18.「壊れた未来ノート」
S2クラスのホームルームが終了する。
さっきのあの子、本当に何しに来たんだろ。
もうそんな事はどうでもいい。
これで今日1日の授業は終了となる。
そして俺の高校生活が終了しかねない、学力テストはとんでもなく悪い出来だった。
なに1つ手ごたえのあった科目が無い。
もう俺、ほんとどうしよう。
終わったものはしょうがない。
そういえば、太陽がさっき言ってたな。
『――先は長いんだから、失敗したって次頑張ればいいだろ』
わざわざクラスが違うのに、SAクラスからわざわざ俺の様子を見に来てくれた太陽。
さっきは危なかった。
太陽に昨日『源氏物語』読んでたって気づかれなくて良かった。
終わった学力テストの事を考えていてもテストの点数が上がるわけじゃない。
明日からは本格的に授業も始まる。
さっきホームルームで告げられた明日からの時間割。
現代文から英語までみっちり6限目まで授業が詰め込まれている。
英語関連の科目が高校に進学してさらに増えている。
英単語すらまともに覚えていない俺に大きな壁が立ちはだかる。
『コミュニケーション英語Ⅰ』
どうやら外国人の先生が、授業中日本語禁止で英語の授業をするらしい。
中学生最後の英語の小テストを思い出す。
未来ノートの力を借りて、未来の問題を全力で調べて46点だった。
それほど今の俺は英語が苦手だ。
ますます太陽がうらやましくなってくる。
SAクラスの生徒はスポーツ推薦の特別進学部。
勉強が多少出来なくても、スポーツによる成績の加算があると聞く。
それに比べて俺はS2クラス。
ペーパーテストの結果がすべてだ。
俺には勉強して良い点数を取る事でしか、この平安高校で生き残る道は無い。
そうだ。
未来ノート。
問題が分かったところで、調べる時間と答えを覚える時間も当然のように必要になる。
古文の問題だって考えてもみろ。
ネットに原文検索しても出てこないから、図書館にあったテストに出てくる『源氏物語』そのものを調べる事を思いついた。
結果は最悪。
結果は5時間半かけて第1巻から第3巻まで見て調べがつかなかった。
未来ノートを平安高校合格以来、まったく見ていなかったから昨日のような事態に至った。
未来ノートの1ページ目をめくる。
あれ。
なんだよこれ。
白い大学ノートの、未来ノートの1ページ目。
出てる。
未来の小テストみたいな問題が表示されてる。
1ページ目は国語みたいな、現代文ってやつか?
2ページ目、英語。
嘘だろ、嘘だろ。
どうして出てきた?
どうして問題が浮かび上がった?
まるで未来ノートが壊れているように感じる。
学力テストの時から突然、未来の問題が出たり出なかったり。
まるで理由が分からない。
でも未来ノートになんでまた復活したかのように、中学校3年生のあの時のように突然小テストの問題が浮かび上がってきたんだ?
問題が出たり出なかったりするようになった、壊れてしまった未来ノート。
ノートが信用できなくなった。
未来の問題のすべてを映し出す鏡で無くなってしまった。
そもそも、なんの、いつの問題だこれ?
