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23.「太陽の本心」

~~~朝日太陽視点~~~



「真弓先輩、うっす!」

「真面目だね~太陽君」 



 ついに俺の運命の日がやってきた。

 野球部の入部テストの結果が言い渡される日。

 昨日体力テストと実技テストが実施された。


 体力テストはグラウンドを10周、参加したのは1年生の新入生たち。

 昨日テストが実施される前に開かれた、野球部の入部説明会。


 野球部監督の名前は迫田(さこた)監督。

 平安高校を京都の名門校に鍛え上げた実力者。


 県大会、地方予選であぐねていたかつての弱小、平安高校野球部。

 迫田監督が就任し、私立高校創立以来、初の甲子園出場と初の優勝を飾る快挙を成し遂げた。

 一躍全国規模の有名校にした実績。

 迫田監督は地元の高校球児なら誰もが知る名監督だ。



「わたしは力になれないけど、監督にはおススメの選手ですってちゃんと言っておいたわよ」

「うっす。ありがとうございます真弓先輩」



 結衣の姉さんは1年生の時からの野球部のマネージャー。

 俺は結衣の告白を……それでも俺に気を遣ってくれる真弓先輩に頭が上がらない。



「そうそう。高木が今晩、太陽君の家に行くって言ってたよ~」

「シュドウが?そうですか、ありがとうございます」

「モテモテだね太陽君~」

「はは、うっす」

「もうすぐ結果発表だから、わたしも幸運を祈ってるわ。頑張ってね」

「はい」



 真弓先輩、超美人で優しい俺の憧れる先輩の1人。

 真弓先輩は先に野球部の部室へと向かっていく。

 3年生の成瀬真弓先輩。

 あの部室の中には、きっとあの人も……。


 さて。

 俺も気合を入れて結果発表に臨むとするか。



「やあ、朝日太陽君」

「か、数馬!?なにしに来たんだよてめぇ」

「ははは、つれないな~」

「気持ちわりぃから、俺の傍に近寄るんじゃねえよ」

「まあまあ。体力テスト、良かったね最後1番で」

「ふざけやがって!最後に手抜いたの俺は今でも怒ってるんだぞ!」

「知らないな~僕はいつでも全力。昨日君が一番だったのは君の実力だよ」

「嘘ついてんじゃねえよ!」



(「入部テストの結果発表を行う!1年生、さっさと部室に入れ!」)



「う、うっす!」

「さあ、行こうか朝日君」

「離れろって言ってんだよ数馬!」







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






~~~成瀬結衣視点~~~




 朝日君の入部テストの結果が分かりました。

 お姉ちゃんからテストの結果を聞いて、もうどうしていいか分からないくらい嬉しかった私は、ある物を作って朝日君の家の前までやってきました。



『ゆいちゃん。それ渡すんなら早い方が良いわよ』

『どうしてお姉ちゃん?』



 真弓お姉ちゃん。

 まるで、誰か他の人でも訪ねてくるような言い方だったな。


 時間はもう夜8時。

 朝日君の家の前まで来るには来たんだけど。


 勇気がなくて、呼び出しのボタン押せない。

 どうしよ。

 せっかくおめでとうって、これ、渡そうと思ってきたのに。

 また、断られちゃったらどうしよう。



(ガチャ!)



「シュドウか?」

「朝日君!?」

「なんだ結衣か。どうしたこんな時間に?」



 どうしよ。

 なんで呼び出しも押してないのに出てきちゃうの朝日君?



