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79.第9章最終話「茶柱が立つ時」

 学生食堂の一番奥。

 食事相手は2年生の蓮見詩織姉さん。

 誰もが視線を送る可憐な女性。

 俺の憧れる、頭が良くてとても優しい詩織姉さん。

 

 俺が一緒に食事をしていた事で周囲からクレームが入ったものの、右京郁人うきょういくとを含めた3人はその場から消えていなくなる。



(ブルブル~ブルブル~)



「ひっ」

「守道さん。スマホかしら?」



 俺のスマホ。

 もとい、蓮見詩織姉さんの紫色のスマホがバイブレーション。

 ブルブル振動してるよ、こんな時に誰だよ一体。



「出しなさい」

「あの」

「早く」

「はい」



 制服のポケットに入れていた元は姉さんの紫色のスマホを提出する。

 まだスマホの待機画面見てない、誰だよ俺のスマホ鳴らしたの。


 ん?

 あ。

 ヤバ。

 俺、詩織姉さんに大事な事を報告して無かったのを今になって思い出す。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 お座敷スペース、蓮見詩織に温かいお茶を配膳する1人の女子生徒の姿。



「蓮見先輩、お茶をどうぞ」

「どうも」

「あの、この子のお茶は必要でしょうか?」

「結構です」

「か、かしこまりました」



 蓮見姉さんの威圧に、そそくさと退散する女子。

 俺のお茶は不要。

 俺が彼女の代わりにこの場から消えていなくなりたい。


 綺麗な姿勢で背筋を伸ばして正座する詩織姉さん。

 おそらく下級生が運んでくれた温かいお茶を1口すする蓮見詩織の前。

 正座をして下を向く、お詫びモードの1年生男子。

 とりあえず事情を説明。

 完全に事後説明。



「昨日?」

「はい」

「どこで?」

「駅前のショップです」

「お父様の許可は?」

「取りました、その場で」

「お認めにはなられたのですね」

「一応……」



 尋問。

 拷問。

 お詫び。



(ズズッ)



 さっきから、姉さんのお茶が止まらない。

 まるで気持ちを落ち着けるかのごとく、次々とすすられていくお茶。



「私への報告は不要という事でしょうか?」

「いえ!?滅相もございません」

「ではなぜ今になって?」

「連絡先知らなくて、そもそもスマホ無いから欲しくなっちゃって」

「なるほど、そうですか。そういう事にしておきましょう」

「本当なんです姉さん」



(ズズッ)



 正座したまま、さらに1口お茶をすする詩織姉さん。

 詩織姉さんが食べ終わったきつね蕎麦の容器が乗せられたトレーを、どこからか現れた男たちが片付けていく。

 セルフサービスじゃないのかよ学生食堂って。

 なんで詩織姉さんの手取り足取り動く生徒が、ここにたくさん集まってるんだ?


 無表情。

 すでに怒りの限界に達しているはず。

 殺される。

 最悪の事後報告を、まる1日たった今頃姉さんに報告する俺。


 シムカード。

 勝手にいれてしまった。

 姉さんの紫色のスマホに入れちゃったよ俺。


 

(ズズッ)



 まるで気持ちを落ち着けるかのようにお茶を1口ずつすする詩織姉さん。

 お茶無くなったよ。



「蓮見先輩、お茶です」

「どうも」



 嘘だろ!?

 どこからともなく、お茶のおかわり持ってきてるよ、誰だよあいつ。

 気が利き過ぎる周りの全力サポート。

 蓮見詩織、何者なんだ俺の姉さん?



