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77.「怒りの家庭教師」

 金曜日、朝。

 平安高校に入学して2週間の時が過ぎた。


 早朝からバイトをこなし、俺の立つレジの隣には岬がいる。

 もうすぐ登校時間。

 今日はバイト先に蓮見詩織姉さんは迎えに来なかった。

 毎日来ていたので、逆に珍しく感じる。

 何かあったのかな?



「行く?」

「お、おう」



 詩織姉さんがいないからか、単に気が向いただけなのか。

 今日は岬に声をかけられ、一緒にバイト先から平安高校に登校する事になった。



「昨日はスマホサンキューな」

「あんた、親と仲悪いわけ?」

「まあな」

「認めるなし」



 昨日はスマホの契約中に、岬に恥ずかしい姿を見られてしまった。

 バイト中でも無いのに、岬から話しかけられるのは不思議な感じがする。



「あんたこの前のローズ先生の授業」

「英語コミュニケーション?」

「ちゃんと喋れてたじゃん」

「I am going to join the panda research club」

「あはは」

「笑うなって岬。パンダリサーチクラブとか俺も意味分かんないんだから」



 あのローズ先生を爆笑させたパンダ研究部。

 そういえば来週月曜日までに部員集まらないと廃部になるんだったかな?



「あのさ」

「えっ?」

「昨日の話」

「昨日の話?」

「部活……ちょっと良いかもって」

「マジか」



 来週月曜日が、先輩たちの話では生徒会にパン研の部活活動報告書を提出する締切日。

 あと1人いないと廃部になるパンダ研究部。

 この土壇場の金曜日で、入部希望者が突然1名現れた。



「あのパン研、幽霊部員ばっかだぞ」

「なにそれ?」

「いるんだけど、いないんだよ」

「ふふっ、なにそれ」



 岬も笑うパンダ研究部の実態。

 名前だけ登録された成瀬真弓と神宮司楓は、野球部のマネージャー。

 月に一度、あのパンダの部長がいる部屋に遊びに行くだけ関係らしい。



「部長ってどんな人」

「パンダだよ、パンダ」

「意味分かんないし」

「入学式のオリエンテーション、いただろ?脱走したパンダが1匹」

「あはは、もしかしてあのパンダ?」

「入ってたんだよ部長が」



 この平安高校にはたまにパンダが出没する。

 岬も脱走パンダを覚えていたらしい。



「赤点のあんたが部活してる余裕あるわけ?」

「契約書にサインしちゃったんだって」

「契約書?」



 神宮司楓先輩に勉強を教えてもらう事と引換えに、俺はパン研の入部届にサインをしてしまった。

 まあ特にパン研拘束ないし、旧図書館の書籍も自由に閲覧しながら自習もできる。

 廃部にならなければの話だが。



「で?結局そこ、なにする部活なわけ?」

「俺にもよく分からない」

「なにそれ?」



 入部はしたが、活動内容をまったく知らない。

 入試に合格したが、特別進学部の事をよく知らずに平安高校に入学した俺。

 計画性がまったくないと言われればそれまでの話。

 この学校の事も、パンダの事も、入学して2週間だが未だに何も分かっていない。



「じゃあ入る」

「なんでそうなるんだよ」

「ラクそうだし」

「それは俺も激しく思ってる」



 岬に第一校舎1階奥にある旧図書館の場所を伝える。

 どうやら部員最後の1人は岬れなで決まりそうだ。

 南部長の号泣する姿が目に浮かぶ。


 他愛のない話を重ね、いつしか平安高校に到着する。


 平安高校の正門を抜ける。

 ここから校舎まで一本道の並木通りが続く。

 白い石畳の上を岬と並んで登校する。


 左手に俺と岬のクラスが入る第一校舎。

 右手に3年生が入る第二校舎が視界に入る。

 2つの校舎にかかるガラスのアーチの天井。

 日の光がガラスに反射し、キラキラと輝いていた。


 校舎前に人だかり。

 掲示板に群がる生徒たち。



「あんた、昨日のTOEIC出来たわけ?」

「全然」

「アホ」

 


 ヤバい。

 昨日は想定外のTOEICの実施。

 容赦ないテストの嵐。

 

 普通こういう大規模テストって、予告してあるもんじゃないのか?

 平安高校、県下随一の進学校。

 そしてそのピラミッドの一番上に立つ、3つのクラスがある特別進学部。


 さながら常時戦場というわけなのだろうか?