「あ、その、今日の入部テスト、合格おめでとう」

「おう。サンキュー結衣。それ言いにわざわざ来てくれたのか?」

「うん。あ、あのね」

「シュドウか」

「えっ?」



 やだ。

 高木君来ちゃった。



「おい結衣、どこ行くんだよ」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 太陽の家に向かう、時間は夜8時過ぎ。

 太陽は家にいるはず。


 太陽の家の前に到着すると……玄関の前で話し込む男女2人の姿。

 女の子が振り向く。


 成瀬だ。


 成瀬は俺に気付くと、慌てた様子で何かをカバンに仕舞い込む。

 俺にお辞儀を一度して、無言でその場から走り去ってしまう。


 何か俺、タイミング悪かったのかも。

 玄関前に立つ太陽と目が合う。



「悪い太陽、俺今来ちゃいけなかったな……」

「そんな事ねえよシュドウ。お前が来るのは真弓先輩から聞いてた」

「そうか、そういえば姉さんに頼んでた。ちゃんと伝えといてくれたんだな」

「なあシュドウ」

「お、おう。どうした?」

「ちょっと俺に付き合わないか?」



 太陽に誘われて、太陽の家の近くにある公園に場所を移す。

 照明1つだけに照らされる公園。

 太陽がよくトレーニングに使ってる小さな公園。


 おじいちゃんやおばあちゃんたちが、日曜日には毎朝グラウンドゴルフをしている公園。

 8月の夏休みには毎朝ラジオ体操も開かれている。


 小学生の8月。

 俺が前日夜中まで遊んで寝坊していると、自宅のアパートに太陽と成瀬が2人でよく迎えに来ていた。



『おいシュドウ。起きろ、ラジオ体操行くぞ!』

『俺今日パス』

『高木君。あと3日頑張ったら、無料のお菓子沢山もらえるよ。頑張ろうよ』

『無料のお菓子!?行く、ちょっと待って』



 8月には夏祭りもある。

 毎年成瀬も姉さんと一緒に参加してて、毎年成瀬の可愛い浴衣姿を見るのが俺の毎年の楽しみの1つだった。


 公園のベンチに2人で座る。

 夜空に綺麗な星が輝く。



「空の星綺麗だろシュドウ。あの7つ光ってるのが北斗七星だな」

「あ、あれなら俺も知ってる。太陽、昔から詳しいよな星座とか」

「まあな。あの先に北極星が見えるだろ?」

「もう見つけたのか!?う~んあれかな~」

「ははは、遅いぞシュドウ」

「うるせえよ」



 4月の第1週。

 女の子と付き合ったことも無いモブ男の俺に、星座の知識なんて無駄の一言。

 その点太陽は男子力が高すぎる。


 今からでもいいからここのベンチに成瀬を連れてきて、今の星座の話をしてやればいい。

 成瀬は太陽の事好きなんだから、絶対嬉しいに決まってる。


 高校生になっても太陽とこうしていられる事は嬉しい。

 この高校に来て良かったと感じられる瞬間。


 無言で走り去った成瀬の事が気になるが、今は話題に出さない方がいい気がする。

 今日俺がここに来たのは、太陽の入部テストの結果が知りたかったから。

 


「どうだった結果」

「バッチリ、明日から野球部の一員だな」

「マジか、すげえな太陽」

「まあな」



 地元の名門、平安高校の野球部に入れたなんて普通の努力じゃ到達できないはず。



「28人中20人!?残り8人は?」

「脱落。これでも定員すでに2人オーバーだってよ」

「マジか。学年で20人しか入れないんだな、厳しいよなそれ」

「まあな」

「おめでとう太陽」

「おう」



 こぶしとこぶしでグータッチ。

 やったな太陽、俺も本当マジで嬉しい。



「明日から頑張れよ」

「お互いな」

「おう……ちょっと良いかシュドウ?」

「ああ、どうした太陽?」



 太陽も何か俺に話があると言ってたな。

 一体なんだろう。



「シュドウ……俺、実はお前に言えなかった事があったんだ」

「そんなの俺にもたくさんあるよ。どうした?」



 言いにくい事なのか、太陽も発言に躊躇している。

 薄明りの中で太陽は神妙な表情を浮かべていた。



「俺さ、お前が公立高校行くって言った時、一緒に行くって言わなかっただろ?」

「そんなの当たり前だろ?平安高校だぞ?俺がお前でも絶対そうする」

「そうか」

「そんな事気にしてたのか?」

「ちょっとな」

「ちょっとかよ」



 太陽の顔に笑みがこぼれる。

 気持ちが楽になったのか、太陽はいつもの軽い口調で話を始める。



「実はな、俺、どうしてもここの野球部に入りたい理由があったんだ」

「えっ?」

「お前にも、誰にもずっと話せなかった。すまんシュドウ」

「あ、ああ。別に良いって」



 思いがけない太陽の告白。

 野球部に入りたい理由って、甲子園に行く以上の事でもあるのか?