「それで」

「も、申し訳ありませんでしたーー」





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 学生食堂の一番奥。

 左手、5段ほど階段を上がった高さに位置する洋風の机とイスが並ぶスペース。

 右手、和風のお座敷スペースを見下ろす位置の高さ。


 その1つの席で、蓮見詩織と高木守道を観察する3人の男女。



「あははは、見て見て美雪。TOEIC最下位男、蓮見先輩に土下座してるよ~あははは~超面白いんですけど~」

「明石さんお下品です。も~何なのよあの男」

「はは」

「郁人、あなたあの高木って子知ってたの?」

「そうだよ一ノ瀬。たまたま一度話した事があってね」

「そんな話、私一度も聞いてません」

「それは失敬」

「ほらほら見てよ2人とも~絶対あの2人付き合ってて、赤点男、今度はTOEICも最下位で土下座してんだって絶対~超ウケる~」

「明石さんお下品です、もう少しお口を直して。蓮見先輩に限って、あんな赤点男とお付き合いなんてされるわけがありません」

「本当に、高木君には僕も興味をそそられるね」

「郁人まで何を言い出すのよも~」

「ほら美雪~なんか今度スマホで揉めてるよ。あれ絶対浮気だって」

「知りませんあんな人」

「気になるくせに~」




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 土下座する高木守道。

 言い逃れ不能。

 とりあえず頭を下げて、男の誠意を見せる。


 補給された温かいお茶。

 本日2杯目に突入する蓮見詩織。



(ズズッ)



「そのスマホは守道さんにあげたものです。別に私は怒っているわけではありません」



 絶対怒ってる。



(ズズッ)



「蓮見先輩、お茶のおかわりです」

「どうも」



 嘘だろ?

 3杯目の補充また別の女子が持ってきたよ。

 監視カメラでもあるのかここ?

 誰か見てるのか?

 まるで詩織姉さんが、凄い偉い人みたいじゃないか。



(ズズッ)



「他に何か隠し事は?」

「うっ」

「あるんですね」

「はい」

「どんな?」

「その、契約書を、色々と」

「契約書?」



 土下座を一時解除。

 事情説明。

 いきなり最終弁論。

 とにかく言い訳しとかないと、俺の極刑は免れない。

 

 弁護士はいない。

 弁護士を雇う金はもっとない。

 自分で自分を弁護。

 思いつく限りの言い訳を並べる事にする俺。


 下を向いて畳を見ていた顔、目の前で正座する詩織姉さんの顔をゆっくりと見上げる。

 怒ってる。

 姉さんの目がさらに厳しくなってる。

 無表情だけど、俺には分かる。



「どんな?」

「その」

「答えなさい」

「パンダです」

「パンダ?」



 俺は成瀬真弓という3年生にハメられて、神宮司楓先輩というデート商法に引っかかって無理矢理パンダ研究部の入部届こと契約書にもサインしてしまった事を姉さんに事後報告する。



(ズズッ)



「神宮司楓先輩ですか」

「そういえば姉さん、楓先輩の事知って」

「他には?」

「うっ」

「あるんですか?」

「はい」



 もう全部吐くしかない。

 嘘をついてもバレる。

 別に次の話は悪い事じゃない。

 割とちゃんとした契約書。



「漢字技能検定?」

「はい、その、4級なんですが」

「偉いわ守道さん」

「本当ですか!」



 詩織姉さんのお茶がようやく止まった。

 4杯目を持ってこようと、視界に入りかけた誰とも分からない生徒の歩みが止まる。

 お茶の補給中止。

 詩織姉さんのご機嫌うるわしゅう。

 4杯目なんていらないから、さっさと帰れ、誰だよお前。



「守道さんに漢字能力検定なんて、あの人らしいわね」

「詩織姉さんと楓先輩知り合いなんですよね?仲良かったりするんですか?」

「もちろんです。私の憧れの方です」

「詩織姉さんの?」



 凄い。

 神宮司楓先輩、成瀬結衣も憧れるとか言ってたな。

 蓮見詩織姉さんが憧れる先輩とか、太陽、お前どんだけ凄い女の人好きになっちゃったんだよ。



「守道さん、他に秘密は?」

「ありません。もう全部吐きました」

「口がお下品です」

「申し訳ありません」

「ふふっ」



 ふ~良かった。

 紫のスマホに勝手にシムカード入れたの、事後報告も何とか消化できたよ。

 いや~良かった良かった。

 ようやく詩織姉さんの機嫌も直ったし。

 そろそろ俺も正座で足が痛くなってきたし、ラクな姿勢に。



(ブルブル~ブルブル~)



