31.「あなたのもとへ」
蓮見詩織姉さんに連れられ、紫穂や父が同居する家に初めて足を踏み入れる。
自分の家といった気持ちはまだわかない。
俺は1階のリビングに通される。
リビングには大きなソファとテレビが置かれる。
奥には台所が見える。
まるで、違う世界に来たような感覚。
「ここで待ってて」
「はい」
詩織姉さん。
この人にはもう逆らえない。
誰にも聞かれない。
誰にも見られない場所。
2人きりの場所。
もうどこにも、逃げる事は出来ない。
俺を実の弟のように接してくれた。
この高校に入る前からずっと。
俺は姉さんの優しさに甘え続けた。
その関係も、学力テストの結果を機に失われるものだとばかり思っていた。
今日、昼間の休憩時間。
詩織姉さんから告げられた真実。
俺がみんなに隠していた、平安高校特別進学部合格の秘密。
入学してすぐ。
事もあろうか、詩織姉さんに。
真実を、悟られてしまった。
リビングのソファに座り、下を向きうなだれていた俺。
リビングのドアが開く。
「お待たせ」
私服に着替え、姿を現した詩織姉さん。
紫色のカーディガンを羽織る。
歳が1つ上の姉さん。
大人の雰囲気。
その凛とした美しさに絶句する。
「こっち」
「はい」
姉さんは多くを語らない。
いつも謎めいた雰囲気のある姉さん。
仕草も振る舞いも上品で、女性らしくて。
ただ傍にいるだけど、胸がドキドキしてくる。
ついてくるように言われ、姉さんの背中を追う。
リビングを出て、階段を上がり始める詩織姉さん。
2階に上がると、部屋がいくつか見える。
さらに上に上がる階段が奥に見えた。
屋根裏へ続く階段だろうか?
詩織姉さんは、2階に上がってすぐ左にある、細長く綺麗なステンドグラスがドアに埋め込まれた洋室に向かう。
「こっち」
逃げ出したい。
本当は、この場からすぐに逃げ出したい。
未来ノートの存在、未来の問題が分かっている事が、姉さんには知られている。
逃げられない。
姉さんには、絶対に、逆らえない。
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~~~~高木紫穂視点~~~~
「ただいま~って、靴2足!?」
高木紫穂。
中学2年生。
思春期真っ只中。
高木家、新居の一戸建て。
外は雨模様。
傘をたたみ、玄関のドアを開ける。
不自然な光景にすぐ気付く妹。
二足の平安高校指定の学生靴が玄関に並ぶ。
一足は女子用、姉のいつも綺麗な靴。
もう一足は男子用、少し汚れた靴が並ぶ不自然な光景。
「お姉ちゃんの男?」
中学2年生。
思春期の妄想が爆発。
お姉ちゃんの男、捜索開始。
(ガチャ)
「いない」
一階のリビング。
ドアを開けるが、リビングには誰もいない。
父、そして新しい母は仕事で、深夜まで帰らない。
「嘘でしょ。まさか、2階!?」
戸建ての一軒家。
2階には3つの洋室。
一つは高木紫穂の部屋。
一つは未だに同居しない兄、高木守道の部屋。
最後の一つ、新しい姉、蓮見詩織の部屋。
(「……無理です……」)
(「……大丈夫だから……」)
なにこの声!?
2階から。
なんか。
なんか変なの聞こえる!?
2階への階段。
音を立てないよう、細心の注意を払いながら移動を開始する妹。
階段を一段ずつ。
音を立てないよう、慎重に歩を進める。
徐々に声が大きく聞こえてくる。
2階に上がり左手、姉の部屋。
ステンドガラスのドアの向こう側から。
男女の声が聞こえてくる。
(「……無理ですって……」)
(「……教えてあげる……」)
なにを。
なにを教えるですって!?
てかお姉ちゃん。
男、部屋に入れてる!?
私だって
私だって。
お姉ちゃんのお部屋。
まだ入った事無いのにーーーーー!!
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「姉さん、俺もう帰ります」
「許しません」
「うっ」
姉さんの命令は絶対。
俺に選択肢は与えられない。
私服に着替えた詩織姉さん。
紫色のカーディガンを羽織る。
1つ年上の女性を目の前に、胸の鼓動が止まらない。
俺が平安高校の入試問題を知っていた事実を、詩織姉さんは聞こうともしない。
ここに来るまで、未来ノートのミの字も俺は口にしていない。
白いノートの存在はまだ一言も触れてはいない。
聞かれてもいない。
気にならないのか?
聞く気が無いのか?
姉さんはいつも、何を考えているのか分からない。
それどころか。
詩織姉さんの不思議な行動。
姉さんの部屋にある小さな机。
俺と姉さんは、小さな机に並んで座る。
俺のすぐそばに座り。
小さな机に、姉さんは1冊の本を置き開く。
「ラジオ英会話?」
「始めるわよ守道さん。今日のラジオの回、テキストをまず読んでみて」
「……」
「守道さん」
「……はい。Shiori this is for you」
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~~~~高木紫穂視点~~~~
(「Shiori this is for you――」)
し・お・り……これをあなたに捧げます!?
なんですって!?
てか。
よく聞いたらお兄ちゃんの声!?
なんでうちに?
あんなに嫌がってたのに。
どうしてお姉ちゃんのお部屋にいきない入ってんのよ!?
しおりに捧げますですって?
(「Roses are red……voiolets are blue――」)
よく聞こえない。
バラは赤く……発音いい加減。
スミレは青く?
なに言い出したうちのお兄ちゃん?
(「If I were a bee……I would fly to you――」)
もしもわたしがハチならば……あなたのもとへ飛んでいくでしょう!?
な~~~~に言い出したバカ兄貴!!
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「I would fly to you……あ、あの姉さん。このテキストなんか変な」
「続けて」
「はい……」
ラジオ英会話って、存在は知ってたけど、実際本を開いてみるのは初めてだ。
なにこのストーリー?
アンディーがシオリに告白するシーン?
ラジオ英会話ふざけ過ぎでしょ。
そういえば成瀬も毎日ラジオ英会話聞いてるって話してたな。
成瀬もこんなストーリーずっと毎日聞いてるのか?
今日のお茶の間のラジオに流していい内容じゃないってこれ。
いや、全然意味分かんない。
そもそも俺、今姉さんと一体なにやってんだ?
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~~~~高木紫穂視点~~~~
(「続けて」)
(「はい……Will you go out with me,Shiori?」)
つ・き・あ・ってくれる……しおり!?
なに~~~~~~!?
バカ兄貴、一体なに言ってんの。
(「Yes」)
え~~~~~!?
この2人。
一体。
どうなってんのーーーーーー!!