60.「選択科目 日本史」
火曜日。
早朝。
日の出前に目が覚める。
日々のルーチンをこなし、早朝バイトまでの時間を勉強時間に当てる。
自宅アパートで毎日15分のラジオ英会話レッスンをスタートさせる。
音読とノートへの書き取り。
これが地獄の1日2レッスン。
(レッツ・スピーク・イングリッシュ~)
まず1つめのレッスンは、蓮見詩織姉さんから課せられている去年1年間分の英会話レッスン4月号全30日分を現在消化中。
今日は1か月に30レッスンあるうちのレッスン9。
もちろんこれで終わりではない。
成瀬結衣先生から課せられた、もう1つのラジオ英会話。
この後2年前の1年間分のラジオ英会話も聞くのでレッスン9は1日2回。
毎日英語。
マジ死ぬ。
まったく余裕ないよ俺。
だが最初の頃は苦痛だった作業も、毎日のルーチンともなれば1時間程度でこなす事が出来るようになってた。
蓮見詩織姉さんと、幼なじみの成瀬先生。
2人から指導を受ける事になった英語。
今日は火曜日。
少し早起きした俺は、バイトに向かう前に詩織姉さんから渡されている紫色のスマホからイヤホンを通して英語のレッスンを開始する。
自宅アパートを出発。
目指すのは俺のバイト先がある御所水通り。
(ピコピコ~)
「いらっしゃいませ~」
今日も変わらず朝からバイト。
早起きも慣れれば楽なもの。
アルバイトは社会経験にもなるし、金も稼げるし、健康にも良い。
「おはよう」
「おはよう岬」
朝6時。
2時間だけバイトに出るクラスメイトの岬が、コンビニに出勤。
「アホヅラ」
「誰がチャングンソクだって?」
「死ね」
今日の岬は機嫌が良い。
最近このやりとりに慣れつつある。
「ありがとうございました~」
「今日も可愛いわね岬ちゃん」
「どもです~」
口は悪いが社会同調性が半端ない。
常連客が確実に付きつつある岬れな。
接客が上手すぎる。
「レシートのロール切れたんですけど」
「ちょっと待ってろ」
「早くして」
接客中に岬のレジでレシートの用紙が途中で切れる。
今日も朝から平常運行。
バイトの先輩であるこの俺に一片の遠慮すら見せない。
「遅い」
「分かってるって」
「どんくさい」
ブレない彼女の一貫した姿勢に尊敬すら覚え始める。
ハリネズミのハリが今日もビシビシ俺の心に突き刺さる。
レシートのロール交換でお客様を少しお待たせしてしまい、岬にジト目で厳しく見られる。
接客中にレシートのロールが切れたのは俺のせいじゃない。
客が引き、隣のレジで待機する岬に声をかける。
「あっ、そういえば岬。あれ覚えたか?」
「覚えた」
「そうか。今日の1限目だもんな」
俺が言ったあれ。
今日の1限目、選択科目日本史で出題される予定の第1代から第10代の明治時代の総理大臣の筆記テスト。
どうやら岬もテストの予習が出来ているらしい。
結城数馬の情報と、未来ノートの告知を受けた確かな情報源。
今日1限目でこの問題が出題されなかったら、俺はきっと岬から半殺しにされるに違いない。
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(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
火曜日、朝。
S2クラスのホームルームが終了する。
この後1限目が始まる時間。
「行こうか守道君」
「ああ数馬。おい岬、行こうぜ2階」
「うっーす」
「やあ岬さん、この前同じ班だった結城数馬。よろしく」
「うっーす」
自己紹介をしないハリネズミ。
たった1言で結城数馬と分かりあっている。
女子のコミュ力は半端ない。
数馬の言ってる通り、先週の英語コミュニケーションⅠで同じB班で自己紹介し合っていた。
第一校舎2階に階段を下りて移動する。
