42.第5章最終話「未来の問題を知る生徒」
『曲水の宴』。
神宮司姉妹が校舎中庭で開いている和歌の歌会。
まったく違う世界に住む住人たちの生活に、凡人の俺がその一時を垣間見る。
改めて感じる、秀才たちの集う平安高校のレベルの高さ。
文化レベルがまったく違う世界。
地元の公立高校になぜ進学しなかったのかと、今さらながら思い悩む。
(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
4限目の授業。
英語の授業が始まる。
「これより小テストを始めます」
「え~」
英語の授業冒頭。
小テストを実施すると宣言する1人の女性教師。
高貴な振る舞いと物言い。
それでいて品がある。
抜群のルックスとスタイルが、男子生徒の視線を釘付けにする。
叶月夜。
S1クラス担任教師。
成瀬結衣、そして神宮司葵がいるクラスの担任教師が英語の授業の登壇に立つ。
突然の小テストの実施宣言。
だが俺だけはS2のクラスメイトたちをよそに落ち着いていた。
そう。
英語の小テストの実施を予見していた。
昨日の夜、未来ノートは今日以降行われる英語の小テスト実施を、2ページ目に問題を出すことで俺に予告していた。
紫色に浮かび上がる答えと共に。
『――in the that customers request a better lunch,the total cost of this tour for one person will be 「〇〇」』
『1:$100 2:$122 3:$133 4:$144』
短いが、登場人物たちがお金に関するやり取りをしている文。
その後、設問の空欄に、登場人物たちが使った総額がいくらなのかを問う問題。
英語をまったく理解できていない俺。
本来であれば設問の1から4を適当に選んで答えるしかない、情けない俺の今の実力。
『答えは3:$133』
本当に情けないが、俺は昨日未来ノートに浮かび上がった3を正答として解答用紙に記載する。
文書をまるで分かっていない。
英語が理解できていない俺。
だがおそらく。
昨日未来ノートに浮かび上がった紫色のこの答えが、正答であると信じている。
2限目に実施された化学の問題。
赤く浮かび上がった答えは、俺が実力で答えられる問題の正答と一致していた。
そう。
壊れてしまった未来ノートには。
俺が中学3年生の時、詩織姉さんに入試問題を解いてもらった時とは様子がまるで違う代物に変化してしまっていた。
そう。
今の未来ノートには。
テスト問題を正答へと導いてくれる不思議な力が加わっていた。
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(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
6限目。
本日最後の授業を迎える。
古文の授業。
古典を担当する、枕桑志先生。
SAクラス、朝日太陽がいるクラスの担任教師。
「これより小テストを実施します」
「また~」
嘘だろ!?
いや、おかしい。
絶対なにかの間違いだって!?
昨日の夜。
2限目の化学の授業と思われる、元素記号の小テストの問題が未来ノートの1ページ目に映し出されていた。
さらに未来ノートは2ページ目に、今日の4限目の英語の小テストと思われる問題を映し出していた。
それで最後。
俺は4限目の英語の小テストの解答を全部埋めて、すっかり今日はもうテストはすべて終了したものだとばかり思って油断していた。
古文のテスト用紙がS2クラス全員に配布される。
『出題:枕草子 作者:清少納言』
『春はあけぼの――』
『第1問:「春はあけぼの」に込められている作者の評価として最も適当なものを次の中から選べ――ア:春の明け方は、なんとも言えず素晴らしい。イ:春は――』
ダメだ。
まったく。
全然分からない。
どうして。
どうしてだよ未来ノート。
なんで俺が平安高校に入った途端、未来に出題されるテスト問題を、映し出したり、消したりするようになっちゃったんだよ。
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(カ~カ~カ~)
