56.「激戦 男たちの戦い」
(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
月曜日午前中の授業が終了する。
未来ノートの問題が出たり出なかったりする理由が未だに分からない。
平安高校の入試を受ける時は、確かに1か月前には入試の全問題が未来ノートに映し出されていた。
先週入学して2日目に実施された学力テスト。
俺が学力テストで赤点を取ってしまったテストでは、5科目すべての学力テストの問題が事前にすべて映し出される事は無かった。
古文がちょろっと未来ノートに映し出されていただけ。
何なんだよこの違いは?
しかも先週の金曜日。
テストは終わったと油断していたところに、枕桑志先生が担当する6限目の古文では突然抜き打ちの小テストが実施された。
未来ノートを開く。
間違いない。
1ページ目には昨日と変わらず、未来で実施されると思われる日本史の小テスト、第1代~第10代の明治時代の総理大臣を筆記させる問題のまま。
そして紫色に浮かび上がった答えまでそのまま表示されている。
だがこの1ページ目に日本史の問題が表示されている事が、もはやそれイコール、次の授業にも行われるかも知れない抜き打ちの小テストを完全予告するものではなくなっている。
もしかすると今日の午後の授業では、未来ノートに表示されていないにも関わらず、抜き打ちの小テストが実施されるかも知れない。
「ねえ結城くん、お昼一緒に食べない?」
「はは、すまない。予定がすでに入っててね」
「え~」
お昼休憩がスタートすると同時に、結城数馬の席に女子たちのグループが群がっている。
爽やかイケメンボーイの結城数馬。
野球部に所属し、スポーツ万能。
超難関の入試問題を実力で突破した秀才男子。
この特別進学部S2クラスに進学している文武両道のスーパーボーイ。
何より滑舌が良い。
対して俺は事前に分かっていた入試問題を、答えだけ1か月かけて丸暗記した平均男子。
暗記だけは得意な俺が奇跡の一般入試合格後、今、身の丈を遥かに超える特別進学部のレベルについていけず大いに苦しんでいる。
はっきり言って今のままの実力だと、間違いなく来月中間テストで赤点取って退学する。
結城数馬は来年高校2年生に学年が上がる時S2クラス残留どころか、クラス上位2位までに与えられるS1クラスへの昇格切符を手にして更なる高みに上るはず。
対して俺は、現状来月実施の中間テストで赤点2発目を取ればそこで人生終了の男。
未来ノートは完全にはあてにできない。
太陽や成瀬は俺が持っている未来ノートの存在を知らない。
みんなが来月中間テストで赤点を取らせないように、時間を惜しむ事無く俺に勉強を教え始めてくれた。
本当にありがたい。
ご褒美もクソもないんだよ結局。
俺は今、断崖絶壁の赤点男。
未来ノートに未来の問題が出ようが出まいが、俺はもう勉強するしかない状況。
未来ノートは完全にはあてにできない。
俺は今、S2のクラスメイト達と同じく、午後にも実施されるかもしれない抜き打ちテストの恐怖にすら怯えている。
「やあ高木守道君」
「数馬か」
数馬のやつ、クラスの女子と話していたのに何で俺の席にわざわざやってきた?
「一緒にお昼どうだい?」
「あ、ああ」
思わぬ結城数馬からの昼飯の誘い。
太陽に引き合わせてもらい、このS2クラスで初めてと言っていい友人を得る事が出来ていた。
日本史学習のレクチャーをしてくれたどころか、明日の日本史担当教師、江頭中将先生が毎年総理大臣の筆記テストを実施している情報まで俺に流してくれた。
結城数馬。
太陽のライバルだと自称するほど、太陽をライバル視しているには違いはないだろうが。
野球部ではない俺にとって、こいつは信用できるやつに違いないと感じ始めている。
入試直後、入学2日目の学力テストでいきなり赤点を取ってしまった劣等生の俺。
結城数馬はクラスの女子たちに食事を誘われているにも関わらず、爽やかに女子たちに断りを入れてわざわざ俺を昼食に誘ってくれる。
「ようシュドウ」
「太陽」
「これはこれは朝日君」
「シュドウ、そいつは危険だ。すぐに離れろ」
「もう手遅れだって太陽」
「ははは、そんなに邪険にしないでくれたまえ朝日太陽君」
席を立ち、S2クラスの教室を男子3人で出る。
今いる第一校舎から隣の第二校舎へ移動する。
第二校舎にある学食・購買部への行き方は2通り。
2階から第一校舎と第二校舎をつなぐ連絡通路を通っていく方法。
