67.「引換券はパンダと共に」
成瀬真弓の召集令状によって無理矢理桃源郷に召集された俺。
おそらくこの平安高校でも1・2を争うであろう美人姉妹のダブルサンドイッチ。
入学して1週間が過ぎたばかり。
こんな状況、入学前には考えられなかったメモリアルタイム。
「お姉ちゃん、シュドウ君のくれた小倉サンドおいしい~」
「まあ良かったわね葵ちゃん」
「ほら高木、わたしのおにぎり一個あげる」
「良いんですか真弓姉さん?」
「1個5000円ね」
「ぶっ!?もう食べちゃったじゃないっすか!先に言ってくださいよそれ!」
「あはは」
「ふふっ」
女子4人とランチタイム。
男の俺だけなんで呼ばれた?
これって。
もしかして突然モテ始めた……いや、まさか。
そんな事、赤点男の俺に訪れるわけがない。
「あはは~」
「ふふふ」
モテているわけでも何でもない。
ただ呼び出されただけ。
でも、楽しい。
目のやり場に困るが、女子とお話できるのは、バイト先のコンビニで俺のレジに並んでくれたお客様しかいない。
神宮司姉妹。
成瀬姉妹が目の前で楽しく談笑している。
信じられない日常が、俺の目の前で繰り広げられている。
「あらこれ何かしら?」
「どうしたの楓先輩?」
ああ!?
モテてるとかバカな事考えてたら、カバンに隠してたヤバいやつが勝手に出てんじゃんよ。
「あらあら」
「なにそれ楓……あははははは!見て見てゆいちゃん~高木超バカ~写メ撮っとこ~(パシャ!)」
「ちょっと何やってんすか姉さん、成瀬にだけは絶対それ見せないで下さいって!」
「なにそれお姉ちゃん?」
「成瀬やめろ、心臓止まるから絶対見るなそれ」
「そんな事言われたらますます先生見たくなりました」
「先生マジで見ないでくれよ~」
現代文の小テスト、俺の奇跡の解答用紙が衆目にさらされる。
「ぷっ」
「でしょ~ゆいちゃんもっと笑って良いんだよ~」
終わった。
成瀬に見られた。
もう生きていけない。
「シュドウ君凄い!」
「お前、絶対俺の事バカにしてるだろ……」
「ほえ?」
数馬にバレないようにカバンに隠しておいたテスト用紙が白日の下にさらされた。
紫色の風呂敷を出した拍子にひょっこり出ちゃってたよ。
「あはははは、もうこれハマっちゃうわ~」
「真弓」
「なに楓?」
「今日は部活お任せして宜しいかしら?」
「任されよ」
来るんじゃなかったこんなところ。
赤点男がこんな桃源郷に来るからこんな事になる。
「守道君」
「はぁ~なんです楓先輩?」
「今日の授業が終わったらご予定は?」
「図書館で自習するつもりですけど」
「お迎えに上がります」
「はい?」
何を言い出したんだ楓先輩。
真弓姉さんがニヤニヤしながら笑ってる。
お迎えってなんだよ、地獄へのお迎えの事か?
「ちょっと待ってください楓先輩。俺、放課後宿題だけで全然余裕ないんですって」
「許しません」
今度は楓先輩が詩織姉さんみたいな事言い出した。
明らかに俺の現代文のテストの解答用紙を見てから態度が変わった。
なんかよく分からないけど、絶対マズい事になってる気がする。
持つべきものは親友。
「成瀬、助けてくれ。楓先輩に何とか言ってやってくれって」
「現代文はわたしの得意科目ではありません。わたしはどうなっても知りません」
「意味分かんないよそれ。それになんで最近そんなに冷たいんだよ先生~」
「ふふっ」
「ほえ?」
成瀬に見捨てられた。
楓先輩が真弓姉さんと何か話し合ってる。
絶対俺の事話してる。
どうなるんだ俺?
