76.「伝わる気持ち」
(ピコピコ~)
「ありがとうございました~」
夜9時。
今日のバイトが終了する。
「お疲れ様、高木君。悪いねこっち手伝ってもらって」
「大丈夫です店長。またいつでも言って下さい」
「本当助かるよ」
今日のバイト先は駅前店。
御所水通り店の店長の弟さん。
この駅前店の店長。
この後夜9時から朝の9時までこれから働く店長。
たった数時間働く俺とは訳が違う。
大人はもっと苦しんでる。
高校生になって初めて知った親世代の苦労。
「岬さんも今日はありがとう。帰りは大丈夫かな?」
「こいつと一緒に帰りますから大丈夫です」
「そうかい。高木君が一緒なら安心だ」
店の裏で帰宅の準備をする。
先に準備を終えた岬が俺に話しかけてくる。
「あんた、ラインとか分かってる?」
「なにラインって?」
スマホが電話機程度にしか理解できていない俺に、岬がラインのアプリについて教えてくれる。
「はい、これこう」
「お、おう。俺、今どうなった?」
「既読ついたっしょ」
「おう。グループ?なんだこれ」
「バイト休むとか、連絡取れるっしょ」
「もうポケベル使わなく良いのか俺?」
「だから何それ?公衆電話無いと死ぬし」
「たしかに。下手したら店に直接来た方が早い」
ラインというアプリを教えてもらい、俺と岬のグループが作られたらしい。
これでバイト関係の連絡が取り合えるので、いちいち相手に電話で話す必要が無くなった。
グループラインの岬のスタンプにパンダの顔が表示される。
「やっぱりパンダ好きなのか岬?」
「うるさいし」
「そういえばそのストラップも」
「死ねし」
岬のトゲがビシビシ刺さる。
パンダがやっぱり好きなのかこの子?
あまりツッコまれたく無い話題のようだ。
これ以上パンダの話はしない事にする。
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暗黒の御所水通り。
街灯があるとはいえ、夜道はさすがに暗い。
車道を行き交う車のヘッドライトが、暗黒の夜道を一瞬だけ明るく照らす。
車が過ぎ去れば再び闇の中。
岬の住んでるマンションまで送る事にする。
俺の制服の袖をつかんで離さない岬れな。
初めて彼女をマンションまで送った日、彼女が夜道を恐れる理由に疑問を抱いた。
女の子だし、普通だと思っていたが。
顔を見ても元気がない。
彼女が夜道を恐れる理由。
夕方、スマホのショップで起きたあの出来事がやはり気になる。
「何かあったか岬?」
「……」
「クラスメイトだろ?ずっとお前には助けられてる、俺で良ければ何でも言ってくれ」
「……付きまとわれてる」
「ずっとか?」
「最近」
思っていたよりずっと悪い事だった。
付きまとい……女の子にはあり得る話。
そういえば初めてバイト帰りに岬を送った際も、周囲を気にする仕草をしていた。
単に夜道を恐れているだけかと思ったが、付きまといなら話は別だ。
「心当たりあるのか?」
「……」
「親とか相談してるか?」
「……」
「そうか、何かあったら連絡くれよ。ちょうどラインも使えるようになったし」
「本当?でも……」
岬が弱音を吐くのは珍しい。
相当参っているに違いない。
今日はスマホの操作まで教えてくれたし、口ではキツイ事言う奴だけど、絶対いいヤツだって俺には分かってる。
「バイトのシフト全部合わせるか?帰り送って帰れるし」
「それ良い、そうする」
「そうまでしてバイトするか普通?」
「海外旅行、結構お金かかるし。ゴールデンウィークまでまだお金足りなくて」
「それで今日無理矢理シフト入れたのかよ。高校生で海外旅行とか凄い思い切るよな」
「中学校の友達。もう別の高校だし、会う機会少ないし」
「そう……か」
最初嘘かと思ったが、本当に海外旅行の費用貯めてるらしい岬れな。
誰か引率者でもいるのだろうか?
友達たちだけで一緒に旅行しているとはとても思えない。
岬はS2クラスでは一匹狼みたいに毎日一人で過ごしている。
元々仲の良かった中学時代の友達と何か約束でもしているのだろうか。
中学時代の友達と離れ離れ……地元の公立高校に進んでいれば、俺と太陽や成瀬も離れ離れになっていたはず。
特別進学部で行われる連日のテストの嵐。
他のクラスメイトも、そのほとんどが塾通い。
部活もこなしながら勉強を続ける太陽や成瀬は特異な秀才だと今も思う。
岬の話を聞いていると、なんだか、彼女が特別な存在に感じなくなっていた。
中学時代の友達と旅行を楽しみたいからバイトをする。
普通の女の子に思えてならない。
「いい話だなそれ。そういう事ならお前のバイト、ますます応援するぞ」
「なんで?」
「今日授業終わりに会った俺の幼なじみいただろ?」
『岬さん、ですよね。わたし高木君と中学が同じだった成瀬結衣です』
「ああ、あんたの彼女」
「彼女じゃないよ」
中学時代からの友達を大切にする。
今の俺とどこか境遇が似ている。
暗い夜道の御所水通りを一緒に歩きながら、俺は岬に平安高校に入りたかった動機の1つを話す事にした。
「友達と同じ高校に?」
「そう、入りたかったから」
「だから平安に」
「そう」
「バカじゃん」
「違うだろそこ」
俺はバカだから、この高校に入りたかったのは太陽や成瀬と同じ高校に通いたかったから。
それを告げると岬はバカにするが、彼女の顔から笑みがこぼれる。
「まさかあんたが、こんなお子様とはね」
「うるさいな。どうせ俺はお子様だよ」
俺の学力はとても低い。
岬の方が実力は間違い無く上だ。
未来ノートの力で無理して平安高校に進学してしまった。
太陽と成瀬を追って。
「あんたに家まで送られてもちょっとね」
「最高のボディーガードだろ?俺が刺されてる間にお前だけ逃げろ」
「じゃあそうする」
「そうするのかよ」
肉壁として俺は岬のボディーガードを務める事になりそうだ。
刺されたら異世界に転生する。
いつの間にか岬の家のマンションまでたどり着く。
「サンキュー岬。今日スマホ、助かった」
「うん……えっと」
「どうした?」
「いや、やっぱイイや」
「いいのかよ。じゃあな」
「うん」
岬の住む自宅マンション1階エントランス。
オートロックのドアが開き、岬はエレベーターに向かって歩いていく。
オートロックのドアが閉まる。
俺も家に帰る事にする。
ふいに俺のスマホが振動する。
電話?
いや、ラインらしい。
当然岬から。
なんだろあいつ。
―――『ありがと、送ってくれて』―――
もう姿が見えない岬からのライン。
普段のあいつが絶対に言いそうにない言葉。
相手の気持ちをあっさりと表示するスマートフォンの画面。
なんでこんなにドキドキする?
俺は未来ノートに続いて、スマホという身に余る物を手に入れてしまったのかも知れない。
面と向かっては絶対に分からない相手の気持ちが、いともあっさりと俺に直接伝わってくる。
なんだよこの機械。
マジで怖い。
マンションの外に出る。
御所水通りを行き交う車。
特に不審な人影は見えない。
あの裏表のない岬が嘘を付くとも思えない。
俺は紫色のスマホを手に、自宅アパートへの帰路につく。




