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59.「第2の所持者の痕跡」

(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)




「またね~」

「ばいばい~」



 1日の授業が終了する。

 先週学力テストが行われてからもうすぐ1週間の時間が過ぎようとしている。

 来月5月に迫りくる中間テストという大きな壁。


 そしてその大きな壁どころか、目下いつ行われるか分からない抜き打ち小テストの実施すら各教科でチラつく。

 俺、本当にこの学校の特別進学部でやっていけるのかよ?



「じゃあね守道君」

「ああ数馬。これから野球部の練習だもんな、頑張れよ」

「君もね。勉強頑張って」

「おう」



 隣のSAクラスの朝日太陽と結城数馬が野球部の練習に向かう。

 部活か。

 そんな事やってる余裕ないだろうな俺。



「うーっす」

「じゃあな岬。帰り家まで送っていこうか?」

「死・ね」



 赤点男即死。

 まだ外は十分明るい日中の時間帯。

 100%断られる冗談を最大限の敬意で返される。

 岬と話をしていると俺はいくつ命があっても足りそうにない。


 荷物を整理してロッカーからカバンを取り出す。

 カバンの中には白い未来ノートが入っている。

 当面小テストの実施は、明日火曜日の1限目、日本史の授業だと予測される。

 また未来の問題が出てないか、後で図書館でも行って確認しとくかな。



「高木君」

「ああ、成瀬。どうした?」



 あれ?

 隣のS1クラスから出てきた成瀬結衣。

 なんか。

 めっちゃ怒ってるような、怒ってないような顔してる。


 怒ってるような顔もまた可愛い。

 違う、そうじゃない。

 俺、今日はなんかマズい事したっけ?



「シュドウ君」

「うわ!?いきなり来るなよ神宮司」

「えっとね、今日は結衣ちゃんと一緒に遊ぶの」

「成瀬と遊ぶ?」



 なんだろ?

 いきなり俺と成瀬が話してるところに神宮司葵が割り込んでくる。

 成瀬が一緒に遊ぶって話を否定しない。

 いつの間に友達になってたんだこの2人?



「シュドウ君も来る?」

「どこにだよ」

「うち」

「行かないよ」

「高木君、葵さんの家行ってたんだね」

「なんでそれ知ってるんだよ成瀬!?」

「わたしが結衣ちゃんに教えてあげたの」

「マジか」



 おいおい、ヤバい。

 俺の個人情報がどんどんこの子から成瀬に漏れてる。


 成瀬にちゃんと説明してなかった。

 だから成瀬先生怒ってるんだよ。

 勉強教えてもらってるの、成瀬先生だけじゃないってバレちゃってるよ。



「高木君」

「な、なに?」

「他にも何か隠してる事あるでしょ?」



 ギクッ。

 実は詩織姉さんからも英語を教えてもらっている事をまだ成瀬に話せていなかったりする。


 成瀬の顔がさらに怒った表情に変わる。

 怒っても可愛い成瀬。

 違う、そうじゃない。


 浮気がバレた?

 なんだよ浮気って。

 成瀬とはただの幼なじみだし、別に付き合ってるわけでもない。

 浮気もくそもないだろ。

 

 言ってやる。

 詩織姉さんからも英語のレッスン受けてますって。

 堂々と成瀬先生に報告して。



「どうなの?」

「実は去年のラジオ英会話も聞き始めてさ」

「まあ、偉い高木君」

「シュドウ君偉い!」


 