そうか、あるんだよ、明日の授業で抜け打ちテスト。
中学の時にノート使ってたからピンときた。
小テストと思われる問題に目を通す。
英語……全然分からない。
あらかじめ調べておかないと、こんなの本番で分かるわけがない。
クラスメイトの全員がすべて満点取れるわけない。
だから点数で比較される。
点の低いやつから、総合普通科へ降格していく。
小テスト。
億劫になってくる。
俺は昨日、S2クラスの担任の先生が言っていた事を思い出す。
『――特別進学部の生徒の皆さんは、1年を通じて実施されます学力テスト、中間テスト、期末テストの平均点が8割、小テストや課題が2割の割合で評価され~』
俺が今日受けた学力テストに加えて、中間・期末の各テストが年間成績8割で評価される。
その他、各授業で出される小テストや課題が残りの年間成績2割。
当然赤点降格は別の話。
2回連続赤点で即降格。
年間成績S2クラスの下位2番まで、高校2年生になる時にやはり総合普通科へ降格。
S2クラスの上位2番までが、S1クラスに昇格するなんて今の俺には全く関係のない話だ。
小テストも底辺をさまよっていれば、いくら赤点を回避し続け、なんとか1年生を終わらせたところで、総合普通科への2年生からの降格だって十二分にあり得る話。
小テストの対策をしないと。
未来ノートの問題は出たり出なくなったりする。
また突然問題が消えるかも知れない。
この英語の小テスト。
全然分からない。
すぐに。
すぐに図書館行って調べないと。
未来ノートを頼るしかない。
俺が生き残るには。
この特別進学部で生き残るためには。
クラスメイトたちに目をやる。
各々小さな集団を形成し、そのリーダーらしき人がクラスメイトたちに声をかけている。
「あのね、学力テストも終わったし、S1とSAクラスの人達と親睦会に行くの」
「やった!行きたい」
「わたしも!」
親睦会?
そんなの行ってる余裕俺にはまったく無い。
「あなたも来ない?」
「一緒に行こうよ。あっそうだ、あなたSAクラスの朝日君と友達でしょ?」
「朝日君も一緒に誘ってよ」
「太陽は今日野球部の部活」
「私見たよ、昨日やってた入部テスト。あの時朝日君さ~」
ダメだ。
遊んでる場合じゃない。
話が盛り上がっているクラスメイトたち。
俺は話が途切れたタイミングで未来ノートをカバンに仕舞うと席を立ちあがる。
S2クラスを教室の後ろから無言で立ち去る。
俺には遊んでいる暇は無い。
「高木君」
「成瀬」
教室を出たところで、成瀬と廊下でばったり会う。
「太陽は?」
「先に野球部行ったよ」
「そうか、今日だもんな入部テストの結果発表」
「うん」
「入れると良いよな。あんなに頑張ってたから、俺も気になってしょうがないよ」
「うん……」
「成瀬、なにかあったのか?」
俺に遠慮するように、ささやくように話してくる成瀬。
「あ、あのね」
「お、おう。どうした?」
なにか聞きたい事でもあるかのような様子。
「さっきさ」
「うん」
「ホームルームの前に、ここで話してた子いるでしょ?」
「ホームルーム?誰かいたっけ、そんなの」
誰だっけ。
ホームルーム、ホームルーム……あっ。
「ああ、あの成瀬みたいな変なやつの事?」
「私みたいに変ってどういう意味よ……知り合い?」
「あいつ謎なんだよ。いきなり俺の事友達だとか言い始めてさ」
「ええ!?ど、どうしてそうなったの!」
「俺に聞かれても知らないよ。今日もS2に勝手に入ってきたし。そう言えばチャイム鳴ってS1に入って行ったけど、成瀬あいつの事知ってるか?」
「知ってるけど」
成瀬はあの子の事を知ってるようだが、なんでこんなに会話がタドタドしくなる?
「可愛い子だよね、あの子」
「そうか?」
「違うの?」
「成瀬の方が可愛いし綺麗だって」
「た、た、高木君。どうして最近そんな事平気で言うようになっちゃったのよ!」
「そんな事ってなんの事だよ」
「知らない」
成瀬が赤面している。
俺なにか変な事言ったか?
「う~」
「何怒ってるんだよ成瀬」
「もういい。高木君、この後また図書館?」
「お、おう」
「わたしは一緒は、嫌なんだよね?」
「うっ」
聞かれたくなかった質問。
俺だって本当は成瀬と一緒に図書館へ行きたい。
一緒に居たいし、一緒に勉強したい。
同時に彼女がいれば勉強に手が付かなくなる。
「高木君?」
「悪い成瀬、俺……」
「う~」
やっぱり一緒に、いや、ダメだ。
未来ノートを使って、小テストの解答を調べている姿を成瀬に見られるわけにはいかない。