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169.「平安祭(後編)」

 時刻は12時、平安祭開始から3時間が経過した。

 天気予報は正確、今日は朝から気温もグングン上昇。

 年に一度の文化祭、平安祭はたくさんの来場者で盛り上がりを見せていた。


  校舎と校舎に挟まれたガラスの天井下にある御所水広場。

 校舎向かって右側、3年生の入る第二校舎の壁に沿って、パンダ研究部の双子パンダネーム募集スペースとストラップ販売会場が向かい合う配置。


 野球部のブースが左側第一校舎、1年生と2年生が入る校舎の壁に沿って飲食ブース兼フードコートを出店中。

 パン研ブースで結城数馬が俺に声をかけてくる。



「状況は厳しいね」

「そうだな……」



 パン研のブースは双子パンダのネーム募集に、たくさんの人が来賓している。

 その隣、一ノ瀬美雪と明石沙羅たちがのいる長机が置かれた場所。


 段ボール箱には1箱200個のパンダストラップが入っていると言っていた。

 平安高校に届いた段ボール箱は全部で5つ。


 相変わらず生徒会のメンバーがパンダブースへの来賓を促す。

 まだその段ボール箱1つすら売れていない、100万円分を売りさばくのは絶望的な状況。



「君はどう思う、今の生徒会」

「凄く良い生徒会だと思う、出来るならこのまま1年間頑張って欲しい」

「そうだね守道君」

「どこ行くんだよ数馬」

「客引きさ。今の僕には、この程度の事しか出来そうにない」

「数馬……」



 1人でも多く、1つでも多くストラップを買ってもらうために数馬も動く。

 結城数馬が笹の葉に吊るされた短冊を見ていた親子連れに声をかけて、パンダのネーム募集に応募しないかと誘っている。


 直接買ってくれなんて言えない、あくまでお土産を買いに来た人だけにしか声をかけるわけにはいかない。


 数馬がパン研のブースに入ると、入れ替わりに朝からブースで来賓者の対応を一緒にしていた南部長が俺に近づいてくる。 



「後輩君。結城君が居てくれる間に、わたし一度図書館の部室に戻って岬さんたちと交代するね」

「僕も行きます。なにかパンダの宣伝できるような旗とか部室にありませんでしたっけ?」

「ああ~あるある。後輩君にピッタリのやつ」

「本当ですかそれ!?なんでもやります、俺、みんなの力になりたいんです」



 岬と末摘さんが朝から旧図書館のパンダ研究部の展示ブースにいる、お昼もまだ食べていないだろう。

  

 南部長は野球部のお食事ブースでフランクフルトやポテトを購入。

 50円のフランクフルト2本、100円のポテト2つ、超破格の販売価格。


 フランクフルトに至っては原価が1本10円だと言う、それだけ一括購入の原価カット効果があると話していた叶会長。

 その差額利益で校内の豪華な装飾など、赤字分を補填して文化祭全体の魅力を上げている、美と癒しの場を追求した叶美香スタイル。

 

 この誤発注の一件が無ければ、3年生2期目、叶美香生徒会長の平安祭は、まさに有終の美を飾る最高の舞台だったに違いない。


 最初はアデューな人だと誤解していたけど結構、いや、かなり後輩の面倒見が良い最高の先輩。

 失敗した一ノ瀬美雪に罪をなすりつけるどころか、自ら指揮し組織全体で対応する姿勢。


 生徒会のメンバーが言っていた、すでに学校サイドに事の事態は報告が済んでいると聞く。

 叶美香、責任を取って生徒会長を降りるのでは無いかとメンバーが心配していた。

 そんな事したらみんな悲しむ、楓先輩だって、俺だって。


 パンダ研究部の第二展示会場、旧図書館にフランクフルトとポテトフライを持ってやってくる。

 旧図書館全体を使った、南夕子部長の3年間のパンダ研究の集大成。

 夏に応募した国のコンクールの資料もふんだんに使用、この作品は内閣総理大臣賞を受賞している。


 現在の来場者は2名。

 おじいちゃんとおばあちゃんが、真剣な表情でパンダの生態資料を閲覧中。

 しばらくすると唯一来場していたおじいちゃんとおばあちゃんは、満足したのか旧図書館を後にする。



「岬、末摘さん、お疲れ様です」

「うっーす」

「お、お疲れ様です」



 来年閉鎖が決まっている旧図書館の受付に座る岬れなと末摘花さん。

 こんな可愛い女の子が受付してくれるなら、図書館に男子来場者が殺到するかも知れない。



「こっちサンキュー、はいフランクにポテト」

「うっーす」

「わ~い」



 姫2人が大変お喜びの様子、微妙に顔がほくそ笑む岬。

 S1クラスにいる成瀬や神宮司よりも対面する機会が多い2人、彼女たちの可愛い顔のチェックを毎日している俺にはこの微妙な変化が分かるようになってきた。

 


