62.第7章サイドストーリー「神宮寺葵は遊びたい」
月曜日。
神宮寺葵と成瀬結衣。
3階の特別進学部教室から1階に降りてきた同じS1クラスの2人。
第一校舎、1階の下駄箱で靴を履き替える女子2人。
「結衣ちゃん、ちょっと待ってて」
「えっ?葵さんどうしたの?」
「お姉ちゃんが迎えに来るから」
「楓先輩が!?」
第一校舎の入り口で待機する2人。
授業終わり。
1年生と2年生が帰宅の途に着く時間帯。
(ざわざわ)
あちらこちらのグループがざわつき始まる。
大和撫子の登場に、周囲の視線が集中する。
「葵ちゃん、お待たせ」
「お姉ちゃん~」
神宮寺姉妹。
姉に抱き付く妹。
周囲の視線を釘付けにする、美人姉妹の和やかな姿。
姉の楓が成瀬結衣に気付き会釈する。
深々とお辞儀をする、成瀬結衣。
「葵ちゃん、結衣さんとどうされたの?」
「お姉ちゃん、あのねあのね。同じクラスの結衣ちゃん、今日うちに遊びに来るの」
「あらあら。今日は先生のお稽古の日なのに、この子ったらどうしましょう」
妹が友達を家に誘う。
戸惑う姉の楓。
「あの、お邪魔でしたらわたし帰りますんで」
「結衣さんさえ宜しければ、葵ちゃんと一緒に遊んで上げて下さい」
「遊ぶ?」
戸惑う成瀬結衣。
神宮寺姉妹の言う「遊ぶ」という意味が理解できない。
せっかくの神宮寺葵からの誘い。
断る事が出来るわけもなく。
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平安高校の校舎から、正門までは白い石畳の一本道。
並木通りを歩く、神宮寺姉妹と成瀬結衣。
「あの、楓先輩」
「どうされたの結衣さん?」
「その、毎日葵さんを迎えに来られてるんですか?」
「葵ちゃん、すぐに迷子になっちゃうの……」
「迷子?」
「迷子」
切なそうに理由を語る姉の神宮寺楓。
さらに疑問が尽きない成瀬結衣。
「あの、楓先輩」
「どうされたの結衣さん?」
「先輩その、野球部は行かなくて大丈夫なんですか?」
「真弓がいるし、おうち、近いから」
「近い?」
「近い」
平安高校正門に到着。
校舎からここまでわずか200メートルの距離。
「結衣ちゃん、うちあれだよ」
「あれ?」
神宮寺葵の指差す家。
鉄の柵で囲まれた平安高校徒歩0分の好立地。
あそこに大きな家がある。
毎日登校する際に見えていた大豪邸。
あれが家だと言われ、言葉を失う成瀬結衣。
「結衣さん」
「は、はい」
「申し訳ないんだけれど、あそこまで葵ちゃんお願いしても良いかしら?」
「分かり……ました」
何故こんなに家から近いのに、送り迎えが必要なのか理解に苦しむ成瀬結衣。
優しい彼女は当然理由を聞かない。
「バイバイお姉ちゃん~」
「気をつけて帰るのよ葵ちゃん」
「行こ、結衣ちゃん」
「は、はい」
神宮寺家到着。
すぐそこ。
一瞬の帰宅。
門に閉ざされた神宮寺家の入り口。
手をかざす魔法使いが1人。
「結衣ちゃん、見て見て。はぁ~」
(カチャ)
「オートロック?」
「魔法だよ」
神宮寺家の門をくぐる2人の女の子。
石畳の一本道。
脇には綺麗な芝生が広がる。
~~~~~成瀬結衣視点~~~~~
どうしよ。
本当にこんなところまで来ちゃった。
こんな大きなお屋敷に葵さんと楓先輩が住んでるなんて知らなかったよ。
葵さんが誘ってくれたの嬉しくて、ついここまで来ちゃったし。
今さら帰りますなんてもう言えないよ。
やっぱりあんな事言わずに、高木君一緒に連れてくれば良かった。
わたし1人でどうしたら良いの?
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戸惑いを隠せない成瀬結衣。
構わず笑顔で歩き進む神宮司葵。
家の玄関まで到着。
玄関前で立ち止まるこの家の住人。
「葵さん、どうされたの?」
「う~ん……鍵」
「鍵?」
いつも姉の楓が開けてくれる玄関のドア。
鍵を持ち歩かない神宮寺葵。
玄関のドアを開ける鍵が無い事に今気づく。
(ガチャ)
「あっ開いた」
玄関のドアが開く。
当然、自動で開くわけもなく。
「葵お嬢様」
「ただいま~」
「そちらの方は?」
「わたしのお友達の結衣ちゃん」
「成瀬結衣です。葵さんと同じクラスの生徒です」
「葵お嬢様、少々お待ち下さい」
「は~い」
メイド服を着た女性。
玄関の扉を一度閉じ、ポケットからスマホを取り出す。
スマホにはラベルで『緊急用』とシールが貼られていた。
(プルプルプルプル~~)
「(ピコン)玉木です」
(「会議中だ。何事だ?」)
「葵お嬢様の件で」
(「すぐに報告しなさい」)
「葵お嬢様が、女の子のお友達を連れて帰られました」
(「なんだと!?(バン!!ガチャ~ン!!パリ~ン!)絶対に――」)
「かしこまりました」
(ガチャ)
「あっ玉木さん」
「お待たせ致しました葵お嬢様。お友達の方もどうぞ中へお入り下さい」
「行こ、結衣ちゃん」
「し、失礼します」
玄関の大きなドアが開かれる。
メイド服を着た女性に先導され中に入る。
中央階段がすぐ目に留まる。
2階へと続く階段は、上の階で左右に通路が分かれる。
いくつもの部屋が見える。
高い天井には大きなシャンデリア。
リビングへと通される成瀬結衣。
「葵お嬢様。本日15時半より華道のお稽古が」
「あ~」
「お稽古があるんでしたら、わたしはここで」
「葵お嬢様。お友達とご一緒されてはいかがかと?」
「うん、そうする」
「えっ?」
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~~~~~成瀬結衣視点~~~~~
どうしよ。
どうしよ。
着物とか、わたし着た事無いのに。
なんでこうなっちゃったの。
「きつくありませんか?」
「は、はい」
お手伝いさんがたくさんいる。
着付けを手伝ってくれるけど、よく分からない。
畳のお部屋。
なにが始まるの?
