27.「挫折」
朝、平安高校の正門まで到着。
その門をくぐり、桜並木を1人で抜ける。
空はどんよりとした、厚い雲に覆われている。
天候は曇り。
昼から雨が降り出す予報。
校舎前に何やら生徒たちの人だかりができていた。
その生徒たちの視線の先。
校舎の前に掲げられた大きなボードが遠くからでも目に付く。
「おはよう~何あれ?」
「見て見て、特別進学部でこの前あった実力テストの結果」
完全実力主義。
平安高校の特別進学部。
ボードには、特別進学部に所属するすべての生徒の実力テストの結果が掲げられていた。
登校時、総合普通科の生徒も混ざる。
そのボードを目にした学生たちから、どよめきと驚きの声が学校中に響き渡る。
「実力テスト、これ特進の人全員の成績?」
「ちょっと見て、なにあれ、嘘でしょ!?」
驚愕の結果に目を疑う生徒たち。
その悲鳴にも聞こえるどよめきが起こっている。
段々と状況を理解してきた。
このボードは、この前俺が受けた5科目超難問だった学力テストの結果を公表するボードだった。
テスト実施教科は5科目『国語総合』『数学』『英語』『理科』『現代社会』の各100点。
合計500点満点で実施された。
1年生の特別進学部だけに実施された学力テスト。
S1、S2、SAの各30名前後の成績だけが掲示されていた。
ここからではよく見えない。
ボードに向かって歩みを進める。
周囲の視線が俺に向いている。
冷たい視線。
腫れ物に触らないようにする一定の距離間。
言い知れぬ疎外感を感じる。
この高校に来て初めての感覚。
ボードが近づく。
ちゃんと全力で予習したし、大丈夫だよな俺。
今の俺にやれる事は全部やってテストに臨んだ。
赤点とか、マジで勘弁してくれ。
悪い点数なのは分かってる。
成績順に名前が書かれたボードの一番下から自分の名前を探す。
36位…… 302点――――― S1クラス
――――――――― S2クラス
――――――――― S2クラス
――――――――― SAクラス
――――――――― S2クラス
――――――――― S2クラス
87位…… 236点――――― SAクラス
88位…… 232点――――― S2クラス
89位…… 230点――――― SAクラス
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
90位…… 140点――――― S2クラス 高木守道
※平均点290点
終わった。
もう疲れた。
平均点は290点。
赤点のラインは平均点の半分。
よって赤点ラインは145点。
俺の5科目の総合成績は140点。
仮に古文の問題が10点加わっていたとしても、赤点ラインにすら届かなかった。
ボードをチラ見して、すぐにその場を後にする。
周りの冷たい視線。
結果は俺自身が一番よく分かっていた。
だから成績ボードの一番下から確認した。
結果は想定の範囲内。
でも。
あと。
あと5点。
せめてあと5点以上、なにか問題を1・2問解けていれば、正答できていれば。
赤点なんか取る事は無かった。
赤点ライン145点。
あと5点及ばなかった。
それが。
今の俺の実力。
年間の成績なんて、昨日の小テストなんて関係ない。
赤点2連発。
来月5月に行われる中間テストにも、俺の総合普通科への降格が決まる赤信号が灯った。
なんであとちょっとだけ点数。
未来ノート、なんでだよ。
なんで全部問題見せてくれなかったんだ。
S2クラスの入口まで到着する。
クラスの前の廊下。
成瀬の姿がそこにあった。
「高木君」
「成瀬、ごめん。もう俺たち、話さない方が良い」
「ちょっと待って高木君」
俺は成瀬を拒絶した。
あまりにも惨めな自分の姿を、これ以上彼女に見せたくはなかった。
こんな最下位の点数取ってる俺と廊下で話なんかしていたら、成瀬が噂の標的にされてしまう。
彼女を廊下に置き去りにして、S2クラスに入る。
クラスの中から話し声が聞こえていたのに、俺が教室に入るなり、途端に席に戻り、静まり返るS2クラス。
一番後ろ、中央の席に座る。
いつになく静かな朝の教室。
俺の成績が周りに及ぼす影響。
テストで好成績を取れれば、太陽と成瀬との3人の関係維持が出来るとさえ考えていた。
だから未来ノートを使い続けた。
そして。
ノートに裏切られた。
情けない。
本当に情けない。
(バンッ!!)