「あんたは食べないの?」

「俺は外のブースに戻るよ、荷物取りにきた」

「荷物?」

「シュドウ君、うっす!」

「げっ!?なにしに来た光源氏」

「美味しいそうな匂いがしたの」

「嘘だろ!?」



 突然の神宮司葵の来訪、そういえば野球部のブースで彼女の姿を見ていなかった。

 美味しい物がある場所には迷わず到達できる謎のセンサーを搭載する不思議な女の子。


 毎日3年生の校舎がある中庭噴水前には、楓お姉さんの作った美味しいお弁当とお菓子を目指して向かう食いしん坊。

 俺と南部長の持つフランクフルトとポテトを追ってここに辿り着いたに違いない。



「後輩く~ん」



 南先輩が呼んでいる、外のブースで数馬も頑張っている。

 俺はここでフランクフルトを食べている余裕はまったく無い。

 早く旗か何かを持って、パン研のブースに1人でも来賓者を誘導する手伝いをしないと。



「はい後輩君、これ」

「へ?」

「さあ後輩君。美香ちゃんたちの一大事、わたしがあなたに力を貸してあげる」

「ちょっと南先輩、なに考えてるんですか」

「ふふふ~」



 先輩は部室の奥から取り出した白と黒の塊。



「それって……まさか!?」

「ふふふ~」

「嫌ですよ先輩。それ、先輩が青春のすべてをかけて入学式のオリエンテーションで着てたパンダスーツじゃないですか!?」

「さあ後輩君。あなたもわたしのいるこっちの世界に来るのです」

「嫌だ、俺は嫌だ」



 先輩がパンダの着ぐるみの頭を両手に抱きかかえ、俺を部室の隅に追いやる。

 両手に抱えられたパンダの顔が俺をニラむ。


 食い殺される。

 こいつ……凶暴なパンダだ。



「まあ~よいではないか~よいではないか~」



 後ずさり。

 ずっと思ってたけど、この人、トラブルメーカーだ。

 今日のこの事態のそもそもの発端は、この南夕子の余計な発注が原因。


 諸悪の根源、南夕子。

 両手にパンダの頭を抱え、俺を壁際へ追い詰めてくる。


 緊急脱出決定、人である事までは捨てられない。

 俺は先輩のようになりたくない。


 俺の左、若干のスペース、左から脱出。

 自由への逃避行。 



「あおいちゃん、れなちゃん、逃げるからこいつ確保」

「ほ~い」

「うっーす」



(ギュ!)



「おいこら光源氏!俺の腕離せよ!」

「えへへ~」



 両腕を神宮司と岬に抱き付かれる。

 


(ギュギュ!)



「おい岬!?お前俺の味方だろ?」

「観念しろし」

「嘘だろお前!?絶対面白そうだからとか思ってるんだろその顔」

「ひひ」

「笑ってんじゃないよ」

「さあ~後輩く~ん」

「待て、待ってくれ!?」



 先輩が全身パンダの着ぐるみを笑顔で俺に差し出してくる。

 あれを着れば最後、俺はもう、人には戻れなくなる。



「それ先輩が青春のすべてをかけて作ったやつじゃ無かったんですか!」

「そうよ~そう。もうわたしは青春すべてを出し切ったの、女を捨てたの。あなたもこれを着ればそれが分かるわ」

「そんなの知りたくありません!」



(ギュギュギュ!)



「お前ら離せ!」

「さあ~後輩く~ん」

「やめろー!?ああーーーーー」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 パンダストラップ、販売ブース。



「やっぱり売れないわ……」

「あら?アハハハハ、ちょっと見て美雪~」

「えっ?……ぷっ、ふふふ」



 女の子たちに笑われる声がする。

 俺は男としてもう終わった。

 南先輩が女を捨てたように、俺もすべてを捨てる時が来たようだ。


 販売ブースに等身大2足歩行パンダ出現。

 ビックフッドもビックリの俺の名はユーマ、もう2度と人には戻れない。



「お待たせしました~我がパンダ研究部の秘蔵っ子が頑張ります~」

「えっ?その中、もしかしてタッキー入ってんの?」

「……探さないで下さい」



 一ノ瀬と明石がいるのか?

