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37.第5章<歌会始>「イングリッシュフライデー」

(ピコピコ~)



「いらっしゃいませ~」



 金曜日の朝。

 始めての週末を向かえる今日。


 朝からコンビニでアルバイト。

 もうすぐ8時、学校に向かう時間になる。

 今朝の俺はかなり寝不足だった。


 理由は昨日の夜、未来ノートに映し出された英語の小テストの答えらしきものを暗記するため。

 紫色に浮かび上がる文字。

 予見していない、俺が把握していない英語の小テストが浮かび上がる事自体、不自然な現象。


 眠気マナコをこすりながら、俺は日付が変わるギリギリまで紫色の答えに目を通した。

 辞書が家に無い俺の経済事情とやる気の無さ。

 スマホも無い。

 問題が分かっていたところで、答えの調べようがない英語。

 

 もうこの紫色の答えを信じて覚えるしかなかった。

 2ページ目の英語の小テストに映し出された紫色の英語の答え。

 1ページ目の化学の小テストに映し出された赤い答えが、100%問題の正答であると分かっていたからこその暗記行動。


 将来予想していない未来の小テスト。

 すなわち、今日以降に行われる抜き打ちテストの実施を未来ノートが予告してきた。

 これまでに無かった現象。

 これまでは入試など、あらかじめ俺が未来で受けると分かっていたテストだけノートは予告した形で1ページ目から問題を見せてきた。


 さらにおかしな現象は続く。

 空欄だったはずの問題の解答欄。

 白いマスに、紫色で英語の解答のようなものが浮かび上がる。


 直前の未来ノートには化学の小テストまで赤く答えが映し出された状態で1ページ目に表示される異常事態が発生。

 未来ノートはやはり壊れている。

 少なくとも、俺が中学3年生の時に手にした時とは違うノートに生まれ変わっているのは間違いない。


 未来ノートには1ページ目に化学の小テストの問題が赤い解答が浮かび上がった状態で表示された。

 2ページ目には英語の小テストの問題が紫色の解答が浮かび上がった状態で表示されていた。


 今日金曜日の授業は2限目に化学。

 4限目に英語が行われる。


 未来ノートの最初の1ページ目。

 未来ノートはこれまで、俺が受ける将来のテストの順番に問題を1ページ目から映し出してくれた。

 

 その法則に狂いがなければ、今日2限目の化学の授業で抜き打ちの小テストが実施される可能性が高い。

 その抜き打ちテストの問題、それは元素記号。

 水平リーベ、僕の船。

 未来ノートの答えを見るまでもない。

 もう俺は完全にこの答えをマスターしていた。


 元素記号には自信があった。

 昨晩、太陽とのあの特訓がさっそく役に立ちそうだ。


 持つべきものは、心優しい理系の親友。



(ピコピコ~)



「いらっしゃいませ~」

「守道さん」

「詩織姉さん」



 持つべきものは英語が得意な、心優しい家族。 





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 御所水通り。

 俺の自宅アパートから平安高校まで続く大通り。

 

 2車線の車道。

 朝8時前。

 朝の通勤ラッシュ時間帯。

 車道には、多くの車が行き交っていた。


 御所水通りの街路樹。

 いちょう並木が視線の先まで続く。

 秋になれば、このいちょう並木が街を黄色に染める。


 平安高校までの道のり。

 詩織姉さんと2人で並んで歩く。


 春の御所水通り。

 緑色の並木が続く。

 朝の日差しがとても心地よい。


 野球部の太陽は入部テストに合格し、今日も早朝から朝練に励んでいるはず。

 並んで歩く蓮見詩織姉さん。

 ただ黙って、俺の隣を歩いている。


 不思議な姉さん。

 まだ親は籍を入れていない。

 他人なんだけど、他人じゃない。

 不思議な現在地。


 詩織姉さんはいつも神秘的で、不思議な女性。

 いつも何を考えているのか、俺にはさっぱり分からない。

 なんで俺が1月の時点で平安高校の入試問題を知っていたのか、校舎の屋上で言われて以降、あれ以上問い詰められる事は無かった。



「守道さん」

「はい」

「今日はレッスン2」

「分かってます」

「さぼらない」

「分かってますって」



 とかく英語に関しては鬼家庭教師と化した蓮見詩織姉さん。

 優しい口調でさぼらないよう、俺にハッパをかける。



「今日から中間テストまで毎週金曜日、わたしの部屋に来るように。1週間分の成果を毎週チェックします」

「ええ!?」

「ふふっ」



 いきなり中間テストまで毎週金曜日に、詩織姉さんの部屋で英語のお勉強会が決まった。

 いつの間にスケジュール組まれた?

 無表情だった詩織姉さんの口元が一瞬緩んだようにも見えた。


 姉さんの部屋に毎週金曜日家庭訪問?