どうしてわたし、こんなところにいるのよ。
紫色の着物。
とても、素敵。
そうじゃなくって、こんな高いお着物。
「あ、あの」
「葵お嬢様がお待ちです」
「えっ?」
葵さんもうお着替え済ませたの?
早すぎるよ。
わたし凄くモタモタしてるのに。
どうしよ。
助けて。
真弓お姉ちゃん。
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~~~~~同刻 野球部~~~~~
「楓、うちのゆいちゃん今日葵ちゃんと一緒なんでしょ?突然ごめんね~」
「あら、葵ちゃんが初めて女の子のお友達連れて帰るんですもの。とても嬉しそうだったし、こちらが感謝です」
「ゆいちゃんと葵ちゃん今頃なにしてるんだろね」
「今日は華道のお稽古の日なの。御所水先生、今頃いらしてる頃かしら」
「あちゃ~御所水先生の日か~」
「ふふっ」
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お屋敷の一室。
紫色の着物に着替えた成瀬結衣。
畳の部屋に通される。
「結衣ちゃん」
「葵さん、綺麗」
「えへへ。結衣ちゃんも綺麗~」
「そ、そうかな」
藍色の着物を着た神宮司葵。
同じく着物を着た成瀬結衣のそばに歩み寄る。
しばらくすると畳の部屋に人が入ってくる。
メイド服の女性に連れられ、ピンク色の髪をした乙女の姿。
「葵お嬢様、御所水先生をお連れしました」
「あら~葵さんごきげんよう~」
「先生~」
「まあ~今日も可愛いわ~」
御所水流。
華道、平安時代より続く、第54代家元。
平安高校、美術担当教師。
神宮司家、華道の家庭教師。
「葵さん、こちらの素敵なお方はどちら?」
「わたしのお友達の結衣ちゃん」
「成瀬結衣です。葵さんのクラスメイトです」
「あら~紫、とても似合ってるわ~」
「そうでしょうか……」
着物を褒められ、戸惑う成瀬結衣。
華道のお稽古が始まる。
神宮司葵の向かいに座るクラスメイト。
生け花のお稽古がいつの間にか始まってしまう。
「それじゃあ葵さんはいつもの続きから」
「は~い」
「結衣さんはわたしと一緒に」
「は、はい」
緊張する成瀬結衣。
畳の部屋にはふすまの前に使用人の姿。
まるで。
どこにも逃がさないと言わんばかりに、神宮司葵のクラスメイトに視線を送る。
「結衣さん。ここにお花があるでしょ?」
「はい」
成瀬結衣の前にはたくさんの花や枝が並べられている。
空の花瓶が1つ目の前に置かれる。
「結衣さんは初めてだから、最初は何も教わらないで自由にお花を生けて頂戴」
「ええ!?」
「はい始め」
いきなりお花を生けるように指示される成瀬結衣。
予備知識ゼロの普通の女の子。
当然の戸惑い。
目の前に座る神宮司葵。
藍色の着物を身にまとい、普段見せない真剣な表情でお花を生ける。
迷いなくハサミを枝に入れる慣れた手さばき。
見た事のない道具。
背筋が伸び、凛とした雰囲気。
学校では見せる事のない、神宮司葵の姿に驚く成瀬結衣。
上品なその振る舞いに、姉、神宮司楓の姿が重なる。
その葵の姿を見て。
意を決して花を手に取る成瀬結衣。
初心者の成瀬結衣。
花瓶に花や枝を入れるだけ。
これがまた難しい。
角度。
色合い。
思い悩む。
「結衣さん。自由に、自由にね」
「はい」
緑色の葉の枝に、白い花を花瓶に刺していく。
色合いが単調。
アクセントに赤い花を混ぜる。
花瓶に刺してなお思い悩む。
なにか足りない。
花を一輪足してみる。
なお悩む成瀬結衣。
時間があっという間に過ぎていく。
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「あら~結衣さん凄く素敵~」
「そうでしょうか」
「結衣ちゃん凄い!」
成瀬結衣。
花瓶に花を生ける。
人生で初めての華道を体験する。
「結衣さん素敵、もうほとんど直すところないわね~」
「そんな」
「そうね~ここの正面をもう少しこんな感じにしたらもっと良いかも~」
「はい」
華道の道に足を踏み入れる。
夕方。
成瀬結衣の長い1日が終わる。
神宮司家の前に、1台の車が止まる。
黒光りの車。
運転手が扉を開き、成瀬結衣を車内へと誘導する。
「葵さんすいません、こんなお車まで用意していただいて」
「成瀬結衣様、こちらを」
「え!?」
銘菓。
京都宇治式部、源氏あられ、詰め合わせ。
「困ります」
「葵お嬢様を宜しくお願い致します」
「そんな……」
「結衣ちゃん、バイバイ~」
成瀬結衣を乗せた黒光りの車が、夕日に染まる御所水通りを過ぎていく。