もう1つは、1階まで降りて渡り廊下を通っていく方法。
2階の連絡通路は外を歩かなくて良い分、真夏や冬は利用したいところだが多少遠回りをするルート。
1階の渡り廊下は雨除けの屋根があるだけの野ざらしではあるが、3年生の入る第二校舎への最短のルート。
男子3人。
遠回りの2階をスルーして1階まで降り、渡り廊下から隣の第二校舎を目指す。
3年生と職員室の入る第二校舎の1階に、3学年と教師も利用する大きな学食がある。
今日はそこには入らず、学食前の購買にある調理パンの争奪戦に参加する。
「いいかシュドウ。ここからは男の戦いだ」
「分かってるって。あの群衆をかき分けて、焼きそばパンゲットすれば良いんだろ?」
俺の視界には地獄絵図が広がる。
購買部で販売されるパンを買い求める多くの男子たちの群衆の姿が目の前に広がっていた。
「守道君。もうすでに僕たち出遅れてる。1番人気の焼きそばパンはすでに全滅してるはずだよ」
「マジか!?じゃあ俺、今日なに食えば良いんだよ!?」
昨日いきなり豪華なお弁当を女子たちから授けられた反動がここにきて一気にやってくる。
俺のバックには魔法瓶に入れてきた水道水しか入っていない。
腹が減った。
なにか食べないと死んでしまう。
「惣菜パンは全滅が早い。僕たちも早く動いた方が良いよ朝日君」
「数馬に言われるまでもねえ、行くぞシュドウ。生き残りの玉子サンドとツナサンドにアタックしてくれ、俺と数馬の分も頼む」
「お前はどうすんだよ太陽?」
「俺はピザパンとウインナーロールを攻める。数馬」
「僕は菓子パンと新作のクリームパンダで」
「いくぞ」
「おう」
男たちの戦いの火蓋が切られた。
「それ下さい!」
「あれ下さい!」
「ウインナーロール完売しました~」
次々と消えていく総菜パンと菓子パンたち。
「あれ下さい!」
「それ下さい!」
「カレーパン完売です~」
初めて参戦する激しい戦いに、もみくちゃにされる俺。
「俺の順番だろ!」
「違う俺が並んでたんだって!」
「ピザパン完売です~」
理不尽すら感じる男たちの戦い。
特別進学部は今いる第二校舎とは真逆の第一校舎の3階、一番奥。
特別進学部1年生であるがゆえに、校内の購買部に最も遠くにクラスが位置する。
お昼休憩スタートと同時に、地理的に総合普通科の生徒からも大きく出遅れている。
「玉子サンド完売です~」
「あんバターパン完売です~」
次々と総菜パンと菓子パンたちが消えていく。
群衆と成す男子たちがさらに殺気立つ。
このままではエサにありつけない。
この仕組まれた戦場には理由があった。
――女性用販売コーナーはこちらです――
常にレディーファーストの平安高校。
「どれにする~?」
「クリームパンダだって~」
「やだ~ウケる~」
学食前。
男子用販売コーナーが殺気立つその反対側。
女性用販売コーナーはゆったり女子たちがキャピキャピお喋りしながら楽しくお買い物。
ちまたでは女性専用車両という電車が登場したらしい。
女性を中心に世界が回る。
対して俺の参戦する男子用販売コーナーは激戦地帯。
血のノルマンディー上陸作戦。
ここでエサにありつけなければ、午後の授業は腹ペコのまま死ぬしかない。
むさ苦しい男子たちが、購買部の端へ端へと追いやられ、今群衆を成す。
まるでエサを求めて襲い掛かるライオンのごとく。
「押すなよお前!」
「これ俺が取ったやつだろ!」
生き残りの総菜パンたちを目指して、人口密度がさらに高くなる。
在庫管理ちゃんと出来てるのかここの購買部?
男子の熱気で室内温度が上昇する。
汗がしたたる。
むさ苦しい男たちの熱気が辺りに漂う。
太陽と数馬はまだ生きてるのか?
俺、無理、もう死にそう。
人口密度半端ない。
満員電車じゃないってここ。
俺、平安高校甘く見てた。
第二校舎の購買部が、こんなに激しい戦場だったなんて。
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「クリームパンダ完売です~」
「大丈夫かシュドウ?」
「生きてるかい守道君?」
「はぁはぁ、し、死ぬ」
「今日は完売みたいだね。どうする?女子の売れ残り販売までここで待つ?」
「時間がもったいないから、もう校舎戻って屋上で食べようぜ。戦利品は後で清算する、行くぞシュドウ」
「ラ、ラジャー」
戦いは終わった。
学校に文句を言う機会があれば、必ず意見すべき重大事案。
俺は心の中で、学校の理不尽なルールを改革したいと強く願った。
学校に対する改革意欲を始めて感じた瞬間だった。




