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45.第6章<暗黒の御所水通り>「神宮司姉妹の誘い」

「シュドウ君、ここ、いとやむごとなき際にはあらぬが~は、それほど高貴な方では無い~って意味で」

「お、おう」



 なんで。

 なんでこうなった?



「はい葵ちゃん。守道君のお茶もここに置きますね」

「は~い」

「ど、どうも」



 どうなってる。

 どうなってる俺?


 もうすぐ夕方。

 俺は今、神宮司家の超広いリビングで、神宮司葵から古文のレッスンを受けている。

 教材はもちろん、源氏物語。



「ここ、光源氏の誕生だよ。シュドウ君1回読んでるでしょ?」

「1回読んだだけじゃ分かんないよ普通」

「じゃあもう1回一緒によも」

「マジか」

「ふふっ」



 神宮司楓先輩が見守るなか、俺は同級生S1クラスの、神宮司葵から古文を教えてもらっている。

 ここに至る、今から3時間前。




~~~~~3時間前。6限目の古文の授業終了後~~~~~





(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)



 なんで6限目の古文で小テストが実施されたんだ?

 まったく問題の意味が分からず、適当に設問を選んで勘で答えるしかなかった。



「ようシュドウ」

「太陽か。これから野球部か?」

「おうよ。今日は結衣の家、俺も行くから忘れんじゃねえぞ」

「分かった、分かってますよ。俺、用事あるから多分7時過ぎくらいになると思う」

「そうか。俺も今日はそれくらいに練習終わると思うから、終わったら真弓先輩と一緒に行くわ」



 成瀬結衣の姉さん、成瀬真弓は野球部のマネージャー。

 太陽は真弓姉さんのしもべとして、そのまま成瀬の家に来るようだ。



『朝練で真弓先輩から言われたんだよ。シュドウ、お前が結衣と2人っきりだとお触りするから監視しろって先輩からの命令さ』



 真弓姉さんはいつもいつも自由過ぎる。

 今日も昼間はあの神宮寺葵を使って俺を3年生の入る第二校舎の中庭まで引きずり出した。

 来月5月の中間テストに向けて苦しんでる俺を知ってか知らずか、下級生のしもべ1号こと太陽に声をかけ、しまいには妹の成瀬結衣まで家庭教師に使って俺を赤点地獄から抜け出させようと企んでる。


 本当にお節介な人だ。

 成瀬が太陽の事好きなの知ってるのかあの姉さん?

 俺たち3人はもう以前の中学生の頃の3人じゃなくなってるってのに。


 成瀬もあんな気合入って俺に英語教えるとか言ってくるし。

 今、本当成瀬は、太陽の事どう思ってんだろ。


 しばらく太陽と話し込む。

 週末の金曜日。

 中間テストまで俺は英語漬けがすでに決定している。


 この後、お呼び出しをくらっている詩織姉さんの部屋に向かわなければいけない。

 理由は英語のレッスン。

 詩織姉さんにもらった紫色の風呂敷に包まれた弁当を食べてしまった。

 あの高そうな弁当箱もちゃんと洗って返却しないといけないし、英語のレッスンも受けないといけないし。

 

 俺は詩織姉さんには逆らえない立場の人間。

 今日も姉さんの前で、俺のタドタドしいスピーキングを何度も復唱させられるに違いない。

 恥ずかしい。

 マジ死ぬ。


 父さんたちが帰ってくる前に新しい実家は退散する。

 俺の本当の自宅は、今も変わらず母さんのいるアパートだ。



「あっ!?じゃ、じゃあなシュドウ。俺、もう野球部行かないとマズイ」

「おう、頑張れよ太陽」



 どうした太陽のやつ?

 教室の前を向く俺。

 S2クラスに勝手に入ってきて、俺の席の前に向い合せに立つ太陽。

 なにか慌てた様子で教室の外へ出ていった。



「さて俺も行くか、お前!?」

「いた」



 出た。

 また俺のいるS2クラスをひょっこり覗き込んでる小動物の顔。

 授業終わりの教室の後ろのドアから、綺麗なサラサラとした黒髪をなびかせる美少女の姿がそこにあった。


 神宮司葵。

 この子が俺の近くに来ると、なぜか太陽も成瀬も俺のそばから離れて行ってしまう。

 その証拠に成瀬が一切姿を見せない。

 太陽は一目散に姿を消してしまった。 




(おお~)



 突然の大和撫子の登場に、S2クラスに残って雑談していた男子たちから感嘆の声が上がる。

 


「お姉ちゃん」

「葵ちゃん。守道君、呼んでくれる?」

「は~い」


 

 絶対的美少女。

 神宮司楓先輩。

 3年生の上級生、野球部のマネージャー。


