51.「先輩と後輩」
アルバイト先のコンビニから、クラスメイトの岬を連れて家の近くまで向かう。
夜道に恐怖を感じていたのか、岬は俺の傍を離れようとしない。
街灯が道を照らしているとはいえ、大きな街路樹が立ち並ぶ御所水通り。
夜9時ともなれば人通りはまばらになる。
強気な岬の振る舞いからは想像も付かなかった一面に触れ、岬に対する印象も大分変わった。
しばらく歩き、住宅やマンションが立ち並ぶエリアまで着いた。
大きなマンションの前で岬が立ち止まる。
この近くに岬の家があるのだろうか?
「着いた」
「え?」
「うち、ここだし」
「……こんなに近くだったのかよ」
「だから親がバイトオッケーしたっしょ」
オートロックのマンション。
この辺りでは一番の高さをほこる。
俺は岬を家の近くまで送ると言ったが、岬の家まで着いてしまったようだ。
平安高校とは反対にある御所水通りの一等地。
バイト先がこれだけ近所なら、わざわざ送る必要も無かったかも。
斜め下を向き、視線を逸らす岬。
茶髪に隠れて表情はよく見えない。
用事は済んだので、すぐに分かれる事にする。
「余計な事したな俺。じゃあな、みさ」
「あのさ」
「えっ?」
「ありがと、送ってくれて……」
「あ、ああ。こんな近く、なんて事無いよ」
彼女の言葉に胸がドキリとする。
いきなり何だ?
とがった口ばかり聞いていた彼女が、唐突にお礼を言ってくる。
岬はすぐに視線を逸らし、マンション1階のエントランスへと消えて行った。
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翌日、日曜日。
今日は太陽とある約束をしていた。
『明日は3時、忘れんなよ』
太陽から日本史の家庭教師が見つかったとか言われてた。
しかも無料らしい。
なんだよ無料って。
この後、朝からバイトの予定。
バイトが終わってから平安高校に向かうことにする。
バイトまでもう少し時間がある。
今のうちに英会話レッスンを終わらせておく。
(レッツ・スピーク・イングリッシュ~)
ダウンロードされたラジオ英会話の音声録音データが入っている紫色のスマホを取り出す。
詩織姉さんから渡された、去年のラジオ英会話一年分のデータ。
ラジオ英会話の1レッスン自体は15分で終了する。
大変なのがテキストの英文をノートに書き写して、音読する作業。
30分かけてようやく終了。
続いて成瀬先生から渡された、2年前のラジオ英会話を紫色のCDプレイヤーを持ってくる。
CDをセット。
ラジオ英会話2周目。
正直、マジで面倒。
『ご褒美、なにが良い?』
よし。
始めるか。
本日はレッスン4。
テキストは日を重ねるごとに、どんどん進んでいく。
(レッツ・スピーク・イングリッシュ~)
2年前のラジオ英会話は、女の子が異世界に転移して聖女になるおはなし。
この聖女レナの話が今、俺の一番のお気に入り。
転移したら、何故か妹は聖女ジャンヌ・ダルク。
家で鏡を見ていたら、突然異世界に転移。
ちまたでは、よくある話しらしい。
そういえばレナって名前、俺、どっかで聞いたような、聞いてないような。
まず詩織姉さんから渡された、正統派ラブストーリーである去年のラジオ英会話を聞き、続いて成瀬先生から渡されている2年前の異世界転移ラブストーリーを聞く。
正直聖女レナの恋物語がどう進展するのか俺も気になるところ。
都合1時間、ラジオ英会話のテキストを使った自己レッスンを終了。
普通のノートにテキストの英文を書き写した。
詩織姉さんに見せる用のノートと、成瀬先生に見せる用のノートを分けている。
これまで英語をまともに勉強してこなかった俺が、女子2人の強制レッスンをこなし始めた。
まるで何かの呪いにでもかかったかのように。
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(ピコピコ~)
「ありがとうございました」
「ありがとうございました……」
「なにあんた?」
「なんでも無いよ」
日曜日。
朝から同じシフトで働くクラスメイトの岬れな。
早朝から同じ時間に働いている。
驚いたのは昨日に続いて、彼女がまたバイトに来た事。
俺と言う最悪の先輩がいるバイト先に、なんでわざわざ働き続けようと思ったんだこの子?
まあ、こんだけあの子の家から近いんだし。
普通と言えば、普通か。
「お酒の販売になりますので、こちらのボタンを押して下さい」
「はいはい~」
やる気もあるようだし。
俺が学費稼いでるみたいに、彼女にもお金を稼ぐ理由でもあるのかな?
