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39.「紫弁当」

 あの子、源氏の女の子。

 源氏物語大好き美少女が、俺のいるクラスを覗き込んでいる。

 小動物かよあの子?


 S2クラスの男子たちがその彼女の可愛い様子に大興奮。

 あちこちでヒソヒソ話が始まる。



「おいシュドウ。神宮司さんと何か約束でもあるのか?」

「あるわけないだろ」


 

 太陽が発言した次の瞬間。

 笑みを浮かべる神宮司が、おかまいなしにS2クラスに入ってくる。


 俺と太陽、そして成瀬の3人の近く。

 教室の一番後ろの席にいる俺たちの隣に、飛び跳ねるように近づいて自然と輪に交じる小動物。



「シュドウ君」

「シュドウ君?そんな外人どこにもいないよ。てか、いつからお前そのあだ名覚えた?」

「この前君が言った」

「この前?」

「シュドウ君、シュドウ君」

「高木君、呼んでるよ」



 シュドウとあだ名で呼ぶのは太陽だけ。

 なんでこの子勝手に俺をいきなりあだ名で呼んでくるんだよ。


 太陽と成瀬と3人でいるところ、神宮司はおかまいなしに俺に話しかけてくる。

 遠慮とか無いのかよこの子。



「どうした?」

「お姉ちゃんがお話したいって」

「誰がだって?」

(かえで)お姉ちゃん」



 とんでもない名前が出てきた。

 楓先輩。

 この前この子を泣かせた時に、廊下で初めて会った絶対的美少女、現代に現れた大和撫子。

 太陽が中学生の時から憧れている2つ上の先輩。


 そんな素敵な先輩の妹を、先輩の目の前でガン泣きさせてしまった俺。

 絶対この姉妹からは嫌われてると思ってた。 


 この子も泣かされた嫌な男子だとか俺の事思わないのか?

 しかもそのお姉ちゃんの楓先輩が俺に一体何の用があるっていうんだよ?


 いや。

 ちょっと待てよ。

 確か楓先輩、野球部のマネージャーだったよな。

 だから太陽は憧れの楓先輩のいる野球部にこだわって入部テストを受け合格した。


 野球部のマネージャー?

 ヤバ。

 俺の天敵が担う悪魔の職業じゃんかよ。

 1つ気になる事があったのでこの子に聞いてみる事にした。



「おい神宮司」

「なに?」

「ここにいる成瀬の姉さんも一緒か?」

「うん」

「お前の姉ちゃんには、俺は沖縄に旅立ったと伝えておいてくれ」

「ちょっと高木君、楓先輩からお呼び出し。お姉ちゃんも待ってるから、早く行ってあげて」

「そうだぞシュドウ。真弓先輩からの呼び出しだぜこれ。行かなかったらヤバいんじゃないのか?」

「くっ……成瀬の姉さんも一緒かよ。もう行くしかないだろ」



 俺がこの話をバックレた瞬間。

 今日の授業終わりに成瀬の姉さんが絶対報復にやってくる。


 俺の天敵、成瀬真弓。

 この依頼、断れない。



「太陽、俺についてこい」

「俺がどのツラ下げて行くんだよ」

「成瀬先生、一生の頼みだ。俺についてきて」

「私、先輩たちとはちょっと……」

「成瀬の姉ちゃんもいるのになんでだよ!?」

「じゃあなシュドウ」

「またね高木君」

「汚いぞお前ら」

 


 裏切られた。

 絶対の友情だと信じていた俺たち3人の絆が、楓先輩の名前を出した途端に一瞬にして消滅した。

 太陽も成瀬も俺を生贄に捧げて自分たちだけ助かるつもりだ。

 2人とも逃げるようにS2クラスを立ち去る。

 俺の席の近くに、源氏の妹だけ残された。



「シュドウ君、シュドウ君」



 神宮司が早く早くと胸の前で小さく手招きする。

 可愛い子は何をやっても可愛い。

 地獄への誘い。

 

 どうする、沖縄か?