 前がよく見えない、パンダの顔のサイズが合わない。



「その中、高木君なの?」

「その声、成瀬か?」



 パン研のブースの前、成瀬の声が聞こえる。



「嘘、どうしたのそのパンダ?」

「成瀬、俺、行ってくる。もう昔の俺には戻れない」

「ちゃんと戻ってきてよ高木君」

「ごめん成瀬、神宮寺と仲良くやれよ」

「高木君待って!」



 目測で歩みを進める、段々と前が見えなくなってきた。

 死に際に成瀬結衣、揺れるパンダの頭。


 パンダスーツの中は灼熱地獄、今日は真夏日。

 気温28度、体感温度は30度を遥かに超えている、汗が噴き出る。



「ママ~パンダいるよ~」

「あら本当」

「ママ~これ欲しい~」

「まあまあ、1つ下さる?」

「あ、はい。1000円なんですがこれ……」

「いいのよ、はい」



 明石沙羅の声がする。

 青春のすべてをかけたパンダスーツの効果によって売上1点発生。



「おい、パンダいるぞ」

「ははは」



 笑われている、見知らぬ誰かに笑われてる。

 俺が通りがかりの生徒でも笑うわこれ。


 だが俺の青春のすべてをかけただけの事はある。

 販売ブースに何かのアトラクションと勘違いした小さな子供たちにつられて、ファミリー層が段々と集まってくる。


 その人だかりに目が集まる。

 向かいの野球部が運営するお食事ブースで食事をしている家族連れの子供たちが、パンダがいるパンダがいると大はしゃぎ。


 それにしても、しばらくパンダでいると不思議と自分自身がパンダのような気がしてきた。

 段々とパンダである事に慣れてくる、数馬の右腕からパンダに退化、人類の歩みを逆走する俺。


 これはネズミーマウス症候群か?

 ネズミーランドにいるネズミーの中の人、きっとこんな感覚でキレッキレで踊っているに違いない、今の俺には分かる。



「パンダパンダ~」

「キャハハハ~」



 俺の周りにジュニアたちが集まりキャッキャと騒いでいる。

 あちこち体中を子供たちに触られる。

 

 おい。

 そこ触るな。

 あっ。

 そこダメ。



「後輩君」

「えっ?南先輩ですか?」



 諸悪の根源、南夕子の声がする。



「先輩、このパンダ先輩のサイズなんで前がよく見えないんですよ」

「大丈夫、君ならやれる。ほらこれ、急いで作ってきたよ」

「はい?」



 南部長の即席ボード、パンダストラップ販売用の手持ちボードを作ってきたと豪語する。

 まるで路上販売の客引きパンダと化した俺、パンダの顔の大きさを遥かに上回る重たい手持ちボードにはこう書かれていた。




『祝!赤ちゃんパンダ誕生!!パンダストラップ 1000円ぽっきり』




「南先輩、よく見えないんですけど、これ何て書いてあるんですか?」

「気にしない気にしない」

「パパあれ欲しい~」

「僕も~」

「はいはい。すいません、2つ下さい」

「ほら美雪、お客様」

「は、はい。お2つで2000円になりますが……」

「はいこれ」

「あ、ありがとうございます!」



 パンダの着ぐるみが意外な効果を発揮。

 南先輩の用意した赤ちゃんパンダネーム募集ブースにも、たくさんの家族連れが押しかけてくる。


 そう言えばこの平安高校の周辺は高級住宅街。

 徒歩0分には金持ちの神宮司の家もあったな。

 共働きとか、所得の高い世帯が多いのかも知れない。



「後輩くん、列が伸びてるから、そのまま正門に向かって最後尾伸ばして行って~」

「ら、ラジャー……」



 南先輩の言う通り、家族連れで1つだけ購入するつもりであろう家族でも、ゆうに4・5人全員で並んでいるので列が思いのほか伸びている様子。


 正門の方角は大体分かる。

 えっと……あっちの方だったな……。



(ガンッ!!)



 ヤバ、やっぱりパンダのサイズが合わなくて前よく見えない。

 なんかのブースの角にボードが当たったような。



(ガンッ!ガンッ!)



