66.「お呼び出し注意報」
(ピコピコ~)
「アホヅラ」
「誰がチャングンソクだって?」
「死ねし」
早朝。
朝6時、バイト先のコンビニ。
S2のクラスメイト、岬れな様がご出勤される。
今日の岬は機嫌が良い。
毒舌は彼女の調子が良い証拠。
岬の前で、俺はいくら命があっても足りはしない。
昨日は夕方、第一校舎1階の掲示板の前で謎の先輩から部活の勧誘を受けた。
やたらパンダにこだわりを持つ先輩だったな。
昨日の事を思い出しながらバイトを続ける。
「お疲れ様です~」
「今日の荷物はこれです」
「お預り致します~」
コンビニでは宅配便の荷物の回収が日に3度ある。
宅配便の需要は高まる一方。
ちまたでは個人でネット取引が盛んに行われているらしい。
慌てた様子でお客さんが店の中に駆け込んでいる。
手に大きな荷物を持っている女性。
「これ送りたいんですけど、間に合いますか?」
「白猫さん、まだ大丈夫ですか?」
「お任せ下さい!」
いつも爽やかな白猫のお兄さん。
白猫宅配便。
急いで荷物を送りたいとコンビニのレジに梱包した段ボール箱を抱えてやってきた女性。
レジで宅配便の伝票を待つ間、待機してくれる白猫のお兄さん。
「おはようございます」
「お疲れ様です」
岬れな、レジにコンビニクルーの制服を着て登場。
白猫のお兄さんを見るなり挨拶を交わす。
社会的礼儀、可愛い会釈。
なぜ俺にはその優しい笑顔で挨拶してくれないのか激しく疑問に感じる。
朝の第1便の宅配便の回収完了。
コンビニの関連業者と言えばそこまでだが、今日来た白猫のお兄さんは大学生。
これから店長の弟が経営している駅前のコンビニへ宅配便の回収へ毎日向かう。
肉体労働、荷物は多い。
コンビニの中で過ごす俺よりもずっと過酷な作業だ。
笑顔で白猫のお兄さんをお見送りする岬れな。
「キモいからこっち見るなし」
「ヒドいってそれ。今日も制服超似合ってるぞ岬」
「死ね」
クラスメイトにも一切の躊躇なし。
それでいて仕事もできて頭も良い。
裏表がまったく無い俺の同級生。
S2クラスで浮いていた俺と、何事もないかのように接し続けてくれる彼女。
口はあれだが裏表がなく、何事にもブレない彼女の姿勢に、段々と尊敬の念すら抱くようになっていた。
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「おはよう~」
「おはよう」
S2クラスに登校する。
今朝もいつも通り岬とはバイト先で別れる。
理由は詩織姉さんが迎えに来てくれるから。
『守道さん』
『詩織姉さん』
『今日もお疲れ様です』
紫色の風呂敷。
綺麗な結び目。
詩織姉さんからの贈り物。
家族の温かさ。
俺はずっと、詩織姉さんに甘え続けていた。
「先週の親睦会楽しかったね~」
「ねえねえ、今週うちのクラスだけでやらない~」
「いいねそれ~いつにする?」
荷物をロッカーにしまい、S2クラスに入るなりクラスの女子たちがおしゃべりをしていた。
先週の親睦会。
そういえばS1クラスやSAクラスの連中で親睦会だか何だか行ってたっけ?
