58.「姉妹歌会」
~~~~~成瀬結衣視点~~~~~
「ゆいちゃん」
「お姉ちゃん」
月曜日のお昼休憩の時間。
わたしのいる特別進学部のS1クラスを尋ねてきた真弓お姉ちゃん。
それもお姉ちゃん1人じゃなくて、あの人まで連れてきちゃうなんて本当信じられない。
あの人が姿を見せると、途端に周りの男の子たちがみんなおかしくなるし。
「おお~」
「見ろよあれ、神宮司楓先輩だぞ」
神宮司楓先輩。
わたしも憧れるくらい、とても綺麗で頭が良くて、とても上品な人。
「結衣さん、ご機嫌よう」
「こんにちは楓先輩」
「お姉ちゃん~」
「あらあら葵ちゃん」
「だき~」
「よしよし」
「えへへ~」
わたしと同じクラスにいる神宮司葵さん。
楓先輩の2つ下の妹さんでわたしと同級生。
いつも2人とも凄く仲が良さそう。
みんなに見られてるのに葵さんもあんなに楓先輩にベッタリだし。
見てるこっちが恥ずかしくなりそう。
真弓お姉ちゃん、楓先輩を連れてどうしてわたしのクラスに来たんだろ。
「ゆいちゃん。これからお昼一緒にどう?」
「えっ?でも……」
「せっかく葵ちゃんと同じクラスなんだし、一緒に仲良くしようよ~」
わたし、葵さんとはまだちゃんとお話した事なくて。
楓先輩の妹さんだし。
「はいゆいちゃん、こっち」
「も~お姉ちゃん」
わたしは真弓お姉ちゃんに誘われて、3年生の入る第二校舎の中庭まで連れていかれます。
とても綺麗な芝生が広がる中庭。
噴水のそばには、1本の大きな木。
近くには小さな池もあって、池の中には泳ぐ鯉。
この場所。
まるで。
わたしと朝日君、それに高木君と過ごした小学校の校舎の裏庭みたいな場所。
わたし、あの裏庭で朝日君に。
「はいゆいちゃん、シーツこっち持って~」
「う、うん」
「じゃあわたしはこっち。葵ちゃん、そっち持って」
「は~い」
少し大きめのシーツ。
4人で座るには十分な大きさ。
シーツの四隅を真弓お姉ちゃん、神宮司楓先輩、神宮司葵さんと4人で持って広げます。
楓先輩と真弓お姉ちゃんが、綺麗な手さげ袋からお弁当箱を取り出しています。
「あっ、タコさん」
「そうね葵ちゃん」
「わたしこれ好き~」
本当、葵さんわたしより頭も良いし、凄く女の子らしいし。
「今日は真弓の真似をしてみました」
「あはは、タコさんウインナーとか楓のイメージじゃないし~」
「あらそう?わたしこれお気に入りよ」
「え~」
楓先輩、頭も良いし、お料理も上手だし、なんでもできちゃうなんてズルいよ。
お弁当を食べながら、真弓お姉ちゃんと楽しそうにお喋りする楓先輩。
いつ見ても綺麗。
「ゆいちゃん、この前高木呼んだ時、逃げたでしょ~」
「ちょっとそれ言わないでよ。本当信じられない」
「シュドウ君?」
「そうそう葵ちゃん。うちのゆいちゃん、高木と幼なじみなの」
「シュドウ君のお友達?」
「うん、そうなんだけど」
どうしよ。
葵さんとこんな風にちゃんとお喋りするの初めて。
「わたしもシュドウ君とお友達なの」
「えっ?高木君と?」
「うん。源氏物語、シュドウ君とわたし大好きだから一緒に読んでるの」
「一緒に源氏物語って」
なにそれ?
わたし小学生の時からずっと高木君と一緒いるけど、高木君が源氏物語なんて読んでたところ一回も見たことない。
それより一緒にってどういう意味?
「ね、ねえ葵さん。高木君と源氏物語見たりするの?」
「うん、おうちで」
「おうち?」
「ふふっ、ごめんなさい結衣さん。守道君、うちで葵ちゃんと一緒に古文のお勉強しているの」
「楓先輩のおうちでお勉強!?」
「あちゃ~バレちゃったか~」
「知ってたのお姉ちゃん?」
「ごめ~んゆいちゃん。あのバカ、今度赤点取ったら超ヤバいでしょ?楓と葵ちゃんにお勉強頼んでるの」
嘘でしょ高木君。
わたしそんなの聞いてない。
「結衣さんも守道君にお勉強教えてあげてるのよね」
「は、はい」
楓先輩が高木君の事、守道君って呼んでる。
嘘でしょ。
まだ入学して1週間なのに、一体どうやったら楓先輩や葵さんたちとこんなに仲良くなれるのよ。
昔っから高木君、いつもわたしがビックリするような事ばっかりするんだから。
「その、英語をちょっと」
「まあ、それは凄いわね結衣さん。英語はお好き?」
「はい」
どうしよ。
わたし、楓先輩ともこんなにお話するの初めて。
楓先輩、凄く綺麗なのに、凄く優しい。
「ゆいちゃん、今度高木に英語能力検定受けさせるんでしょ」
「ちょっとお姉ちゃん、それ言わないでよ」
「え~いいじゃんどうせバレるんだし」
「わたしが恥ずかしいのよも~」
「あら、英語能力検定?」
「そうそう、高木単純でしょ?ご褒美付きでホイホイやる気出しちゃって最近頑張ってるみたいだし」
「お姉ちゃんうるさい」
も~お姉ちゃんのバカ。
楓先輩にわたしたちの事全部聞かれちゃったよ。
「お勉強は良い事ね。結衣さん英語能力検定はお持ちなのかしら?」
「はい。準2級を持ってます」
「結衣ちゃん偉い」
「真弓お姉ちゃんだって持ってるでしょ」
「まね~」
「ふふっ、2人とも偉いわね葵ちゃん」
「うん、凄い!」
葵さんから凄いとか言われて恥ずかしい。
でも葵さん、頭良さそうなのに英語能力検定とか持って無いのかな?