 昨日行ったばっかりだって。

 毎週金曜日勉強会とか、おかしいよこの話。 



「姉さん、さすがにそれは」

「許しません」

「うっ」



 姉さんには未来の問題を知っている事をすでに握られている。

 姉さんはそれが分かっていて、俺が従わざるを得ない状況を楽しんでいるようにも見える。

 英語の勉強の強制。

 俺の意志を挟む余地はない。

 すべては姉さんの命令通り、従うしかない。


 入試問題を知っていたとバレたら、もうその瞬間、俺はこの高校にはいられなくなる。

 俺の弱み、人生そのものを握られてる。

 俺はまな板の上の鯉。

 ただ姉さんにサバかれるだけの存在。


 姉さんが1言誰かに喋れば、途端に俺の人生そのものがひっくり返る。

 姉さんには絶対に、何があっても逆らえない。


 俺は学校でも外でもラジオ英会話を聞けるように、姉さんから与えられた紫色のスマホをカバンに入れていた。

 去年のラジオ英会話のテキストも一緒。


 そして姉さんにもまだ話していない事が1つ。

 俺のカバンの中には、紫色のCDプレイヤー。

 そして2年前のラジオ英会話のテキストが1冊。


 2年前の4月号。

 そして、1年前の4月号の2冊がカバンに入っている。


 先にラジオ英会話をやるように言ってきたのは詩織姉さんが最初。

 昨日の夜。

 同様の事を幼馴染の成瀬結衣からも提案された。


 突然2年前のラジオ英会話1年分をやると言ってきた成瀬の提案を断ろうと一瞬思ったが、特大のチョコレートケーキを焼いてきた成瀬の気迫に圧倒された。

 結局俺はどちらの提案も断れず、しばらくラジオ英会話を2年分同時に進める事になってしまった。


 昨日のあんな真剣な話をしてくる成瀬。

 あの気迫。

 俺、今まで成瀬のあんな顔見た事無かった。


 それだけ俺の赤点が周りの人に影響を与えてしまった。

 平安高校に入学した責任。

 身の丈を超える高校に進学した影響は、俺1人では留まらなかったようだ。



「守道さん」

「はい」

「次の英語のテスト」

「英語の?小テストの事言ってます姉さん?」

「次も結果が思わしくないようでしたら、もう一緒に住みましょう」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 平安高校の正門まで到着。

 正門から校舎までの桜並木。


 先日の雨で、桜は一気に散ってしまった。

 ここの桜並木を拝めるのは、もう来年になってしまう。


 学力テストでいきなり赤点を取った俺。

 来月の中間テストで2回目の赤点を取れば、総合普通科へ転落。


 桜の花がすっかり散ってしまった今年の平安高校の桜並木。

 俺は来年、この桜並木を、詩織姉さんと一緒に歩く事が出来るのだろうか。




「守道さん」

「詩織姉さん?」



 1年生と2年生は同じ第一校舎に入る。

 暗い事ばかりを考えてながら、いつの間にか校舎の下駄箱まで到着していた。

 突然詩織姉さんから何かを渡される。

 


「これって」

「お弁当箱は、今日家に来る時に返して」

「……分かりました」



 2年生の蓮見詩織姉さんから、校舎1階で別れる前に、紫色の風呂敷に包まれた弁当を渡される。


 お弁当とか、いつぶりだろう。

 母さんに作ってもらって以来のお弁当。

 