先週と言えば俺は学力テストで轟沈して、奈落の底に落ちていた頃。
どうでも良い。
俺は来月中間テストで赤点取ったら終わる生徒。
親睦会なんか行ってる余裕はまったくない。
「ねえねえ、岬さんは親睦会行かない?」
「用事あるから、またにする」
教室窓側に座る岬れな。
いつも詩織姉さんが俺のコンビニまで朝迎えに来る事もあるのか、彼女は先にS2クラスに座って授業が始まるのを待っている。
いつも1人でいる彼女。
茶髪の1匹オオカミはクラスの女子たちともツルまないつもりのようだ。
「やあ守道君、おはよう」
「おう数馬。練習お疲れさん」
滑舌が良い爽やかイケメンボーイ。
結城数馬がクラスに入るなり、S2クラスの女子たちから悲鳴のような声が響いてくる。
粗大ゴミ、赤点男の俺と違って、結城数馬はS2クラス筆頭の超良い男。
俺が女子なら、絶対こいつと付き合う。
「お疲れさん。さっき隣のクラスの可愛い双子さんに声をかけられたよ」
「可愛い双子?いたっけそんなの」
「ははは、すぐに忘れちゃうんだね守道君は」
「どうでも良い事はすぐに忘れていくんだよ俺は」
朝練を終えて教室に入ってきた野球部の結城数馬。
双子が何とかって言ってるけど、思い当たる子が誰も思い浮かばない。
2人ともポニテだったらしい。
数馬との何気ない朝のやりとり。
もうすぐ藤原先生のホームルームが始まる。
数馬が窓側の席に向かう。
「おはよう岬さん」
「うっ~す」
岬と数馬。
最近、朝S2クラスで挨拶を交わす姿がよく見られるようになった。
英語コミュニケーションで同じB班。
日本史や美術の教科も同じ。
2人とも俺と同じ文系。
岬とはバイト先も同じだし、俺たち3人はなにかと縁があるのかも知れない。
(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
ホームルームが終了する。
藤原先生から声をかけられ、廊下へ先生と2人で出る。
向かい合う藤原先生。
なにやら神妙な顔。
思い当たるフシがたくさんある。
「高木君。この後の授業で、昨日のテストを返すが」
藤原宣孝先生。
昨日のテスト。
現代文の小テスト。
「選択科目、君は江頭先生の日本史を選択しておったね」
「はい」
「努力するように」
「はい……」
小学生レベルの作文をテストで披露してしまった。
現代文担当教師である藤原先生。
俺のレベルを知って、さぞ落胆しているに違いない。
「漢字を正しく覚えていないと、書きたい文章も満足に書けなくなる」
「すいません」
「最初の問題はよく出来ていました。勉強すれば君はちゃんと覚えられる証拠です」
「はい」
藤原先生の言ってる最初の問題。
それは漢字の問題。
俺が憂鬱を事前に覚えて書いた、ズルした問題の事を言われている。
とても褒められたものじゃない。
救いようのない俺。
「君はまだ若い、もっと本をたくさん読みなさい。知識も教養も本からたくさん吸収できるはず。文章力も自然と身に付きます」
「分かりました」
全然分かっていない俺。
もはやグの字も出ない。
テストでは小学生レベルの作文を書いてしまった。
今言われているのは藤原先生からの温かい指導、さすがに俺もそれくらい分かる。
どうやらこの後の現代文の授業で返却される昨日のテストの結果は、相当ひどいものに違いない。
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(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
午前中の授業が終了する。
これから昼休憩の時間を迎える。
3限目、現代文の授業で担任の藤原先生から昨日行われた小テストが返却された。
ハッキリ言って、超ヤバい点数を取ってしまった。
昨日から石器時代が未だに尾を引く。
藤原先生に恥ずかしい解答用紙を見せてしまった。
昨日の現代文のテスト。
憂鬱の漢字は未来ノートの力で何とか得点する事が出来たものの、文章問題は壊滅的。
テストの残り時間が迫り、最初に奈良時代の平城京を思いついたが、後が続かず書き直してこのレベル。
教養も無ければ漢字もまともに覚えていない。
こんな恥ずかしい解答用紙、誰にも見せられない。
「守道君、行こうか」
「あっ、ああ。数馬か」
現代文の小テストをとっさに隠す。
こんなテスト用紙、数馬に恥ずかしくて見せられない。
もうお昼休憩の時間。
今日も太陽と3人で購買部に群がるライオンたちとエサの取り合いに向かわなければいけない。
早く行かないと総菜パンが無くなってしまう。
S2クラスに入ってくる男子の姿。
「ようシュドウ、おはようさん」
「もう昼だって太陽……なにその赤い手紙?」