「シュドウ君」
「なんだよ光源氏」
光源氏の不適な笑み。
嫌な予感しかしない。
「昨日ね。お父様にまたお友達おうちに連れてきて良い?って聞いたらね」
「誰だよお友達って、成瀬の事か?」
「結衣ちゃん美術部行くから今日は遊べないの」
「成瀬、結局美術部にしたのか部活?」
「御所水流先生が顧問だし、先生イラストやデッサンにも精通されてて尊敬してます」
「成瀬お前いつの間にあのおピンクの先生と仲良くなったんだよ」
「ふふっ」
成瀬は美術部に正式に入部を決めたようだ。
御所水流先生は美術部の顧問らしい。
美術の先生だし当然と言えば当然か。
あれ?
成瀬は昨日の夕方、神宮司葵と一緒に美術部見学行ってなかったっけ?
「それでねそれでね」
「ちょっと待て神宮司。お前昨日美術部見学しに行ったんじゃなかったのかよ」
「昨日行ったよ結衣ちゃんと」
「だから今日成瀬が美術部行くんだから、当然お前も行くんだろって聞いてるの」
「わたし行かないよ」
「なんで」
「先生がうちに来るから」
「は?」
ダメだ。
この子の話が宇宙過ぎて、全然俺には理解できない。
御所水先生がうちに来る?
「なあ成瀬、この子美術部入ったんじゃないのか?」
「もともと入部してたの、葵さんも」
「美術部に?」
「御所水先生、葵さんの華道の家庭教師されてて」
「は!?」
もう訳分かんない。
御所水先生、この子の家庭教師だったのかよ。
そもそも華道ってなんだ?
「それでねそれでね」
「まだ何かあるのかよ光源氏」
「お父様にお友達連れてきて良いって聞いたらね」
「……ちょっと待て。さっきからそのお友達って俺の事言ってんのか?」
「そだよ」
なんかヤバい事言われてる気がしてきた。
お友達って、成瀬じゃなくて俺?
しかも突然のパパの登場。
絶対マズい予感しかしない。
「それでね」
「なんだよ」
「言ったの」
「何を」
「シュドウ君また連れてきて良いって聞いたらね」
「言っちゃったのかよ。なんて事してくれたんだよ」
「なんで?」
「なんでじゃないよ。そういう重大な決定は俺の許可を取ってから言えって。で、どうなった?」
「お父様ビックリしちゃってね。お皿が落ちちゃって割れちゃってもうビックリ」
「そんな事になってるの知った俺がビックリだよ。なんて事してくれたんだよお前」
「ふふっ」
「笑い事じゃないですよ楓先輩。一緒にそこに居たんならこの子ちゃんと止めて下さいよ」
お姉ちゃんの楓先輩も楽しそうに俺と神宮司のやりとりを見てるだけ。
自由過ぎるこの子の行動と思考。
なんで真弓姉さんも楓先輩も妹を止めようとしない?
楓先輩に至っては笑顔で笑い出す始末。
俺は全然微笑ましくない。
「楓ちゃん~真弓ちゃん~」
「あっ夕子だ」
「あらあら」
「ああ!?あの人」
「ここにいたわね、入部希望者」
「だから俺は入部希望者じゃありませんって。昨日から何度も言ってますよ先輩」
突然乱入してきた女子。
この人。
昨日の夕方、第一校舎の部員募集してた掲示板の前で必死に俺に部活の勧誘をしてきた先輩だ。
神宮司楓先輩と成瀬真弓姉さんの事、楓ちゃんとか真弓ちゃんとか言ってるよ。
知り合いなのかこの3人?
「パンダのお姉ちゃん」
「葵ちゃんったら。夕子、守道君とお知り合い?」
「守道……高木守道君ね君。はいこれ、入部届」
「ふざけないで下さいって先輩。昨日から散々それ出してきますけど、俺絶対それ書きませんからね」
ここに来たきっかけとなった成瀬真弓からの召集令状に続いて、今度は謎のパンダの先輩から入部届を差し出される。
「はい高木、筆ここにあるよ」
「和歌詠む用の筆なんかいりませんって真弓姉さん」
「あんたはもう入部するしかないわけ、分かる?」
「なんでですか?」
今度は何を言い出したんだ真弓姉さん?
