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72.第8章サイドストーリー「空蝉姉妹は届けたい」

 空蝉文音(うつせみあやね)

 平安高校特別進学部S1クラスに在籍。

 授業が終わり、家に帰ってくる。



「ただいま」

「ただいま」

「真似しないで心音(ここね)

「真似しないで文音(あやね)



 空蝉(うつせみ)姉妹。

 双子の妹、空蝉心音(うつせみここね)

 2人の仲はあまり良くない。


 容姿も同じ。

 声も同じ。

 同時に発声。

 すべてが重なる。


 彼女たちが帰ってきた店舗兼住宅。

 1階は地元で有名な和菓子専門店。

 店名は2文字、『空蝉(うつせみ)』。



「おこしやす〜」



 年季の入った瓦屋根の和風住居。

 御所水通りに面する老舗和菓子店。


 老舗、空蝉の看板商品。

 空蝉餅(うつせみもち)


 粒あんと、こしあんの2種類の味わい。

 平安時代から続く伝統の技法が受け継がれる看板商品。

 買い求めるお客さんで、今日も賑わいを見せる老舗の店。


 1階、店の奥から空蝉姉妹を出迎える1人の老婆。

 


「お帰り文音ちゃん、心音ちゃん」

「お婆ちゃん~」

「お婆ちゃん~」



 2人を玄関で出迎える米寿(べいじゅ)の老婆。

 おん歳、88歳。

 まだまだ現役。

 彼女の名は、空蝉軒端(うつせみのきば)


 平安時代から続く伝統の技法をただ1人受け継ぐ人物。

 空蝉餅(うつせみもち)は、未だ88歳の彼女の手によって作られる。

 粒あんとこしあん、絶妙な触感は、彼女の技術によって今も支えられている。



「お婆ちゃんお願いがあるの」

「お婆ちゃんお願いがあるの」

「おやおや~なんだい~」

「真似しないで心音」

「真似しないで文音」



 双子の姉妹の脳裏に浮かぶ、愛しの(きみ)の好物。

 昼間。

 平安高校の屋上を覗き見する双子姉妹の視線の先。



『太陽、数馬。どっちのサンド食べる?玉子サンドと小倉サンド』

『サンキューシュドウ、俺は断然玉子サンド。蓮見先輩のもらって悪いな』

『2個ずつあるから良いよ別に。数馬はどっちにする?俺は両方とも好きだから選んでよ』

『僕は断然甘党さ。こっちにさせてもらうよ守道君』



空蝉餅(うつせみもち)、作り方教えて」

空蝉餅(うつせみもち)、作り方教えて」

「おやおや~あんなに嫌がってたのに、一体どうしたんだろうね~」



 実家の商売を嫌い、何も手伝おうとしてこなかった双子姉妹。

 これまで1度も習おうともしなかった空蝉餅の作り方を、突然教えて欲しいと懇願する双子姉妹に戸惑うお婆ちゃん。


 すぐに笑顔を浮かべ、双子姉妹にこう述べる。



「すぐに着替えて降りといで」

「はい」

「はい」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 1階、老舗、空蝉の和菓子店舗の調理スペース。

 作業場で働く和菓子職人たちが驚きの声を上げる。



「おい、(じょう)ちゃんたちが初めてここに来たぞ」

軒端(のきば)さんしか入れない部屋だろあそこ?ついに継ぐ気になったのか?」

 


 和菓子職人たちが驚くのも無理はない。

 高校1年生になる双子姉妹。

 これまで和菓子店を一度も手伝った事が無い。


 和菓子に対してまるで興味を示さなかった双子姉妹。

 割烹着(かっぽうぎ)を身にまとい、軒端(のきば)お婆ちゃんに連れられある部屋へと連れていかれる。


 髪はポニーテールにまとめる。

 双子姉妹の気合の入れように驚く空蝉軒端(うつせみのきば)と店の職人たち。

 空蝉軒端(うつせみのきば)の目が、空蝉餅を作る時と同じように真剣な眼差しに変わる。



「まずは小豆(あずき)から。2人とも、小さい小豆は除いて頂戴。仕上がりにムラが出来るから」

「分かった」

「分かった」



 頭が良い事と、料理の腕前は別の話。

 S1クラス、中学校3年間、学業優秀だった空蝉姉妹。

 初めての和菓子作りに苦戦。



「文音ちゃん、お湯沸したからこっちに小豆(あずき)持ってきて頂戴」

「分かった」

「心音ちゃんは手を洗ってこっちにおいで」

「分かった」



 88歳、空蝉軒端(うつせみのきば)の指示に従う双子姉妹。

 いつもの2人であれば、すぐに投げ出す面倒な作業。

 勉強にまったく関係のない、空蝉餅を作る作業。


 今日の2人に取っては真剣な作業。

 和菓子店は早朝から仕込みが始まる。


 2人は決めていた。

 明日の朝早起きをして、空蝉餅を作り、学校に持っていく。


 明日失敗しないための大事な予習。

 頭のいい、彼女たち2人の大事な予習の時間が夜遅くまで続いた。

 




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 翌日、早朝。

 和菓子屋の朝は早い。


 店舗兼住宅。

 1階の調理スペース。

 ふたたび現れた割烹着(かっぽうぎ)姿の双子姉妹に驚く職人たち。



「おい見ろ、今日も出て来たぞ(じょう)ちゃんたち」

「もしかして嬢ちゃんたちの跡取りでも見つかったんじゃないか?」

「空蝉餅は平安時代から続く一子相伝の味だろ?嬢ちゃんたちの旦那さんが見つかった時に軒端婆さんが教えるって話じゃ無かったのか?」

「そろそろ年頃だろ嬢ちゃんたちも。見つかったんだよ、跡取りの婿殿(むこどの)が」

「本当か?」



 昨日、空蝉軒端から教わった一子相伝の技を再現する双子姉妹。

 賢い2人。

 たった半日で空蝉軒端の話をすべて暗記。

 小豆の煮込み時間、グラム、握り方、粒あんとこしあんの2種類の作り方をすべてマスターしてしまう。



「文音ちゃん、今朝は昨日と違って気温が低いだろ?気温が1度下がるごとに、小豆の煮込み時間は15秒長くしておくれ」

「分かった」

「心音ちゃん、こしあんを作る時は小豆の煮込み時間を20秒長くしておくれ」

「分かった」



 メモを取らない2人。

 1度聞いただけで、すべてを暗記してしまう才女。

 覚えた事は2度と忘れない。

 特に大事な言葉は。



『僕は断然甘党さ』



 双子姉妹がつくるおはぎ、伝統の空蝉餅は2種類の味。

 姉の文音は粒あんの空蝉餅。

 妹の心音はこしあんの空蝉餅。


 割烹着を着る双子の気合の入れように、最後に空蝉軒端が木箱を2つ店の奥から持ってくる。



「さあ、これを使いな」

「お婆ちゃん」

「お婆ちゃん」

「2人とも、頑張っといで」



 4月、陽春の候。

 朝、5時17分。

 日の出と共に、老舗、空蝉の店舗に朝日が差し込む。


 2つの木箱に入れられた空蝉餅。

 平安時代から1000年続く伝統の技が、88歳の空蝉軒端(うつせみのきば)から、双子の姉妹に伝授された瞬間であった。

 



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