「あら」

「げっ」

「ラインかしら?」

「ライン……ああ!?ちょ、ちょっと姉さんそれタイム!」



 机の上に置かれた証拠品の紫色のスマホがふたたびブルブル振動。

 暗かったスマホの待機画面が明るくなる。


 ヤバいよ。

 なんかメッセージ、待機画面に勝手に表示されてて俺にも見える。



『無事にパン研入れました。誘ってくれてありがと』



 笑顔だった詩織姉さんの顔が一瞬にして無表情に変わる。

 スマホを手に取る。

 画面ロックなんてやり方知らない。

 指を軽くスライドさせて、詩織姉さんが俺の、じゃない、姉さんのスマホをチェックしてる。


 ヤバい。

 詩織姉さん。

 スマホ片手に突然固まる。


 うわ。

 突然笑顔に。


 怒ってるよ絶対。

 なんだっけ、ライン、なんか見られちゃマズイなにかがあったような気がする。

 スマホの画面をこちらに見せてくる詩織姉さん。

 


「守道さん」

「は、はい」

「この人、どちら様かしら?」




―――『ありがと、送ってくれて』―――








~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




 学生食堂の一番奥。

 蓮見詩織と高木守道を上方から観察する男女3人。




「あははは。見て見て美雪、土下座本日2発目~あははは~お腹痛~い」

「ぷっ、ふふふ」

「くくく」

「郁人も美雪もハマってるでしょ~あの2人超面白いんですけど~」

「蓮見先輩のお茶が無くなりそうだ。次は僕が補充に行ってくる」

「行ってらっしゃい郁人~次わたしで、その次美雪ね」

「勝手に順番決めないの明石さん」

「ほら郁人、5杯目もう無くなるよ」

「おっと、これは急がないと」



 6杯目のお茶の補給に向かう右京郁人。


 土下座して、男の誠意をみせる高木守道。


 蓮見詩織のすする5杯目のお茶には、本日初めての茶柱が1本立っていた。





第9章<男の誠意> ~完~



【ここまでの登場人物】


【主人公とその家族】


《主人公 高木守道たかぎもりみち

 平安高校S2クラスに所属。ある事がきっかけで未来に出題される問題が浮かび上がる不思議なノートを手に入れる。


高木紫穂たかぎしほ

 主人公の実の妹。ある理由から主人公と別居して暮らすことになる。兄を慕う心優しい妹。


蓮見詩織はすみしおり

 平安高校特別進学部に通う2年生。主人公の父、その再婚を予定する、ままははの一人娘。主人公を気遣う、心優しきお姉さん。



【平安高校1年生 特別進学部SAクラス】



朝日太陽あさひたいよう

 主人公の大親友。小学校時代からの幼馴染。平安高校特別進学部SAクラス1年生。スポーツ万能、成績優秀。中学では野球部に所属し、3年間エースとして活躍。活発で明るい性格の好青年。




【平安高校1年生 特別進学部S2クラス】



結城数馬ゆうきかずま

 平安高校特別進学部S2クラス1年生。野球部所属。主人公のクラスメイト。主人公の友人となる。


《岬れな(みさきれな)》

 平安高校特別進学部S2クラス1年生。主人公のクラスメイトかつバイト先が同じ。



【平安高校1年生 特別進学部S1クラス】



神宮司葵じんぐうじあおい

 主人公と図書館で偶然知り合う。平安高校1年生、S1クラスに所属。『源氏物語』をこよなく愛する謎の美少女。


成瀬結衣なるせゆい

 主人公、朝日とは小学校時代からの幼馴染。平安高校特別進学部S1クラス1年生。秀才かつ学年でトップクラスの成績を誇る。


右京郁人うきょういくと

 平安高校特別進学部S1クラス1年生。


空蝉文音うつせみあやね

 平安高校特別進学部S1クラス1年生。双子姉妹の姉。


空蝉心音うつせみここね

 平安高校特別進学部S1クラス1年生。双子姉妹の妹。




【平安高校 上級生】


神宮司楓じんぐうじかえで

 現代に現れた大和撫子。平安高校3年生。誰もが憧れる絶対的美少女。神宮司葵の姉。


成瀬真弓なるせまゆみ

 平安高校3年生。成瀬結衣の2つ上のお姉さん。主人公を小学生の頃から実の弟のように扱う。しっかりもののお姉さん。



【平安高校 教師・職員】



叶月夜かのうつきよ

 平安高校特別進学部S1クラス担任教師。教科、英語を担当。

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