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63.第8章<パン研へようこそ>「桐の木の下で」

 美術Ⅰの教師として現れた、御所水流先生。

 どう見てもお姉系。

 髪の毛おピンクの先生。



「さあ皆さん~立体造形のお時間よ~」



 口調も心もすべてが乙女。

 何だ立体造形って?


 2限目と3限目、2限連続で行われる授業。

 御所水先生が全員に何やらプリントを配り始める。

 プリントには立体造形に関する情報が記載されていた。



「立体造形って、粘土からろくろで壺や花瓶作るんだ~」

「え~無理~」



 いきなり陶器作りの授業がスタートする。

 自画像とか絵を描いたりするものだとばかり思ってた美術Ⅰ。


 平安高校の特別進学部。

 芸術の時間も普通ではなさそうだ。


 

「さあわたしが見本を見せるわ。皆さんこっちにいらっしゃい~」



 昨日担任の藤原先生に芸術科目を美術Ⅰに選んで提出してしまったためここにいる。

 今さらやめられない、止まらない。

 この美術Ⅰの授業に集う、特別進学部S1クラスからSAクラスの生徒たち。

 3つのクラスで混ざり合う生徒全員が御所水先生に注目する。



「まずは土もみから。お粘土をこうやってモミモミしてちょうだい~さあ始め~」

「え~」



 いきなり生徒全員にお粘土モミモミが指示される。

 全員がフリーで作業台のあちらこちらに散って作業を始める。



「高木君、わたしたちもやろ」

「マジかよ成瀬~」

「早くして下さい」

「シュドウ。結衣に怒られるから早く俺たちも始めるぞ」



 最近俺に勉強を教えてくれるようになった成瀬先生。

 やる気のない俺の尻にムチを入れる。



「はい、お粘土」

「分かってるって」

「ちゃんとやらないと英語のレッスン倍にします」

「え~」

「ははは。シュドウ、真面目にやれよ」



 成瀬のムチがビシビシと飛んでくる。

 俺の右隣に太陽、そして成瀬の順番に3人が並ぶその隣。

 成瀬のさらに隣には神宮司葵の姿。



「結衣ちゃん、最初は荒もみって言うんだよ~」

「まあ、葵さん詳しいのね」

「えへへ。空気が入っちゃうと後で焼いた時に割れちゃうの」

「へ~だって高木君」

「はっ?」

「ほら、サボらないで下さい」

「いちいちチェックするなよ成瀬」

「ははは」



 俺の左隣に岬、結城数馬、そして……1限目の日本史の授業にいたS1クラスの双子姉妹。

 粘土をこねる空蝉文音(うつせみあやね)空蝉心音(うつせみここね)

 まったく同じ動きで粘土をこねる姉妹の姿。



心音(ここね)、真似しないで」

文音(あやね)、真似しないで」



 まったく同じ声質。

 2人とも棒読み。

 発音もまったく同じ双子。

 


「皆さん~しっかりコネコネして頂戴~空気が入ったら割れちゃうわ~」



 御所水先生の声が美術室の中に響き渡る。

 各々の生徒が、粘土をひたすらこねる。


 真剣な表情で作業をする空蝉姉妹。

 粘土をこねる手に力が入る。

 肩がぶつかる空蝉姉妹。



(コツン)



心音(ここね)、邪魔」



(コツンコツン)



文音(あやね)、邪魔」



 張り合う空蝉姉妹。

 双子の仲はあまり良くない。


 美術室の作業台。

 作業台の上に、まな板のような木製の(つち)もみ台が置かれ、その上でこねられる粘土たち。

 双子姉妹の粘土が丸い塊になっていく。



「わたしの方が綺麗」

「わたしの方が綺麗」



 まったく同じ事を話す双子。

 張り合う姉妹。



「わたしの方が丸い」

「わたしの方が丸い」



 まるで同じ作品。

 大きさもまったく同じ。

 優劣をつけるため、姉妹はお粘土の丸さを競い始める。

 お互いのお粘土を土もみ台に乗せ、どちらがより丸いか評価を始める。

 


(ガツン)



「あっ」

「あっ」



 作業台の上に乗せられた土もみ台に姉妹がぶつかる。

 丸いお粘土がコロコロと隣の生徒へ2つ転がっていく。



「おっと」



 野球部の結城数馬。

 両手で2つのお粘土ボールを可憐に受け止める。

 セカンドゴロをナイスキャッチ。



「すいません」

「すいません」

「はは、どうぞ。素敵な作品だね」



 結城数馬。

 2つのお粘土ボールを空蝉(うつせみ)姉妹に手渡す。


 顔を赤らめる姉妹。

 受け取ったお粘土ボールを凝視。


 結城数馬は作業に戻る。

 お粘土ボールを凝視し続ける空蝉(うつせみ)姉妹。



「わたしが素敵」

「わたしが素敵」



 どちらの作品が素敵だと言われたのか張り合いを始める双子。



心音(ここね)じゃない」

文音(あやね)じゃない」

 