「真弓先輩から、お前にだってさ。朝練で預かってきた」
「そんな危険物持ってくるなって。無かった事にして捨てちゃおうぜそれ」
「見ないともっとヤバいんじゃないかシュドウ?」
「守道君、真弓先輩からの手紙だよ?」
「分かった、分かったよ。見れば良いんだろ見れば」
さすがに真弓姉さんからの手紙は捨てられない。
渋々手紙を拝見する。
俺の天敵、成瀬真弓。
どうせロクな事は書かれていないはず。
『高木守道殿。あの写真をバラされたく無ければ至急中庭、噴水前まで来られたし。さもなくば、あなた様の人としての尊厳は永久に失われ――』
はいはいはいはい。
行きます行きます、すぐに行きますから。
くそ。
俺の天敵、成瀬真弓。
幼い頃のお茶目な俺の弱みを握る最も面倒な女。
指定場所の中庭とか、いつもの和歌の歌会やってる場所に決まってる。
呼び出し方がヒレツ過ぎる。
なんて非人道的なんだ。
3年生が住まう第二校舎の中庭、そこは1年生が普段立ち入れない平安高校の桃源郷。
噴水前までもうすぐ。
近くに鯉が泳ぐ小さな池。
桐の1本木の木陰。
いた。
女の子4人。
指定された処刑場に到着。
俺のギロチンはもう目の前。
「あっ、高木こっちこっち」
死刑執行人、成瀬真弓。
俺の顔を見て笑顔で笑っている。
「もうちょっと普通の呼び出し方できないんですか姉さん?」
「インパクトあったでしょ?ほら~すぐ飛んできた」
「野球部の後輩パシりにさせて何やってんですか」
「ごめんごめん。太陽君、私のお願い何でも聞いてくれるの~」
「そりゃ姉さんに言われたら何でもしますよあいつは」
真弓姉さんは野球部のマネージャー。
しかも3年生。
1年生球児の太陽に逆らうという選択肢は存在しない。
「ごめんなさいね守道君。葵ちゃんが一緒にお話したいって聞かなくて」
「シュドウ君きた~」
「高木君もこれからお昼?」
「成瀬もここにいたのか」
「うん、最近ずっとここだよ」
「マジか」
楓先輩と真弓姉さんが仕切る曲水の宴。
女子たちばかりの秘密の桃源郷に赤点男が1人迷い込んでしまった。
「シュドウ君シュドウ君」
「なんだよ光源氏」
「これ」
「それ源氏物語か?」
「続き読も」
「いいよ今度で」
「テスト出るかも」
「うっ」
テストアレルギーの俺。
文系の俺にとって、3年間付きまとう事になる古文という教科。
成瀬に言われた通り、逃げ続ける事は絶対にできない科目。
「うち来る?」
「行かないよ」
「じゃあ図書館?」
「どんだけ源氏物語好きなんだよ光源氏」
「高木君。葵さん光源氏じゃなくって神宮司さんでしょ?」
「ふふっ」
結局桐の木の下で5人目の赤点男が、女子のグループに交じり食事を始める。
ロッカーからカバンを一緒に持ってきた。
今日の授業が終わるまで腹ペコで過ごすのはさすがにごめんだ。
詩織姉さんからの紫色の風呂敷を取り出す。
「綺麗な色~」
「高木君、それなに?」
「俺のファンから弁当をもらったんだよ成瀬」
「蓮見先輩から?」
「当たり。自作なわけないだろ?」
「この前のもやっぱりそうだったんだ」
「蓮見さんって、あの2年生の蓮見詩織さんの事かしら?」
「楓先輩、蓮見姉さんの事ご存じだったんですか?」
「ええ、よく存じております」
意外な関係。
2年生の詩織姉さん、楓先輩と知り合いだったなんて知らなかった。
可憐で凛とした雰囲気がどことなく似ている詩織姉さんと楓先輩。
紫色の風呂敷の中身。
最近控え目にしていただいている、詩織姉さんからの愛情弁当。
「サンドイッチだ~」
「なんだよ神宮司」
「美味しそう~」
「いるなら食えよ」
「良いの?」
「どっちだ?」
「こっち」
「ほらやるよ。1個だけだからな」
「わ~い」
俺が作ったわけでは無いが、玉子サンドと小倉サンドの2本ずつ計4個のサンドイッチ。
迷わず小倉サンドを手に取る神宮司葵。
「高木君、昔から面倒見が良いわよね」
「紫穂がいたからだろ?てか成瀬、いつの間に神宮寺とそんなに仲良くなってたんだよ」
「う~ん……いつの間にか?高木君もそうでしょ?」
「知らないよ」
「知らないよ」
「ふふっ」
俺の真似をして勝手に話に割り込んでくる神宮司葵。
それを見て笑みを浮かべている真弓姉さんと楓先輩。
4人とも人魚座り……目のやり場がない。
神宮司楓先輩がいるだけでも俺にとってハードルが高すぎるこの空間。
神宮司葵は相変わらずだし、小学生の頃から顔なじみの成瀬姉妹がいてくれるから何とか平静を保つことが出来る俺。
この桃源郷は、本来俺のいるべき場所じゃない事だけは確かだ。
食事をしながらのどかな時間が流れる。
来月この平安高校から赤点でぶっ飛びかもしれない非常事態だって時に、なんだってこんな場所に呼び出されたんだ俺は?