57.「男心と春の空」
戦場と化した第二校舎購買部。
ライオンと化した男子たちの競争に負けた平均男子、高木守道。
「悪い2人とも。俺、食料一つも確保できなかったよ」
「まあまあ、ドンマイ守道君」
「気にすんなシュドウ。俺と数馬で少しは確保出来てる」
「本当ごめん」
平安高校と言う生存競争の激しい学校で、勉強はおろか総菜パンの獲得競争ですら赤点を取る劣等生、高木守道。
来月中間テストで赤点を取れば、劣等生からさらに状況は悪化。
もうじき俺は落第生となり、社会の底辺、高校中退まで転がり落ちていく勢いだ。
3年生の入る第二校舎から、1年生と2年生が入る第一校舎まで渡り廊下を歩いて戻ってくる。
1階の下駄箱近く。
第一校舎の屋上を目指していた俺と朝日太陽、結城数馬。
「守道さん」
「詩織姉さん」
驚いた。
なんで詩織姉さんがこんなところにいるんだ?
なんか、紫色の風呂敷みたいな物を胸に抱えて持ってる。
「良かったわ守道さん、探してたの」
「ごめんなさい姉さん。ちょっと購買部まで行ってて」
「これ」
詩織姉さんから紫色の風呂敷に包まれた何かを手渡される。
昨日渡されたお弁当よりも少し小ぶりの大きさ。
「朝せっかく寄ったのに、すっかり忘れてて」
「えっ?」
朝?
そういえば詩織姉さん。
今日は俺のバイト先まで迎えに来てくれていた。
「こちらの方々は守道さんのお友達?」
「はい。こっちが幼なじみの朝日太陽で、こっちが同じクラスの結城数馬です」
「うっす先輩、この前お会いした朝日です」
「お初にお目にかかります。守道君の友達の結城数馬です」
「2年生の蓮見詩織と申します、ごめんなさいね邪魔して。それじゃあ私はこれで」
詩織姉さんは深々とお辞儀をして、その場からすぐに立ち去ってしまった。
俺の事探してた?。
3階のS2クラスまで探しに行ってくれてたのかな?
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「誰だい守道君。さっきの美しい女性は?」
「姉ちゃんだよ、俺の姉ちゃんになる人」
第一校舎の屋上に移動した俺たち3人。
以前この場所、この屋上で。
雷鳴が鳴り響く、黒い雲に覆われたこの校舎屋上で。
俺は詩織姉さんから、平安高校の入試問題を知っていた事を悟られた事実を打ち明けられた。
蓮見詩織姉さん。
父さんが再婚を予定している、ままははの1人娘。
同居を拒んでいる俺を叱るどころか、本当の弟以上に優しくしてもらっている。
俺が未来の問題を知っていた事実を把握してまで、どうしてあの人はこんなにも俺に優しくしてくれる?
あげくには英語のレッスン。
家庭教師まで始められてしまった。
詩織姉さんはいつも何を考えているのか俺にはよく分からない。
「おいシュドウ。その紫の風呂敷、気になってしょうがないだろ」
「そうだね守道君。あれだけ綺麗な女性からの贈り物。僕にもぜひ拝見させてもらいたいね」
「お前ら2人向こう向いてろって」
昨日、成瀬真弓姉さんや神宮司姉妹の前で紫色の風呂敷をオープンさせられた瞬間をフラッシュバックしてしまう。
あの弁当はマジでヤバかった。
また来たよ、紫色の風呂敷。
「守道君、十二単って知ってるかい?」
「知らない数馬。なんだよそれ?」
「平安時代に完成した装束で、紫色はその装束の中で最も高貴な色とされてる」
「なにが言いたいんだよ」
「つまり紫は、最大限の敬意って事さ」
「深読みし過ぎだろ数馬。詩織先輩はシュドウの姉さんなんだぞ」
紫色。
蓮見詩織姉さんと出会ってから、やたらと俺は紫色を目にするようになった。
俺のカバンの中には、詩織姉さんから渡された紫色のスマホが入っている。
「おいシュドウ。お前はどの道それを開くしかない」
「うっ」
「さあ、いこうか守道君」
「分かった、分かったからちょっと待てって」
ヤバい。
2人が俺に注目する。
なんか胸がドキドキしてきた。
紫色の風呂敷。
可愛く結ばれた、詩織姉さんが結んでくれた結び目に手をかける。
「早くいけシュドウ」
「うるさい太陽」
「僕がほどいてあげるよ守道君」
「お前は手を出すな数馬」
どうする?