「甲子園は当然行きたい。野球やるやつなら当たり前だ」

「そ、そうだよな」

「シュドウ。俺、最低の男なんだよ」

「お前が最低の男になったら、俺はマイナス突き抜けるだろ」

「あはは、違いねえ」

「違わないのかよ」



 お互い自分の事を弱い人間だと言い合ってきた。

 自分の弱さを相手に伝えられる。

 俺と太陽はそういう関係だとお互い信頼している。



「シュドウ。3年生の楓先輩って有名な人、分かるか?」

(かえで)先輩?あの3年の神宮司楓(じんぐうじかえで)?」

「そう、知ってたか」

「あの変な妹のお姉ちゃんだろ?たまたま今日成瀬と一緒に会って話したんだよ」

「そうだったのか。それでな……」



 まさかここで楓先輩が話に出てくるとは予想していなかった。



「野球部のマネージャー!?真弓姉さんと一緒に?」

「おう。そこまでは知らなかったかシュドウ」

「びっくりしたよその話。そんな事成瀬からも真弓姉さんからも聞いたこと無かった」

「そ、そうか。悪い、俺も言ったこと無くって」

「俺が知らない人の話されたって分かんないよ」

「はは、それもそうだな。お前らしいなシュドウ」



 太陽は野球部だし、楓先輩の事を知っていて当然だろう。

 それにしても、中学生の時から知ってたのは本当に知らなかった。



「中学の試合の時に偶然会ってさ。まあ、なんだ。一目惚れ……だな」

「えっ?」



 なんだ?

 俺、なんの話されてる太陽から?