 駄目だ、逃げたら一緒にいる真弓姉さんから報復のミサイルが飛んでくる。

 逃げた後が最高に面倒くさい事になる。


 この子が来た時点で、すでに真弓姉さんに外堀は埋められたも同然。

 俺に選択肢はない。

 もう行くしかない、行くしか。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「おい引っ張るなよ神宮司」

「早く。休憩時間終わっちゃう」

「良いんだよそれで」



 廊下にあるロッカーから、弁当箱が2つ入ったバックを取り出し神宮寺と指定された処刑地点へ急行する俺と神宮司。


 むざむざ真弓姉さんの術中にハマるわけにはいくまいと、逆にゆっくり歩き始めた俺は神宮寺に制服の袖を掴まれ引っ張られる始末。


 それでもゆっくり歩く俺に業を煮やしたのか、今度は神宮司に無理矢理制服引っ張られる羽目に。

 まるで早く遊びたいと言わんばかりに、俺を地獄へ引きずり込もうとしている。

 本当、子供かよこの子。


 俺の牛歩戦術はあえなく失敗。

 タイムオーバー解散を狙ったが、神宮司に校内を引き回される羽目になる。


 それにしても、一体どこへ行くつもりだこの子?

 1年生と2年生の入る校舎1階の渡り廊下を抜け、3年生が入る第二校舎へ連れていかれる。

 普段立ち寄る事のない、初めて入る3年生が入る第二校舎に1年生の2人が侵入。


 学食がある食堂の前を通過する。

 初めて侵入したとはいえ、お昼休憩中は1年生の姿も多い3年生の入る校舎。


 食堂の中は1年生から3年生の生徒たちで大混雑。

 食堂の外にある購買では、パンやおにぎりを買い求める生徒たちの長い行列が出来ていた。


 そんな食堂を通過して、校舎と校舎の間にある木々と芝生のエリアが見えてきた。

 中庭の芝生エリアが、校舎中庭側のガラスのサッシから遠くからでもよく見える。


 渡り廊下から上靴でそのまま進むと、そこには1年生と2年生の第一校舎には無い、木製の歩道が整備されていた。

 白い石畳の歩道も分岐し、遠くには噴水まで見える。


 バスケットコートも設置され、3年生の男子たちが昼休憩の時間を使ってさっそく遊び始めている。

 それを見守る上級生の女子たちの姿が視界に入る。


 上履きのまま綺麗な白い石畳を神宮寺に引かれて進んで行くと、石畳の道の終着地点に到着。

 どうやらここが俺の処刑場らしい。


 噴水の近く。

 木の下にある木蔭、その芝生の上にシートを広げ、絵に書いたようにお茶会をしてる美女2人がこっちに向かって手を振っている。


 元気な笑顔に今日はポニーテール。

 黙ってれば絶世の美女。

 俺の天敵、成瀬真弓に溢れんばかりの笑顔の花が咲いている。

 

 成瀬真弓が俺の顔を見つけるなりあの満面の笑み。

 俺を抹殺する気満々。


 あの笑顔は獲物を見つけた野獣の笑顔。

 あの瞳は、獲物を捕捉した野獣の瞳。

 食い殺される。

 間違いない。


 小さい時から成瀬真弓を知っている俺には分かる。

 騙されちゃいけない。

 この女は絶対に危険な女だ。


 そしてその隣の絶対的美少女の制服姿に絶句する。

 これが、あの太陽が中学生の時から憧れ続けた神宮司楓と言う名の絶対的美少女。

 

 現代に現れた大和撫子。

 木蔭にチラチラと光刺し、先輩の黒髪を鮮やかに照らす。


 胸の前で小さく手を振る女性らしい可愛い一面を見せられつつ。

 次には風で流れる黒髪を右手の指ですくい耳にかける女性らしい仕草。


 楓先輩、いつ見ても美人の一言。

 太陽でなくても、学校ですれ違う男子なら絶対に見惚れてしまうはず。

 信じられないほど美しい女性だ。



「葵ちゃん、そんなに慌てなくても」

「お昼休憩終わっちゃうよお姉ちゃん」

「はいはい。もう、この子ったら」



 仲の良い姉妹の会話。

 子供っぽさが残る妹がより幼く見えてくる。


 妹の神宮寺は上履きを脱いで芝生に広げたシートにぴょんと飛び乗る。

 お姉ちゃんの楓先輩が妹の頭をいい子いい子して撫でている。


 ここに同席する俺はイレギュラーな異端者。

 ここは3年生、最上級生だけが本来立ち入る事が許される聖域のはず。

 入学わずか1週間の俺。

 妹の神宮寺葵はともかく、特別進学部生徒にして赤点男の俺の場違い感は半端ない。



「高木、お昼ご飯は?」

「これからです」

「今日ゆいちゃんのお弁当持ってるでしょ?」

「なんでそれ知ってるんですか?やっぱり成瀬が突然弁当作ってきたのも、ここに俺呼んだのもやっぱり真弓姉さんじゃないですか」

「まあね~」



 俺と真弓姉さんの話を、隣で楓先輩が笑みを浮かべながら聞いている。

 妹の神宮寺は楓お姉ちゃんにべったり。

 何なんだよこの空間。


 それに引きかえ、真弓姉さんが普通に俺に話しかけてくる。

 成瀬の姉さんとは悪い意味で顔なじみ。

 小学校3年に初めて出会った同級生の成瀬結衣と、常にセットで付いてくる俺の天敵姉さん。



「高木君、ゆいちゃんは?」

「逃げられました」

「はぁ~だよね~」



 成瀬の姉さんは悟っていたかのように深くため息をつく。

 成瀬が来ないって、なんで真弓姉さん分かってたんだ?


