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46.「同級生はお嬢様」

 神宮寺家。

 はっきり言ってお屋敷。

 この子の親、絶対金持ちに違いない。


 詩織姉さんのいる新居の実家に向かうつもりだった3時間前の俺。

 1年生、特別進学部S2クラスに姿を現した神宮寺姉妹に、突然家に連行されてしまう。


 神宮司家のリビングのソファーに座る俺の場違い感が半端無い。

 ここのリビング何畳あるんだよ?

 テレビ超デカいんだけど。


 家電もそうだが、家具もヤバい。

 何もかも高そうな家具。

 俺の座ってるソファー、俺の月のバイト代じゃあ絶対に買えない間違いなく高いやつ。


 俺の隣に座る女の子。

 俺の同級生、神宮寺葵。

 


「あのね~それでね~」

「お、おう」



 神宮寺葵が、学校の図書館で借りたと話す源氏物語を膝の上に開く。

 第1巻、光源氏の誕生。



 リビングのソファーに並んで座る制服姿の神宮寺葵。

 1つの源氏物語の本を2人でシェアする。

 当然距離も近くなる。



「えへへ」

「なにがおかしいんだよ」

「ふふ~ん」



 可愛い女の子はただ遠くから見るだけ。

 俺の隣にいてはいけないもの。

 俺の人生にあってはならない光景。



「ふんふ~ん」



 なんかふんふん言ってるこの子。

 女子が隣とかヤバい。

 マジ死ぬ。


 神宮司妹がソファーに座り、両足を閉じてブランコのようにブンブン上げ下げ。

 子供かよこの子。

 なにがそんなに楽しい?

 源氏物語読むのが、そんなに楽しいのかこの子?


 神宮司楓先輩から聞かされていた。

 これは成瀬真弓姉さんに仕組まれた勉強会という事実。

 神宮司楓先輩から、真弓姉さんという名が出た時は心底驚いた。


 進学塾に通えない。

 俺の家庭事情。


 今日、週末最後の金曜日。

 6限目の古文の小テストで、俺は今の俺自身の古文の読解力の無さを痛感した。

 壊滅的な出来だった。


 実力で臨んだ古文のテスト。

 ハッキリ言って壊滅的。

 なに1つ、問題が何を俺に聞いているのか分からなかった。

 問題の意味も、答えを解答する根拠も、なに1つ、1問も分からなかった。


 6限目の古文の小テストは、勘で答えた解答が合っていて良くて2割、普通に0点。

 それくらい、俺はまったく古文を理解していなかった。

 未来ノートがなければ、俺はただのダメな高校生。



「それでね~ここ」

弘徽殿(こきでん)?右大臣?いじめられるのか桐壺(きりつぼ)

「そだよ」



 1000年前に描かれた源氏物語によると、1000年前の平安時代にもいじめが発生していたらしい。

 1000年前から続く日本の社会問題が、源氏物語に記録されていた。


 古文のコの字も分からない俺。

 神宮司楓先輩から、古文の勉強だと言われれば受け入れるしかなかった。

 早い話、無料の家庭教師。



――自力で勉強は不可能な科目。



 授業を聞いてもさっぱり分からなかった古文という科目。

 正直苦手科目。

 なにから何まで分からない。


 葵先生の源氏物語を使った重要な語句と語法の解説。

 正直、分かりやすい。



「シュドウ君。いと~は、それほどでも~って意味で」

「お、おう」

「いたく~は、たいして~って意味で」

「なるほど」



 源氏物語を熟知しているこの子。

 俺に古文独特の語法を指南してくれる。


 俺も何となくだが、ストーリーだけは図書館のパソコンで調べて予備知識がある。

 ただ。

 なんというか。



「なるほどな。帝が桐壺ばっかり可愛がるから、右大臣怒るのか」

「そだよ」

「ふふっ」



 近くで見ている神宮司楓先輩が笑ってる。

 なんというか、今の状況。

 勉強という名の遊びにも思えてくる。


 もう2時間以上もこうやって、この子と源氏物語を一緒に見てる。

 なにやってんだ俺?



