7.「親友の気持ち」
金曜日、学校の屋上。
2人にはとても言えない、大きな秘密が出来てしまった。
――あの白いノートには、未来で俺が受けるテストの問題が事前に書かれている――
真面目に努力して頑張ってきた2人には何があっても話す事が出来ない。
テストの結果が良かったのは、俺が事前にテスト問題を予習していたからに他ならない。
ただし俺がしたその行為には、計り知れない効果もあった。
「お前最近絶好調じゃないか」
「本当高木君凄いよ。私ビックリしちゃった」
「まぐれだよ、本当まぐれ」
俺のテストの結果が良いと、3人の関係が少しずつ元に戻っていくようで嬉しかった。
「なあ成瀬、それに太陽も」
「なに高木君?」
「どうしたシュドウ?」
「あの……さ」
俺は今、目指す目標を完全に見失っていた。
入りたい高校だって正直分からない。
公立高校に進む事。
それが既定路線だと無意識に決めつけてしまっていた。
経済的に進学できる高校は、公立高校か、入れもしないと思っていた2人が進学する平安高校しか選択肢は残されていない。
「多分無理だと思うんだけど……絶対無理だと思うんだけど……さ」
「おう、言ってみろシュドウ」
「高木君」
2人の気持ちが知りたかった。
もしも、本当にもしも。
神様がそれを、叶えてくれるなら。
あの楽しかった頃の3人に戻れるなら。
俺は2人のそばに居て良いのだろうか?
本当にそれが叶うなら。
「……やっぱ恥ずかしいからやめとく」
「ここまで引っ張ってそりゃないだろシュドウ」
「無理して言わなくても良いよ高木君」
やめとこうと思ったけど。
それでも今、言わないと。
2人は俺が何か言うのを待ってくれている。
たとえ失敗したとしても。
言わないと。
後で後悔すると思った。
「あのさ……」
俺は2人と違って馬鹿だから、今のうちに言っておく事にした。
もしかしたら2人がいるところまで届くかも知れない。
そのチャンスが俺のカバンの中に、嘘かも知れないそのチャンスがカバンの中にある事を知っていたから。
少しだけど、2人がいる場所に届く気がした。
「もし平安高校の入試、合格できたらさ。もう1度3人で、どっか遊びに行かない?」
「くっ、あははは」
「朝日君、ここ今笑うところじゃない。良い良い、凄く良い。別に合格とか良いから、受験終わったらまた行こうよ3人で」
「はははは、シュドウお前最高。平安合格する目的がそれとか、やっぱお前最高の友達だよ」
太陽はクダらない俺の話を笑って聞いてくれる。
目を輝かせて喜んでくれる成瀬は、俺が今までずっと見続けてきた成瀬の表情そのものだった。
嘘かも知れないそのチャンス。
たとえそれが悪魔が用意したノートであったとしても……。
俺はそれにしがみつきたくなった。
太陽が隣で笑っている姿を同じ高校に行ってずっと見ていたい。
「ごめん、本当ごめん。俺もう図書館行くわ。こんな話してる場合じゃないし。勉強しないとマジ死ぬ」
「ははは、分かったシュドウ頑張ってこい。俺も平安高校でレギュラー取れるように練習頑張ってくるぜ」
「高木君、わたし時間あるし一緒に英語勉強しない?」
英語が得意な成瀬。
ただし俺には成瀬に英語を教えてもらう理由がすでに無くなっていた。
「ほらシュドウ。無料の家庭教師見つかったぞ。お前無料に目が無いだろ」
「無料ほど良い物は無いな」
「ちょっと2人とも、私が無料の女みたいに言わないでもらえる?」
「あははは」
俺は太陽と笑い終わった後、成瀬の申し出を当然のように断った。
すでに俺の勉強の目的は完全に変わってしまった。
カバンの中に入っている、未来で俺が受けるテストの問題が事前に書かれている白いノート。
これは未来のノートと言って良い。
『未来ノート』
本当に馬鹿みたいな話。
だけどこのノート。
恐ろしいほどの力を秘めている。
事実俺の成績は飛躍的に良くなった。
小テストで満点連発。
未来で受けるはずのテストの問題を予習してテストに臨んでいる。
ただその未来ノートには、致命的な弱点があった……。
解答がない。
俺の持つ未来ノート。
その1ページ目から、蓮見詩織姉さんが解くのを手伝ってくれたすべての問題の解答が記されていた。
もう疑う余地はない。
あとは、答えを覚えるだけ。
答えだけ覚えるのは難しい教科がたくさんある。
数学の解法や、英語の和訳も、キーとなる文言を頭に叩き込むには大変な作業に違いない。
入試問題5科目の膨大な量を残り1か月程度ですべて暗記しなければいけない。
何度だって答えを1000回・10000回書いてでも覚えきってやる。
入試問題の9割が、平安高校特別進学部合格の最低ライン。
ほぼすべて蓮見詩織姉さんが解いてくれた難問の解答。
すべて覚えて試験に臨むしか、俺にはもう打つ手は残されていない。
失敗するかも知れない。
明日ノートを開いた瞬間。
1ページ目から問題が忽然と姿を消している可能性だってある。
オカルト。
幽霊。
もうSFのような話。
平安高校の受験は2月。
どうせ自力では合格できない。
もうこの方法に、すがるしかない。
未来の問題。
これが平安高校特別進学部の、今年出題される本当の問題だと信じて。
俺は暗記を始める。
もう止められない。
この方法でしか、平安高校に行くことはできない。