5.「未来の問題が分かるノート?」
火曜日の朝。
昨日も夜遅くまで平安高校の過去問を演習。
中学3年間、まともに覚えようとしてこなかったツケが今更ながら重くのしかかる。
どうせ俺は平安高校の特別進学部なんて受かりっこない。
公立高校にまで落ちたら目も当てられない。
私学の平安高校の入試は来月2月。
公立高校の入試は3月。
当然先に実施される平安高校の受験対策を先に始める。
そして俺はきっと2月に挫折する。
もう未来は分かってる。
平安高校の特別進学部、5年分の過去問題集。
5年分、初見で問題を解いて確信した。
――俺の実力で平安の特別進学部合格は不可能だ。
9割得点なんて、夢のまた夢。
父さんにあんな大口叩いて、解いてもいなかった平安の過去問に絶望した。
学校に登校。
クラスに入るとまだ太陽の姿は無い。
きっとグラウンドでギリギリまで朝練をこなしているに違いない。
クラスの通路側の席に座り本を読んでいる可愛い女の子。
姿勢正しく上品に座る姿に俺で無くても他の男子も思わず見惚れてしまうはず。
「おはよう成瀬」
「おはよう……高木君」
昨日スルーして挨拶しなかった成瀬の席に一度寄って挨拶を交わす。
俺が挨拶してくるのを予想していなかったのか、驚いた表情を浮かべる成瀬。
すぐに返してくれる言葉と笑顔は、どこかぎこちなく感じた。
成瀬に今日は挨拶した。
自分の席に座る。
「おはようさん」
太陽も続けてクラスに入ってきた。
今日は太陽も成瀬に笑顔で挨拶している。
いつまでも過去の事を引きずるようなヤツじゃない。
太陽はそういうヤツ。
そう、俺と違って。
今日最後の授業、社会。
「昨日の小テストを返します」
クラスがざわつく。
受験組にとって直近の自分の実力を図るテストに神経質にならない方がおかしい。
いくらそれが社会の小テストとはいえ、悪い点数を取ればそれが入試に直結する時期。
「佐藤さん」
「はい」
1人ずつ前に呼ばれてテストの結果を渡される。
皆一喜一憂するのは、推薦組も受験組も変わりはない。
「次、高木君」
「はい」
俺の番、自信があった。
こんな気持ちでテストの解答用紙を受け取るのは初めてだ。
「はい高木君。昨日は難しい問題だったけど、100点を取れたのはクラスで高木君だけだったよ」
「えっ?」
「おお~」
「凄いな高木」
100点が俺だけ?
嘘だろ?
満点を取れたのが俺一人だけという事実がクラスに周知されると、クラスからどよめきのような声が響いてくる。
テストで良い点が1人だけ取れる。
こんな高揚感に浸れたのは初めての経験だ。
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「やったなシュドウ、いきなり100点とかヤバいぜマジで」
「まぐれだよ」
「でも本当凄いよ高木君」
教室で太陽、成瀬が俺の席に来る。
受験を控えてのテストの好結果。
それも秀才の2人以上の結果を俺が出した。
普段テストの結果が悪い俺だからこそ、成瀬も太陽も素で喜んでくれる。
俺自身も今日のこの結果で、気持ちが少し高揚しているのは間違いない。
ギクシャクしていた3人の口調も自然と軽くなっていた。
「あの第1問、私『三世一身法』って書いちゃった」
「俺も、だよな成瀬。『墾田永年私財法』よく分かったなシュドウ」
「えっ?ああ、たまたま……」
俺は事前に答えが分かっていた。
あの白いノートは一体。
「どうしたシュドウ?」
「えっ?いや、ごめん。ちょっとボーっとしてた」
もしかしてあの白いノート。
まさかいや、そんなはずあるわけ無い。
ただの結果論に過ぎないかも知れない。
それでも一字一句。
すべての問題がまったく同じ問題だった。
どうしてもこの考えに至る。
――あの白いノートには、俺が受けるはずだった社会の小テストの問題が事前に書かれていた。
馬鹿馬鹿しい。
そんな事本当にあったら、誰だって100点取れちゃうじゃないか。
それでもこれまで勉強してこなかった俺が100点取れたのは。
間違いなく、あの白いノートのおかげだ。
「おいシュドウ。この調子で明日の理科の小テストも頑張れよ」
「え?なにそれ?」
危ないところだった。
授業を真面目に聞いていない俺。
理科の小テストの存在が予告されてたなんて覚えてすらいなかった。
「じゃあ成瀬、シュドウ。練習あるから今日は俺が先に抜けるわ」
「えっ?あ、ああ。頑張ってこいよ太陽」
「朝日君……頑張ってね」
「ああ、成瀬。じゃあなシュドウ」
「おう」
太陽が先に行ってしまう。
しまった。
ボーっとしてる間にいつの間にか太陽だけいなくなっちゃった。
俺の隣に成瀬しかいなくなってしまった。
気まず過ぎる。
「高木君、勉強頑張ってるんだよね」
「うん」
「そっか」
いつもだったら飛び跳ねるほど喜ぶべき時間なのに、こと今ここに至っては気まずさしか感じない。
つい先日太陽に想いを告白した成瀬と、俺がどのツラ下げて楽しくおしゃべりするんだよ。
会話が続かない。
「高木君。私もさ」
「う、うん」
「あんまり力にはなれないかも知れないけど……勉強で分からない事とかあったら、遠慮なく聞いて」
「あ、ありがと。本当、助かる」
成瀬は超が付くほど真面目な性格だ。
よく気が利くし、相手を押しのけてまで自分を主張したのは、後にも先にも先日の告白の一件あの日限りだ。
「本当ごめんなさい。私のせいでギクシャクしちゃって……」
「いや、もう謝らないでよ成瀬。太陽だってそう思ってる」
「うん、そうかな……」
成瀬との会話は続かない。
彼女の気持ちを知ってしまっているから。
「なあ成瀬」
「なに?」
「あ、ごめん、なんでもない」
危ないところだった。
太陽の事をどう思っているのか聞きかけてしまった。
口に注意しないと。
なんで俺、話を注意しないといけないんだ?
「俺も勉強するわ。もう行かないと」
「うん、分かった」
すぐに受験勉強という逃げ道へと逃げ込んだ。
成瀬とはこれ以上一緒にはいられない。
「じゃあ成瀬、また明日」
「うん、高木君も頑張ってね」
「お、おう」
昨日に比べて、笑顔で返す成瀬の表情から硬さがほぐれている感じがした。
いつだって、どんな関係になっても、彼女の優しい笑顔に思わず惹かれそうになってしまう。
彼女の笑顔から目を背け、先に教室から立ち去る。