64.「熊猫としのびにぬるる空蝉かな」
お昼休み。
午前中行われた御所水流先生による美術Ⅰの授業が終了する。
第二校舎、屋上。
第一校舎購買部で惣菜パンを購入。
決死隊を組んだ3人の1年生。
S2クラスの高木守道、結城数馬、そしてSAクラス朝日太陽の3人の姿。
「シュドウ良くやった。今日は玉子サンド1つゲットできたな」
「悪い2人とも。あそこの男子専用コーナー、毎日あんな戦場じゃ体が持たないよ」
「1つ取れれば上出来だよ守道君。今日もお姉さんのサンド分けてもらってすまないね」
「おいシュドウ。蓮見先輩の小倉サンド俺にも食べさせろって」
「さっき玉子サンド食べただろ太陽。俺のサンド無くなるだろ」
「ははは」
第一校舎1階、購買部。
惣菜パンを手に入れるための、男たちの激しい生存競争が日々繰り広げられる。
「男子専用コーナーとかふざけるなって」
「女性専用コーナーは、もはや時代の流れだよ守道君」
「マジかよ数馬」
「ははは」
すべてが女性を中心に回る現代日本。
生存競争に負け、惣菜パンを1つしかゲット出来ない高木守道。
高木守道の手には蓮見詩織の紫色の包み。
蓮見詩織のお手製サンドが、男たちの胃袋を満たす。
屋上の入り口扉がわずかに開く。
屋上でたむろする男子3人組を見つめる2つの影。
「いた」
「いた」
制服を来た瓜二つの双子姉妹。
「心音、邪魔」
「文音、邪魔」
双子姉妹、仲はあまり良くない。
空蝉姉妹が見つめる視線の先。
終始、上級生の先輩の話題で盛り上がる3人の姿。
「昨日はポニーテール?まあ真弓姉さんちょくちょくポニテだな数馬」
「グッとくると思わないかい?」
「そうか?」
「分かる、分かるぞ数馬。楓先輩が真弓先輩の真似して昨日一緒にポニテだったからな。並んで立つ2人はマジでヤバかった」
「さすが朝日君、分かってる」
「2人とも、いつもどこ見て練習してんだよ」
屋上のわずかに開く入り口の扉。
聞き耳を立てる、空蝉姉妹。
「真似しないで心音」
「真似しないで文音」
屋上の入り口の扉が、そっと閉じられる。
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同刻。
第一校舎の屋上で男子3人がたむろするのと同じ時間。
3年生の入る第二校舎の中庭。
噴水、小さな池、そして1本の桐の木の木陰。
シートを引き、桐の木の木陰でランチタイムを楽しむ4人の女子。
仲良く食事を囲む4人の女子の姿。
神宮司姉妹、そして成瀬姉妹。
「結衣ちゃん、これあげる~」
「まあ葵さんありがとう」
「えへへ~」
とても仲の良い2人の妹。
その姿を見つめる2人の姉の姿。
魔法瓶に入る温かいお茶を神宮司楓のコップに注ぐ成瀬真弓。
「どうぞ楓」
「ありがとう真弓」
「この前はお土産までいただいて悪いわね楓」
「良いのよ真弓。帰ったら葵ちゃん、本当に嬉しそうにお話するんですもの」
「源氏あられ、なかなかのお味でしたぞ」
「まあ、さっそく?」
「ちょっと体重ヤバいかも~」
「あらあら、ふふっ」
食事が終わり、和歌の歌会の準備を始める4人。
短冊と筆を取り出す4人の輪に近づく1人の女子生徒の姿。
神宮司葵がその姿に気づく。
「あっ、パンダのお姉ちゃんだ」
「葵ちゃんったら。夕子、お元気?」
「楓ちゃん~」
「あらあら」
3年生の神宮司楓に泣きつく女子生徒1名。
楓の胸に抱かれたまま、成瀬真弓に視線を合わせる。
「で?夕子、この1週間で入部希望者誰か来たわけ?」
「真弓ちゃん~」
「あちゃ~。やっぱダメか~」
「どうしたら良いの~」
続いて成瀬真弓に抱きつく謎の女子。
夕子と呼ばれる女子生徒が1人。
「も~しょうがないわね夕子は。このままじゃ廃部になっちゃうし、明日にでもあの子呼ぶしかないわね」
自分のいる部活の入部希望者が集まらないと嘆く。
抱きつく女の子に短冊と筆を渡す成瀬真弓。
「はい夕子」
「なにこれ真弓ちゃん?」
「久しぶりにここに来たんだから、歌って帰る」
「わたしの部員は?」
「ちゃんと考えてあるから、夕子はもう1日部員勧誘頑張りな」
「じゃあやる」
「ふふっ」
曲水の宴に飛び入りで参加する謎の女子。
神宮司楓の正面で正座。
慣れた手つきで短冊に筆を入れる。
彼女の名は南夕子。
南夕子、会心の和歌。
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タンタンと
コウコウだけが
わが命
パンダの他には
何もいらない
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(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