金曜日。
夕方、カラスの鳴き声が辺りに響く。
西日が差し込む平安高校の職員室。
3年生の入る第二校舎の1階。
その応接室に入る、2人の教師の姿。
特別進学部、SAクラス担任、古典担当教師、枕桑志。
そしてもう1名。
特別進学部、日本史担当教師、江頭中将。
2名の教師が、応接室で対談。
応接室の机の上に資料を並べる。
1人の生徒の、今日の小テストの結果がそこにあった。
枕桑志先生から口を開く。
「こちらが2限目の化学のテストの結果。こちらが4限目の英語のテストの結果。どちらも各先生方に御協力いただき拝借したものです」
「満点ですな。素晴らしい、よく頑張っている」
「そしてこれが、本日私が実施した6限目の古文のテスト」
「ほう、なるほど」
応接室の窓、沈んでいく夕日が差し込む。
西日に当てられた古文のテスト結果。
その生徒のテスト結果。
0点の答案用紙に西日があたる。
「江頭先生、この結果、どのように思われますか?」
「不自然、と言ったところでしょうか」
「わたしも同意見です」
次第に夕日は地平線へと沈んでいく。
「理事長はああはおっしゃられましたが、このままこの生徒を中間テストまでのさぼらせておいて良いものかと」
「たしかに枕先生のおっしゃられた通り、替え玉受験の生徒が紛れ込んでいたとなれば、平安高校の名誉に関わりますな」
「おっしゃる通りです」
「しかし証拠がありませんな」
「いや、思い当たる事が1つ」
「ほう」
日が沈んでいく。
薄暗くなっていく応接室。
外はもうすぐ夜を迎える。
古典担当教師。
枕桑志が口を開く。
「6限目のわたしの行った古文のテストは、本日午前中に作成したものです」
「なるほど。つまり」
「はい。この生徒は、事前に2限目の化学、そして4限目の英語のテスト問題を知っていた」
「ははは、そんな事は……まさか」
(トン トン)
「入りなさい」
「失礼します、枕先生、江頭先生」
平安高校の制服を着た男子生徒が1名。
枕桑志、江頭中将が部屋の中に向かい入れる。
3人は顔見知りの様子。
「右京くん。君に頼みたい事がある」
「はい」
「ははは、ぜひ肩の力を抜いて聞いて欲しい。頼みと言うのは――」
地平線に沈む夕日。
あたりは暗黒の夜を迎える。
金曜日の夜、平安高校を照らす職員室の明かり。
その明かりは深夜まで消える事は無かった。
第5章<歌会始> ~完~
【登場人物】
【主人公とその家族】
《主人公 高木守道》
平安高校S2クラスに所属。ある事がきっかけで未来に出題される問題が浮かび上がる不思議なノートを手に入れる。
《高木紫穂》
主人公の実の妹。ある理由から主人公と別居して暮らすことになる。兄を慕う心優しい妹。
《蓮見詩織》
平安高校特別進学部に通う2年生。主人公の父、その再婚を予定する、ままははの一人娘。主人公を気遣う、心優しきお姉さん。
【平安高校1年生 特別進学部SAクラス】
《朝日太陽》
主人公の大親友。小学校時代からの幼馴染。平安高校特別進学部SAクラス1年生スポーツ万能、成績優秀。中学では野球部に所属し、3年間エースとして活躍。活発で明るい性格の好青年。
【平安高校1年生 特別進学部S1クラス】
《成瀬結衣》
主人公、朝日とは小学校時代からの幼馴染。平安高校特別進学部S1クラス1年生。秀才かつ学年でトップクラスの成績を誇る。
《神宮司葵》
主人公と図書館で偶然知り合う。平安高校1年生、S1クラスに所属。『源氏物語』をこよなく愛する謎の美少女。
【平安高校 上級生】
《神宮司楓》
現代に現れた大和撫子。平安高校3年生。誰もが憧れる絶対的美少女。神宮司葵の姉。
《成瀬真弓》
平安高校3年生。成瀬結衣の2つ上のお姉さん。主人公を小学生の頃から実の弟のように扱う。しっかりもののお姉さん。
【平安高校 教師・職員】
《叶月夜》
平安高校特別進学部S1クラス担任教師。教科、英語を担当。
《藤原宣孝》
平安高校特別進学部S2クラス、主人公のクラスの担任教師。教科、現代文を担当。
《枕桑志》
平安高校特別進学部SAクラス担任教師。教科、古典を担当。
《江頭中将》
平安高校特別進学部日本史担任教師。