選択科目、日本史を選んだ生徒が移動教室に集まる。
1年生の履修科目は芸術や選択科目も含めてとても多い。
完全に文系と理系に分かれるのは2年生になってからと太陽が言っていた。
理系の道に進む太陽と成瀬の姿はここにはない。
移動した先の2階の教室。
S1クラス、S2クラス、SAクラスの生徒が混ざり合う。
「わたしの席ここか~」
「えっ?決まってるの席?」
「黒板に貼ってあるよ」
「うそ~」
自由席では当然あるはずもなく。
数馬と岬、2人と別れて座決められた席に俺も座る。
俺の日本史の席は、クラスの真ん中、中央付近。
さっそくコミュ力のある女子たちが群れを成す光景が見える。
教室のあちこちでお話という花が咲き乱れる。
「日本史の江頭先生ってどんな先生だろうね~」
「聞いた?毎年始めの授業でテストしてるって話」
「聞いた聞いた。先輩から絶対これが出るって言われてさ~」
総合普通科の生徒はいない。
特別進学部、特有の選択科目の授業光景。
お話の輪の中で、ひときわ多くの人だかりが出来ている席があった。
「もしかしてお2人とも双子ですか?」
「空蝉文音です」
「空蝉心音です」
「キャ~名前も可愛い~」
「そっくり~声も凄く似てる~」
双子の姉妹がこの日本史を選んだ文系クラスに交じっているようだ。
嫌でも聞こえてくる話し声に、双子は成瀬結衣と同じS1クラスだと聞こえてくる。
授業が始まるまでボッーと待っていると、隣の席に誰か座る気配がする。
そちらの方を見る。
出たよ。
まさかの席が隣。
「えへへ」
「おい」
「なに?」
「なんでお前がここにいるんだよ光源氏」
「シュドウ君に聞いたよわたし」
「なんの話してるんだよ」
神宮司葵が俺の席の隣にいる。
この子文系だったのか?
古文大好き美少女。
まあ、そりゃ、文系だよな。
「よく迷子にならずにたどり着けたな」
「結衣ちゃんに送ってもらったの」
「マジか」
成瀬どんだけ優しいんだよ。
迷子癖のあるこの子を、日本史の教室まで送り届けてくれたらしい。
俺に古文を無料で教えてくれた先生でもある。
彼女には借りがあった。
借りを返す事にした俺。
授業が始まるまで時間が無い。
どうせ普通のノートにしか見えないだろうと。
俺は。
未来ノートの1ページ目を。
隣の席にいる彼女にだけ直接見せる事にした。
「おい神宮司」
「なに?」
「お前知ってるか?日本史の先生、毎年この問題テストに出してるって噂」
「噂?」
未来ノートの1ページ目を開き、神宮司葵に日本史の答えを教えてやる事にした。
どうせみんなもう知ってるテスト問題。
数馬や岬だって、クラスのみんながこの問題と答えを知っている。
別に見せてもなんの問題もない。
「ほら、これ」
「総理大臣の名前?」
「そうだよ」
「う~ん……うん、思い出した」
「思い出した?」
神宮司葵。
この子。
覚えたじゃなくて、思い出した?
なに言ってんだこの子。
まるで以前から知っていて、思い出したと言っているようにも聞こえる。
源氏物語の一文を、一目見ただけでどの巻のどこに書いてあったか覚えていた彼女。
教えるまでも無かったって事か?
そんな人間、この世にいるのかよ。
(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
「本日より皆さんの日本史を担当します、江頭中将です宜しく」
江頭先生が冒頭あいさつする。
身構えていた俺。
クラスメイトのほとんども同じ気持ちのはず。
「これよりさっそくですが、テストを実施します」
「え~」
きた。
数馬の情報は正しかった。
白々しいクラスメイトたちの声が響く。
みんな知っていた毎年恒例の日本史のテスト。
全員の席に、小テストの問題用紙が行き渡る。
「それでは始め」