「わたしも葵ちゃんも華道や茶道はこれまで習ってまして」
「さすが楓。葵ちゃんも偉いわね」
「えへへ」
「お父様の方針でこれまで資格のような試験は受けてこなかったものでして」
「ねえお姉ちゃん」
「なに葵ちゃん?」
「シュドウ君英語能力検定受けるの?」
「そうね葵ちゃん」
「じゃあわたしも受ける」
「まあ、ふふっ。それは良いわね」
葵さんも英語能力検定を受けるの?
お父さんから言われてこれまで試験受けた事ないんでしょ?
楓先輩が良いって言ってるし。
良いのかな、勝手に受けちゃって。
「ねえ結衣ちゃん」
「え、え?」
「ごめんなさい結衣さん。葵ちゃん」
「いえ、良いんです」
葵さんから結衣ちゃんとか言われちゃった。
なんか、どうしよ。
「シュドウ君、英語能力検定何級受けるの?」
「4級だよ」
「うん、分かった」
「えっ?」
嘘でしょ。
高木君の英語のレベル直接聞いて気付いたんだけど、あの子絶対危ないから英語能力検定4級からだなって本当思って。
英語能力検定4級って小学生でも合格できちゃうレベルなのに。
この前の学力テスト、ほぼ満点取れてる葵さんが受けるレベルじゃないよ。
「ねえ葵さん。葵さんならもっと上の級受けた方が良いと思うよ」
「う~ん……お友達と一緒にする」
「あらあら。じゃあ葵ちゃんの英語能力検定4級はわたしが申し込んでおきましょう」
「やった」
嘘。
なんでこうなるの?
ずっと前からそうだったけど、高木君が絡むとみんなみんなおかしくなっていっちゃう気がするのは私だけ?
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お食事が終わってブレイクタイム。
魔法瓶に入れたお茶。
それに、神宮司さんたちが用意してくれたお茶菓子がたくさん。
「はい結衣さん。これ、あんこあられっていうお菓子」
「ありがとうございます」
「ゆいちゃん気をつけてね。ここに毎日来ると、すぐに太っちゃうから」
「え~」
「ふふっ。それじゃあ真弓、始めますか」
「はい。ゆいちゃんのは私が用意しておいたからこれ使って」
「えっ?」
なにこれ?
真弓お姉ちゃんが短冊みたいな紙と筆をわたしに渡してくる。
葵さんも楓先輩も正座して、一体なにが始まるの?
「では、『曲水の宴』を始めます」
「ゆいちゃんは葵ちゃんの前に座って」
「う、うん」
「やった、お友達」
お友達?
それって、わたしの事?
「葵ちゃんからどうぞ」
「はい。う~ん……結衣ちゃんはシュドウ君のお友達だから」
向かいに正座してる葵さんが何か短冊みたいな紙になにか書いてる。
この大きさって、和歌を詠む時の短冊じゃない!?
嘘でしょ。
『曲水の宴』って、和歌を詠む会の事?
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桜餅
お花見団子
チョコレート
抹茶あんみつ
どれもおいしい
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「えっ?」
「はい、あげる」
「ど、どうも」
「良かったねゆいちゃん~」
「どうすれば良いのお姉ちゃん?」
「だからそういう事。57577でお願いします」
「嘘でしょそれ~」
「ふふっ」
第二校舎の中庭で神宮司さんたちと遊んでるってお姉ちゃん言ってたけど。
まさかこんなところで和歌詠んでたなんて、わたし知らなかったよ。
「ごめんね楓。葵ちゃん、この前高木が変な和歌作ったから」
「あら、わたしはとても素敵だと思うわよ」
「そう?」
なにその話?
高木君、この前葵さんに呼ばれてここに来てたって聞いてたけど、まさかこんな事してたなんて。
「ねえ真弓お姉ちゃん」
「なにゆいちゃん?」
「なんでもいいの?」
「いいのなんでも」
「じゃあ……」
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花の色は うつりにけりな いたづらに
わが身よにふる ながめせしまに
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「あっ、それ。この前真弓お姉ちゃんのお歌と同じやつ」
「えっ?」
「あはは、さすがわたしの妹」
「ふふふ、本当。結衣さんは本当に真弓の妹さんなのね」
同じ歌ってどういう意味?
わたし、なんかおかしな事しちゃったかな。
「これ小野小町さんの歌だけど、わたしおかしいかな?」
「シュドウ君言ってた。お肌が荒れて老けていく歌だって」
「ちょっとそれヒドイ高木君」
「あはは」
「ふふふ」
なんか高木君、色々ヒド過ぎる。
わたしのいないところで好き放題してるし。
もう。
今度の金曜日、テキストのレッスン倍にしちゃうんだから覚悟してなさい。