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「良いわね~じゃああなた、ろくろに行くわね。一緒にいらっしゃい」



 御所水先生が作業台を巡回する。

 オッケーの出たお粘土を持つ生徒が、ろくろと呼ばれるクルクル回る台に連れていかれる。



(クルクル~)



「おお~」

「これが土取りよ~」

「きゃ~先生おかしくなっちゃった~」

「大丈夫よ~ほら、もっと優しく」



 先生の手にかかり、次々と丸いお粘土が花瓶のような器に姿を変えていく。



「はい次あなた、いいわね~」

「先生分かんない~」

「大丈夫よ~いいわよ~」



 手取り足取り。

 慣れた手つきで生徒を指導する御所水先生。

 次々と粘土の塊が、生徒と先生の合作によって姿を変えていく。


 それぞれの生徒で大きさや形がまったく異なる出来になる。

 あるものは花瓶のような細長い筒状に。

 あるものはずっしりとした壺のような形になる。



「あら~可愛い双子ちゃん~」

文音(あやね)です」

心音(ここね)です」

「まあ~可愛い~」



 双子姉妹の空蝉姉妹。

 並んで座り、お粘土を置く。

 電動のろくろがクルクルと回る。



「まあ~良いわ~」

「おお~」



 すでに作品を完成させた生徒たち。

 空蝉姉妹の作品に驚きの声が上がる。



「ハートだ」

「見て見て、ハートの器よ」

「真似しないで心音」

「真似しないで文音」



 ハート型の陶器の器。

 姉妹でまったく同じ形。


 空蝉姉妹を囲む生徒たち。

 次々と生徒がろくろに座り、御所水先生と二人三脚で作品を仕上げていく。


 

「葵さん素敵」

「結衣ちゃんも素敵」



 仲良くなった友達同士。

 お互いの作品を褒め合う。



「僕の方が君より大きいね」

「大きけりゃ勝ってるとかじゃないだろ数馬」



 朝日太陽の作品より大きな作品を作る結城数馬。



「はい、こっちいらっしゃい」

「お先」

「俺を置いて行くなよ岬」

「死・ね」



 作業台に最後に残る男。

 お粘土をいまだコネコネする、高木守道。


 岬れなの作品もろくろで仕上がる。

 美術室の一角に並べられる各生徒の作品。


 御所水先生から最初に配られたプリント。

 乾燥作業に1週間。

 かまどで焼かれ、色を付ける工程が書かれていた。


 作業台に最後に残る男に、ピンク色の髪の先生が近づいてくる。



「はい、最後はあなたね。お名前は?」

「高木です」

「はい高木ちゃん、こっち」



 俺は今日から高木ちゃんに改名する。

 電動ろくろの台に、俺が適当にコネコネした粘土が乗せられる。



「さあ、触ってみて」

「無理ですよ先生」

「あら、いきなり無理なんて男らしくないわね」

「あははは」



 俺が余計な一言を言ったせいで見ているみんなに笑われる。

 俺以外、全員がろくろで作品を仕上げ終わった。

 みんなが俺の作品作りに注目する。



「シュドウ君、頑張って」

「ちょっと黙ってろ光源氏」

「神宮司さんだってシュドウ。最後のジしか合ってねえぞ、ジしか」

「あははは」



 神宮司葵の余計な応援。

 太陽にツッコまれて、全員から笑われる。

 

 ダメ。

 ろくろの上でグニャグニャになる俺のお粘土。


 どうしたんだろ先生?

 みんなの時みたいに、御所水先生が俺に対しては一緒にろくろの粘土を作品にするのを手伝おうとしない。



「高木ちゃん」

「は、はい」

「あなたはお粘土追加するわ、ちょっとついてきて頂戴」

「はあ」

「皆さ~ん、ちょっと高木ちゃんのお粘土取って来るから待ってて頂戴」

「あははは」



 先生に高木ちゃんと呼ばれるだけで恥ずかしい。

 みんなも笑うし、勘弁して欲しいよ先生。


 ろくろの置かれた台から立ち上がり、御所水先生の後ろをついていく。

 美術室の外には小屋があり、大きなかまどが設置されていた。


 そして目に付く1本の木。

 1本の木の近くに、大きなかまどが置かれた小屋がある。


 大きな塊の粘土が小屋の台に準備されていた。

 俺の粘土、ろくろの上でグニャグニャになっちゃってるし。

 この粘土を使うのかな先生?

 ふと御所水先生が、俺に話しかけてくる。



「高木ちゃん。あなた、自分にもっと自信を持った方が良いわね」

「えっ?」

「さっきのあなたの作品作りでよく分かったわ」



 よく分かったって、一体何を言い始めたんだ先生?

