詩織はすみしおり

 平安高校特別進学部に通う1年生。主人公の父、その再婚を予定する、ままははの一人娘。主人公を気遣う、心優しきお姉さん。


朝日太陽あさひたいよう

 主人公の大親友。小学校時代からの幼馴染。スポーツ万能、成績優秀。中学では野球部に所属し、3年間エースとして活躍。活発で明るい性格の好青年。スポーツ推薦で平安高校SAクラスへの推薦入学を決めている。


成瀬結衣なるせゆい

 主人公、朝日とは小学校時代からの幼馴染。秀才かつ学年でトップクラスの成績を誇る。成績優秀による推薦枠で平安高校S1クラスへの推薦入学を決めている。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