6限目、S2クラス、現代文の授業が始まる。
S2クラス担任、藤原宣孝先生。
「それでは今からテストを実施します」
「え~」
抜き打ちの小テストの実施。
問題用紙が配布される。
S2クラスには結城数馬、岬れな、そして高木守道の姿。
「それでは始めて下さい」
机の上に置かれたテストを見る。
出た。
第1問、「ゆううつ」を漢字で記入せよ。
問題数は少ない。
この1問で、5点どころか10点は確保できる。
『憂鬱』
昨日図書館で、未来ノートの2ページ目に映し出された未来の問題。
今まさに俺がやっている、現代文のテスト問題と思われる問題が間違いなく未来ノートに映し出された。
図書館でそれに気づいた俺は、最後には消えてしまった2ページ目の現代文の第1問目、この「ゆううつ」の漢字をパソコンで検索する事にした。
まだ俺がパソコンで検索する前。
図書館の共用パソコン。
誰でも触る事のできるパソコン。
マウスが動き、カーソルが履歴検索のタブにたまたま止まった。
『憂鬱』
やっぱり誰か俺以外の人間が検索した?
今はそんな事考えてる場合じゃないのに、どうしてもその事が気になってしまう。
未来ノートに未来の問題が出た直後。
俺にとってドンピシャのタイミングだった。
誰か俺以外にも未来ノートの所持者が校内にいて、誰かが俺が気付く前に検索した。
バカな話。
たまたま。
偶然に決まってる。
今はそんな事よりも、目の前の現代文の小テストに集中しないと。
憂鬱1問書けたところで、俺の小テストの出来にそこまで大きな影響は出ない。
見て見ろ。
藤原先生、文章力を問うような凄い問題を出してきた。
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『気がつけば〇〇時代』
気がつけば、あなたは〇〇時代にいました。
あなたはどこで何をしていますか?考えて書きましょう。
(人々の暮らし、服装、住居、活躍した人……)
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なんだよこれ、なんだよこれ。
この〇〇になにか入れないといけない。
気がつけば俺の時代?
意味分かんないだろそれ。
違う。
考え方が違う気がする。
どういう意味だ?
何を書けばいい?
人々の暮らしに服装、住居?
どんな服着て、どこに住んでたか答えろって?
誰だよ活躍した人って。
昨日図書館で未来ノートに一瞬だけ問題が浮かび上がってたはずなのに、あんな一瞬じゃあ問題読めなかったよ。
今考えるしかない。
どうする、なんて書けばいい俺?
~~~~~S2クラス 結城数馬 現代文 小テスト長文問題解答 一部抜粋~~~~~
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『気がつけば室町時代』
気がつけば、室町時代。
時は室町幕府、第8代将軍、足利義政の時代。
僕はいま、東山文化を代表する、書院造の慈照寺銀閣寺の中にいます。
茶道、華道、庭園など今に続く様々な文化が花開いたこの時代、庶民の間では……
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~~~~~S2クラス 岬れな 現代文 小テスト長文問題解答 一部抜粋~~~~~
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『気がつけば平安時代』
気がつけば、平安時代。
時は摂政、藤原道長の時代。
私はいま、藤原道長の別邸である宇治殿、寝殿造りの平等院鳳凰堂の中にいます。
国風文化の代表作、源氏物語、宇治十帖の舞台。
十二単を身にまとう私は、筆を手に持ち……
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~~~~~高木守道 現代文 小テスト長文問題解答 一部抜粋~~~~~
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『気がつけば石器時代』
気がつけば、石器時代。
氷河期、とにかく寒い。
俺は今、吉野ケ里遺跡の竪穴式住居に身をひそめる。
獣の皮を身をまとう俺は、石斧一本でマンモスに挑み……
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藤原先生。
御所水先生。
俺。
やっぱりダメかも。