 赤点取って、惨めにも友達に勉強教えてもらってるようなバカな俺に、自信も何もあるはずがない。



「高木ちゃんは特別進学部のS2クラスだったわね」

「はい」

「あなたは今のクラスに居て楽しいって感じられてる?」

「いえ、まったく……」



 未来ノートの力を借りて、詩織姉さんに解いてもらった入試問題を丸暗記しただけのバカな俺。

 S2クラスに居て楽しいなんて、今日までの1週間、一度も感じた事はない。



「一般入試には全国から1000人を越える受験生が集まるの」

「はい」



 未来ノートを使ってズルして入試に合格した俺。

 その受験生たちに申し訳ないとすら感じている。



「覚えていなければ答えられない難しい問題ばかりだったはずよ」

「はぁ」



 御所水先生、何を言い始めたんだ?

 御所水先生は美術の先生。

 みんなを美術室に残して、俺だけここに連れてきてなんでこんな話を。



「高木ちゃん。この平安高校の特別進学部、何か光るものが無ければ誰だって入れる高校じゃないの」

「光る物なんて俺にはなに一つありませんよ先生」

「そんな事無いわ。あなたの周り、たくさんお友達がいるじゃない」



 友達。

 友達がいたって、テストの点が良くなるわけじゃ……本当にそうか?

 御所水先生に言われて気付かされる。


 先週から俺、なにやってる?

 今日の1限目の日本史のテスト。

 数馬に助けられて、間違いなく100点取れてるはず。


 太陽には化学の元素記号を教えてもらった。

 おかげで小テストは100点。

 入学して1週間。

 学力テストは赤点だったけど、友達に助けられて少し良くなってる気がする。



「特別進学部に推薦入学したみんなだって、何もテストの点が良かったからだけじゃないはず」

「それは、そうだと思います」



 中学3年間、ずっと成績が良かった成瀬結衣は、中学3年に上がる頃には英語能力検定準2級に合格してた。

 中学生英語スピーチコンテスト、県の主催するコンテストで優勝した事があった成瀬。

 

 中学校の全校集会で表彰状を受け取る成瀬を見て凄い女の子だなって思って。

 英語が誰よりも得意だった成瀬。


 太陽は野球漬けの中学3年間。

 中学生の全国大会では太陽の活躍で、俺のいた中学校は毎年決勝トーナメントに勝ち上がる強豪校として地元では有名になっていた。


 太陽の実力はスポーツ推薦で平安高校のSAクラスに入学出来るほど周りからも認められた立派なもの。



「よく覚えておいて高木ちゃん。平安高校で過ごすって事は、お勉強だけじゃないの。あなたの後ろには、入学したくても入学出来なかった1000人の受験生がいる事を忘れないで」

「御所水先生……」



 先生に言われて気づかされる。

 俺がS2クラスに入った事で、受験生1000人のうちの誰かがS2クラスに入る事が出来なかった事実を。



「はい、お話はここまでにしましょう。それにしてもどう高木ちゃん?ここに植えられた(きり)の木。もうあと少ししたら桐の花を咲かせるの」

「桐の花ですか先生?」

「そうよ高木ちゃん。今年は桜が早く咲いちゃうくらい、いつもより暖かい年だったから、桐の花もいつもより早く咲きそうよ~」



 美術室の外に一本の木が植えられている。

 御所水先生の話では、この木は桐の花の木と言うらしい。

 この木、どこかで見た事あるような、無いような。



「桐の花の木は第二校舎の中庭にもう一本、噴水とお池の近くだったかしら」

「第二校舎の中庭……」


  

 鯉が泳いでいた池、噴水の近く。

 俺の小学校の校舎の裏庭にそっくりな場所。

 楓先輩たちが曲水の宴をしている場所。

 そして俺の小学校にも同じような木が生えていたのを思い出す。

 単なる偶然かな。



(きり)の花は紫色の花が咲くのよ~」

「紫の花なんてたくさんあるから、俺には見分けがつきませんよ先生」

「あら、500円玉のデザイン知らない?お花あるでしょ」

「あっ、それなら分かります。そうか~なんか思い出した。俺の小学校の裏庭にも紫色の花が咲く同じ木が植えられてました」



 コンビニでバイトしてる俺。

 釣り銭の補充で毎日500円玉見ていた。

 あったあった、確かに500円玉の裏になんか花が咲いてたの。



「さあみんなが待ってるわ。これ、高木ちゃんのお粘土」

「ええ!?こんなデカい粘土恥ずかしいですって先生」

「夢は大きく、Boys, be ambitiousよ高木ちゃん」

「意味分かんないですって先生」



 少年よ、大志を抱け。

 御所水先生の背中を追う、大きな粘土を抱えた生徒が1人。


 美術室の外に植えられた桐の木の枝には、開花を待つ紫色の花のつぼみが、美術室の中で待つ生徒たちを見下ろしていた。

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