「ひっ!?」
「お・は・よ・う」
「お、おう」
「グジグジいじけてんじゃね~し」
机でうなだれていた俺に、突然の衝撃音。
机を力いっぱい叩かれ、思わず声をあげてしまった。
誰だっけ、あの茶髪の女の子。
そういえば昨日、英語コミュニケーションⅠで名前言ってたっけ。
思い出せない。
なんで今、俺なんかに挨拶してくれた?
「やあおはよう」
「え?誰だっけ?」
「はは、結城数馬。昨日英語で一緒の班だったよね?」
「あ、ああ」
「その様子だと、相当参ってるね」
「赤点取って、平気な奴がいるわけないだろ」
昨日英語コミュニケーションⅠで同じ班だった男子が俺に話しかけてくる。
なんで赤点取った俺にわざわざ声かけてくるんだよ。
「高木守道君、だったよね」
「なんで俺の名前覚えてんだよ」
「はは、昨日班が一緒だったし、今朝は下のボードも見たからね」
「一番目立つ位置だったもんな俺の名前」
「そんな自虐的に言わないでよ守道君」
「馬鹿にしてもらった方がもっと楽だよ」
「まあまあ」
結城数馬。
クラスの女子からも噂話が絶える事のないイケメン男子。
こいつ、不思議と他の男子とつるんでるの見た事が無かった。
なんで今日になってわざわざ俺に声をかけてくるんだ?
もうすぐホームルームが始まる時間だっていうのに、結城数馬は構わず俺の隣に立って話しかけてくる。
「失敗したら次頑張れば良いだけの話じゃないか」
「前向きな事言って。まるで……」
「はは、朝日太陽君みたいだなって事かい?」
「お前、なんで太陽の名前知って」
「おいシュドウ!」
「た、太陽」
「おっと、これはこれは」
隣のSAクラスにいる太陽が突然俺のいるS2クラスに入ってきた。
血相変えた顔。
太陽は今日から野球部の朝練を、授業開始前のギリギリまでこなしていたはず。
校舎下のボードを見て、俺の悲惨な学力テストの結果に気づかれたようだな。
「やあ朝日太陽君」
「数馬、今はお前は関係ねえ。ひっこんでろ」
「おっと、これは失礼」
「お前ら2人知り合いだったのか?」
「それよりシュドウ。お前に言いたい事があってきた」
「な、なに?」
突然のSAクラスからの来訪者。
朝日太陽の登場に静まり返っていたS2クラスのクラスメイトたち全員の視線が集中する。
「シュドウ」
「お、おう」
「特訓だ」
「は?」
「今日から俺が勉強教えてやる。絶対に来月の中間テスト、赤点なんか取るんじゃねえぞ」
(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)
「おや?SAクラスの生徒、早く戻りなさい」
「う、うっす。いいかシュドウ、落ち着いたら声かけるから、気合入れろ、前を向けよ、じゃあな」
S2クラス担当の藤原宣孝先生が教室前の入口から姿を現した。
朝日太陽の姿を見て、SAクラスに戻るよう声をかける先生。
「今日のホームルームは自習とします。高木守道君」
「……」
「皆さん、時間になったら1限目の授業に間に合うよう移動をお願いします」
太陽の言葉が、あまりにも重く、俺の胸に突き刺さる。
親友の期待に応えられなかった悔しさで、胸が、張り裂けそうになっていた。
教室の後ろの入口から、どこへ向かうか知らない場所へ。
藤原先生に連れられて、2人で教室を後にした。