 白い石段の渡り廊下の延長。

 俺も上履きを脱いで、芝生に敷かれたシートに座る。


 木蔭で魔法瓶に入れていたであろう紅茶を囲んでいる。

 シートの上にクッキーのような洋菓子。

 絵に書いたような女子のお茶会の様相。

 ここでいつもなにやってんだろ?



「高木、さっさと食べちゃいなさいよ」

「分かりました、そうさせてもらいます」



 弁当箱が2つ入ったバックから、先に成瀬から渡された紫色の手提げ袋に入った弁当を取り出す。

 この2つの弁当箱で俺のバックパンパン。

 しかも重いし、もう全部食べてしまおう。

 弁当箱を開く。


 マジか。

 玉子焼き。

 ハンバーグにケチャップのってる。

 タコさんウインナーが2つ、つまようじに突き刺さってる。

 絵に描いたような理想的男子弁当。

 成瀬結衣の女子力半端ない。



「あっ、その玉子焼きは私が作ったやつだよ」

「マジっすか姉さん。ありがたくいただきます」

「1個5000円ね」

「ブッ!?マジすか、これ有料!?」

「あはは、冗談冗談」

「ふふ」



 楓先輩に隣で笑われてる。

 そんなに俺と真弓姉さんの話が面白いのかな先輩?

 楓お姉ちゃんにベッタリの妹の神宮寺が俺の成瀬弁当を覗き込む。



「シュドウ君、それおいしそう」

「タコさんウインナーか?」

「タコさん?」

「欲しけりゃ食えよ、ほら、やるよ」



 成瀬が作ったタコさんウインナーが2つあったので、妹の神宮寺に弁当箱をそのまま差し出す。

 タコさんウインナーに興味津々の神宮寺妹。

 


「高木君、悪いわ」

「いえ、大丈夫です先輩。俺、もう1つ弁当あるんで」

「なんだ高木。弁当作ってきてたの?」

「俺も弁当くらい作りますよ。2箱くらい余裕で食べれますって」

「さ~すが男の子。もらっちゃいなよ葵ちゃん、うちのゆいちゃんが作ったやつだけどね~」



 成瀬姉妹が俺に作ってくれた弁当箱を差し出し、つまようじに刺さるタコさんウインナーを1つ手に取る妹の神宮寺。



「タコさん」

「どうした?」

「可愛い」

「だな」



 つまようじに刺さったタコさんウインナーを指でつまんだまま持つ神宮司。

 すぐに食べずに、つまようじを指でクルクル回しながら360度の3次元鑑賞を開始した謎の女の子。


 彼女がウインナーを鑑賞中に俺は1つ目の成瀬姉妹愛情弁当を完食。

 普通に超うまかった、以上。

 ちゃんと弁当箱は洗ってから今晩成瀬の家に返す事にする。


 続いてバックから蓮見詩織姉さんに渡された紫色の風呂敷に包まれた弁当箱を取り出す。

 紫色の風呂敷とか、高級感が半端ない。


 今さらながら、紫色の風呂敷に包まれている高級感半端ない弁当箱に違和感を覚える。

 よく考えたら、この気合の入りようは一体なんだ?


 つまようじに突き刺さったタコさんウインナーの鑑賞が続く妹の隣。

 楓先輩が紫色の風呂敷に反応した。



「高木君、凄いわねそのお弁当箱」

「え?あはは、ま、まあその。気分と言いますか」

「ちょっと高木」

「えっ?なんです真弓姉さん?」

「それ、あんたが作った弁当じゃないでしょ」


 

 ギクッ。

 俺の事を小学3年生から知っている2つ上の成瀬真弓姉さんから手痛い指摘。


 当然俺がアパートで1人暮らしのズボラな生活をしている事も知っている。

 カップラーメンばかり食べてる俺が、まともに自炊なんてしているわけがない。

 そんな俺がいきなり紫色の風呂敷に弁当箱を包んで持ってくるわけがない。


 超怪しまれてる。

 俺を直視する野獣の疑いの目。


 俺が作ってきた弁当だなんて絶対に嘘。

 真弓姉さんにバレちゃってるよ絶対。



「ふ~ん」

「な、なんすか姉さん」

「開けてみようかその風呂敷」

「言われなくても開けますよ」



(ドックン ドックン)