「はいシュドウ君。ここから読んで」

「なに!?今度は俺に源氏物語読めっていうのか?」

「そだよ」

「マジか」

「ふふっ」



 俺は先日、都合5時間も、ある理由で源氏物語の第1巻と第2巻にすでに目を通していた。



「シュドウ君、源氏物語好きなんでしょ?」

「それは」

「嫌い?」

「大好きだよ」

「えへへ」



 ダメだ。

 言えない。

 俺がこの前、この子に頭を下げてまで源氏物語の第3巻を読みたいとお願いした理由。


 第1巻と、第2巻のその続き。

 30分だけでも源氏物語を読みたいと。

 俺は確かにこの子にお願いした。


 源氏物語の第1巻と第2巻を5時間もかけて目を通した本当の理由。



――未来ノートに映し出された、古文の問題の答えが知りたかったから。



 この子は間違いなく勘違いしてる。

 俺が頭を下げてまで源氏物語を読みたいと、そこまで源氏物語が大好きなんだと。



「桐壺の更衣がね~光源氏を産んでね~」

「光源氏?」

「そだよ」



 光源氏。

 そういえば今日の昼間に真弓姉さんから俺、ポンコツ光源氏なんて呼ばれてたな。



「お嬢様、そろそろお時間が」

「もう少しだけです」

「もうすぐ先生がお見えになります」

「もう少しだけ」



 神宮寺楓先輩が、家にいるメイドさんとなにやら話をしている。

 メイド服着たメイドさんなんて初めて見た。

 このメイドさんを見るのは、今日2回目の光景。






~~~~~3時間前。S2クラスに現れた神宮寺姉妹に連れていかれる高木守道~~~~~




 神宮寺の家で勉強をする。

 神宮寺楓先輩の口から出た意外な言葉。


 神宮寺姉妹。

 姉の楓先輩は、朝日太陽憧れの先輩。

 妹の葵はS1クラスの才女。


 平安高校の華と言っていい。

 今週S2クラスに1週間いて、クラスの男子たちから神宮司姉妹の噂話が絶える事無く聞こえてきていた。


 平安高校で知り合いと言えば、成瀬姉妹と朝日太陽しかいない。

 廊下で神宮寺楓先輩から言われた、俺を勉強に誘う意外な事実。



「真弓にお話を聞いて」

「真弓姉さんが!?」



 昼間もあの3年生の入る第二校舎の中庭に誘ってくれた成瀬真弓姉さん。

 今思えば。

 神宮司姉妹と引き合わせてきたのは、すでに昼間のあそこから始まっていたような気がする。


 最初は図書館で偶然出会った神宮司葵。

 お姉ちゃんに言われたのか、なんの見返りもないのに俺に古文をレクチャーしてくれる。

 それも凄く楽しそうに。


 俺の家庭事情を知る成瀬真弓姉さん。

 アパートの家賃を稼いで、母さんのいるアパートに住み続けている俺の事情を知っている。


 S2クラスのクラスメイトたち。

 そのほとんどが、当たり前だが塾に通っている。

 今日はその俺の住むアパートには帰らず、なぜか神宮司姉妹と姉妹の家に向かうことになった。

 

 平安高校の正門から出て左に曲がる。

 学校周辺にはちょっとした住宅街が広がる。


 大きな家。

 高そうな家ばっかり。



「あそこだよ」

「早や!?もう家?神宮司お前、朝何時に学校出てんだ?」

「う~ん……ギリギリかも」

「葵ちゃん、朝弱いの……」

「楓先輩、そんな切なそうに言わないで下さいよ」 

 


 考えている暇も無く、学校から徒歩0分の神宮司姉妹の家についてしまった。

 立派なお屋敷の周りは鉄格子に囲まれる。



「楓先輩。今日野球部良いんですか?マネージャーやられてるんですよね?」

「今日は真弓が頑張るって」

「マジっすか」

「まじすか」



 入口の大きな門。

 妹の神宮司が手をかざしている。

 なにしてるこの子?



「シュドウ君、シュドウ君。ほらほら、私の魔法、はぁ~」

「神宮司、お前魔法使いだったのか?」

「う~ん……そだよ」

「お前いつからホグワーツの生徒になったんだよ」

「ふふふ」



 姉妹が近づくとオートロックなのか、勝手に入口の門が開く。

 楓先輩は、俺と神宮司のやりとりがよほど面白いらしい。

 口に上品に手を当て、こちらを見ながら笑っていた。


 門が勝手に開いたのは当然魔法であるはずが無い。

 カバンにノンタッチのセキュリティーキーでも入っているに違いない。

 彼女たちが近づくと門が勝手に開くのは、最近流行りのマンションによくあるセキュリティーセンサーというやつだろう。


 俺が魔法使いだろと言えば、なぜかそうだと回答する神宮司妹。

 神宮司妹は俺の話を肯定ばかりするクセがあるように見える。

 家の敷地に入る事をためらう俺を、神宮司妹は俺の腕を引っ張って無理矢理中に引き込む。



「こっち」

「マジかお前、やっぱりおかしいだろ」

「ふふっ」



 今さらながら、こんな屋敷に入るのを躊躇する俺、

 無邪気に笑う妹の神宮司が俺を屋敷に引きずり込んでいく。

 楓先輩は妹の行動を止めようとはしない。


 結局家の敷地に入ってしまう。

 俺と言う異物の侵入を許してしまった門が閉じられる。


 玄関まで続く石畳の脇に、青々とした芝生が生えている。

 絶対この家、お金持ちの家だ。


 神宮司の家の玄関に到着する。

 扉が開くと中から人が出てくる。


 メイド服を着た大人の女性の姿。

 これだけ大きなお屋敷ならいても不思議じゃないだろうけど。


 絶句した。

