168.「平安祭(前編)」
土曜日、自宅アパート。
朝日が部屋に差し込み、スマホのアラームが鳴る前に目を覚ます。
運命の平安祭当日、さすがの俺も緊張して寝付きが悪かった。
誤発注、100万円分のパンダストラップが1000個……。
『わたしが責任を持って』
『駄目よ一ノ瀬さん』
『会長、全部わたしの責任なんです』
『あなたに任せたのは私の責任でもあるわ、一人で抱え込まないで』
生徒会副会長に1年生を指名した叶美香。
自らを責める一ノ瀬美雪を必死にかばおうとした。
『生徒会が総力を上げてサバきましょう』
『無理です会長』
『一ノ瀬、会長がそうおっしゃられた。僕たちも全力を尽くす』
『郁人……』
『わたしも頑張る。諦めずに一緒に頑張ろう?』
『沙羅さん』
誤発注の自責の念から、終始涙が止まらなかった一ノ瀬美雪。
生徒会メンバーは全員でそれをフォローする決断を下した。
今日の平安祭、外部者の立ち入りが許される本番1発勝負で100万円を販売し切る無謀な挑戦。
値下げ販売はできない、そもそも原価が1000円の玩具。
1つ1000円のストラップを1000個売らないといけない、わずか1日で。
実行不可能な任務、それを生徒会メンバー全員で達成させる。
足取り重く家を出る、平安高校までの道のり。
交差点で信号待ちをしていると、横断歩道の向こうに結城数馬が待っていた。
「やあ守道君」
「数馬、おはようさん」
生徒会であって、生徒会でない俺たち2人。
生徒会長付生徒会監査人。
「ははっ、監査指摘すべき事案が出ちゃったね」
「ああ……」
誤発注、それも100万円単位。
現行の生徒会メンバーを断罪するにはこれ以上ない指摘事項。
「どうする守道君?」
「俺は……」
「シュドウ、おはようさん」
「太陽、おはようさん」
朝日太陽と合流、数馬と並んで登校する。
パンダ研究部と生徒会の間で起こっている事の次第は太陽も把握している。
平安祭当日、今日は学校の正門が開かれ、近隣から多数の一般来賓者が平安高校に入ってくる。
生徒は朝7時過ぎから登校、当日の準備を朝から始める。
「シュドウ、パン研のブース、俺たちのブースの目の前になったんだよな」
「ああ、野球部の出す飲食ブースが一番客が来るからな」
「旧図書館って校舎の一番奥だし、あそこよりはお客さんは入るかも知れないね」
「だがまあ、1000円のオモチャが1000個か~キツイよなやっぱ」
太陽と数馬、3人で登校しながらパンダストラップを売りさばく方法を考える。
「フランクフルト1本50円だろ?抱き合わせ販売でストラップと合わせて1050円~とか」
「そんなの誰も買わねえだろ」
「だよな~」
販売窓口はパンダ研究部、今日までの平日、生徒会が直接パンダストラップを販売するわけにもいかず。
ブースも正門から入って一番来賓者が行き来する、野球部の飲食ブース目の前に移動する事が決まった程度。
会議むなしく、平行線のまま今日に至る。
「うっーす」
「おう岬、おはようさん」
「聞いてくれよ2人とも。岬のやつ、今日は生徒会の一ノ瀬と明石が売り子でパン研ブース来るからドロンするって聞かないんだよ」
「うちらのせいじゃないっしょ、生徒会の肩持つ気なんてさらさらないし」
「ブレないなお前は」
生徒会アレルギーの岬れな、茶髪を指摘された怨恨からS1クラスの一ノ瀬美雪とは特に仲が悪い。
一ノ瀬のイの字を出しただけでこの始末。
「うちは花と一緒に部室で来賓者の対応」
「なるほど、僕らはどうするんだい守道君?」
「俺が決めるのかよ」
「今日僕は君の意見に従うよ」
「キモい事言ってんじゃないよ数馬」
「あんたらそんな関係?」
「そんなわけ無いだろ!」
1年生が入る第一校舎1階の一番奥、旧図書館では南夕子部長の3年間のパンダ研究の成果が展示予定。
平安高校に到着。
正門には告知を行っていた横断幕に加えて、たくさんの装飾が施されていた。
校舎内外、学校の敷地内一杯に文化祭の雰囲気を漂わせる。
外部から来賓するたくさんの人を楽しませるべく、色とりどりの風船たちが、今か今かと来場者を待ち構えていた。
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平安祭当日の朝がスタートした。
時刻は9時、本来であればまったりと楽しむべき文化祭の1日。
朝から照り付ける太陽の日差し、気温もグングン上昇する。
太陽に教えてもらいダウンロードしたお天気アプリ、今日の予報は晴れ。
降水確率0%、10月、今日の京都は最高気温28度の予報、気象庁の基準では真夏日に定義される。
正門からまっすぐ校舎へ向かう道は200メートルほど、その白い石畳の両脇にはたくさんの桜の木。
紫穂がここで描いた春の風景画がコンクールで入選した事を思い出す。