 成瀬先生の表情に笑顔が戻る。

 詩織姉さんとのダブルレッスンバレたら殺される気がした。

 先週金曜日も先に詩織姉さんからレッスン受けてて、成瀬の家に行くの遅刻しましたなんて絶対言えるわけないだろ。



「そんなに余裕あるなら、勉強の量増やしても良さそうね」

「嘘だろ先生!?」



 しまった。

 余計な事言ってしまった。

 余計な一言、また俺言っちゃったよ。



「シュドウ君シュドウ君」

「なんだよ光源氏」

「そういえば高木君、葵さんと源氏物語一緒に読んでるんだよね」

「なんでそこまで知ってるんだよ!?」

「先生には全部お見通しです」

「マジかよ~」

「マジかよ?」



 神宮司葵から全部情報漏れてる。

 ヤバいよ。

 もう何にも成瀬に嘘つけないじゃんよ。



「ふふっ」

「え?」

「本当高木君は昔から子どものままなんだから」

「どうせ俺はお子様ですよ」

「ねえシュドウ君」

「さっきから何だよ神宮司」

「わたしも英語能力検定受ける」

「は?何級?」

「4級」

「嘘だろ!?」

「ふふっ」



 なに言い出したこの子?

 俺、英語能力検定の制度よく分かって無いけど。

 英語能力検定4級の過去問も来月5月の中間テストが終わってから勉強始めるし。

 想像だがとっても小さなお子様たちに交じって受ける俺の未来を想像する。

 受験会場で不審者扱い必死、決死の受験になる事が目に見えている。



「成瀬知ってたか?この子も英語能力検定4級受けるんだってよ」

「知ってます」

「嘘だろ~お前ら2人いつの間にお友達になってんだよ~」

「結衣ちゃんとお友達~」

「ね~」



 なんかこの2人。

 超仲良いんですけど。



「というわけで。今日は葵さんのおうちに遊びに行ってきます」

「ゆいちゃん、シュドウ君は?」

「こんな子知りません。いこ葵さん」

「は~い」

「おい成瀬、俺を見捨てるなって」

「金曜日覚悟しておいて下さい。あなたはさっさとラジオ英会話聞く」

「マジか~」



 なにが一体どうなってる?

 神宮司も英語能力検定4級受けるって本当の話か?


 神宮司葵が胸の前で小さく手を振りながら、成瀬結衣と並んで校舎3階の階段へと消えて行った。


 




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 夕方。

 俺は今、学校の図書館で1人勉強している。

 今頃、朝日太陽と結城数馬の2人は野球部の練習を頑張っている時間帯。


 もうすぐ俺はバイトに向かう時間。

 今日は俺のもう1つのバイト先、店長の弟が経営している駅前のコンビニのシフト応援に向かう日。

 旦那さんと奥さんの2人で経営している御所水通り店。

 

 その旦那さんの弟が、駅前のハンバーガーショップの近くにある駅前店のコンビニを経営している。

 今日は元々店長からそっちの店のシフトがスカスカなので手伝って欲しいとお願いされていた日。


 成瀬先生は神宮司葵となにやってんだろ。

 2人とも俺に勉強教えてくれてるし、少し気になる。


 1人になった俺は図書館で今日の授業で出された宿題を終わらせる事にした。

 宿題を終わらせて、俺は図書館に並べられた問題集のコーナーに向かう。


 現代文、英語、地理、日本史。

 様々な種類の問題集が並ぶ。


 俺が最初に手に取ったのが、数学の問題集。

 俺は危機感を持っていた。

 数学Aと数学Ⅰの問題集を自習机の上に置き本を広げる。



『自然数全体の集合を全体集合とし――n/nは10と4のいずれでも割り切れる自然数――』



 問題集に記載されたド・モルガンの方式。

 数学をまったく理解していない俺。

 もはや問題だけ見ても、何をどう答えて良いものかまったく分からない。


 数学の問題集の問題を何ページも解いてみる。

 解答を見ながら公式を書き写してみるが、まったく問題の解法を俺は理解できていない。

 なんで数学ってこんなに難しいんだ?

 1時間ほど、俺は数学の問題集をひたすら解き続けた。


 そして1時間後、問題集を解くには解いたが、全然身になっていない気がする。

 独学って、こんなにも吸収量が少ないのか?

 人に教えてもらった方が、人間何倍も吸収量が違うって事か?


