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173/173

173.「特別進学部1年生秋季中間テスト」

 神宮司を頼りにたどり着いた理事長室。

 学校サイドで一番偉い人と思われる理事長のいる部屋へ秘書のお姉さんに案内される。

 執務机にどっしりと座りこちらを見つめる男性は、俺が以前図書館で出会った事がある人物だった。



「理事長っておじさんの事だったんですか!?」

「シュドウ君、お父様の事知ってたの?」

「高木君だね、以前図書館で会って以来だね」

「その節はどうもありがとうございました」

「ははは、礼儀正しい、大変結構。さあ座りなさい」



 驚いた、神宮司葵と初めて図書館で会った日の夜。

 図書館の閉館間際まで俺に付き添ってくれたおじさんが、まさか神宮司のパパだとは知らなかった。

 座るように促されソファに座る。

 


「葵お嬢様、何を飲まれますか?」

「う~ん……カルピス」

「かしこまりました」


 

 理事長の秘書と思われる大人の女性、神宮寺に冷たい飲み物でも出すつもりのようだ。

 お嬢様のついでに俺も飲みものを聞かれる。



「お飲み物は?」

「お茶でお願いします」

「かしこまりました」



 さすが理事長室、部屋の隅にフワフワの黒革のソファ。

 理事長がまず座りその隣にベッタリと神宮司葵が寄り添う。

 鉄仮面だった理事長の顔がほころぶ、突然会議を消えた理由は明白。


 この親子2人の向かいに1人座る俺の場違い感は半端ない。

 部屋の奥に理事長が普段座るであろう、重厚な執務机が視界に入る。


 その上にある怪しい輝き。

 学校にないはずの日本刀……レプリカか何かだろうか? 

 護身用?誰を何から守る?

 壁にかけられた日本刀の近くには掛け軸が並ぶ、掛け軸にはこう書かれていた。



『一刀両断』

 


 俺の未来を暗示する恐るべき言葉。

 それにしてもいきなり理事長に会えるなんて思ってなかった。



「7月の期末テストの結果はわたしも聞いておる」

「あれは、たまたまです」

「ははは、謙遜しないでよろしい」

「よろしい」



 神宮寺がふざけてパパと同じ事を話す。

 7月期末テストの結果は未来ノートを使った幻の成績、学校サイドの人を前にして素直には喜べない。



「明日から中間テストだね」

「はい」

「実力が発揮できるように期待しているよ」

「期待しているよ」

「お待たせ致しました」

「わ~」



 矢吹と呼ばれる秘書のお姉さんが飲み物を運んできてくれる。

 ガラスのコップに氷が浮かび、赤いストローが1本。

 カルピスを与えられた神宮寺葵、遠慮なくストローをパクリ、チューチューと吸い始めた。


 カルピスがよほど冷たくて美味しいらしい、足をバタバタさせる。

 神宮寺を見ていると、目が合いストローから口を放す。



「シュドウ君もこれ飲む?」

「飲まないよ」

「オッホン」



 パパのみけんにシワ、日本刀が視界に入る。



「美味しいよ?」

「分かったから、ちょっと黙っててくれ」

「うん」



 神宮寺が俺をダークサイドに引き込んでくる、パパの前で吸えるわけがない。

 お菓子かジュースを飲んでいる時しか大人しくしていない神宮司。

 カルピスを飲んでいる時は静か、パパと話せるチャンス到来。


 今日いきなり理事長に会えるなんて夢にも思わなかった。

 数馬を一緒に連れてくれば良かったと今さらながら後悔する。


 叶美香が100万円誤発注の責任をとって生徒会長を降りる意向を示している。

 現状の学校サイドと生徒会の認識のミスマッチを数馬は指摘していた。

 ミスを犯した生徒会をとがめる理事会、学校のために身を尽くした生徒会長。


 俺には上手く説明できないかも知れない。

 だが生徒会長は生徒のために汗を流している事を、俺は大阪に行って一番よく分かっている。

 

 ここには説明できる人間が俺しかいない。

 神宮司のカルピスが残りわずか、あれが無くなればパパと楽しいお話が始まってしまうに違いない。

 よく分からないけど一番偉い人が目の前にいる、今しか説明するチャンスはない。

 俺が言うんだ、叶美香はこの学校に、生徒会に必要な存在だって。



(チュチュー……ズルル)



「は~美味しかった」

「葵、今日は突然どうしたんだ?」

「お父様、あのねあのね。シュドウ君が今後について大事なお話があるからわたしも一緒に来てって」

「な、なんだと!!」



(バァン!!ガラガラパキ~ン~!)