筆を俺に無理矢理渡してくる。
俺、勉強でまったく余裕無いから部活なんて絶対無理。
「そこにいるパンダの先輩と真弓姉さん知り合いです?」
「腐れ縁ってやつね~」
「真弓ちゃん」
「はいはい。ほら楓」
「あらあら、ふふっ。守道君、今日は私がお勉強を」
「はい?」
「ほら高木、あんた分かってるの?この神宮司楓様があんたに現代文を指導されるって言ってるの」
とんでもない話になってきた。
パンダと楓先輩がどうしてここで結びつくんだ?
「はい守道君」
「楓先輩」
楓先輩が俺の隣に座ってくる。
綺麗でサラサラした髪が揺れる。
間近に迫る超美人の楓先輩のオーラに圧倒される。
「さあ筆を持って」
「えっ?」
楓先輩の手が俺の手に触れる。
凄いフワッとした肌触り、先輩の手に一瞬触れて胸のドキドキが止まらない。
先輩の手、なんでこんなに柔らかいんだよ。
筆を手に握らされてしまった。
ついでにパンダ研究部と書かれた入部届が俺の目の前に差し出される。
和歌詠む紙じゃないんだってこの用紙。
危険な契約書。
これにサインしたら俺の高校生活が終わってしまう。
「大丈夫」
「うっ」
耳にスッーっと突き抜けるような高い声。
2つも年が上の上級生の甘いささやき。
胸がドキドキしてくる。
ダメだ。
この入部届に名前なんか絶対書いたら。
「ここよ守道君」
「ぐっ」
この契約書にサインしたら最後。
俺の高校生活がパンダに拘束されてしまう。
教えてあげるって言うのは、現代文を教えてくれるって事か?
それもパンダ研究部の入部と引換えに。
引換券が目の前に、この契約書にはサインしちゃダメだ。
「優しくしてあげるから」
「うっ」
楓先輩の声が俺を氷漬けにする。
筆を持つ手が固まる。
成瀬姉妹と謎のパンダの先輩が俺の筆に視線を集中させる。
神宮司葵だけ、近くを飛んできたアゲハ蝶を目で追っている。
現代文を教えてくれるという楓先輩からの甘い誘惑。
それが今、この目の前にあるパンダの契約書と引換えにされている。
卑劣過ぎる。
パンダと楓先輩が引換えだなんて。
太陽。
お前の楓先輩からとんでもない事言われてるよ俺。
どうしたら良い?
助けてくれ太陽。
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同刻。
第一校舎屋上。
朝日太陽と結城数馬。
「今ごろ守道君どうなってるだろうね」
「真弓先輩直接のお呼び出しだろ?生きて帰れんのかシュドウのやつは」
「ははは」
購買部、総菜パンを求める生存競争に打ち勝った2人の男子。
大量のパンをペロリとほおばる2人に近づく双子の女子。
(かつ かつ かつ)
「あの」
「あの」
「おや?君たち、いつしかの姫君」
「姫君……」
「姫君……」
「なんだよお前ら?」
結城数馬の受け答えに顔を赤らめるポニーテールの双子ちゃん。
空蝉姉妹が小さな木箱を結城数馬にそれぞれ差し出す。
「これは?」
「おはぎ」
「おはぎ」
木箱を開けて見せる空蝉姉妹。
姉の空蝉文音は粒あんのおはぎ。
妹の空蝉心音はこしあんのおはぎ。
「粒あんです」
「こしあんです」
「えっと」
「おい、なにがどうなってんだよ数馬」
蚊帳の外の朝日太陽。
結城数馬の前に並び、まるでどちらか選んで欲しいと言わんばかりの空蝉姉妹。
口を開く結城数馬。
「ひとつだけ良いかなお姫様たち?」
「はい」
「はい」
「粒あんもこしあんも、僕はどちらも大好きだよ」