 ヤバヤバ。

 ボードぶつけまくり、なにかハガれる音。


 パンダの頭がデカ過ぎて見えないからどうなってるか分からない。

 ブースに当たらないように、早く広い場所に向かわないと。



「おいあれ見ろよ」

「列できてる、並ぼうぜ」

「絶対嘘だってあれ」

「分かってるって。じゃあお前先行ってろよ」

「そんなわけいくかよ。俺も並ぶって」



 道行く高校生風の男子たちの話しがおかしい。

 ちょっとだけ見えたり見えなかったりするパンダスーツ。


 学ラン着てる?隣町の高校の生徒かな?

 それにしてもおかしいな、この人の流れ……。

 正門から校舎側にやってくる若い男子たちが、吸い込まれるように列に次々と並んでいく、なんでだ?



「すいません!これ売ってる列、ここに並んだら良いですか?」

「え?あ、ええそうです。最後尾こちらで~す!」

「おいこっちこっち」

「絶対嘘だってこれ~」



 一体どうなってる?俺のまわりだけ大騒ぎ。

 とりあえず正門の方へボードを持って向かう、重いよこのボード。

 パンダスーツ暑い……数馬も頑張ってる、俺も頑張らないと。






~~~パンダストラップ販売用ブース~~~



 レジ前に並ぶ客。

 レジで奮闘する一ノ瀬美雪。



「1つ1000円です」

「え!?これですか売ってたのって!?」

「ええ、そうですが?」

「……可愛い」

「はい?」

「1つ下さい!」

「は、はい!ありがとうございます」



 販売用ブースから正門まで200メートル。

 今その列に、たくさんの男子たちの姿。






 ~~~正門からやってきた、隣町の公立高校、男子学生たち~~~



「おい原田。平安高校、激マブ女子で溢れてるって本当か?」

「間違いねえよ。俺たちより頭も良いし、今日はその姫たちを拝みにきたんだろ俺たち?」

「あわよくば平安の彼女ゲットか?」

「そんなに上手くいくかよ。いいから早く行こうぜ……おい待て、あれ見ろよ」

「えっ?ギャハハハハ!なんだよあのパンダ、だっせ~」

「なんか持ってるぜあのパンダ……おい待て、ウソだろ」

「お前らちょっと先行ってろ。俺、ちょっと用事あるから」

「ウソ付け。お前絶対あの列並ぶつもりだろ?」

「うるせえよ。平安高校でそんなもん売ってるわけないだろ」

「俺ちょっと並んでくるわ」

「おい盛橋!俺も並ぶから待てって」





~~~パンダストラップ販売用ブース~~~


 

「明石さん大変。200個入ってた段ボール、もう無くなりそう」

「ちょっとレジ頑張ってて美雪。すぐ会長に連絡する」

「うん」

「すいませ~ん」

「あ、はい」

「ええ!?売ってるのこれです!?」

「は、はぁ……お嫌いですか?」

「……下さい!ぜひお願いします」

「は、はい。ありがとうございます!」



(プルプルプル……ピコン~)



『美香よ』

『明石です。会長、200個まもなく完売します。在庫が残りわずかです』

『あらあら……妙ね』

『パンダの着ぐるみ着たタッキーが来て、突然売れ始めました。男ばっかり並んでます!』

『あらあら~そう~ちょっと待ってて。すぐに手配するわ。わたしもそっち行くからもう少し頑張って』

『了解しました』



(プチン)



「美雪、会長すぐ来てくれるって」

「ありがとうございました~」

「ちょっとミッキー売り過ぎ!あんたにこんな才能あったなんて知らなかったわたし~」

「誰がミッキーですか!余計な事は良いから、あなたも早く手伝いなさい!」

「オッケ~。はい、1つ1000円です」

「ええ!?パンダ!?」

「嫌なの?」

「……1つお願いします!」

「は~い」




~~~最後尾のパンダ~~~



 どうなってる?なんか凄い列ができてる。

 もう正門まで長い列到達しちゃった。

 


「ここ最後尾ですか?」

「あ、ええ、はい。こちら最後尾で~す」

「おい、こっちだって。早く並ぼうぜ」

「俺が先だって」

「うるせえ俺だよ俺」



 なんなんだよこれ?どうしてこんなに行列できる?

 先輩のボードの効果なのか?


 それとも俺のパンダとしての魅力に惹かれるのか?