「キャー」

「頼むからちょっと黙っててくれ神宮司!」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「……というわけでして」

「なるほど、理事会から受けていた報告とは、少しわたしの認識が違っているようだな」



 俺は大阪に行った時、去年から生徒会長として活動してきた叶美香の話を直接聞いている。

 消費税増税が行われた去年、フランフルトの1本50円の価格維持に向けた一括購入のルートを自ら開拓した生徒会長の功績。

 

 下級生の成長を促すために、自らがすべて責任を取り経験を積ませるためにあえてすべてを任せた。

 今年度、ある1人の生徒が発注したパンダストラップによってミスが発生した事は素直に認めた。



「チェックが甘かったのは、致し方ない事実か」

「はい、それは生徒会も認めています。発注を担当した生徒会副会長も相当責任を感じています」

「君は生徒会長1人が降りるだけでは済まないと?」

「僕はそう思います。叶美香が降りれば生徒会は瓦解します。学校にとっても、生徒にとっても、何も良い事はありません」

「なるほど」



 上手く説明できたのか分からない。

 理事長は席から立ち上がり、窓の外を眺め始める。

 神宮司は2杯目のお飲み物が来るのを、足をぶらぶらさせながら大人しく座って待っている。

 


「高木君」

「はい」



 理事長が窓の外を向いたまま、俺に背中で話しかけてくる。



「わたしは生徒の自主性を大事にしたいと考えている。その意味が分かるかな?」

「自立を促すって事ですか?」

「ははは、その通りだ。君はすでに自立している、だから自分の事がよく分かっている」

「僕はそうは思いません」

「なぜだね?」

「与えてもらってばかりなんです。周りの友達からずっと」



 俺はいつも周りに助けてもらってばかりだ。

 そもそも入学できたのも、赤点を回避して今ここにいるの、すべては周りのみんなのおかげ。



「それは君のおこないに、友人たちが惹かれている証拠だ」

「そうでしょうか?」

「君が相当苦労している事も、わたしはよく知っている」

「理事長……」



 理事長は俺の事情を知っているのだろうか?

 毎日勉強にバイトで頭が一杯、余裕なんてまったく無い。

 少なくとも必死に勉強していた事を、この人はよく分かってくれているように感じる。



「最後に1つだけ、生徒会監査人である君の意見を聞かせてもらいたい」

「はい理事長」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 夜、机に藍色の未来ノートを広げる。

 まるでノートに意思でもあるかのように、浮かび上がっては消えていく藍色の未来ノート。

 明日は大事な中間テスト、最後の追い込み、勉強中も昼間の出来事が脳裏に浮かぶ。


 思いがけない昼休憩、神宮司葵、そして神宮司楓の父である理事長と直接話が出来た。

 叶美香が直接言ったのか、それらしくほのめかしたのか、生徒会長は会長職を降りる意思をメンバーに伝えている様子。


 日曜日に生徒会のメンバーが集まった時の話は、参加していない俺には分からない。

 今の生徒会の知りうる限りの事は全部伝えられた、それが出来て今日は本当に良かった。


 ふたたび予習に戻る、明日の中間テスト初日、1限目は世界史からスタートする。

 未来ノートに浮かび上がるテストの問題と答え、教科の数もそうだが、問題に加えて答えまでほぼほぼ浮かび上がる不思議な現象。


 数学だけは問題だけ浮かび上がり、どういうわけか答えが無い状況。

 自力で調べるには調べたが、正しいと言える回答かどうかは疑わしい、それほど俺は数学が苦手だ。


 世界史の予習が終わると、続いて古文の問題演習に取り掛かる。

 夜眠くなりながら古文の問題に目を通す、源氏物語の設問で彼女の事を思い出し、ふとスマホを手にし画面を開く。

 

 彼女の着物姿、彼女の寝顔、俺の脳みそが刺激され眠気はすぐに解消される。

 眠くなっては写メを見て目を覚ます悪行を重ねる、可愛い彼女の顔はとても刺激に満ち溢れていた。


 8月、夏祭りの夜、流れ星に願いを託した彼女の想いは、未来ノートを使う俺にとって受け入れがたいほど純粋な気持ちだった。

 女の子から応援されると、男は途端にやる気に満ちる。


 時には未来の進路でさえも、その子が指す道へとベクトルも向いてしまう。

 俺は朝日太陽が来年甲子園を目指す目的と同じように、S1クラスを目指す目的がまた1つ増えてしまっていた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





(キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン)




「それでは始めて下さい」



 10月、中間テスト初日、1限目の世界史のテストがスタートする。

 S2クラスの全員が一斉に試験を開始する、ペンを握る手に力が入る。


 テストに目を通す、藍色の未来ノートは俺を裏切らなかった。

 今まさに俺が受けているテストは、昨日まで相棒に映し出されたものと同じ問題が浮かび上がっていた。

 


 

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