 

『シュドウ君。いと~は、それほどでも~って意味で』

『お、おう』

『いたく~は、たいして~って意味で』

『なるほど』



 中学3年間、まともに勉強してこなかった俺。

 勉強のやり方そのものが分からず苦戦している毎日。


 神宮司葵、あのたどたどしい説明だが。

 俺は彼女から教えてもらった古文の語法を今でも記憶している。


 そこにきて、今俺が独学でやっている数学の勉強。

 今週も数学の授業は当然のように発生する。


 選択科目が発生するとはいえ、完全に理系と文系に分かれるのは高校2年生になってから。

 俺の学生手帳に付属された年間スケジュールを見る限り、高校1年生では文系と理系の共通科目はほぼくまなく学習する事になる。


 仮に俺が文系を選んだとしても、ずっと数学から逃げ続ける事はできない。

 とにかく俺は数学が苦手だ。

 得意科目に至っては、なに1つ無いのが現状。

 本当にヤバいよ俺。


 来月の中間テスト。

 鬼門になるのが恐らく全科目に共通する記述式問題。

 選択問題ならともかく、先週実施された学力テストのように記述式の問題が多数出題されてしまえば、未来ノートで問題を事前に調べない限り、今の俺の実力で平安高校の学校生活を継続する事はほぼ不可能だと言っていい。

 それだけ俺はとんどもなくレベルの高い高校に入学してしまった。


 例えば現代文。

 100文字以内で記入せよ系の問題は、もはや学習塾に通い何度も類似問題を演習している生徒でなければ簡単には高得点をマークできない。


 現代文の科目1つでこの騒ぎ。

 いきなり当日問題見て、すぐに答えられないよ。

 みんな条件は同じ事。

 当たり前の事と言えば、当たり前の事なんだけど。


 授業科目は現代文だけじゃない。

 古文も数学も英語も化学も。

 本当、先が思いやられる。


 宿題を終わらせて、一度未来ノートを確認する事にした。

 白い未来ノートの1ページ目を開く。

 昨日から変わらない。

 明日火曜日の1限目に行われる日本史の問題のまま。


 そのまま未来ノートの全ページをパラパラとめくる。

 中間のページはすべて白紙。

 なに1つ未来の問題は印字されてはいない。


 最終ページに到達。

 1枚の長細い紙が挟み込まれていた。



――――――――――――――


由良のとを 渡る舟人 かぢを絶え 


ゆくへも知らぬ 恋の道かな


――――――――――――――



 う~ん。

 なにが書いてあるのかサッパリ分からない。


 神宮司葵と成瀬結衣はとてもよく似てる。

 顔は全然違うけど、考え方というか、何考えてるか全然分かんないところ。

 2人は俺にとって宇宙だよ宇宙。


 神宮司葵からタコさんウインナーのお礼にもらった長細い紙。

 捨てるに捨てられない。

 とりあえず未来ノートの最終ページに挟んだままにしておく。


 未来ノートを最初の1ページ目まで戻す。

 白いノートを閉じてしまおうと思った次の瞬間。

 

 1ページ目の後ろのページに何か問題が印字されているのに気づく。

 慌てて1ページ目の次のページ、2ページ目を開く。


 おい。

 嘘だろ。


 なんで突然未来の問題が現れた?


 2ページ目に突然映し出されていた問題。

 印字されたような問題をよく確認する。


 第1問目が漢字の問題。

 ひらがなから漢字を書かせる問題。

 これは、間違いなく現代文のテスト。


 第1問目にはこう書かれていた。



『ゆううつ』



 すぐに今週の授業を確認する。

 あった。

 明日6限目に現代文の授業がある。


 S2クラス担任の藤原宣孝先生の授業。

 俺に優しく接してくれる、担任の先生が教えてくれる授業のテスト問題。


 調べたい。

 第1問以外にも、漢字問題を含めて短いが文章問題も用意されている。

 ここで得点を確実に稼いでおきたい。


 だけど。

 俺。

 藤原先生の授業で、ズルなんかしたくない。


 ……は!?

 ちょ、ちょっと待って。

 なんだよ、なんだよ。


 2ページ目に映し出されてたノートの問題消えちゃったよ!?