 もうなにがどうなってるのか全然分からないよ。

 正門まで行列到達、もういいや、学校の外、出ちゃえ。





~~~ふたたび販売ブース~~~



「あら~あらあら~」

「叶会長~」

「沙羅。よく頑張ったわね」

「会長~もうわたし無理です~」

「美雪、弱音をはかない。さあ応援連れてきたわよ。あなたたち、レジを増設、窓口8まで増やして」

「はい!」

「あの、うちも手伝います」

「岬さんね。お願い、あなたの力を貸して頂戴。売り子は全員女の子、男子は机さっさと並べなさい!」

「おい、会長の指示だぞ急げ!」

「おおーー」





~~~最後尾パンダ~~~



 暑い、列全然伸びてく一方だし。

 最後尾伸ばすのにずっと歩きっぱなし。

 もう何百メートル歩いてんだ俺?


 なんか御所水通りの車道走ってる車がキキーって急停車する音聞こえるし。

 車から誰か降りて列並んでる音がするし。

 ドライブスルーじゃないってうちの高校。


 もう訳が分からない、今日は快晴。

 気温もグングン上がっている、暑すぎる。

 このパンダのスーツ蒸し風呂で中、超暑い、マジ死にそう。

 なにやってんだろ俺……。



(キキーッ!!)

(ダッダッダッダ)