 太陽はもう野球部の練習に向かったはずなのに。

 なんで野球部のマネージャーの神宮寺楓先輩が、特別進学部1年生の俺のいるS2クラスの教室にわざわざ寄る必要があるんだ?



「シュドウ君、いこ」

「お前な、勝手に俺の名前あだ名で呼ぶなって」

「えへへ」

「笑い事じゃないって」



 なんで神宮司妹は俺をあだ名で呼んでる?

 俺の事をシュドウと呼ぶのは、今は朝日太陽ただ1人のはず。

 女の子からシュドウとか、さすがに成瀬からも言われた事が無い。

 みんなが聞こえる場所で呼ばれるのはとても恥ずかしい。


 教室の外に出る。

 廊下で神宮司姉妹と立ち話。

 隣のS1クラスと、SAクラスの知らないやつらから見られてる。

 

 なにか噂話をされている。

 赤点男の俺。

 良い気持ちはしない。



「あのねシュドウ君。さっきお父様のお部屋にお姉ちゃんと行ってきてね」

「ちょっと待て神宮司。お父様のお部屋?ここ学校だぞ」

「いるよお父様、嘘じゃないよ」

「ふふふ」



 突然お父様だの、お部屋に行って来ただの。

 訳の分からない話を始める神宮司妹。


 俺と妹の話を笑って聞いている神宮司楓先輩。

 無邪気に話し続ける妹。



「それでね」

「まだあるのかよ」

「続き聞きたいでしょ?」

「聞きたくないよ」


 

 なんかヤバい事言ってるような気がする。

 誰だよお父様って、どこで何してるんだ神宮司のパパは?


 何を言ってる。

 何を楽しそうに話しているんだこの子は?


 今日のあの和歌の歌会が始まる前まで、変なタイプの不思議ちゃんくらいにしかこの子の事は思っていなかった。

 だが話を重ねるうちに、この子のスペックの高さに驚き、俺の中で彼女に対する印象がだいぶん変わっていた。


 この子は成瀬と同じ隠れ才女。

 特別進学部S1クラス、成績優秀の天才女子。


 子供みたいな口調をして軽く聞こえるが、裏では俺以上に過酷な勉強時間をこなしてきた俺の到達できない次元にいる女の子。


 俺は未来ノートの力を使ってたまたまこの場に立っているだけの赤点男。

 本来出会う事が無かった女の子たち。


 この子は俺の事、自分と同じくらいの努力をして、『源氏物語』まで好きな読み友達だと勝手に勘違いしているはず。

 神宮司が何を考えているのか全然分からない。



「さっきお父様にね。隣のクラスにいる子、私のお友達なのってさっき言ってきたの」

「なに!?言っちゃったのかよパパに」

「うん」



 無邪気に俺に死刑宣告を告げる女の子。

 もはや彼女の中で、俺とこの子はお友達。

 いつ友達になった?


 全力で否定したいが、めちゃくちゃ可愛い笑顔で友達だよね?とか言われて、楓お姉さんの前で否定する勇気が今の俺には無い。

 赤点男が神宮司葵のお友達。


 俺たちの話に聞き耳を立てている他の生徒たちのヒソヒソ話が止まらない。

 この子、赤点男が友達とか言って恥ずかしくないのか?



「お父様に男の子なのかって聞かれたから」

「なんて言ったんだお前」

「男の子だよって言ったの」

「マジか、なんて事してくれたんだよ」

「なにが?」

「お前は俺を社会的に抹殺するつもりだろ」

「ふふふ」



 ちょっと待て、ちょっと待て。

 まだ全然よく状況が分かってないが、絶対、ぜ~~~ったいにとんでもなくマズい状況がこいつの家の中で起こっている事だけは伝わってくる。


 さっき男の子の友達がいるってパパに言った!?

 おい、なんか。

 マズイ事になってんじゃないのかこれ?



「それでね」

「まだ続きあるのかよ。なんだよ?」

「お父様にね、今日お家に連れてくるかもって言ったらね」

「言った!?マジか!?」



 嘘だろおい。

 なに言い出したこの子。

 誰がお家行くんだよ。



「そういう重大な決定、俺の許可を取ってから言えよ!で?どうなった?」

「お父様すっごく慌てちゃってね。コップが床に落ちちゃって割れちゃってもう私もビックリ」

「そんな事になってるの聞いた俺がビックリだよ。なんて事してくれたんだよお前」

「ふふふ」

「笑い事じゃないですよ先輩。その場にいたんなら、この子止めて下さいって!」





~~~~~ここから3時間後。神宮司家リビング~~~~~




「それでねシュドウ君。この、いとやむごとなき際にはあらぬが~はね。高貴な身分では無い方がって意味でね~」



 高貴な身分では無い方。

 それ。

 俺の事だって。

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