21.第3章<力の代償>「天敵姉さん」
「ちゃんと言えたわね葵ちゃん。偉かったわよ」
「うう……」
ようやく妹の葵は落ち着きを取り戻す。
女の子を泣かせてしまった。
「……ごめん。ちょっと俺も言い過ぎた」
「こちらこそごめんなさい高木君。これからもこの子と仲良くしてあげて下さい」
「えっ?」
お姉さんからの思いがけない言葉。
成瀬が言ってた、楓という名前を思い出す。
妹は葵というらしい。
楓先輩は妹を連れてその場を立ち去ろうとする。
だが突然歩みと止める。
何かを思い出したように、楓先輩は俺の方を再び振り向いてきた。
「そうそう高木君。葵ちゃんの話を聞いて、私あなたに驚いてたの」
「何がです先輩?」
「私も『源氏物語』今でもよく読むの」
「そうなんですね。俺は昨日読んだのが初めてですよ先輩」
「私『源氏物語』を最初に読んだ時、一冊読むのに1週間かかったもの」
「なっ」
「それを30分で読めちゃうなんて。ふふ、ちょっと不思議だなって。ごめんなさいね呼び止めたりして」
楓先輩の大きな瞳。
その瞳にすべてを見透かされているような恐怖を感じた。
未来ノートに書かれた小テストの問題。
俺は物語を読んでいたのではなく、テストの答えを探していた。
『源氏物語』を読んでいたのは間違いない話。
俺は嘘はついてない。
別に大した話じゃない。
大した話じゃ。
楓先輩と俺が泣かした妹がいなくなったものの、周囲を取り巻くギャラリーはまだこちらを見ていた。
(ざわざわ)
楓先輩たちが消えていった方向から、何やらザワつき。
妖怪アンテナがビンビン反応する。
俺の命が危険にさらされている。
ギャラリーたちが廊下の隅に寄り、視界が開ける。
明らかに周囲の1年生の女子たちより成長を感じる上級生。
成瀬そっくり。
髪型が違うだけ。
まるで大人になった成瀬のようだ。
「ここにいたのね高木」
「げ!?真弓姉さん!?」
「葵ちゃんいじめてた悪~い男の子、見・つ・け・た~」
出た。
いた。
俺の天敵。
成瀬の姉さん。
「俺何もしてませ……痛ててててて!?」
「ほら白状しろ、言え、なんで葵ちゃんいじめてた!なんで泣かせた!」
「はにも、はにもしてはせ痛たたたたた!?」
ほっぺを両手で力いっぱいツネられる。
最近ほとんど会わなかった成瀬の姉さん。
最後に会ったのはたしか何年か前の夏祭り。
成瀬が超可愛い浴衣着てたあの夏の日。
イタズラしようと……じゃない、近づこうとしたその瞬間、今と同じ状況となった。
「な、なにしてんすか姉さん!?」
「さっき楓と葵ちゃんとすれ違って、話を聞いたら高木にいじめられたって」
「絶対ウソでしょその話」
成瀬の姉ちゃん、成瀬真弓。
成瀬結衣の2つ上の平安高校特別進学部の3年生。
黙ってれば絶世の美女。
さすが成瀬の姉ちゃん。
超美人で女子力高すぎる。
いつも男だと勘違いするほど強気で明るい性格のお姉さん。
「ところでゆいちゃん知らない?」
「逃げられました」
「まさかゆいちゃんまでイジめてたんじゃないでしょうね~」
「そんな事してませんって」
弱気の成瀬と真逆の性格。
小学生の時から、俺が成瀬を泣かせるたびに、お姉ちゃんが俺を地獄の果てまで追いかけては報復にやってくる日々。
「どうせあんたの事だから、ロクでもない事言って葵ちゃん泣かせちゃったんでしょ?」
「さすが姉さん。そんなところです」
「認めるなこら!」
「痛てててぇ!?」
この人と絶対合わないようにって思ってたのに、さっそくあの葵って子を泣かせて大目玉をくらってしまった。
知り合いなのか真弓姉さんは?
「ふふ、この辺で許してあげましょう」
「誤解ですって誤解。まあ、ちょっとは言い過ぎたと反省してますけど」
「素直で宜しい。にしても、あのイタズラ坊主の高木が本当に平安高校来たのね~うちのゆいちゃんが理由ね」
「そうですよ」
「あっさり認めんな」
「冗談ですって、冗談」
姉さんが俺のほっぺをチクろうと両手でジェスチャーをしている。
太陽と違って昔から俺にだけ容赦がない。
「そうそう高木。あんた最近バイト始めたんだって?」
「なんでそれ知ってるんですか姉さん」
「少しは礼儀正しくもなってるし、良い事良い事。ゆいちゃんの報告と大分違うようね」
「成瀬は毎日俺の事なんて報告してんですか?」
「知りたい?」
「面倒な事になるんで絶対言わないで下さい」
「あははは、分かってる~」
姉さんは当然成瀬と一緒の家に住んでいる。
毎日成瀬から俺の悪口聞いているはず。
どうやら成瀬は俺に毎日いじめられていると姉さんに報告しているようだ。
「そうそう、太陽君の入部テストの結果。今日この後だよね~」
「太陽もそう言ってましたね。って、なんで姉さんがそれ知ってるんですか?」
「マネージャーだし当然です」
「マネージャー!?」
成瀬真弓姉さん。
なんと太陽が入部を目指している野球部のマネージャーをしているらしい。
そんな事、成瀬から今まで一言も話を聞いたことが無かった。
「野球部のマネージャー?って事は、太陽と同じ野球部」
「そうそう。太陽君体力テストの後の実技テスト、もう球も早いし、カッコ良いし」
「カッコいいのは分かってますから、結果が今日分かるってことですね」
「そだよ~」
今日はこの前あった野球部の入部テストの結果が分かる日。
結果がどうであれ、あいつはこの平安高校の野球部に入る事だけ目指して中学3年間必死に練習を積み重ねてきた。
今日もバイトあるから夜遅くなりそうだけど、ちょっと無理して太陽の家に寄ってから帰ろう。
「あの、真弓姉さん」
「なに高木?」
「この後野球部行かれます?」
「もち」
「俺、今晩太陽の家にバイト終わりに寄りたいんで。野球部行くなら太陽にそれ伝えといてもらえませんか?」
「オッケー。太陽君モテモテだね」
「それ、どういう意味ですか?」
「秘密~ゆいちゃんいないならあんたはもう用済み」
「そりゃどうも」
「ばいび~」
幼なじみの成瀬結衣の姉、成瀬真弓姉さん。
会いにきたであろう妹の成瀬がいないので、さっさと廊下から消えてしまった。