 メイド服を着た女性を見たのは、生まれて初めての光景だった。



「お帰りなさいませお嬢様」

「ただいま~」

「ただいま戻りました」



 お嬢様とか、どこの国の単語なんだ?

 いや、ちょっと待て。

 お嬢様?

 

 誰だよお嬢様って。

 もう、この神宮司姉妹以外において他にはいない。


 お嬢様らしいよこの2人。

 振る舞いも上品だし、話してみると意外に普通だけど、黙って道をすれ違っただけでドキリとさせられる美少女姉妹。


 メイド服を着た女性が神宮司姉妹にあいさつしてる。

 そして俺に視線を合わせるなり、眉間にシワ。


 まるで粗大ごみでも見るような目。

 俺を不審者として探知したのか、メイドのお姉さんが俺の前に歩み寄る。



「失礼ですが、お嬢様とはどのようなご関係ですか?」

「どのようなと言われても」

「違うよ。この人、私の大事な人」

「大事な人?」

「そうそう大事なって、何言ってんだよ神宮司!」

「葵ちゃん、大事なお友達でしょ?」

「うん、そう。大事なお友達」



 子供のように無邪気に答える。

 一言一言俺がドキドキしてしまう。

 神宮司は本当に体と心の精神年齢のギャップが激しすぎる。

 

 黙ってたら信じられない美少女顔。

 顔も小顔で小さいし、目はお姉さんと一緒で大きい本当に可愛い女の子。


 ただ発言が自由過ぎる。

 少しは周りになんて思われるか考えて言って欲しい。



「葵お嬢様。お父様にお話をされてからでないとお屋敷には」

「お父様にはちゃんと言ったよ?お友達連れて来るって」

「わたくしは聞いておりませんでした」



 何やらもめている。

 これはある意味チャンスだな。

 やっぱり赤点男の俺が、こんな金持ちの屋敷に住んでる神宮司姉妹の家に突然転がり込むのはどう考えてもおかしい。



「すいません突然押しかけたりしまして。僕はまたの機会に改めさせていただきますので、これで」

「私が一緒についています。心配なさらないで」

「楓お嬢様がそうおっしゃられるのでしたら」



 脱出失敗。

 俺の話は議題にも上がらずスルーされた。


 神宮司楓お姉さんの一言でメイド服を着たお手伝いさんも引き下がる。

 楓先輩の言葉で納得するあたり、先輩のこの屋敷内での影響力の大きさを感じさせる。


 そして俺は。

 1階奥のリビングに通された。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「お姉ちゃん~」

「はいはい葵ちゃん。今日は楽しかったわね」

「楽しかった~」



 夕日も沈み、外はすっかり暗くなっている。

 これから用事があると言う神宮司楓先輩の言葉で、今日の源氏物語のお話は打ち切り。


 都合3時間。

 俺は葵先生の古文のレクチャーを受け続けた。

 俺がまったく理解していなかった古文の源氏物語を、神宮司葵は軽々と同級生の俺に現代語訳で説明する。


 この子はやっぱり、才女だ。

 全部理解して俺に解説していた。

 俺が馬鹿で、この子は天才だ。

 とても同い年とは思えない。


 それにしても。

 楽しかった?

 俺と源氏物語を読んだのが?

 この子の発言が、俺にはまったく理解できない。


 神宮寺の家のリビングを出る。

 入ってきた玄関の、大きな扉のドアの前まで見送られる。

 玄関のドアを開けようとした、次の瞬間。



(ガチャ)



「あら」

「先生~」

「楓さん、葵さん、こんばんわ。それに君は確か……ふふっ、S2クラスの高木守道君だね」

「どうして俺の名前を」



 眼鏡をかけた大人の先生。

 俺はこの人を知っていた。


 平安高校、特別進学部の先生。

 今日の6限目、古文の授業の教師。


 SAクラス、太陽のいるクラスの担任教師。

 枕桑志先生。

 なんでここに?



「ふふふ、まさか君がここにいるとわね」

「えっ?」

「枕先生。わたくしが守道君をここに」

「ほう。一体にどこでお知り合いになられたのか」

「お節介はほどほどに先生」

「おっと、これは失礼」



 神宮司楓先輩と枕桑志先生が話をする。

 何を言ってるのか全然分からない。

 どうして枕先生が神宮司姉妹のいる家に訪ねてくるんだ?



「守道君。真弓に宜しく伝えて下さい」

「はい。楓先輩、今日はありがとうございました。それと、神宮司。今日はありがと」

「なにが?」

「色々だよ、色々」

「う~ん……うん。色々」



 神宮司姉妹。

 そして、枕桑志先生と別れる。

 それにしても、なんで平安高校の先生がこんな時間に神宮寺の家を尋ねに来るんだ?


 ヤバい。

 そんな事考えてる場合じゃなかった。

 本当にもう行かないと。

 あたりはすっかり暗くなってる。


 金曜日は英語のレッスンの日だってのに。

 時間はもうすぐ6時になる。

 早く詩織姉さんのところに行かないと、絶対に怒られてしまう。


 スマホがない俺。

 詩織姉さんに遅れるとも連絡すらしていない。

 やっぱり、怒ってるよな。


 俺の持つカバンの膨らみ。

 詩織姉さんから渡された、今は空のお弁当箱の膨らみ。


 とんだ道草を食ってしまった。

 俺は詩織姉さんと紫穂がいる家に向って、足早に神宮司家を後にした。



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