54.第6章サイドストーリー「結城数馬は追いかけたい」
土曜日。
結城数馬。
平安高校、S2クラス1年生。
(ピピピピピピ)
「おっと、時間だ」
平安高校の男子寮。
2階の自室で目を覚ます。
全寮制。
神奈川県から単身、特別進学部の一般入試を合格しこの男子寮で寝泊まりをしている。
男子寮の1階に階段で降りる。
1階の奥には大きな食堂。
結城数馬と同じように、全国から集まったスポーツ推薦組を中心とする男子生徒たちが、朝から食堂で食事を食べている。
結城数馬。
食堂の厨房で働くお母さんに声をかける。
「おはようございます」
「おはよう数馬ちゃん。はいどうぞ」
「ありがとうございますお母さん」
厨房で働く、男子寮全員のお母さん。
平安高校男子寮で専属で働くお手伝いさん。
男子寮に住む生徒たちの胃袋を毎日満たす。
親元を離れて暮らす男子たちにとって、第2の母と言える存在。
朝食を終わらせた結城数馬。
平安高校野球部の練習が朝から始まる。
「うっーーっす」
1年生は上級生がすぐに練習に入れるよう用具の配置、グラウンドの整備から1日が始まる。
体育会系は完全な縦社会。
スポーツ推薦組であろうと、一般入試組であろうと、上級生との関係に例外は一切ない。
「おはよ~」
「真弓先輩、おはようございます」
「結城~今日もカッコいいねあんた~」
「どうもです、今日も綺麗な先輩」
「分かってる~」
上級生の女子マネージャー。
朝から野球部の練習の手伝いに参加する、しっかりもののお姉さん。
完全な縦社会の野球部に、成瀬真弓の明るい元気な声が響く。
1年生の部員の動きが良くなる。
良いところを女の子に見せたい。
男子たちの動きが活発になる。
「おい見ろ3年の神宮司先輩来たぞ」
「楓先輩、おはようございます!」
「ご機嫌よう」
やる気爆発。
男子部員、フルスロットル。
全員のやる気スイッチに火がともる。
野球部1年生たちにとって過酷なトレーニングが始まる。
朝から走り込み。
平安高校の外周を10周。
基礎体力の強化。
そんな過酷な練習を、涼しい顔をしてこなす2人の1年生部員。
結城数馬、そして朝日太陽の2人だ。
「ついてくんな数馬」
「そんなに急いでどちらへ?」
「そばに寄るなっつってんだろ」
先頭をぶっちぎりで走る2人の男子。
1年生の中で飛び抜けた身体能力。
視察に訪れた監督の目に留まる。
監督のそば、神宮司楓と成瀬真弓の姿。
「監督、あの2人頑張ってますね」
監督と3年生の2人の女子マネージャーが見守るなか、1年生のトレーニングは続く。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「解散!」
「ありがとうございましたーー!!」
野球部の練習が終了する。
今日土曜日の練習は午前中で終了。
後は自主トレをする部員と帰宅する部員に分かれる。
男子寮の1階食堂に集まって、練習終わりに食事をする野球部員たち。
平安高校第二校舎に入る学食は、土曜日は休館につきお休み。
土日も休まない男子寮の食堂に、体育会系の男子たちが食を求めて集まってくる。
「いただきますお母さん」
「はいお疲れ様。たくさん食べてって」
野球部全員の第2のお母さん。
厨房に立ち続ける、みんなの母。
結城数馬が1人、食堂で食事をしている席。
朝日太陽が満載されたランチを乗せたお盆を手に、隣の席に座る。
「やあ朝日君。君からこっちに来るのは珍しいね」
「まあ、な。おい数馬。折り入ってお前に頼みがある」
「へ~これは珍しい」
「真面目に聞けって」
朝日太陽の話す、出来の悪い親友の話。
結城数馬と同じS2クラスのクラスメイトの話。
「なるほど。たしかにこの前の学力テストの結果は僕も驚いたよ」
「俺が思うに、あいつは理系科目じゃ勝負になんねえ。この先ここでやってくなら、どうしても文系の暗記科目を選択させるしか勝ち目がねえんだよ」
出来の悪い親友のすべてを知り尽くした、朝日太陽の話。
真剣な表情でその話に聞き入る、結城数馬。
「はは、もちろん構わないよ」
「本当か数馬?」
「この前も言っただろ?僕にもこの話、1枚かませてもらいたいって」
「助かる、すまん」
「朝日太陽ともあろうお方が、まさか僕に頭を下げるなんて。高木守道君、ますます興味をそそられるね」
「俺のシュドウに手出すんじゃねえぞ」
「ははは」
「笑い事じゃないんだよ」
来月5月の中間テスト。
科目は学力テストと違い、5科目にとどまらない。
「人に教えるのは自分の勉強にもなる。一緒に勉強するのはとても良い事だと僕は思うよ」
「それは俺も同感だ。だが俺1人じゃあシュドウの全科目までは面倒見切れない」
「全科目見ようだなんて、朝日君も面白い事言うね」
「うるさいぞ数馬」
食事を終える2人。
席を立ちあがる朝日太陽。
「じゃあな数馬。すまないが明日は頼む」
「了解。明日日曜の練習は3時までだったね」
「この後シュドウと待ち合わせてる。午後からあいつをみっちり鍛えてくるぜ」
「はは、では僕は明日から勉強会に参加という事で」
「悪かったな、足止めして」
「全然。これからもよろしく、朝日太陽君」
「試合じゃ容赦しないぞ数馬」
「同じく」
土曜日の平安高校、男子寮。
朝日太陽に続いて席を立つ、結城数馬。
「僕は君を追いかけてきて、本当に良かったよ。朝日太陽君」
高校1年生。
男たちの熱い日々が過ぎていく。