 どうして?

 なんで?

 意味分かんないよ?


 神隠しか?

 さっきまで2ページ目に出てた問題が消えてなくなっちゃったよ。


 俺は未来ノートの1ページ目から最後のページまでもう1度確認する。

 無い。

 1ページ目の日本史の問題はちゃんとまだ残ってる。

 答えも紫色の答えのようなものが浮かび上がって印字されている。


 なぜだ?

 どうして今一瞬出てたはずの現代文と思われる問題が消えてなくなった?


 一瞬見ただけ、もう問題なんて覚えちゃいない。

 唯一記憶に残っている第1問目の問題。



『ゆううつ』



 そういえば図書館にパソコンあったな。

 バイトもあるし、図書館を出ないと間に合わなくなる。

 調べておくか。

 もう怪奇現象だよ。


 

『ゆううつ』



 書けない。

 この問題が1つ5点だとして、もしテストが実施されたら俺は5点を失う。

 書けるわけがない。


 バイト先は今日は店長の弟が経営する駅前店のコンビニ。

 いつもより場所が少し遠い。

 もう少ししたらこの図書館を出ないといけない。


 視界に入る共用のパソコンが目に入る。

 スマホが無い俺、自宅に辞書はもちろん無い。

 調べて家に帰る。

 俺は5点を失いたくない。


 自習席の近くにある共用パソコンのイスに座る。

 イスに座る時、机の上にあるマウスが動く。


 カーソルが『履歴検索』のタブにたまたま止まる。



 

 ―――憂鬱―――



 は?

 俺、まだパソコン入力して無いよな?


 履歴の最新に憂鬱と検索された履歴が残っている。

 憂鬱の1つ前に検索されたのは、まったく関係ないであろう女優の名前。


 憂鬱を検索したやつ……一体どこの誰だ?

 俺はとっさに辺りを見渡す。


 シーンと静まり返る自習席には、何人かの見知らぬ生徒が勉強をしている。

 偶然検索されたにしては、タイミングがドンピシャ過ぎる。


 そのタイミングとは、未来ノートに現代文の問題が表示されたまさに今のタイミング。

 未来ノートの現代文の問題を調べたのは、俺にとってはたった今の話。


 パソコンに表示される検索履歴。

 検索履歴は生徒たちによって、次々と新しいものが履歴となって更新され埋もれていくはず。


 ただの偶然。

 ただの思い込み。

 それでも。


 もし。

 もし仮に。

 可能性として考えられる、まったく予想していなかった事態。



――未来ノートの所持者が俺以外にもいる?



 そんなまさか。いや、俺だから気づけた。

 なんの予備情報も無い人間は、この憂鬱という検索履歴を見て何も感じない。


 まさか現代文の第1問目に、この漢字がテストに出題されるなんて夢にも思わない。

 ただ俺にだけ。

 ドンピシャで当てはまる事前情報。



――現代文の第1問目、漢字問題の答えは憂鬱



 この図書館を利用できる人間は、職員の人以外には平安高校の生徒だけ。

 俺の知る周りの人間だけでも、今頃野球部で練習をしている朝日太陽や結城数馬たち以外。

 今頃神宮寺の家に行ってるはずの成瀬結衣と神宮司葵以外のすべての人間が対象になる。


 マズイ。

 もうバイトに行かないと間に合わなくなる。

 俺は急いで憂鬱の漢字をメモに取り、共用パソコンの席を立つ。

 

 俺は結局パソコンでなにも検索しなかった。

 すでに憂鬱の漢字が検索されていたからだ。


 憂鬱を検索してここで調べた人間が確実にいる。

 しかも未来ノートに現代文の問題が表示された直後。

 未来ノートを所持する俺だけに分かるその表示されるタイミング。


 あまりにも出来過ぎたそのタイミングと検索されていた事実に、俺は未来ノートを所持するものが俺以外に誰かいる疑いを考えずにはいられなくなっていた。

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