 突然の話題で、頭がついていけない。

 楓先輩って、やっぱりあの超美人の楓先輩の事だよな。



「そ、そうだったのか。楓先輩、超が付くほど美人だもんな」

「だろだろ?分かるかシュドウ」



 確かに神宮司楓先輩は超が付くほどの美人の先輩。

 俺たち1年生男子なら、すれ違いざま必ず目がいく美人。

 そのままスルー出来るやつなんて、平安高校男子に1人としていないはず。

 そんな2つも上の神宮司楓先輩を、太陽が中学の時から追っていたなんて。



「お前じゃなくてもそりゃ憧れるよな。それで平安に?」

「ああ」



 中学で成瀬と3人で遊んでた頃から、太陽は甲子園に行く目標以上に平安高校を目指す動機があったんだな。

 それも中学校1年生の時からずっと、地元の公立高校に行く事は出来ない理由が太陽にはあった。



「このスケベ野郎が」

「うるせえよ。それでな。今度1軍と2軍を決める練習試合があるんだよ」

「言ってたなそれ。で?」

「アタックするつもり」

「マジか?玉砕だろそれ」

「俺もそう思ってる」

「思ってるのかよ」



 野球部の入部テストの次に行われる予定の1軍と2軍を決める練習試合。

 太陽は野球部の1軍に選ばれた後、楓先輩に想いを告げるつもりのようだ。


 それは『甲子園に連れていく。達成したら付き合って欲しい』という告白。

 しびれるような言葉。


 こんな事、成績も優秀で、スポーツも万能、しかも超カッコいい朝日太陽に言われて断る女の子なんてこの世にいるはずがない。



「甲子園に行ったら付き合って欲しいか、ヤバいなそれ。普通の女の子なら絶対行けそうだけど、あの2つも上の神宮寺楓だろ?」

「そうなんだよ、そうなんだよ」

「無謀な挑戦する気か太陽?」

「ああ、そうだ。でも俺、行けると思うんだ。それを証明してくれたのはシュドウ、お前なんだよ」

「え?」

「なに言ってんだよシュドウ。俺の目の前で奇跡を見せてくれたのはお前だろうが」

「いや、でも、あれは」



 俺は全国から1000人を超える受験者が集まる平安高校の一般入試。

 その30人枠に見事に合格してしまった。

 未来ノートの力を借りて……。



「お前が平安合格した時、俺は心臓が飛び出るかと思ったぜ」

「まったく信じてなかったなお前?」

「すまんシュドウ。正直、絶対無理だと思ってた」

「お前、全然奇跡信じてないじゃないかよ」

「ちょっとだけ、ちょっとだけ信じてた」

「ちょっとかよ」



 ハタから見れば奇跡的な合格。

 太陽は神宮司楓先輩に1軍レギュラーに選ばれたら告白するつもりだ。

 俺の平安高校合格の成功を、太陽は自分にも出来ると心の支えにしていると話す。

 

 凄く複雑な気持ち。

 だって俺。

 未来ノートの問題の答えを丸暗記しただけ。


 でも今は、太陽が自分の思いを告白してくれた大事な時間。

 嘘でもいい。

 未来ノートを使ったのは俺の責任。

 太陽の気持ちとは関係ない話。


 なんでもいい。

 親友が俺を見てやる気に燃えてる。


 応援してやりたい。

 俺に自分の気持ちを打ち明けてくれた太陽は、この世界でたった1人の大親友だ。

 


「今までそんな事、ずっと考えてたのかよ」

「そうなんだよ。俺、最低の男だろ?」

「別にやましい事だとみじんも思わないよ。俺だって、平安入りたかった理由がお前と成瀬、3人で同じ高校入りたかった。ただそれだけの理由だぜ?でも死ぬ気で頑張れたのは、お前と成瀬のおかげなんだよ。理由は大事だ、俺はそれを尊重する」


「シュドウ……お前、昔から本当、俺を裏切らないな」

「甲子園も先輩も目指して練習頑張れよ太陽。負けたら俺が慰めてやるからな」

「サンキューなシュドウ」



 言いたい事を言い終えたのか、太陽の表情はすこぶる晴れやかになる。

 思いのほか長い時間太陽と話していた気がする。



「明日もあるし、今日はこの辺だなシュドウ」

「ああ、そうだな」



 俺は太陽と公園で別れる事にした。

 太陽は青春してるな。

 これでますます練習にも身が入るはず。


 今日は太陽の本心に触れて。

 それを俺に話してくれた事が凄く嬉しくも感じた。

 俺の事を信用してくれてる。

 親友だって思ってもらえている事が嬉しかった。


 なんだかそれが凄く嬉しかった。

 俺も帰って勉強もう少し頑張るか。

 太陽が頑張ってるなら俺も頑張って。



 ―――あれ?

 


 今になって自分が何を聞いたのか冷静に振り返る。


 成瀬の話がどうして出てこない?


 成瀬が太陽を好きだと言ったのは今年の1月。

 太陽が楓先輩に憧れて平安高校を目指したのが、中1だった2年前の話……なんだよそれ。


 って事は……太陽は成瀬に告白された時点で、もうすでに心に決めた人がいた事になる。

 俺が成瀬を好きなのを知っていて、わざと振ったわけじゃ無かったのか。

 完全に俺の勘違いだ。


 確かに太陽は成瀬が好きだなんて、一言も言った事は無かった。

 想う人が別にいたから。


 太陽は成瀬の告白に対して、気持ちには答えられないと言っていた。

 俺が成瀬の事が好きで、知っててわざと振っただろと聞いた時も、そんなつもりは無いと言っていた。


 太陽は何も嘘をついていない。

 ヤバいかも俺。

 恋愛偏差値が低すぎる。


 俺、勝手に太陽は成瀬の事が好きだと、成瀬の告白以前からずっとずっとそう思い込んでいた。

 太陽は俺のために成瀬の告白を断ったと勝手に信じ込んでいた。

 

 あの日の衝撃的な告白。

 俺は知った。

 あの日の真実を今になって。


 成瀬のあの告白は、彼女の一方通行の片思いに過ぎなかった。

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