校舎近くに到着、校舎は左の1年生と2年生が入る第一校舎。
右に3年生と生徒会の入る第二校舎が並ぶ。
その校舎の中央は、ガラスのアーチがかかった中広場。
右と左の校舎の間には、ガラスの天井がある珍しい設計の校舎。
そのガラスのアーチをくぐって、まっすぐ進むとグラウンドに至る。
ガラスの天井があるおかげで、中広場の大きなスペースでは雨でも塗れずにブースを出店できる。
太陽の日差しも和らげるこのガラスの天井の下は平安高校の一等地。
野球部総勢50名を超える人数で運営するお食事ブースには、「綿あめ」「フランクフルト」「ポテトフライ」「アメリカンドック」「焼きそば」の垂れ幕が並ぶ。
机と席もたくさん確保されたフードコート。
この一等地前に、なんと我がパンダ研究部のブースが出展している。
しかも第一校舎の旧図書館では南夕子秘蔵パンダコレクションが展示されるまさかのダブル出展。
そちらの来場者は皆無に等しいだろうが、こちらの一等地前パンダブースには双子パンダネーム募集のフリースペースを確保。
パンダストラップの購入場所として用意された長机。
そこはさながら動物園や水族館の出口に設置されたお土産販売コーナーというわけだ。
建前と本音、こんな仕掛けは日本中どこの施設にも存在する。
双子パンダのネーム募集をする旗まで生徒会が準備、その旗にはこう書かれていた。
『祝!双子パンダ誕生。パンダストラップ販売中!』
ギリギリの広報ライン、涙ぐましいこの平安祭当日を迎えるに当たって、出来うる限りの準備をしてきた事が伺える。
太陽たち野球部の運営するお食事ブースでは、平安祭開場と共に多くの家族連れでにぎわっていた。
「お兄ちゃん~」
「紫穂」
「えへへ~」
紫穂が中学校の同級生と遊びに来てくれた。
本当に可愛い、俺の自慢の妹。
可愛い女の子の友達は可愛い説、紫穂の連れて来たお友達は全員美術部らしい、中学生女子とかマジでヤバい。
「こちらが私のお兄様です」
「お~」
「お兄様は特別進学部に合格した偉い人なんです」
「おお~」
「カッコいい~」
『カッコいい』
『カッコいい』
『カッコいい』
マ、マジか。
これって、これってもしかして。
『突然モテ始めた?』
「お名前は?」
「結城数馬、お兄様のお友達さ」
「カッコいい~」
中学生女子に突然モテ始めたのは俺の隣にいる結城数馬だった。
紫穂が一般来賓者でごった返す野球部のブースに目をやる。
「お兄ちゃん、神宮司先輩もいる~」
「ああ、野球部のブース、今神ってるからな」
「凄い人~」
野球部の運営する飲食ブースは今ゴールデンタイムを迎えている。
それもそのはず、売り子が最高。
3年生の神宮寺楓先輩と黙ってれば絶世の美女、成瀬真弓のスーパーコンビ。
その隣でお姉ちゃんに呼ばれたであろう妹1年生の神宮寺葵、さらに空蝉姉妹が並ぶ無双状態と化している。
神宮寺姉妹の笑顔につられて次々と訪れる人の波が絶えない、若い男たちが売り子につられて次々と飲食ブースに吸い込まれていく。
「じゃあお兄ちゃん、わたし美術部の成瀬先輩のところに行ってくるね~」
「気をつけて行って来いよ」
「バイバイ~また後でね~」
中学時代美術部の先輩と後輩同士だった成瀬結衣と紫穂、これから成瀬先輩に会いに美術部へ向かうらしい。
パンダストラップの件もあるので、妹の紫穂とはキリがいい時にラインで連絡する約束をして別れる。
そして狙い通り、綿あめや焼きそばを購入し食べ終わった家族連れが、双子パンダのネーム募集をするパンダ研究部のブースに足を運ぶ。
「パパ~パンダさんの名前~」
「ははは」
パン研のブースの入りは悪くない、旧図書館では岬と末摘さんが留守番中。
南部長と俺は、パン研部員として家族連れに短冊とペンを渡す。
後でまとめて上野動物園のHPに応募する流れ。
必要最低限の個人情報を紙に記入し、パンダの好きな竹を立てた笹の葉に、七夕のように吊るしていくナウい仕様が好評なようだ。
お土産物に気づいた人が、パンダストラップの販売をする机にも流れる。
そこに立つのは一ノ瀬美雪と明石沙羅。
2人の志願、叶会長もその行動を認めた。
S1クラスで超が付くほど可愛い2人が、真剣な表情でパンダストラップを机に並べている。
「ストラップはいかがですか?」
「あら可愛いパンダ、いくら?」
「1000円です」
「結構です」
やはり来賓者の反応は渋い、2人の表情も曇っている。
生徒会のメンバーが代わる代わるやってきて、必死にパン研ブースへの来訪を誘導する。
そのメンバーの中に詩織姉さんの姿、一ノ瀬と明石に声をかけて励ましている様子。
双子パンダのネーム募集に参加して、ついでに買ってもらう方向へ誘導するのがギリギリの対応。
出来うる限りの対応はすべてやっている、それでも売れない。
直接販売はNG、路上販売などもっての他、どうする生徒会?




