74.「最後の1人」
(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
「ばいばい~」
「またね~」
はぁ~。
今日の英語のTOEICテスト。
正直結果は最悪。
明日金曜日にも結果が分かるらしい。
しかも誰が何点取ったか、特別進学部だけ全員に張り出されるって叶月夜先生言ってたな。
最悪。
また公開処刑だよ俺。
このままじゃあ、特別進学部の入試合格した生徒なのに。
普通に考えて絶対怪しまれるよな、こんなレベルの生徒がどうやって入試に合格できたのかって。
「やあ守道君。どうしたんだい、元気ないね」
「数馬か。俺はいつも元気ないよ」
「さっきの英語コミュニケーションの授業、ローズ先生褒めてたじゃないか」
「あれはたまたまラジオ英会話のフレーズが一致してただけだって」
さっきまでこの教室でやっていた6限目の授業。
英語コミュニケーションⅠ。
たまたま昨日の夜、追加で聞いてたラジオ英会話のレッスンの受け答えを覚えていた。
クラスの中を回りながら、あちこちの生徒に英語で話しかけるローズ先生。
俺の隣の生徒が何の部活に入ったかローズ先生と英会話をしていた時、ふとローズ先生が俺に話題を振る。
聞かれた俺はこう答えた。
「I am going to join the footballteam at school」
『僕はサッカーチームに入るつもりです』
「Wow! How about you,Takagi?」
『まあ、高木さんは?』
「I am going to join the panda research club」
『わたしはパンダ研究部に入るつもりです』
その後ローズ先生、大爆笑。
ついでにクラスメイトからも笑われた。
今日から俺はクラスのみんなから、赤点パンダ男と揶揄される事だろう。
笑いを取るつもりは毛頭ないが、英語コミュニケーション的には100点の出来だったらしい。
ローズ先生、凄く褒めてくれてたな。
俺と数馬が教室の後ろで話をしていると、窓側の席から近づく茶髪女子。
「うっーす」
「おう岬、行くか」
「うっーす」
「今日は2人ともバイトかい?」
「そうそう。俺と岬、共働きだから」
「死ね」
「ははは、行ってらっしゃい」
冗談が通じないクラスメイトはハリネズミ、俺の心にグサグサとトゲが刺さる。
数馬に見送られながら、2人でS2クラスを後にする。
昨日約束した通り、今日はこれから岬とコンビニへバイトに向かう事にする。
「今日は駅前店ね」
「おう、朝店長から聞いてる」
いつも通う御所水通り店のコンビニ。
それとは別に店長の弟が経営するコンビニ、駅前にある駅前店がもう1つある。
今日は店長たちの都合で、岬と一緒に駅前店のシフトに入る。
帰りはちょっと遠回りだが、店長と店長の弟さんには日頃からお世話になってる、断る理由はない。
廊下を岬と2人で出たところで、仲良く並んで歩く2人の女子と鉢合わせ。
俺の幼なじみ、成瀬結衣。
そしてその隣、神宮司葵。
「よう成瀬、光源氏」
「光源氏って誰?」
「この子」
「えへへ」
「神宮司さんだっつーの」
「高木君、いい加減に失礼な呼び方やめて下さい」
「悪かったよ先生」
最近俺に冷たい成瀬結衣先生。
明日は中間テストまで続く先生の恐怖のレッスンがあるイングリッシュフライデー。
そうだ。
明日金曜日は詩織姉さんのいる実家にも寄らないと。
最近帰って来ないって詩織姉さん、紫穂が怒ってるって言ってたな、ヤバいよ明日。
そうそう。
神宮司がいるんならちょうど良かった。
「なあ神宮司、この本姉ちゃんに返しといて」
「あっ、これお姉ちゃんの本」
「そうそう」
「高木君、楓先輩から本借りてたの?」
「そうなんだよ先生。昨日行ったらこれ読めだの、契約書にサインしろだの大変だったんだぜ?」
「契約書?」
これから美術部に行くと言う2人。
神宮司も御所水先生に成瀬と一緒に会いに行くらしい。
成瀬結衣が岬れなと顔を合わせる。
「岬さん、ですよね。わたし高木君と中学が同じだった成瀬結衣です」
「岬れな。こいつとバイト先が一緒」
「クラスも一緒だろ岬」
「死ね」
「なんでそこでそれ言うんだよお前」
「ふふっ」
クラスメイトでバイト先が同じ子がいる話なんて成瀬にしてたっけ?