「はぁはぁ、最後尾ここですか?」

「え、ええ。最後尾こちらで~す」

「お~い、こっちだ急げ!」



 きっと販売ブースまでこの列は伸びているはず。

 よく分かんないけど、暑くて死にそうだけど、俺に出来る事はこれしかない。


 数馬、岬、南部長……はどうでもいいや。

 ブースのレジ頑張ってる一ノ瀬たちを信じて、今は耐えて俺も頑張ろう……。






~~~隣町の公立高校、男子学生たち~~~




「おい原田。ここまで順番待ちして並んだけど、やっぱり話が違うじゃないか」

「うるせえな、生のパンスト1000円ぽっきりなんてやっぱり嘘だったんだよ」

「今さら恥ずかしくて誰にも言えないだろそれ」

「大変お待たせしました。1000円ですが、いかがされますか?」

「か、可愛い……」

「はい?」

「2つ買います」

「お、俺も」

「ありがとうございま~す」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「おい、大丈夫かシュドウ!」

「太陽」

「守道君しっかり」

「数馬」



 太陽と数馬が俺のところに来てくれたようだ。

 15時、陽はまだ高い、気温は予報を超えて30度に到達。

 着ぐるみを3時間以上着続けた俺は、意識が遠のき道端に座り込んでいた。



「数馬、シュドウのパンダの頭取ってやってくれ」

「了解」



 平安高校の正門からはるか先。

 2人が御所水通りの木の下でフラついて今にも倒れそうになっていたオスパンダ1頭を発見。

 木の木蔭で座り込む、朝日太陽と結城数馬が俺を介抱してくれる。



「はぁはぁ……あ、暑かった~」

「シュドウ、パン研のブース大盛況だったぞ」

「マジ?売れてそうだった?」

「ああ、お前が来てから凄い人だったぞ。完売だってさ」

「マジか~良かった~」

「みんな守道君探してたんだよ。こんなところにいたなんて……朝日君」

「ああ、これ熱中症だな、早く冷やそう。保健室まで歩けそうかシュドウ?」

「大丈夫、大丈夫……」

「頑張れ手を貸す。数馬そっち持て、そのボードは後でいいだろ、先にシュドウだ」

「了解」



 ふらつく足元、自力で立ち上がれない俺を太陽と数馬が両肩を貸してくれる。

 フラフラではあるが、2人の両肩に手をかけ、2人が支えて一緒に歩いてくれる。


 一般来賓者の入場は16時まで、16時30分からイベントがあり17時に終了。

 片付けが終わった生徒から文化祭は解散の予定。



「太陽、野球部のブースは?」

「もうほとんど売れちまったからもう片付け始めてる。後はポテトと綿あめくらいしか残ってないしな」

「凄いなそれ、フランクフルトは?」

「お昼過ぎには完売。1本50円だろ?1人で2・3本買ってく奴がたくさんいたぜ」

「マジか」



 今日1日がもうすぐ終わろうとしている。

 文化祭って、こんなあっという間に終わっていくものなのか?



「守道君大丈夫かい?」

「ああ、でも力入んない。疲れた~」

「後で冷たい水たくさん持っていくよ。あんまりヒドイようなら病院だね」

「マジでそれ勘弁、俺この前病院行ったばっかりだからさ」

「この前のケガ?」

「そうそう、野獣に噛みつかれた」

「女の子?」

「ああ、飛び切り気性の荒いパンダ」



 御所水通りから正門まで戻ってくる。

 一般来賓者がビックリするので、人目を避け、保健室に外から校舎裏手へ回って向かう。 

 

 

(ガラガラガラ)


 

「すいませ~ん」

「は~い」



 今日は平安祭でたくさんの人が平安高校に訪れる日、保健室も急患用に先生が待機してくれている。

 見た事のない保健室の先生、今いた先生は外部の先生らしい。

 今日の文化祭に合わせて臨時で派遣されてきたと話す。


 日中は2・3人いたという外部の保健師、一般来賓客が帰宅する時間まで残り10分。

 すでに今いる先生と巡回中のいつもの先生だけ残して帰り支度を始めていたようだ。

 それでも残っていてくれただけ助かる、保健室の先生が体温計を取り出す。



(ピピピピピ)



「……38.7度!?すぐ冷やさないと。ここにいつもいる先生、今巡回中で」

「先生、俺野球部にある氷取ってきます。その方が早いですから」



 野球部の球児2人、炎天下の練習で熱中症になる部員がよく発生する。

 朝日太陽はその事をよく知っており、体温を下げるための冷凍庫がある部室にすぐに向かう。



「経口補水液が一番良いんだけど、あいにくここには水しか無くて。ねえ、スポーツドリンクとか校内で売ってるんじゃないかしら?」

「先生、それなら学食前の自販機で売ってます」

「あなた偉いわ、頼める?」

「はい」



 パンダのスーツを保健室の先生に手伝ってもらって脱ぐ。

 もう全身汗びっしょり、早く帰ってシャワーを浴びたい。


 そうこうしていると、太陽は野球部の部室から氷を。

 数馬はスポーツドリンクを何本も買って保健室に戻ってくる。


 氷をタオルに包み、俺の脇の下や額に当てる先生。

 冷たいスポーツドリンクをフタを開けて差し出してくれる数馬。



「うまっ」

「ふふっ、自力で飲めるなら病院は大丈夫でしょ」

「先生、シュドウのやつ大丈夫ですか?」

「自分で水分補給できないようなら救急車だけど、この分なら体温下げて休めば自力で帰れるでしょ。まだ下校時間まで2時間あるし、もう少しここで休んで様子を見ましょう」



 保健室の先生に氷をあててもらう。

 高かった体温、段々と氷で体が冷やされていく。



「サンキュー太陽、数馬。なんかもう少し休んだら大丈夫っぽい」

「本当かシュドウ?」

「無理してないかい守道君?」

「大丈夫だって、バイトで鍛えられてる。ちょっと休んだらブース戻るから、うちの部長にパンダは無事だって言っといて」



 2人の処置は的確、野球部の太陽と数馬が一緒にいてくれて良かった。

 こういう時スポーツドリンク飲むと良いんだな、さすが数馬。

 4・5分は保健室から離れなかった2人、俺が落ち着いて話を出来ていたのを安心したのか、ようやくブースへ戻って行ってくれた。




(「本日は平安祭にお越しいただき まことにありがとうございました~」)



 もうすぐ16時、なんだか文化祭感を感じる事は無かった1日。

 成り行きで入ったパンダ研究部、パンダの着ぐるみ着て文化祭、俺らしくて良いのかも知れない。

 太陽の話ではパンダストラップは完売、それだけ聞けて俺は満足だ。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







 ブースの片づけをする生徒会メンバーたち、明石沙羅、そして一ノ瀬美雪。



「タッキーは?」

「すぐに来るって言ってましたけど」



 16時30分、平安祭のフィナーレ。

 校庭のグラウンド、オクラホマミキサーの音楽が流れ始める。




(ラランラランラン ラランララン  ラランラランラン ラランララン~)




 1年生から3年生まで。


 参加は自由。


 男女、学年、関係無く、生徒が入り乱れる。


 


 好きな男の子と踊りたい。


 好きな女の子と踊りたい。


 男女の様々な想いがあちこちで交差する。




 その生徒たちの輪の中に。


 パンダの姿をした男の姿は、どこにも見当たらない。



 熱い生徒たちの気持ちと共に、


 平安祭は最高のフィナーレを迎えていた。

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