 ヤバ。

 なんか心臓がドキドキしてきた。


 この場で、成瀬結衣の姉さんがいる前で、蓮見詩織姉さんが作ってくれたお弁当箱をオープンしなければいけないシチュエーションになってしまった。


 真弓姉さんの隣にいる神宮司楓先輩も俺が紫色の風呂敷に包まれた弁当箱に興味津々のご様子。


 いや。

 まあ落ち着け俺。


 ついさっきオープンした成瀬姉妹のお弁当と同じだって。

 玉子焼きにハンバーグ、タコさんウインナーでフィニッシュだ。


 見ろ。

 俺の目の前で、神宮司葵は未だにつまようじを指でつまんでタコさんウインナーをクルクル回しながら鑑賞している。

 俺は詩織姉さんのお弁当箱をさっさとオープンして胃袋へおさめるだけの簡単なお仕事。



(ドックン ドックン)



 なんだこれ。

 なんでこんなに心臓がドキドキするんだ?

 真弓姉さんたちに見つめられながら詩織ボックスの紫風呂敷をオープンさせられる羞恥プレイ。


 いや、なに考えてる俺。

 大丈夫。

 絶対に紫風呂敷の中身は普通の弁当箱。

 そして絶対この弁当箱の中身も、タコさんウインナーが満載されているだけの簡単なお話。


 じゃあなにか?

 マツタケでも入ってるのかこの弁当箱の中に?

 冗談きついぜ。


 そんな大それたもん、義理の弟に託すわけないだろ。

 大丈夫。

 絶対普通の弁当だって。


 それでも絶対普通じゃない、紫色の高級感満載の風呂敷弁当。

 半端ない高級感。

 だが俺はくじけない。


 紫の風呂敷がなんぼのもんじゃい。

 野獣、成瀬真弓、俺の行動に超注目。

 風呂敷の結びをほどく指が震える。

 


「ほら高木、さっさと中見せなさいよ」

「うるさいですって真弓姉さん。今集中してるんで、ちょっと黙っててください」

「ふふふ」



 詩織姉さんの弁当を食べないわけにはいかない。

 俺は震える指で、紫色の風呂敷をオープンする。



「な!?」

「キャーー!」

「あら、あらあら」

「ほえ?」



 テッカテカの黒い重段箱。

 2段重ねの弁当箱。


 漆器、ウルシ塗り。

 太陽光に反射して、キラッキラに輝く高級弁当箱。

 半端ない黒光り、半端ない高級感。

 いや落ち着け俺、ただの2段重ねの長方形の弁当箱に何ビビってるんだよ。



「ちょっと高木!そんな高そうな弁当箱、あんたが持ってるわけないでしょ!誰にもらった!白状しろ!」

「俺のです、俺の」



 嘘、全部ウソ。

 こんな漆塗り、テッカテカの黒い高級弁当箱、俺が持ってるわけがない。

 弁当箱の表面には紫色の花が艶やかに咲いている。

 黒を基調としたお弁当箱に、1つの紫の花がより高級感を引き立てております。


 このクソ高そうな弁当箱の中にタコさんウインナーが満載されているとはとても思えない。

 お願いだから詩織姉さん、頼むからもうやめてくれ。


 恥ずかしい。

 もしこの弁当箱の中身がタコさんウインナーレベルじゃなかったら、絶対俺が作った弁当じゃないってすぐにバレてしまう。

 真弓姉さんにこの弁当箱の中身を見られてしまったら、後で妹の成瀬結衣に絶対に報告されてしまう。

 

 この高級弁当箱の中は、まだ金箔(きんぱく)キラキラの(たい)やマツタケ弁当だと決まったわけではない。





「高木、早く開けや」

「分かってます、分かってますから姉さん」

「私が開けて上げようかそれ?」

「ダメですって!」

「休憩時間終わるから、さっさと食べちゃいなさいよ」

「分かってますって。もう少し心の準備させて下さいって」

「ふふ」



 詩織姉さんの弁当を食べないわけにはいかない。

 これ食べないでそのまま持って帰ってみろ。

 今度はなにさせられるか分かったもんじゃない。

 

 入試問題知ってたのバレてる。

 俺は詩織姉さんには絶対服従。

 俺は震える指で、ついに高級弁当箱を、意を決してオープンする。



(パカッ)



「嘘だろ!?」

「キャーーー!!」

「まあ!」

「ほえ?」




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