171.第18章サイドストーリー「神宮司葵は追いかけたい」
午前9時に開始された平安祭。
平安高校美術部の入る美術室、一般の来賓者が多数訪れる。
その美術室の入口にある大きな壺。
「大きな壺~」
「あの有名な御所水先生の作品らしいわよ、『藤壺』ですって」
「まあ~素敵~」
作品名『藤壺』。
華道家、第54代家元、御所水流渾身の一作。
大きな大きな壺には、廊下を半分ふさぐほどのボリューミーな花が生けられる。
美術室が賑わいを見せる中、来賓者を向かい入れる美術部の部員たち。
その中にS1クラス1年生、成瀬結衣の姿。
「こちらは記念のブックマーカーです」
「まあ~綺麗~」
成瀬結衣が企画した来賓者への記念品。
ブックマーカーにもなる本のしおりには、赤、青、黄色、緑色、色とりどりのカラーコードが印字される。
色は全部で12色、ブックマーカーの裏面は十二単をイメージさせる和風のデザイン。
美術室に入る中学生の女子のグループ。
成瀬結衣の姿を見つけると、笑顔で憧れの先輩の元へと近寄っていく。
「成瀬先輩~」
「紫穂ちゃん、みんなも来てくれたんだ~」
「成瀬先輩、このブックマーカーの表、中学の時と同じデザインですよね~」
「ふふっ、そうなの。表は同じデザイン、裏はほら」
「凄い~十二単みたい~」
「素敵~」
中学時代、同じ美術部の先輩と後輩。
去年1年生だった高木紫穂にとって成瀬結衣は、特別進学部に通う頭の良い憧れの先輩。
「紫穂ちゃん、コンクールの入選おめでとう」
「ありがとうございます~」
高木紫穂の絵の作品、平安高校の正門から描いた桜並木の風景画がコンクールで入選していた。
「今日は成瀬先輩の作品を見に来ました~」
「ちょっと恥ずかしいかも」
「見たいです先輩~」
紫穂たち中学生女子グループは全員中学時代の美術部の後輩。
成瀬結衣1つ目の作品、風景画の前に立つ。
全員がその風景画に絶句、最初に口を開く高木紫穂。
「す、凄いです成瀬先輩!」
「そ、そうね紫穂ちゃん。さすが成瀬先輩」
「本当?」
「本当です、ね、ね」
「う、うん」
「凄い凄い」
とにかく褒める後輩たち、成瀬先輩の作品はとにかく凄いの一言。
美術部顧問、御所水流先生に指導を受ける成瀬結衣。
2つ目の作品、生け花。
「これも成瀬先輩の作品ですか!」
「生け花も始められたんですか先輩!」
「美術部の顧問の先生、華道の先生もされてて」
「凄い~」
生け花に来賓客が集まり、その出来栄えの良さに皆がうなずいている。
「成瀬先輩、成瀬先輩。平安高校の美術部って、絵を描くだけじゃないんですね」
「他にも壺を焼いたり、デッサンとか、着物の着付けとか色々……」
「美術部ですよね先輩?」
「着物の着付けって何されるんです?」
美術部、高校1年生成瀬結衣の話に興味が尽きない。
憧れの先輩の話に、目を輝かせ食い入るように話を聞く高木紫穂。
『わたしもこの高校に通いたい』
一通りの話が終わり、成瀬結衣との別れ際に高木紫穂が話しかける。
その不思議なやりとり。
「成瀬先輩、お兄ちゃんここ来ました?」
「お兄ちゃん?紫穂ちゃんのお兄ちゃんいたかしら?」
「も~先輩ったら、うちのダラしないお兄ちゃんの事です」
「ダラしないお兄ちゃん……ダラしない、ダラしない……」
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平安祭、お昼に差し掛かる。
来賓の一般客はひっきりなしに美術室を訪れていた。
美術部顧問、御所水流先生が成瀬結衣へ声をかける。
「結衣さ~ん」
「御所水先生」
「結衣さんの作品素敵~今度生け花のお免状頑張りましょうね~」
「先生、やっぱりわたしにはちょっと」
「結衣さんなら大丈夫~師範にだってなれちゃうわ~」
美術部顧問、御所水流先生。
華道の道に引き込まれる成瀬結衣に近づくクラスメイトの女子が1人。
「ゆいちゃん~」
「葵さん」
1人で美術室に来た神宮司葵、姉、神宮司楓の姿はそこには無かった。
「葵さんはお1人?」
「えへへ、これからパンダさんのところへ行きます」
「パンダさん?」
「シュドウ君がパンダになったの、ゆいちゃんも一緒に行こ」
「シュドウ君?パンダ?」
「こっち」
「パンダの……高木君?」
「そだよ、早くこっち」
「ちょ、ちょっと葵さん~」
神宮司葵に手を引っ張られる成瀬結衣。
目指す先は野球部飲食ブースの前、パンダ研究部のブース。
平安高校文化祭、平安祭はまだ終わらない。