『守道さん』

『母さん』



 紫色を好んでいた母さん。

 俺の事を、父さんが居ないときは、守道さんとふざけて呼んでいた母さん。

 詩織姉さんの姿が、どうしても母さんの生きていた頃に重なる。


 カバンがまた重たくなる。

 その重たさが心地よく感じる。

 今日のお昼、楽しみが1つ増えた気がする。

 詩織姉さんと笑顔で別れる。


 1年生と2年生が入る第一校舎。

 その3階に1年生、特別進学部のクラスが3つ並ぶ。

 S1クラス、S2クラス、SAクラス。


 3階の一番奥に位置する、総合普通科とは隔離された世界。

 その特別な生徒たちの中に、平均、いやそれ以下の生徒が1人異質に混じっている。


 俺だけが感じる孤独。

 この特別進学部で、ただ1人学力テストで赤点を取った恥ずべき生徒。



「おはよう高木君」

「成瀬。昨日はサンキュー」

「ううん」



 成瀬結衣とクラスに入る前に出会う。

 出会うというより、待ち伏せされていた気もする。

 ここはS2クラスの前の廊下。


 昨日は成瀬に、もうお互いしゃべらない方が良いとか、悪い事を言ってしまった。

 成瀬は朝から笑顔で俺に声をかけてくる。

 いつもの、俺の知ってる、可愛い笑顔の成瀬結衣がそこにいた。



「今日はレッスン2です」

「ええ!?昨日レナちゃん、異世界転移したばっかりだって先生」

「さぼらないで下さい」

「いや、実はさ成瀬」

「さぼらない」

「分かった、分かったよ」



 成瀬が鬼気迫る主張。

 いつも自己主張をあまりしない成瀬。

 太陽と一緒に3人でいて、彼女が自分の意見を押し通すところを俺は見た事がなかった。


 あの太陽への告白、後にも先にもあの1回だけだった成瀬結衣が自己主張して俺に迫る。

 しかも俺に英語の勉強しろって、正論過ぎる。

 赤点取った俺、もう後がない俺、反論できない。



「ラジオ英会話は1週間単位が基本です」

「は、はぁ」

「中間テストまで毎週金曜日、1週間分ちゃんとやったかチェックします」

「ええ!?ちょっと待ってよ先生。俺、金曜日用事があってさ」

「アルバイト?夜でも良いから、うちに来て下さい」

「夜!?」



 ヤバいヤバい。

 成瀬先生が詩織姉さんとまったく同じ事言い出した。

 ラジオ英会話聞いてる女子の発想がまったく同じ過ぎる。

 やっぱりヤバいんだってこのテキスト。


 しかも毎週金曜?

 今日金曜だけど昨日から1日しか経ってないよ。



「先生、今日はお休みで来週から」

「許しません」

「マジか」



 先生が初日だから今日も英語やるぞとおっしゃられてる。


 昨日さんざん、ラジオ英会話のテキストのやり方を成瀬先生からレクチャーされていた。

 向こう1週間分を音読、ノードにひたすら書く、ラジオ聞く。

 成瀬先生は、毎週金曜日に先週のテキスト1週間分を真面目に勉強していたかチェックすると言い始めた。


 詩織姉さんと全く同じやり方。

 しかも去年と2年前でテキスト違うし、家庭教師も違うし。

 俺、今ラジオ英会話2年分やる羽目になろうとしてる。

 絶対死ぬ、全然余裕なくなっちゃうよ。



「夜はやめとこうぜ先生」

「お姉ちゃんが監視するから大丈夫です」

「真弓姉さんそこで出すなって。先生と姉さんに見張られてたら集中できるものも集中できないんだって」

「ふふっ」

「なにがおかしいんだよ」

「昨日の高木君、なんだか可愛いなって思って」



 昨日のあのタドタドしいスピーキングさせられた俺が、可愛いだと?

 俺の赤点に錯乱して、ついにおかしくなったか成瀬先生。



「というわけで、はいこれ」

「はっ?」

「お弁当です」

「嘘だろこれ先生。これ食って英語頑張れってか?」

「そうです。もう赤点取らないで下さい」

「うっ」



 成瀬先生からお弁当を渡される。

 お弁当は、紫色の手さげ袋に入れられていた。

 なんか英語の勉強始めてから最近、紫ばっかり見るようになってきた気がする。


 俺の中で紫イコール英語になりつつある。

 マジかよこれ。

 トラウマになるだろ。

 これは未来ノートの呪いだったりするのか?

 ノートを使い過ぎて、なんだか俺頭おかしくなってきたのかも。


 それにしても成瀬、先生になった途端、2コト目にはすぐに赤点赤点を連呼して俺を従わせるようになってしまった。

 赤点取ってる弱み。

 たしかに来月中間テストで赤点取ったら、奨学金はもらえないわ、総合普通科に転落するわ、悲惨な未来しか待っていない。

 もう後がない俺。


 成瀬先生はそれを良い事に、俺を英語の勉強漬けにする気満々。

 なんか、小学生の時から平安高校に進学してすっかり立場が逆転してしまった気がする。

 成瀬に凄いいじめられてる気分。

 なんだかシャクに触る、でも頼りにならない未来ノートには完全には頼れない。

 とにもかくにも勉強するしかない俺。


 やるしかないのか?

 詩織姉さんと成瀬先生の英語ラジオレッスンの、中間テストまで毎週金曜日ダブルヘッダー。

  

 いや、ちょっと待て。

 ここまでの話、整理しろ俺。

 詩織姉さんも、成瀬先生も、俺のアパートに来るんじゃなくて、家庭教師の家に来いと言ってる。


 てか生徒の俺がなんで家庭教師の家に逆に行くんだよ。

 おかしいだろ。



「じゃあ高木君、今日からお勉強頑張ろうね」

「ちょ、ちょっと待ってよ先生」

「バイバイ~」



 成瀬先生が笑顔で手を振りながら、S1クラスに消えていく。

 彼女の手の上で踊らされてる感覚。


 本当に。

 彼女を小さい時からイジメていた俺が。

 高校生になって。

 逆にあの子から勉強でイジメられるようになってしまった。



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