69.「藍色の着物」
パンダ研究部の入部届を提出されてしまった俺。
もう後には引き返せない危険な契約書にサインしてしまった。
まあどうせ名前貸しだけだから構わないし、何よりあの図書館で自習できるのは考えようによってはラッキーかも知れない。
来週の月曜日までに学校の生徒会に部活活動報告書を提出する必要があると話していた、パンダ研究部部長の南夕子部長。
あと1人部員がいないと廃部。
まあそうなったら新図書館で勉強するまで。
俺の学校生活には特段の支障は発生しない。
むしろ問題は俺が赤点男である事。
来月の中間テストで赤点取れば、俺の人生そのものが終わってしまう。
現代文が石器時代まで退化し、成瀬にも俺の国語力がバレてしまった。
もう俺はおしまいだ。
「行きますよ守道君」
「はい……」
昼間、第二校舎の中庭で行われている曲水の宴。
そこで本日披露されたのは和歌でも歌でなく、俺の現代文の小テストの解答用紙。
成瀬姉妹は大爆笑。
神宮司姉妹は不思議な反応。
誰がどう見てもヤバいテスト用紙。
あんな解答してる俺が言うのもなんだが、成瀬姉妹の反応の方が自然だと感じた。
やはり神宮司姉妹は普通ではない。
容姿も、ルックスも、考え方や生き方そのものが俺や成瀬姉妹とは違う世界の人間に感じる。
1年生と2年生の入る第一校舎の1階奥にある旧図書館を出て下駄箱へ3人で向かう。
校舎の外の天井にはガラスのアーチがかかる。
雨や強い日差しから生徒たちを守る天井高のガラスのアーチになっている。
下校する生徒たちの中に、校舎の壁に沿って何やら花瓶や壺のような造形物が並べられていた。
ここなら風通しも良く、雨もしのげる場所。
あっ。
ピンク色の髪をした大人の乙女先生の姿がそこに。
楓先輩と神宮司葵がその姿に気づいて先生のもとへ歩み寄る。
「御所水先生、ご無沙汰しております」
「先生~」
「あら~楓さんに葵ちゃん~今日も綺麗ね~」
もはや女子話。
さすが乙女先生、女子と普通に会話してる。
「あら高木ちゃん~」
「ど、どうも」
「どうあなた、部活決まったかしら?うちどう?最近若い女の子たくさん入ったわよ」
「け、結構です。パンダに決めましたので」
「あら~葵ちゃんと一緒ね~」
「一緒~」
御所水先生、なんで神宮司葵が美術部とパンダ研究部掛け持ちしてるの知ってるんだよ。
神宮寺の家庭教師してるっていう話は本当なんだろうなきっと。
「あっ!?先生それ、俺と先生の作ったデカい壺じゃないですか!?」
「そうよ~高木君の本当おっきいから~この壺はあと何日か乾燥させてから素焼きにしましょう」
「へ~乾燥させて美術室にある、あのおかまで焼くんですね」
「そうよ~。美術室の前にある桐のお花、今年は温かいからもう咲き始めてるし。こんなに大きなお壺ちゃん、桐のお花でも刺しちゃいましょうかしら~」
「先生それ環境破壊ですからやめましょうよ絶対」
「ふふっ」
御所水先生なにを言い始めた?
美術室の前の桐の花って、あのバカでかい木の枝についてる花の事だよ。
普通に地べたに植えられた花じゃない。
この先生の考えている事は全然理解できない。
「楓さんたちはこれからどうされるの?」
「守道君とお勉強に」
「まあ~高木ちゃん偉いわね~」
頭悪いからこんな事になってるんですよ先生。
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第一校舎の外で壺を乾かしている御所水先生と別れる。
神宮司楓先輩と妹と一緒に正門まで200mの並木道を歩く。
「シュドウ君」
「なんだよ」
「御所水先生ね、今度パリである公募展にシュドウ君の壺使うって言ってた」
「は?なんだよそれ」
「守道君。御所水先生は華道家としても世界的に有名な方なの」
「えっとね~今年はパリのルーヴル、ルーヴル~」
「葵ちゃん、ルーヴル・サロン」
「えへへ、お姉ちゃんそれ~」
「なんですそれ先輩?」
「パリで今年行われる公募展の名前。17世紀からある伝統のコンクールで、ロダンの考える人なんて作品知ってるかしら」
「そんなの超有名な作品じゃないですか!?俺の壺、そんなコンクールに出さないで下さいって!?」
「ふふっ」
来月にも平安高校赤点男の壺が、パリのルーヴル・サロンである公募展に出展されてしまうらしい。
高木守道、国際デビュー。
海外に行くにはパスポートが必要だが、俺は当然持ってない。
平安高校の正門に到着。
「シュドウ君、うちあそこだよ」
「知ってるよ」
平安高校の正門から徒歩0分。
すぐそこにある大きな大きなお屋敷。
鉄の柵に囲まれ、入り口には立派な門。
俺のパーティーには魔法使いが1名。
「シュドウ君、見て見て~はぁ~」
(かちゃ!)