岬って名前も知ってる成瀬。
どこで情報を仕入れているのか、女子の情報網はあなどれない。
妹の神宮寺に、楓先輩から預かってた本を返す事ができた。
早く返しておかないと、大事な事ほどすぐに俺は忘れていくから、これで一安心。
2人を見送り、岬と一緒に校舎の階段を下りる。
今日は英語で一喜一憂の1日だった。
午前中に英語のTOEICという大きなテストがあったが、午後に行われた数学の宿題がちゃんと出てる。
目下、俺の最大のネック、数学。
全然分からないや。
「まだ時間大分あるから少し図書館寄って行くっしょ」
「お、おう。数学、宿題出てたもんな」
バイトが始まるまで、たしかに時間かなりあるな。
思いがけない岬からの提案。
空き時間を有効活用。
図書館で数学の宿題を終わらせてからバイトに向かう事になる。
「数学マジめんどい」
「本当」
自習席に並んで座る俺と岬。
さも自然にこうなった。
岬れなも俺と同じ選択科目日本史を選んでいる。
ついでに美術Ⅰも同じ。
多分彼女も文系に進むんだろう。
しかも同じS2のクラスメイト、授業も全部一緒。
当然宿題も課題も同じ。
今日同じ授業を受け、まったく同じ数学の宿題に目を通す。
『3本の当たりくじを含む7本のくじがある。a、bの2人がこの順で1本ずつくじを引く―――a、bが共に当たる確率は―――』
全然分かんない。
確か今日の数学の授業、乗法定理とか出てたな。
分かんないよこれ。
しょうがない、図書館いるし参考書持ってくるか。
席を立ちあがる俺を見て、隣にいる岬が声をかけてくる。
「どこ行くっしょ?」
「宿題全然分かんないから参考書持ってくる」
「んな時間あるわけないっしょ。分かんないのどこ?」
「全部」
「バカじゃん」
バイトに向かうまでグダグダしてもいられない。
岬の言う通り、調べてる時間は正直ないかも。
「良いよ俺の宿題なんだから」
「あんたは今日うちがいるからバイト入れたっしょ」
「お、おう」
「どれ?」
「これ」
「いきなりかよ」
「そうだよ」
いきなり第1問からつまづく赤点男。
バカにしながらも、岬のやつ、俺に数学の宿題を一緒に解いてくれる。
「乗法定理分かってんの?」
「全然」
「アホ。だからこれは」
文句を言いつつ丁寧に教えてくれる。
「ほら、条件付き確立の定理」
「ああ、そういえば授業でやってたな」
「覚えてんなら使えし」
「悪かったよ。これ分母な」
この子、やっぱり頭良い。
教え方もマジで上手い。
バイト先のコンビニでは俺が先輩社員だから、いつも岬に指導してるけど。
勉強がからっきしダメな俺。
数学の宿題、あっという間に全部解いてもらった。
「はいおしまい」
「嘘だろ。岬、お前絶対、理系女子だろ」
「うるさいし」
こんな難しい問題、全部あっさり解いたよこの子。
「岬」
「なに」
「こんなに数学得意なら、なんで理系にしなかったんだよ」
「うるさいし」
当然の疑問がわき、聞いてみたが怒って何も答えてはくれなかった。
数馬は日本史が超好きだから文系にしてるし。
この子も何か文系で好きな科目でもあったのかな?
数学が得意な岬のおかげで、早めに宿題を終わらせる事が出来た。
と言うか、たった15分程度で数学全部終わっちゃったよ。
頭良すぎるよこの子。
あれ?
岬れなのスマホ。
この前バイト先で見た事のある、パンダのストラップが付いてる。
『来週の月曜日までにあと1人、あと1人なんとか部員を~』
『夕子、落ち着いて』
『楓ちゃん~』
やっぱり岬。
パンダ、好きだったりするかも。
パンダ研究部の南夕子部長。
来週月曜日までに生徒会に部活報告書を提出しないといけなかったんだっけ?
あと1人部員が足りないから、来週月曜日にも廃部になるんだったかなパンダ研究部。
一応、声かけてみるか。
多分死ねって言われるだけだけど。
「なあ岬」
「は?」
「俺さ、パンダ研究部って部活誘われててさ」
「なに?」
俺が話しかけただけで超怒ってるよ。
「あと1人足りないんだよ」
「なにが?」
「部員」
「は?」
「だからさ」
「なに」
「入ってくれたら嬉しいなって、パン研、一緒に」
「……」
やっぱりダメか。
「考えとく」
「え?」
マジ?