ちゃんと働いてくれるなら、まあいいか。
酒類の販売はレジの成人確認ボタンを押すように客に言う岬。
2日目にしてもう覚えてる。
頭がいい。
仕事を覚えるのが早い。
そのうえ可愛い。
2つある好きなレジに並ぶうちのコンビニ。
買い物客の男子たちはこぞって、俺では無く岬の立つレジを選んで並んでいく。
モデル体型のスラっとしたスタイル。
顔が小さい、マジでモデルかと思わせるほど華奢な岬。
「お釣り切れそうなんだけど」
「ちょっと待ってろ」
「早くして」
俺と言う名の先輩に対して容赦ない発言の数々。
「いらっしゃいませ~」
裏表がこうもハッキリする女の子に俺は初めて出会ったかも知れない。
ある意味新鮮。
それでいて、結構努力家の彼女。
図書館に行く時も彼女とすれ違った。
間違いなくこの子、勉強してる。
他のクラスメイトみたいに塾とか通ってるのかこの子?
昼と夜で性格が変わる個性的な彼女。
「なに?」
「なんでもないよ」
「キモイんですけど」
俺の事をジト目で見るのは相変わらず。
お客様に笑顔を振りまく彼女は、レジの内側にいる先輩の俺に対して反抗的な態度。
お昼休憩。
オーナーと一緒に岬がレジに立つ。
俺はその間にバックヤードで昼飯を食べる事にする。
客がいなくなったのか、岬がレジから従業員用のバックヤードに入ってくる。
「はい、今日の廃棄の弁当」
「いらないよそんなに」
「あんた好きでしょ、廃棄弁当」
「俺がさも廃棄弁当好きみたいに言うなよ」
渡すものを渡し終えると、岬はレジに戻って行った。
廃棄弁当は従業員用バックヤードで、パソコン端末に1つずつ登録してから廃棄する。
すべて捨ててしまうコンビニもあるようだが、俺はオーナーと店長の厚意で廃棄と同時に無料のお弁当をいただいている。
岬と休憩を交代する時間。
岬がバックヤードに下がり、俺がレジに立つ。
「すいませ~ん、コピー用紙無くなりました~」
「あ、はい。ただいま参ります!」
忙しい俺のお店。
土日祝日ともなれば、昼間店内は常にコンビニを利用する人で一杯になる。
絶えず仕事に追われる俺。
バイトをしていると、あっという間に時間が過ぎていく。
それでもお昼を過ぎる頃から、段々と客入りも落ち着いてくる。
ピークが過ぎたあたりで、賞味期限切れのデザートが無いかチェックを行う。
あった。
プレミアムロールケーキ。
1個150円で、高校生には微妙に高い値段。
バックヤードで休憩を取る岬のところに向かう。
店の裏でスマホいじってる岬の姿。
あれ?
なんだろ岬のスマホについてるストラップ。
パンダかあれ?
岬が俺に気づき、ジト目で俺を見る。
「なに?」
「食うかこれ?プレミアムロールケーキ」
「食べる」
即答。
裏表が無いハッキリした性格。
成瀬結衣とはまったく違うタイプの女の子だ。
時間は14時過ぎ。
もうすぐバイトは終わる時間。
あと少ししたら、今日は上がらせてもらう事にしている。
最後にレジに岬と2人で並んで立つ。
明日からまた学校が始まる。
そして迫りくる、大きな壁。
1学期最初の登竜門、来月5月に実施される中間テスト。
進学してしまった、身の丈を遥かに超える平安高校の特別進学部。
ようやく笑顔を取り戻した太陽と成瀬の2人。
楽しかった中学時代の3人の関係を、これからもずっとずっと続けていきたい。
未来ノートの力を借りてでも、俺はこの高校にしがみつきたいとすら感じる。
事前に問題を調べる罪悪感を、来月中間テストで赤点を取る恐怖が一瞬で上回る。
「あんた……」
「ん?なんだよ岬」
「たまにその深刻な顔してんの何?」
「気のせいだよ」
不安は顔になって出るようだ。
岬にも分かるほど、俺は来月の中間テストの事ばかり考えていた。
中間テストという1カ月先の恐怖に、俺は今から恐れおののいている。
未来の問題が出たり消えたりするようになった、壊れてしまった未来ノート。
本当の俺はこの学校に通い続ける実力など持ち合わせてはいない。
隣にいる岬の事が羨ましくも感じる。
俺と違って実力で入試を突破したその学力に、俺は筋違いの嫉妬すら感じていた。