「凄いでしょ?」
「凄すぎて何も言えないよ」
「えへへ」
ホームセキュリティーのオートロックが解除される。
魔法が使えるかどうかは関係ない。
「シュドウ君もうちの門のカードいる?」
「いらないよ」
「これあったらいつでもうち入れるよ」
「いらないって言ってるだろ光源氏」
「ふふっ」
無邪気に俺をダークサイドへ誘ってくる神宮司葵。
こんな危険な家に出入りするのは御免こうむる。
今は来月の中間テストで赤点回避したいだけの事情でここへ来ている。
大きく立派な玄関のドアの前までやってくる。
ドアの上に監視カメラ。
昨日パパにお友達連れて来るとか言ってパパが錯乱してたっけ?
ちゃんと女の子の成瀬じゃなくて男の俺が来るって分かってるのかパパは?
(がちゃ)
自動でないはずのドアが自動で開く。
メイド服を着た女性の姿。
鋭い目つき。
完全に外敵の侵入を察知されてしまった。
楓先輩が俺の前に立ち口を開く。
「玉木さん、ただいま戻りました」
「楓お嬢様。昨日のお話では成瀬結衣様もご同席されるとのお話でしたが」
「予定が変わりました。今日はこの子と葵が」
「しかし」
ほら見ろ。
やっぱり神宮司姉妹はお嬢様なんだよ。
赤点男で害虫の俺はもう完全にお尋ね者。
「楓先輩、俺迷惑なんで今日はもう」
「許しません」
「え~」
蓮見詩織姉さんのごとく、俺を完全に子供扱い。
真弓姉さんが何か言ったのは間違いないし。
友達の南夕子先輩のパンダ研究部が廃部を免れるための名前貸しに協力はしてる。
でもその程度の事で、俺に勉強なんか教えてくれる動機になるのか凄い疑問。
なに考えてんだろ楓先輩?
「わたくしからお父様には説明を」
「……楓お嬢様がそこまでおっしゃられるのでしたら」
「ごめんなさいね玉木さん。あなたに迷惑はかけないつもりよ」
「いえ、わたくしも出過ぎた事を」
「謝らないで」
大人の対応してるけど、やっぱりなんか揉めてるようにしか見えない。
やっぱりパンダの契約書にサインするんじゃなかった。
玄関の大きなドアが開かれる。
メイド服を着た女性に先導され中に入る。
大きな中央階段が視界に入る。
2階へと続く階段は、上の階で左右に通路が分かれる。
床には赤いカーペット。
洋風のお屋敷。
俺の場違い感は半端ない。
高い天井に大きなシャンデリアがキラキラ光る。
リビングへと通される赤点男。
「葵ちゃん、準備ができるまで守道君と古文のお勉強してて」
「は~い」
「神宮寺と先に勉強するのか!?」
「そだよ」
「マジか」
リビングを出ていく神宮司姉妹。
何か部屋から勉強道具でも持ってくるつもりか?
リビングで待機する俺。
~~~~~別室 給湯室 お茶菓子を用意するメイド 玉木~~~~~
よもや葵お嬢様があのような男を2度もお屋敷に連れて帰るとは。
成瀬結衣様はともかく、あの男は危険。
給湯室の食器棚。
引き出しに手をかけると、中から何かを取り出すメイド玉木。
やかんのお湯が沸騰を始める。
(ぴ~~~~~)
「玉木さん」
「楓お嬢様」
「お茶菓子は簡単な物で結構です。わたしも口にしますので」
「かしこまりました」
食器棚の引き出しから取り出した物を、再び引き出しに戻すメイド玉木。
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「シュドウ君お待たせ~」
「神宮司!?なんで着物着てんだよお前!?」
「変?」
「超似合ってるよ!」
「えへへ」
リビングで待機していた俺は腰を抜かした。
平安高校の制服を着ている神宮司葵。
黙ってれば超絶美少女。
その神宮司が着物着て現れた。
俺は今夢でも見てるのか?
「今日は問題集もあります」
「マジで古文勉強するのかよ」
「そだよ」
「なんで着物なんだよお前」
「う~ん……気分?」
「マジか」
神宮司家では、今日の気分で私服が着物になるらしい。
着物姿に変身する神宮司葵。
「はいシュドウ君。源氏物語の出てる問題集」
「これ全部やるのか!?」
「そだよ。えっとね~」
問題集も結構だが。
神宮司の着物姿に胸のドキドキが止まらない。
藍色の綺麗な着物姿。
同級生の女の子が着物着てるだけで、なんでこんなに胸が苦しくなるんだよ。
楓先輩どこ行ったんだよ?
「それでね~」
「ちょっと近いから神宮司」
「近くじゃないと見えないよ?」
「そりゃそうだけどさ」
「ここ、帚木っていう源氏物語の第2帖のお話でね~」
「この問題がどこに載ってたのか覚えてるのかよ!?」
「えへへ~」
S1クラスの才女から古文の問題をレクチャーしてもらう。
「どうぞ」
「ありがとう玉木さん」
「葵お嬢様のお友達の方」
「はい」
「くれぐれも葵お嬢様に粗相の無いようご注意願います」
「かしこまりました」
俺の一挙手一投足をメイドが見張ってる。
「シュドウ君、このお菓子美味しいよ、はい」
(かちゃ)
「自分で取るって」
なんだよ今の音。
無料の塾とか嘘だよここ。
古文のテストで0点取る前に、この場で排除されちゃう。
楓先輩、俺デリートされちゃうから、早くリビングに帰って来てくれ。