 TOEIC Bridge、全100問、100点満点の成績結果が掲げられる掲示板の前まで到着する。




―――――――――――――――――――――――――




1位…… 100点―――――  S1クラス 神宮司葵

1位…… 100点―――――  S1クラス 成瀬結衣

1位…… 100点―――――  S1クラス 空蝉文音 

1位…… 100点―――――  S1クラス 空蝉心音                      

5位……  99点―――――  S1クラス 右京郁人

        ―――――  S1クラス 

17位…… 95点―――――  SAクラス 朝日太陽 

17位…… 95点―――――  S2クラス 結城数馬 

19位…… 94点―――――  S2クラス 岬れな 

20位…… 93点―――――  S2クラス 末摘花 

        ―――――  S1クラス 

90位…… 42点―――――  S2クラス 高木守道



――――――――――――――――――――――――――






 終わった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「ちょっとあんた」

「なんだよ岬」

「どうやって入試合格出来たのかをさっきから聞いてるっしょ」

「入試の時は俺にも未来が見えたんだよ」

「意味分かんないし」



 校舎1階の掲示板で、俺の名前がまたさらし首にされていた。

 S2クラスに入るなり、俺の顔を見たクラスメイトたちから冷たい視線が注がれる。


 たった1週間ちょっと、ラジオ英会話聞いた程度では悲惨な英語を挽回するには至らない。

 もうちょっとマシな点数出ると思ったのに。

 ローズ先生の英語コミュニケーションⅠ、結構上手く出来たと思ったのにな。



「やあ、おはようさん守道君」

「数馬か。お前もう俺に関わらない方が」



(バンッ!)



「ひっ!?」

「グチグチ言ってんじゃねえし」

「は、はい」



 俺の机に手を叩きつける岬れな。

 衝撃音にクラスが静まり返る。



「まあまあ、岬さん落ち着いて」

「このアホは本当どうしようもないバカっしょ」

「まあまあ」



 90位、特別進学部3クラス、ぶっちぎりの最下位。

 クラス内でクラスメイトたちの俺の噂話が始まっている。

 

 だが岬と数馬、この2人だけは俺の席から離れようとしない。

 もはや恒例とも言える赤点男の最下位祭り。

 もうヤバいよ。

 恥ずかしくて生きていけない。


 こんな点数取ったのバレたら、マズイ人がたくさんいるってのに。

 英語を教えてもらってる成瀬だって、詩織姉さんだって。

 もうきっとバレてるよな。

 あんな目立つとこ、俺の名前デカデカと載ってたもんな。

 教えてもらっといて、怒るよなあの点数。



「シュドウ君」

「うわっ!?なんだよ光源氏」

「神宮司さんだっつーの」

「お前のクラスここじゃないだろ」

「えへへ」

「笑い事じゃないって」



 俺がヘコんでるところに、ちょっこりと現れる神宮司葵。

 しかもさっきの1階の成績掲示板、TOEIC学年トップだったよこの子。


 この子こんな不思議ちゃんなのに、頭が俺の何倍も偉い秀才だよ本当。

 俺のダブルスコア、いやそれ以上。


 学年トップが隣のクラスの学年最下位に会いに来る。

 一体なんなんだよこの高校。

 


「シュドウ君シュドウ君」

「なんだよ」

「さっき1階でシュドウ君の名前あった」

「だからなんだよ」

「シュドウ君の名前、わたしすぐに見つけたよ」

「お前、俺の事絶対バカにしてるだろ?」

「え?」



 この子に他意は無いのは分かってる。

 彼女は宇宙。

 TOEICの点数がどうとかじゃなくて、俺の名前がすぐに見つけられた事をわざわざ報告しに来たようだ。

 そりゃすぐ見つかるって。

 一番下なんだから、すぐだよすぐ。



「みんな見てるから、頼むからもう帰ってくれよ」

「なんで?」

「なんででも」

「これ」

「は?」



 神宮司葵が何やら手紙を渡してきた。

 なんだよこれ。



「なにこれ?」

「結衣ちゃんから」

「成瀬が?なんで」

「さっき私がもらってきたの」

「もういい、それ以上ここでそれしゃべるな」

「なんで?」

「なんででも」



 今ここで成瀬の名前出すなって。

 この子と一緒で、英語学年トップの成瀬結衣。

 俺と幼なじみとか、もはやマイナスでしかない。


 それにしても成瀬か、この手紙書いたの。

 TOEIC最下位男になんでわざわざ成瀬が手紙を……先生……超怒ってんじゃないのかこれ?



「その手紙、成瀬結衣さんからかい?」

「やっぱ彼女じゃん」

「違うって言ってるだろ2人とも。おい神宮司」

「なに?」

「成瀬、どんな顔してた?」

「う~ん……こ~んな顔」



 神宮司の顔が途端に鬼の形相に変わる。

 やっぱり。

 怒ってんじゃん先生。

 バレてんだよ俺の点数。



「さっさと開けろし」

「み、見るなよ人の手紙を」

「ラブレター?」

「んなわけないだろ。このシチュエーションでどんなやつが俺にラブレター出すんだよ」

「面白いから早くそれ開けろし」

「面白いかどうかで判断すんなよ」



 大体察しはつく。

 絶対怒ってる。

 神宮司葵と同じく学年英語トップの成瀬先生からの手紙、震える手で俺は開く。




『高木君。今日学校が終わったら、すぐにうちに来て下さい』




 超怒ってるよ成瀬先生。



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