また人が見てる前で紫風呂敷オープンさせられる羞恥プレイ。
この中にヤバいものがまた入っているに違いない。
だが開ける。
大丈夫。
きっと大丈夫なはず。
俺は先週の金曜日。
姉さんのお手製カレーを食べた後、台所で姉さんと食器を一緒に洗っていた時にあるお願いをしていた。
『姉さん』
『なに守道さん?』
『あの、お弁当は嬉しいんです。すっごく嬉しいんですけど』
俺のお願いが伝わったのか、伝わっていないのか。
結果がすべて、この紫色の風呂敷を開ければ分かるはず。
「おお!?」
「お~」
「なるほどね~」
中身はサンドイッチ。
玉子サンドと小倉サンドのセットが入っていた。
間違いなくお手製。
俺の願いは詩織姉さんに伝わっていた。
しかもこれ。
絶対美味しいやつ。
「いただきま~す」
ようやく食事にありつく。
購買部の生存競争に敗れた俺だが、詩織姉さんと言う名のセーフティーネットに守られ、紫色の救済措置を受ける。
「おいシュドウ、総菜パン買えなかった罰として1つそれよこせ」
「僕もぜひ」
「1つだけだからな」
玉子サンドと小倉サンドが2つずつセットになっていた。
太陽が玉子サンドを、数馬は小倉サンドをチョイスする。
「嘘だろこれ!?絶対手作りじゃんかよ、旨すぎるんだけど」
「凄くおいしい、プロだね彼女」
「だろ。詩織姉さん凄いんだって。この前作ってくれたカレー超旨かった」
「マジかよシュドウ。俺も今度家に呼べって」
「俺のアパートしょっちゅう来てるだろ太陽」
「そっちじゃないよ。蓮見先輩んとこ寄こせって言ってんだよ」
「誰が呼ぶかよ」
「ははっ」
詩織姉さんの女子力は半端ない。
本当に姉さんになる人じゃなかったら、俺は絶対に恋をしていたに違いない。
俺の家庭事情をざっくりと数馬に話をする。
「へ~面白い事してるね守道君」
「どこが面白いんだよ、どこが」
結城数馬に言わせれば、超難関の特別進学部入試合格直後に赤点取った俺。
超美人のお姉さんがいるのにも関わらず同居を拒んでいる俺は面白いらしい。
「なるほどなシュドウ」
「ん?なんだよ太陽」
「俺、薄々気付いてたんだが。お前、蓮見先輩がいるから平安高校目指しただろ?」
「ぶっ!?なに言ってんだよ太陽!」
「否定する時はすぐそうだろお前。やっぱりな、俺、絶対そうだと思ってたんだよ」
太陽に言われて詩織姉さんの事をどう思っていたのかよくよく考えてみる。
俺。
詩織姉さんに平安高校の入試問題解いてもらった、あの御所水通りの中央図書館で会った時。
父さんと食事会で喧嘩してて。
絶対嫌われてるって思ってて。
中央図書館で俺を見かけて、声かけてくれたのが嬉しくて。
その時からずっと今も、詩織姉さんはずっと憧れの先輩だって思ってた事に気づかされた。
太陽と成瀬が通う高校に進学したかった。
母さんと暮らしていたアパートに住み続けたかったから。
詩織姉さんが通う高校に進学したかった。
優劣はつけられない。
どれも俺にとって、大切な動機。
「これで俺もようやくスッキリしたぜ」
「ちょっと待てよ太陽。なに勝手に自己解決してんだよ」
「そういう朝日君は、神宮司楓先輩を追ってきたと」
「ぶっ!?ふ、ふざけてんじゃないぞ数馬!」
「否定する時はすぐ怒る」
「お前」
太陽は以前、公園で中学1年生の時に、神宮司楓先輩に憧れて平安高校を目指すきっかけになったと明かしてくれた事があった。
「君が中学時代の試合中。ずっと神宮司楓先輩ばかり見てるのを僕が知らないとでも思ってたのかい?」
「くっ」
「中学の試合の時からずっとだよね」
「その減らない口を今すぐ黙らせてやるぞ数馬」
「まあまあ太陽、落ち着いて」
「そういうお前は成瀬真弓先輩ばっかり見てたじゃねえかよ」
「は!?」
「おっと、バレたか」
「嘘だろ数馬!?」
ヤバい話がどんどん飛び出す。
もう俺、全然ついていけない。
「お前が俺をライバルとか口実作って、練習中走ってる時ずっと真弓先輩の近い位置にポジショニングしてるのを俺は黙って黙認してやってたんだからな」
「そういう君は楓先輩の見える位置に常にポジショニングしてるじゃないか」
「お前が邪魔してくんだろ」
「そんなつもりは毛頭ないから」
「嘘ついてんじゃないぞ数馬」
昼飯を食べ終える頃には、お互いの想い人をバラしあって終わっていた。
昼休憩の時間が過ぎていく。
屋上で青い空を見上げて寝そべる3人のスケベ男子。
「おいシュドウ」
「なに太陽」
「お前と俺、似てるのかもな」
「どこが」
「それ僕の事?」
「数馬、お前は黙ってろ」
「だから何の話だよそれ」
「ははっ。守道君」
「なんだよ数馬」
「時に、年上の女性に魅力を感じる事はないかい?」
「そんなのしょっちゅうだよ」
「それは分かる。違いねえ」
晴天の春の空。
青い空に、白い雲が次々と流れる。
平安高校、春の空。
もうすぐお昼の授業が再開される。




